第123話 久し振りにアルさんの洞穴訪問
今話から第二部第四章です。
エピソード数が1111のゾロ目でなんだかめでたい。
ファータの里の朝。俺とエステルちゃんのふたりは里を囲む森の中を走っている。
こうしてふたりだけで静かな森を走るのはいつ振りだろう。
初めてこの里に来て、アルさんの棲む洞穴に案内されたとき以来かな。
それとも、その後にもそんな朝があっただろうか。
いずれにせよグリフィニアのアラストル大森林では、いろいろ制約もあってこのように穏やかにふたりだけでは走れないし、ましてや王都では人気の少ない早朝の街中を俺ひとりで走るのがせいぜいだ。
なので今朝は、夏休みらしい滅多に無い機会と言えるかも知れない。
リガニア紛争の最前線でボドツ公国の砦に捕らえられた探索部隊のヤルマリさん救出作戦を無事に成功させ、昨日はこのファータの里に戻って来た。
俺たちの帰還に、エーリッキ爺ちゃんが里長屋敷から外に転がるように勢い良く出て来て、その後ろからカーリ婆ちゃん、ユルヨ爺、そしてシルフェ様やシフォニナさん、シモーネちゃんと、同じく玄関先で迎えてくれた。
俺たちが救出作戦の首尾を手短に伝える間には、里の人たちも洩れなく集まって来て、やがて里の広場に場所を移し、何故だか夏の陽光の下での大宴会になっておりました。
一昨日中には状況が里で共有されていて、どうやら救出作戦の成功には疑うこともなく、今朝早くから大宴会の準備をしていたみたいだよね。
「宴会の本番は、ティモたちが帰って来てからですわいな」
「そうそう、今日はその前祝いだて」
「と言うより、今日は統領たちの働きへの慰労会で、その次は探索部隊の帰還慰労会と、そんな段取りですよ」
「ともかくも、ヤルマリ救出の首尾を早く聞かせてくだされ」
まあ、こうした大宴会好きのファータの里なので、里の爺様婆様たちにすれば名目はともかく、何回開いても良いのでしょうね。
それで俺やカリちゃんが潜入救出側を、主にライナさんが陽動攻撃側を時系列に沿って交互に語る話を肴に、里の皆は大いに飲んだり食べたりする。
特に、俺が雷の魔導呪文符を一斉に発動させて砦が火に包まれた下りでは、最高に盛り上がりました。
「昨日の宴会は長かったよなぁ」
「お昼前に里に帰って来てから夜まで、ずっとでしたからね」
「昼食と夕食と夜食と、ひとつの宴会で同じ屋外で食べるって、そうそう無いよね」
「里のお婆ちゃんたちが交代制で、宴会しながらお料理もしてましたよ」
「ホント、タフな人たちだ」
「うふふ。ファータの一族ならでは、ってとこです」
そんな走りながらの会話を交わしながら、俺とエステルちゃんは里を囲む森の奥深くの懐かしい場所、境界の洞穴の入口まで辿り着いた。
そう、ここはアルさんの棲み処である別の洞穴に繋がる場所だ。
「あ、来た来た」
「みんな、待たせたかな」
「わたしたちも、さっき着いたばかりですよ」
「さて、ザックさまとエステルちゃんも来たことだし、向かうとしましょうかの」
「アル、おふたりが少し休んでからにしなさい」
「僕らは大丈夫ですよ、クバウナさん」
「ええ、このひとは走るのって、顔を洗ったり歯を磨いたりするのと同じですから」
「それはエステルさまもよねー」
うちの王都屋敷メンバーとは、この境界の洞穴前で待ち合わせをしていた。
朝食後に俺とエステルちゃんが日課の早駈けに出ると言ったら、他のメンバーは昨日の大宴会の余波もあって遠慮したいとなった。
でも、クバウナさんがアルさんの洞穴に行きたいって言っていたので、ここで合流することにしたのだ。
ちなみにミルカさんは、昨日までのことをまずはエルメルさんとユリアナさんとで共有する必要がありますと、彼ひとりグリフィニアに向けて出発する予定。
今日一日ぐらいはゆっくりすればと言ったのだけど「ふたりには早く伝えないと」と、結局のところ午前中は何もせずに身体を休め、午後には出るのだと言う。
責任感が人一倍強く本当に働き者で、いつもながら頭の下がる思いです。
ここに集合したのは、人外メンバーのシルフェ様、ケリュさん、シフォニナさん、クバウナさんにカリちゃん、シモーネちゃん、そしてアルさんご本人。
人間メンバーとしては、俺とエステルちゃんに、ジェルさん、ライナさん、オネルさんのお姉さん3人とブルーノさん。ソフィちゃんにフォルくん、ユディちゃん兄妹とリーアさん。もちろんクロウちゃんも居る。
なかなかの人数だけど、アルさんの棲み処はだだっ広いからね。
それで、里の生まれであるリーアさんとエステルちゃんは。
「今日は何処に行くのですか?」「アルさん家よ」
「え、アルさまのお家ですか? 遠いんですか?」「それが、直ぐ近くなの」
「この里のですか? それはどこら辺の……」「うふっ、境界の洞穴から行けるの」
「ええっ」「驚いたでしょ。でも内緒よ」
「エステル嬢さまは、いつから知っていたのですか?」「8歳ぐらいのときから、だったかしら」
「ええーっ」
と今朝、そんなやり取りを小声でしておりました。
境界の洞穴は里から見て西側の森のエリア。ファータの里では古くから入らずの洞穴として、そこへ足を踏み入れるのは禁じられている。
なので大昔はいざ知らず、現在のファータの者で禁忌を無視してここに入ったことがあるのはエステルちゃんだけらしい。
尤も俺やお姉さんたち、ブルーノさんはかつて訪れた経験があるので、お久し振りといった感じだ。
「ソフィさまはご存知だった、ですか?」
「エステル姉さまから、前にちらっと聞いたことがあるけど、もちろん里の決りは守って入ったことは無いのでありますよ。それにアルさんは、ザック兄さまたちのところで暮らしてた訳ですし」
淡く光る岩石に囲まれて天井も高く、うっすらと明るいので意外と歩き易い洞穴の中の道を進む。
リーアさんと話すソフィちゃんも昨年1年間は里で暮らしていたけど、ここに入るのは初めてのようだね。
だいぶ奥へと入ったところで「はて、どこじゃったかいの」と、アルさんは自分の洞穴に繋がる入口をうろうろしながら探している。
洞穴の内部はとても静かだ。
確かこの洞穴にはケープバットというコウモリが沢山棲息している筈だが、ドラゴン3名に精霊様やら神様やらがゾロゾロ歩くので、もっと奥へと避難したらしく上方にその姿は無い。
「師匠はこっちから入ったことがほとんど無いから、入口が分からないんですよ」
「まあわしは普段、向うの崖から出入りしておるからの」
「こっちよ、アルさん」
「おお、そうじゃった。さすがはエステルちゃんじゃな」
アルさんが探していた場所の、そのもう少し先まで行っていたエステルちゃんの声がする。
それで皆でそこに行くと、通路の端にぽっかりと人がひとり入るぐらいの穴が空いている。
ここがアルさんの洞穴へと繋がる入口だ。
「ははあ、我もこちらから入ったことは無いが、確かにこの穴の先は空間が歪んでおるな」
「ケリュさんも初めてじゃないんですよね。やっぱり崖の入口から?」
「あなたはいつ振りだったかしら」
「ふむ。いつ振りと言われても、何百年振りかそのぐらいか」
アルさんの棲み処まで行けば分かるのだけど、じつはいま居る境界の洞穴とアルさんの洞穴とはかなり離れているんだよな。
つまり簡単に言えば、いま眼の前にある穴からアルさんの洞穴までの経路は、ケリュさんが言うように空間が歪んでいて、実際の物理的距離とは異なる距離感で繋がっている訳だ。
本来、巨大な身体で空を飛ぶドラゴンの出入り口はこの小さな穴では無く、おそらくは北方山脈のどこかの谷間にある絶壁の途中にあって、まず人間などは辿り着けない。
ケリュさんもそうらしいけど、なので人外の方たちはその絶壁の入口から行ったことがあっても、ここから入った経験はほとんど無いらしい。
「では行きますぞ」
「そうしたら、わたしは最後に入りますね」
「ならば、皆はわしに続いてくだされ」
一番にアルさんがその穴に飛び込み、続いてクロウちゃんを抱いたカリちゃんが入って行った。
それから後は適当にひとりずつなのだが、殿はエステルちゃんが務めるそうだ。
ケリュさん、シルフェ様とまずは人外メンバーが入り、その後ろをソフィちゃんたち若者組3人が続くように促し、ブルーノさん、お姉さんたち、俺と入り、いちばん躊躇いそうなリーアさんとエステルちゃんが続いたようだ。
不思議な浮遊感を伴いながら、長く続く滑り台のような狭い穴の中を斜め下に滑り降り、やがてストンと穴から出た。
そこはアルさんの洞穴の壁際。おそらくドーム状になっていて、周囲を囲む岩壁やかなりの高さで上方にある天井も良く見えないほどの広大な地下空間。
かなり薄暗いのだが、周囲の岩壁は淡く光って僅かな明るさをもたらしている。
そして遠くには、夜間にそこだけ輝くような光に包まれた巨大な建物が見えた。
以前に来たときにはあんな風に明るく見えなかったので、たぶんアルさんが永久発光の魔導具の取り付けを増やして明るくしたのではないかな。
あと、この棲み処に戻ったときにコツコツ増築しているらしい建物が、ずいぶんと大きくなっている。
「みんな揃っておりますな。では行きましょうぞ」とアルさんが先導するが、クロウちゃんは抱かれていたカリちゃんの胸からモゾモゾ脱出して、先に飛んで行った。
「もう、甘露のチカラ水の泉ですよね。ホント、食いしん坊さんです」
「普段から飲んでいるのだけどね。ここに来るといっつもよ」
「やっぱり、湧いている水が新鮮で美味しいんじゃないー」
クロウちゃんの大好物の甘露のチカラ水が、この少し先で湧き出している。
俺たちもアルさんに引率されてその泉に行き、順番に湧きたてのその多くのキ素を含有した特別な水を味わう。
はい、コップですね。全員分ありますよ。
あとクロウちゃんは直に飲まないで、こっちのキミ用の器に入れるから。カァカァ。直飲みが美味しいって、みんなも飲むんだし、エステルちゃんに叱られるよ。
あと、持ち帰り用の革袋と樽ですね。はいはい、出します。
ひとしきりみんなで新鮮な甘露のチカラ水を味わい、持ち帰り用の革袋と樽にもかなりの量を汲み入れ、クロウちゃんも満足したようなので、さて、アルさん家に向かいます。
「ねえねえ、アルさん家、なんだかすっごく巨大になってない?」
「これはもう、家とか屋敷とかじゃなくて、お城ですよ」
「まあ以前もサイズだけは大きかったと思うが、いまはまさに城のようだぞ」
うちのお姉さん3人とブルーノさんがここに来るのは、ずいぶんと久し振りの筈だ。
前回はアン母さんとアビー姉ちゃんを連れて来たときだから、3年前でしたかね。
俺とエステルちゃんとカリちゃん、クロウちゃんは昨年の夏以来で1年振りだ。
その去年と比べても、確かに規模が拡大している
ケリュさんは何百年振りと言っていたけど、クバウナさんも50年ぐらいは経っているらしいが、その彼女もずいぶんと驚いていた。
「アルったら、この洞穴の中にお城を造ったの? これって……」
「良くそんな時間があったわよね」
「ほとんど、わたしたちとご一緒だった気がしましたけど」
シルフェ様とシフォニナさんも驚いたと言うか、いささか呆れていた。
ソフィちゃんやフォルくん、ユディちゃん、シモーネちゃんも、こんな巨大な洞穴の内部に更にどでかい城が建っているのだから、口をあんぐりだ。
まあアルさんなら、2、3日もあれば城など造ってしまえるだろう。
「アルさん、中に入っていいんでしょー?」
「おお、もちろんじゃが、じつは内装がほとんどまだなのじゃ。まあ外観と部屋割りぐらいじゃのう」
「ふーん。でも宝物庫の場所は変わって無いんでしょー?」
「それは、あそこは移動させるのが大変じゃからな」
ライナさん、もしかして狙いはそこですか。
もともとアルさんの棲み処は、ドラゴンの姿で充分に寛げる広さの彼の居室兼寝室と、それから同じように広い宝物庫でほとんど占めていたんだよな。
そのふたつの空間を内部に取り込みながら、この城郭のような建物を増築したらしい。
真っ先にその宝物庫に行こうとしたライナさんは当然ながらジェルさんに叱られ、大人しく“アルさん城(仮称)”の見学ツアーに従っている。
まずは巨大な正面玄関を入って直ぐの大ホール。ああ、アルさんサイズのドラゴンが3、4体は入りますね。
金竜さんの宮殿の大ホールほどでは無いにせよ、かなり広い空間だ。あっちは何体もの若者ドラゴンが控えていても、まだ余裕のある広さだったけど。
「左手の向うにはわしの元からの部屋があって、あっちの右手にはカリの部屋を造っておいたぞ」
「ひゃあー、ありがとうございます、師匠」
「アル、わたしの部屋は?」
「あ、ん? クバウナの部屋かいの?」
「まさか、造って無いとかじゃないわよね?」
「あー、クバウナと再会したのは、その、去年で、それからのいまじゃし……。ふむ。それでは、カリの部屋の隣に造ろうかのぉ」
「アルの部屋の隣でいいわよ」
「わしの隣?」
「ダメ?」
「なぜじゃ」
「理由がいるの?」
「うーむ。ならば、隣に造るわい」
言い合いでは、アルさんはクバウナさんに永遠に勝てませんよ。
それに本当なら、遥か大昔に結ばれていた筈のアルさんとクバウナさんが、その長い年月を経てこの“アルさん城(仮称)”にふたりの住まいを持つのは良いことじゃ無いですか。
だいたい王都屋敷では、既に隣同士の部屋で暮らしている訳だしさ。
カリちゃんの部屋として造られていた部屋を見せて貰ったが、王都屋敷と違うのは人間サイズではなくドラゴンサイズということだ。
まあ、バスケとかのスポーツアリーナみたいな広さ、と言えば分かり易いですかね。アルさんが言っていた通り内装とかがまだだし、もちろん調度や備品類は無い。
「師匠、素のままで過ごせる部屋は嬉しいですけど。でも、人間の姿の部屋もほしいですよ」
「それは2階じゃ、カリ」
この巨大サイズの空間が造られているのが1階で、実際は3から4階分はありそうな階段を昇った2階は人間サイズになっていた。
「ここが、ザックさまとエステルちゃんの部屋じゃ」
「これは」
「ふぇー、広過ぎですよぉ」
人間サイズの部屋なので、1階のホールやアリーナのような天井の高さはもちろん無いが、それでも広さはかなりある。
グリフィニアの屋敷の父さんと母さんの部屋よりも、遥かに大きいのではないですかね。
何でも想像を超えて大きく造るのが、アルさんなんだけどさ。
この部屋がどうやら2階のメインルームのひとつで、もうひとつ同じぐらいの部屋がシルフェ様とケリュさんの部屋。
その2部屋だけはアルさんが決めていて、それ以外にも広めの部屋が何部屋も造られていた。
「好きな部屋を自分の部屋にして良いですぞ」ということなので、みんなの部屋決めが始まっている。
「これは、どうしましょうかね。家具とか手配した方がいいかしら」
「うーん。余裕が出来たらそうしようかなぁ」
そもそもこのアルさんの棲み処に俺たちの部屋を造るという件は、何か大きな異変が起きた際に逃げ込んで拠点となるような場所を確保するというのが、当初のアルさんの意図だった筈だけど。
なんだか想像以上に、大掛かりな話になっちゃいそうだよね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




