第122話 探索作戦はひとまず終了ですね
その夜は潜入救出チームと陽動攻撃部隊それぞれの報告と情報共有を行い、タリニアの森の野営拠点に全員で宿泊となった。
えーと、砦からの撤退時に大量の雷の魔導呪文符を一斉に発動させた件についても、ちゃんと正直に報告しましたよ。
「牢屋だかの床で横たわっていたヤルマリさんの状態を見たとき、ザックさま、表情は冷静でしたけど、かなり怒っていましたから」
「それになんだ、あんな古代文明時代の遺物のような魔導呪文符が無造作に使われているのは、我もどうかと思ったぞ。まあ、処理してしまうのが妥当だ」
カリちゃんとケリュさんもそう言葉を添えてくれました。
その雷の魔導呪文符に関しては、回収して来た2枚の木札を出して皆にも見せた。
「これって、いまは発動しないのよね?」
「ああライナさん、起動は解除してある。だが、こうやって……。軽くキ素力を流してやると。ほら、いまは起動中だ」
「へぇー。もしかしてこの札、自分でキ素力を出し入れしてるのかしらー」
「息を吸ったり吐いたりしてるみたいね」
ケリュさんが1枚の魔導呪文符を起動させると、ゆっくりと呼吸するようにキ素力を出し入れし始める。
でもそれを感知出来たのは、人外メンバー以外ではライナさんとエステルちゃんだけのようだ。
「わたしにはただの木の札にしか見えんが、しかしこれを踏むと雷魔法が発動するのですな?」
「ジェル姉さん、実験してみます?」
「あー、やめておけ、カリちゃん。あと、起動は解除して貰った方が良いです、ケリュさま」
「こうやって手で持っている分には大丈夫ではある。でも解除しておこう。なに、解除は簡単だ。こうして先ほど起動させた者が、同じキ素力を流してやれば良い。まあ我には関係は無いがな」
要するにキ素力を少量流せば起動し、同じ人間がまた流せば解除される。
キ素力というのは、取り込んだキ素を身体内で循環させて変換し遣うので、その身体内循環時にその者の個性というか固有性が僅かに付与されるのだそうだ。
この魔導呪文符は起動時にそのキ素力の固有性を認識し、記憶して識別するのだとか。なかなか賢い呪文符だね。
なので、起動した者以外が解除をしようとキ素力を流しても解除はされない。
ただし、あれでも神様のケリュさんだと、そんなのは関係ない訳ですな。
「でもさー。例えば起動させた人が居なくなっちゃったり死んじゃったりしたら、解除出来ないのよねー」
「ライナちゃん、魔導呪文符というのは、せいぜいそんな程度のものじゃよ」
「そうしたら、アルさんさー。起動状態のままで放置されちゃうかもよね。それって危険物だわー」
「だからザックさまは、そんな危険物が何十枚もバラ撒かれておるのを見て、一挙に処理してしまったのじゃろうて」
「おまけにザックは、あのような大量の呪文符が雷魔法を起こしたらどうなるのか、分かっておったのではないか」
「あー、いやー」
この世界でも雷由来による自然火災なんかが起きる訳で、まあ皆さんもそこは想像出来るでしょう。
「どのような状況だったかは理解しました。あと私でも、ヤルマリが僅か1日の間にどんな酷い拷問を受けたのかも分かります。それから、ボドツ公国が使っているその魔導呪文符とやらの危険性も。ザカリー長官は、ボドツ公国部隊のやりようと危険物の無造作な使用に鑑みて、その処理を行ったのだと。砦の火災はあくまでその結果で、まあ自業自得としましょう」
ミルカさんがそうまとめてくれた。
この辺のところは、探索部隊を派遣した三貴族家でも共有する必要があるからだ。
「まあ、天罰が下ったということぞ」
「そうそう」
「天が下した奇跡はヤルマリを回復させ、一方でボドツ公国の砦をひとつ壊滅させたと、そういうことですのう」
「天の仕置きならば、致し方ありませんなぁ」
アルポさんとエルノさんらファータの爺様婆様はそういう解釈で良いと、口々に嬉しそうに声を出した。
あとはこれからの行動だけど、俺たちは明日にでも早々にファータの里に戻る。
エーリッキ爺ちゃんたちに、ヤルマリさんの救出成功を早く知らせてあげたいからね。
それで探索部隊の方だけど。
「ザカリー様。私たち探索部隊は、あと1日か2日ほどここに残って両陣営の様子を確認し、それから退却したく思います」
「ヤルマリさんは?」
「重篤状態から治療いただいたばかりなので、本来なら里まで連れて帰っていただくのが望ましいかとは思いますが……。しかし、出来れば探索部隊の一員として、彼も共に戻りたいと。おそらくヤルマリ自身も、目が覚めたらそう言うのではないかと思います。もちろん、クバウナ様のご許可もいただければです」
探索部隊の隊長であるティモさんはそう主張した。
ひとつには、たぶん火災で焼け落ちたであろうボドツ公国前線砦の状況を確認し、同時にもうひとつの前線砦や後方の駐屯地の動きを確認すること。
またそれに伴って、タリニア側の動向も多少なりとも探っておきたい。
当初の探索目的としては、後方駐屯地の様子や戦力把握も含めて、ボドツ公国側のこれからのタリニア攻めの動きを探るというものだった。
だがその辺のところは、前線砦のひとつが大きな痛手を被ったであろうことから、おそらくは計画を修正して立て直しを計るのではないかな。
あと、何の事情も知らないタリニア側も、遅かれ早かれ前線砦の状態を知ることになるだろう。
とは言っても、偵察と防衛に徹しているタリニア側が砦のひとつが焼けていたのを見たとして、それで率先して攻勢に出るとは考えられない。
ボドツ公国の主戦力が大きく減った訳では無いし、またタリニアの戦力となっている傭兵部隊は、自分たちの生き残りや利があるかを優先するだろうからね。
それからヤルマリさんの件だけど、俺やエステルちゃんの気持ちとしては一緒に連れて帰りたかったのだけど、ティモさんの言うことも良く分かる。
合同部隊とはいえ同じ探索部隊員として、退却まで共に行動させてあげたい。
ましてや彼は辺境伯チームの主任でもあるし、他の部隊員たちもティモさんの主張に同意するように大きく頷いていた。
クバウナさんは「明日の朝には眼を覚ますでしょう。そうしたら彼の状態を再度診察します。たぶん大丈夫でしょうけどね。それで彼の意志も確認して決めなさい。ただし残るのであれば、1日はこの野営地から出ないことと、必ず誰かが付いていてあげなさい」と、基本的にはOKを出してくれた。
俺はミルカさんやジェルさんとも相談し、三貴族家探索部隊は2日間ここに留まり、状況を確認した上で里に帰還するよう指示を行った。
また、アルポさんとエルノさんが状況確認を助けるために残りたいと主張したので、それも許可しました。
「でも、探索と状況確認だけよ。戦闘行為は禁止。それからティモさんの指示はちゃんと聞くこと」
「お、おう。わかっておりますがな、エステル嬢様」
「決して暴れ足りなかった、とかではありませんぞ」
「約束よ」
「はいな」
「わたしらが見張っておりますで、安心してくだされ」
「爺さんがふたり増えたとて、大丈夫ですわいな」
「ヒルマさん、キルシさん、お願いしますね」
アルポさんとエルノさんにはエステルちゃんが釘を刺しておりました。
あと、ヒルマさんとキルシさんの婆様ふたりが請け合ってくれたので、まあ大丈夫でしょう。
それでもタリニア側からも追われている状況もあるので、分かっているとは思うけど気を付けてくださいよ。
◇◇◇◇◇◇
翌朝、ヤルマリさんが目を覚ました。
「ここは……?」
「統領が、ザカリー長官が設置してくれたタリニアの森の野営拠点ですよ。具合はいかがですか、主任」
側には辺境伯チームのリリアさんが付いていたので、直ぐに彼の出した小さな声に応えた。
俺とエステルちゃんも近くに居たので、リリアさんの俺たちを呼ぶ視線にヤルマリさんの側に行く。
クバウナさんとカリちゃんも直ぐにやって来た。
「あっ、統領、エステル嬢様。それから……」
「気分はどうかな? ヤルマリさん」
「起き上がらなくていいですから、横になったままでいいわよ」
「はい、嬢様。でも、なんだか、目覚めの気分がとても良いような」
「それは良かった。カリちゃんは知ってるよね。それから、こちらはクバウナさん。カリちゃんのお婆ちゃんね」
「昨晩、クバウナさまとカリちゃんと、ザックさまとわたしとで、あなたを治療したの。とても、その、状態が酷かったものですからね」
「ああぁ、しかし……」
「眼は両方とも見えてるよね。指も動かしてみて」
「あ、はい。両眼ともしっかりと見えます。指も全部、動きます」
「うん、良かった。あと身体の中については、クバウナさん、診察をお願いします」
「ええ、もう診てるわよ。うん、うん、大丈夫そう。骨もしっかり繋がっているし、身体の中の損傷も、すべて修復されているわ。はい、完治ですね。でも、今日1日は安静にしていないとダメですよ」
クバウナさんから完治のお墨付きをいただきました。
「ではヤルマリさん。無事に治ったけど、クバウナ先生の言う通り、今日1日は安静にね」
「は、はい、統領。……あの、クバウナ先生って?」
「カリちゃんのお婆ちゃんだから、わかるよね。アルさんもあそこに居るけど、アルさんが黒でクバウナさんが白。詳しいことはまたあとで、リリアさんやティモさんから聞いてくださいな」
「ははっ。わかりました。……その、私の失敗で起きたことなのに、本当にありがとうございました」
「いやいや、誰の失敗でも無いよ。これは、戦場での出来事だから」
彼は俺の言葉にいちど深く眼を瞑り、そして再び目蓋を開いたときには、ファータの現役探索者らしい落ち着いた表情と強い眼光に戻っていた。
拷問や大怪我によるショックはあっただろうけど、その眼の光を覗いた限りでは長く引き摺ることは無いだろうと思えるのだった。
まずはヤルマリさんが、後遺症も無く完治したのでほっとしました。
朝食をいただいたあと、それでは俺たちはアルポさんとエルノさんを探索部隊と共に残して里に帰還します。
「ティモさん、そうしたらあとはよろしく」
「はい、ザカリー様」
「今日、明日、こちらで行動して明後日に出発だと、里に戻るのは」
「5日か6日後ですかね、ジェルさん」
「了解した。くれぐれも無理はしないように」
この森から400キロ離れた里までその日数で走って帰るのは、ファータの一族の者ならではだね。
ティモさんが6日後と言ったのは、まあ無理をしないで確実安全に帰るということのようだ。
その探索部隊10名プラス、アルポさんとエルノさんに見送られて、俺たちはアルさんの背中に乗り出発した。
「(帰る前に、昨晩の現場の様子を見て行こうか)」
「(そうしますか? では、ちょこっと寄り道です)」
「(カァ)」
3ドラゴン編隊の先頭を行くカリちゃんとその頭の上に止まるクロウちゃんに念話を飛ばし、昨晩の救出作戦現場へと飛んで貰う。
「(あらあら、綺麗に焼け落ちてますねぇ)」
「(昨晩は遠目で見ていて、およその想像はしておったが、かなりの高熱じゃったのだろうて)」
白と黒のエンシェントドラゴンがそんなのんびりとした会話をするのを聞いて、俺とエステルちゃんもアルさんの肩越しに地上の様子を観察する。
もう片方の肩越しからは、ケリュさんがソフィちゃんとユディちゃんを伴って同じように覗いているけど、他の搭乗者の皆さんは無理ですかね。と思ったら、ライナさんも勇気を出して見に来た。
「(あららー、丸焼けだわねー)」
「(もうひとつの砦と、後方の駐屯地の方から、たくさん兵隊が来てますね)」
どうやらひと晩明けて、現場の惨状の確認と後片付けなどに多くの兵士が行き来しているようだ。
もちろん第二波の攻撃を警戒して、砦跡の周囲を囲んで警戒にあたる兵士も配置されている。
「(もうひとつの砦の方にも、なんか落としとく?)」
「(ライナさん)」
「(あはは、冗談ですよー、エステルさま)」
冗談ではあると思うけど、もうひとつの砦にも魔導呪文符のストックはあるだろうし、それは起動していないにしても、大きな魔法のひとつかふたつライナさんと俺とで落として砦を潰せば、戦局はだいぶ変わるでしょうな。まあしないけどさ。
「(んじゃ、帰りますか)」
「(らじゃー)」「(カァ)」
かなりの高度で現場の上空を何周か周回した3ドラゴン編隊は、南南西に進路を取ってファータの北の里へと向かう。
あとは、5、6日後にティモさんたち探索部隊が無事に里に戻れば、今回のリガニア紛争の調査探索作戦は取りあえず第1回目は終了としましょう。
現地の情勢や魔導呪文符といった物の存在なども知ることが出来たけど、果たして探索は上手く行ったと言えるのかどうなのか。
また、セルティア王国の国王さんに何をどのぐらい報せてあげるのかも、少し考えないとだね。
「(ねえねえ、ザカリーさま、エステルさま。探索作戦はこれでひとまず終了でしょー? そうしたら、ファータの里で夏休みかなー)」
「(ティモさんたちが戻るまで日にちもありますし、そうしましょうか)」
「(そうだね。こっちに来て直ぐに何かと忙しかったから、少しのんびりしようかな)」
「(賛成よー)」
昨年までの学院生時代なら、まだ夏休みは始まったばかり。
その学院を卒業して今年はいろいろなことがあったけど、ファータの里と周囲の森は涼しいし、ここで夏休みというのも良いのでは無いかな。
エステルちゃんとライナさんは、里で何しようと念話で楽しそうに話している。
さて俺はどう過ごそうかと、リガニアの大地の風景を眺めながら考えを巡らせるのだった。
ちょっと長くなってしまいましたが、今話で第二部第三章は終了です。
次回からは第四章になります。
それでは、引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




