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第120話 潜入と発見

 間もなく俺たち3人は、砦の裏手の出入り口の前に着いた。


 ジェル隊長以下の陽動攻撃部隊は、ライナさんの初撃の火魔法攻撃からいまは、ソフィちゃんとフォルくん、ユディちゃんを加えた4名によるファイアーボール攻撃へと移行している。

 その着弾音や焔の光が散発的なのは、傭兵部隊程度の攻撃に見せてわざと手を緩めているからだ。


 上空のクロウちゃんからの通信では、砦側も防壁の上から数名の魔導兵によると思われる、同じくファイアーボールで応戦しているそうだ。


 加えて左右に立つ監視塔や防護壁の上から矢が射掛けられているが、これは応戦というよりは陽が落ちて行き視界が覚束なくなっている状況で、こちらの4名による魔法発動の起点が明るく光るのに、なんとなく当たりをつけて射ているらしい。


 尤もうちの魔法要員たちは、無詠唱で魔法を発動後に直ぐに移動、距離を取ってまた撃つという訓練を常に基礎的に行っているので、そんなぼんやりとした攻撃に当たる訳は無いだろう。


 ジェル隊長指揮下の陽動攻撃部隊の戦術プランとしては、この魔法攻撃戦を暫く続け、次に総員が移動しながらの弓矢攻撃戦に移行する。

 これは普通の魔導兵の場合、間を置かずに魔法を撃ち続けるのはかなり疲労を伴うからで、弓矢が集団戦の次の段階として一般的だからだ。


 うちの魔法要員たちも、こんな手抜きのような緩い魔法を延々と撃ち続けるのは、普段の訓練でも想定はしていないのだけど、まあ撃ち続けようと思えば際限なく撃てるんじゃないかな。

 それでも弓矢戦に移行するのは、傭兵部隊程度に偽装しているのと、陽動攻撃としてなるべく長い時間に渡り敵の意識を引きつけて置くためだね。



 俺はカリちゃんとケリュさんとひと言ふた言、クロウちゃんからの報告と砦前面の交戦状況をやり取りし、それから眼の前の出入り口と周辺の様子を確認する。


 砦の防壁上部通路を移動しながら警戒にあたっていたボドツ公国兵は、陽動攻撃によりどうやら前面方向に急ぎ移動したようだ。


 それで裏手出入り口を挟んだ防壁通路の上にいま立っているのは、左右に1名ずつの兵だけとなっている。

 そしてその2名も、裏手の外に監視の眼を向けてはいるものの、自分たちの背後で始まっている攻防に意識を取られている様子が伺えた。


 まあこのように裏手の監視を手薄にしたことだけでも、ライナさん発案の陽動攻撃は功を奏している訳だ。


「(あのふたり、意識を刈っちゃいますか?)」

「(だね。頼む、カリちゃん)」

「(御意、でござる)」


 その返事もクロウちゃんから教えて貰ったの? まあいいけどさ。



 カリちゃんが動こうとしたその時、裏門の扉が開いてふたりのボドツ公国兵が飛び出して来た。

 彼らが外に出ると扉は閉められ、その2名の兵は二手に別れて走り出し始める。


「(あれは伝令だな)」

「(駐屯地と、もうひとつの砦?)」

「(援軍の要請だろうて)」

「(阻止しちゃいますか?)」

「(そうしよう)」


 まさに彼らが向かう方向は、ひとりは後方の駐屯地、そしてもうひとりは2キロほど離れたもうひとつの前線砦の方向だ。

 そしてその前線砦の方向の眼前には、先ほど俺たちが待機していた林がある。


「(聞いていたわ。こっちに近づく1名も見えたわよ。これはわたしたちに任せて)」と、俺たちの念話が聞こえていたエステルちゃんから念話が入る。


「(よし、そちらは頼む)」と発すると同時に、俺は縮地もどきで走り出して駐屯地方向に向かうもうひとりに追い付き、横に並ぶと同時に当て身で倒す。

 そして、追い付いて来たカリちゃんが、すかさず意識消失魔法を掛けた。


「(こちらも倒したわ。取りあえず気絶させてます)」と、エステルちゃんからも念話が入る。

 それに応えてカリちゃんが、「(じゃ、これ運んで、向うのにも魔法を掛けときます)」と、倒れている兵を重力魔法で浮かせて運んで行った。


 俺たちは姿隠しの魔法で見えなくなっているので、走っていたボドツ公国兵が勝手にひとりで倒れて、その後、ふわふわと空中を移動して行ったように見えるだろう。

 しかし陽は落ちて行き、辺りは仄かな月明かりのみで闇に包まれようとしているので、砦の監視兵からはこの様子が見えていない筈だ。


 ケリュさんが待機する裏手出入り口前にまで俺が戻ると、間もなくカリちゃんも戻って来た。


「(エステルさまも姿隠しをして、当て身で倒してましたよ)」とカリちゃん。

 エステルちゃんも咄嗟に姿隠しの魔法で消えて走り、向かって来る伝令兵を当て身で倒したようだ。

 まあこのぐらいの技なら、彼女には造作も無い。


「(余計な手間が増えちゃったけど、ではまずは、あの監視兵を始末しようか)」

「(ですね)」


 砦の前面では陽動攻撃部隊の魔法攻撃が続いているが、もう少しすれば弓矢戦へと移行するだろう。

 なので、その前には潜入してしまいたいよな。




 俺とカリちゃんは左右の二手に別れて、それぞれ監視兵が立っている防護壁の上部通路へと跳躍する。

 俺の場合はキ素力を使ったパワータンブリングだが、カリちゃんはそもそもが重力魔法で飛べるからね。


 そして監視兵の直ぐ側に着地と同時に、当て身で崩れ落とす。

 そこに、もう一方の監視兵の意識を直接に意識消失魔法で刈り取ったカリちゃんが跳んで来て、俺が当て身で崩した兵にも魔法を掛けた。


 ケリュさんもそれを見てヒュンと跳んで来たが、もちろんこの上部通路に立つ3人の姿は姿隠しの魔法で見えてはいない。

 俺は探査の力でその姿を確認出来るが、カリちゃんとケリュさんもまたそれぞれ別の方法で、互いの姿を認識しているらしいよな。


 それはともかく、意識が刈り取られた監視兵を通路に寝かせると、その上部通路から砦内部の様子を眺めた。


「(なんだか、ごちゃごちゃしてますね)」

「(狭い空間に、小屋やらなんやらを詰め込んでおるからだな)」

「(大部隊を収容する機能は無いみたいだね)」


 3人が感想を洩らしたように、砦内には簡易な建物が密集して詰め込まれており、あまり秩序だっていないように見える。

 30名程度の小規模部隊を3部隊、詰め込んで収容するのがせいぜいの空間だ。


 眼下の裏出入り口の扉から入った場所は、小さな広場のようになっていて少し広めの空間があるが、おそらくここは運ばれて来た補給物資などを下ろすなどを行う荷捌き場だろう。

 その前面には大きめの倉庫らしき小屋。左右には荷馬車小屋や馬を収容する簡易な車庫や厩舎もある。


 仮に荷捌き場広場として、そこから倉庫小屋の左右の横に沿って奥へ行く通路があり、その向うにはたぶん兵舎のような小屋が立ち並んでいる。


 この砦内には現在100名近くのボドツ公国兵が居る筈だけど、その兵たちはおそらくうちの部隊の陽動攻撃に対処するために、その更に向うの砦の前面出入り口方向に集まっているのではないかな。


 それを示すように、いま俺たちが居る防護壁上部通路をぐるりと巡った先には、10名以上の弓矢を射掛ける兵と数名の魔法を撃つ兵が見えていた。



「(弓手が15人ほど。魔法を撃っているのが、6人か)」

「(魔導兵が少ないな)」

「(まあ、そんなものでしょう。30名規模の小隊が3部隊として、各2名ずつ。もしかしたら、上に上がっていない魔導兵も居るかもですけど)」

「(それにしても、眠たい魔法ですねぇ)」

「(いまの魔導兵なぞ、あんなものだろうて)」


 カリちゃんの言葉通り、遠目に見える魔導兵の魔法発動の様子を見た限りでは、なんとも眠たい魔法だ。

 6人が6人ともファイアーボールを撃っているようだが、たいした威力は無いんじゃないかな。


 一方でうちの陽動攻撃部隊の魔法が、その上部通路から応戦しているボドツ公国兵に向かって直に着弾することは無い。

 着弾音や着弾時の焔の光からも、これは敢えて兵を直接狙わずに防護壁に当てて撃っているからだろう。


 上空から監視しているクロウちゃんに聞くと、砦側はまだ前面の扉を開いて部隊が打って出る様子は無いらしい。

 ただその扉の内側には、そこはやはりちょっとした広い空間になっているそうなのだが、おそらく残りの全部隊と思われる60名以上の兵が、3つの塊になって集合しているとのことだ。


 一方でうちの部隊の方では、ライナさんが「(飽きて来ちゃったわー)」とクロウちゃんに念話で愚痴を言っているらしく、またアルポさんやエルノさんたち爺様婆様も、そろそろ自分たちが手出しをしたくてうずうずし始めているそうだ。


「(これはそろそろ、ジェルさんが弓矢攻撃に移行させるなぁ)」

「(魔法攻撃も長引いて来ちゃいましたもんね)」

「(ならばこちらも、早くヤルマリを見付けんといかんぞ)」


 そのヤルマリさんならば、俺はもう探査の力で当たりをだいたいつけている。

 眼の前の倉庫らしき大きめの小屋内部の片隅に、ぽつんとひとり分の反応があるんだよな。

 でもその反応は弱々しい。


 あと、眼下の荷捌き広場の地面一帯に妙な反応があるんだよな。



「(あれって、アルさんが言っていた魔導呪文符とかいう物じゃないかな?)」

「(ちっちゃい木札がバラ撒かれてますね。微かにキ素力の変な感じがしますよ)」

「(起動させると、常時微量のキ素力が動くようになっておるのだ。それで踏むなど強く圧力を加えると、魔法が発動する。まあ簡単な仕組みだな)」


 ケリュさんがざっと解説してくれたが、呪文符にキ素力を込めて起動させ、バラ撒いて置けばあとは勝手に機能する地雷みたいなものだ。

 簡単な仕組みとケリュさんは言うけど、この世界でのいまの人間の技術だと、なかなか高度なものなんじゃないかな。


 尤も俺たち3人は地面に降りるつもりは無いので、間違ってあれを踏んでしまう心配は無い。


「(何枚か回収しときます)」とカリちゃんが重力魔法を遠隔で操り、3枚ほどの木札を浮かせて手元に引き寄せた。

 なるほど木札で、表面に呪文らしき古代文字が描かれている。


「(これって、起動中なんだよね)」

「(なに、我が解除しておこう)」


 とケリュさんが、空中にふわふわ浮いているその木札に手を翳すと、微量のキ素力の動きは消え去った。こういう点は便利な神様だ。




 その3枚の魔導呪文符の木札は俺の無限インベントリに収納し、さて、ヤルマリさんが捕らえられていると当たりをつけた倉庫小屋の屋根の上へと、俺たちは跳躍する。


「(この下ですね)」

「(だね)」

「(気配はひとつだ。しかし、さっきザックが言ったように、かなり弱いな)」


 先ほど防護壁の上部通路から俺が探査で見たように、ヤルマリさんと思わしき存在の反応はその真上の屋根の上から探っても弱々しい。


「(ふむ。これは急がねばいかん)」

「(早く中に入りましょう)」


 地面に降りて、おそらく鍵が掛かっているであろう入口を探して、それを開けて……えーと、面倒臭いな。


「(ここに穴を開けます)」

「(あやや、ザックさまっ)」


 カリちゃんの次の念話が聞こえる前に、俺は屋根に人がひとり通れるぐらいの穴をすぽんと開けた。

 まあ、木材の屋根で中に天井構造も無いのは分かっていたので簡単ですな。

 そして開いた穴から倉庫小屋の中に跳び降りる。


 そこは、倉庫内に簡易的に壁で仕切って造られた小部屋の内部の、更に木造製の檻の中だった。

 その檻にはベッドや椅子などの備品的な物は何も無く、板敷きの床にヤルマリさんが横たえられていた。



「(あ、これは酷い怪我です)」

「(だが、まだしっかり生命はあるぞ)」


 俺に続いて跳び降りて来たカリちゃんとケリュさんも、ヤルマリさんの状態にはいささか驚いたようだ。

 なにしろ、彼の顔面全体は幾度も激しく殴られたのか赤黒く腫れ上がり、顔の表面はでこぼこになって歪んでいる。おそらく鼻は折れているんじゃないかな。


 そして、たぶん身に着けていたであろう革装備は剥がされており、その下に着ている着衣は彼自身の流した血で染まったのか、ほとんど赤黒くなっていた。


 俺は直ぐさま、探査の力でヤルマリさんの身体の状態を診察する。

 幸いなことに頭部の脳が傷ついている様子は無い。鼻は折れ、片方の眼が潰されている。歯も何本か折れているな。


 首から下の全身はあちらこちらで筋肉が傷つき、内蔵の一部も傷ついて可能性がある。

 心臓は弱々しくもしっかり動いており、肺も大丈夫だが肋骨が何本か折れている。

 下半身では、右足の頸骨が折れてはいないものの罅が入っているようで、同じく左足の頸骨も状態が良く無い。


 この骨は所謂、弁慶の泣き所と呼ばれる部分で、体重を支える重要な骨であると同時に、ここが何か硬い物にぶつかると非情に痛い。

 おそらくは何か鈍器のような物で、この部分を何回も激しく打たれたのでは無いかな。


 そして、右手の人差し指と中指の2本が、切断されてはいなかったものの潰されていた。

 要するに、極めて酷い拷問の末による重体の状態だ。



「……、ま、また、尋問か……。ご、ごくろうな、こと、だ」


「(ヤルマリさんの意識が戻りましたよ)」

「良く頑張った。もう大丈夫だよ。助けに来たからね」

「そ、その声は……?」

「ザック、だよ」

「ザ、ッ、ク? あ、ああぁ、ザカリー長官……、と、統領ぉ」


 こちらは潰されていないが、おそらく視力も覚束ない片方の眼が薄く開かれ、眼球が俺の顔を捉える。

 そしてその目蓋からは、ゆっくりと涙が溢れ出したのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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― 新着の感想 ―
ヤバい、ちょっとキレそうだ…ザックじゃなくて私が!!
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