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第118話 作戦は認めてくれますよね

 タリニア近郊の森の奥深くに設置した野営拠点に到着した。

 早めに昼食を摂って出発準備を急ぎ、ドラゴン編隊も高速で飛行したので、まだ午後の早い時間だ。


 野営地を囲んで仮設した岩の目隠し防壁の側に、次々に着陸したカリちゃんとクバウナさんは直ぐに人化していつもの姿になる。

 そして最後にアルさんの巨体が音も無く着陸し、背中から俺たちが地上に降りると彼も人化した。


「アルポさんとエルノさんは、大丈夫そうだね。ミルカさんは……」

「はい。アル殿のお陰で、大空でアマラ様に少し近づいた気がしました」

「なんとも大袈裟じゃな。アマラさまにお会いしたければ、ザックさまに頼むと良いて」

「え? は?」

「アル、冗談はそこまでよ」

「なんじゃ、クバウナ。わしは冗談ではのうて……」


 まあまあ、まずはティモさんたちの顔を見て、それから作戦会議ですから。



「ほうほう、これはザカリー様とカリさんとで造ったのだな」

「昨日の仕事とはいえ、なんとも頑丈そうな防壁ぞな」


 この目隠し防壁は、多少の魔法攻撃にも耐えられるぐらいには造りましたからね。

 内部は半地下に掘り下げた地面を固めていて、出入り口は防壁を潜って降りられるようにしました。

 ただし屋根はありません。空から攻撃されることは無いからね。


 その出入り口から、ドラゴン編隊が降りたのを見たティモさんたちが飛び出して来た。


「ザカリー様ぁ、エステル嬢様ぁ、みんなぁ……」


 俺たちの姿を見たティモさんは、そう大声を出しながら駆け寄って来て、そして俺とエステルちゃんの前で地面に両手両膝を突いた。


 彼のこんな様子は初めて見たよな。

 今朝未明の出来事が起きたからだとは思うが、そうでなくてもこの2ヶ月余り、探索部隊の部隊長として毎日気持ちを張り詰めていたのが分かる。

 でも、気を緩めるのはまだ早いですよ。


「ティモさん、みんな、今日までご苦労さま」と俺は声を掛けながら、彼の手を取って立たせた。


 エステルちゃんも「この2ヶ月間、大変だったわね。ザックさまとわたしたちが来たから、もう大丈夫よ。取って置きの甘い物も持って来ましたので、それを食べて元気を出して、ヤルマリさんをさっさと取り戻してしまいましょう」と、笑顔でティモさんや探索部隊の皆の顔を見る。


「はいっ」「おおっ」

「統領直下のみなさんが揃っておられる」

「これでもう安心だな」

「ところで、取って置きの甘い物とは何ですぞ?」

「エステル嬢様、もしかして?」

「うふふ。さあ、中に入って作戦会議をしますよ」


 ティモさんだけは直ぐに分かったみたいだけど、夏の暑さで溶けないように俺の無限インベントリにショコレトールを入れて持って来ていますよ。

 里ではまだ、エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんにこっそり振舞っただけだ。


 ところでケリュさんやアルさん、クバウナさんは最後尾から付いて来ていたのだが、野営拠点に入ったところで彼らも居ることに、ようやく落ち着いたティモさんが気付いた。


 えーと、シルフェ様たちも含めて、この方々が里に顔を揃えて居るのをいちおう話して置きましょうかね。

 ケリュさんはシルフェ様の旦那さんですね。そうですね。はっきりとは言いませんけど想像してください。


 それからアルさんとクバウナさんは、伝説や物語に出て来る黒と白のエンシェントドラゴンで、カリちゃんの師匠と曾祖母ひいおばあちゃんで……あ、平伏しなくて良いからさ。ティモさん、皆を立たせてください。




 まずは持って来た食料や野営に不足している物資なんかを出して、それから全員が座れる椅子も出して、ついでにテーブルも出して。

 簡易的に設えてある竃では、ソフィちゃんにフォルくんとユディちゃんが紅茶の用意などもしてくれる。


 この現場で隠すのも面倒臭いので、俺の無限インベントリやうちの者たちが肩から提げているマジックバックから、そういった道具やら備品やらも次々に出した。

 もちろんこの様子を見た探索部員の面々は、眼を丸くしていたけどね。


「統領は、歩く雑貨屋さんだそうな」

「そうすると独立小隊の皆さんで、さしずめ、どこでもお店を開ける移動商会ですかね」

「戦場だと、補給部隊を必要としないだけでも恐ろしいことですよ」

「それも長官自らが運ぶのだからなぁ」


 はい、そんなところに感心している場合では無いです。

 全員が座って紅茶とショコレトールが行き渡ったら、作戦会議を始めますからね。



 まずはあらためて、辺境伯チームの前線砦潜入とヤルマリさんが捕らえられた経緯を確認した。

 同じチームのクイスマさんが現在も砦を見張っているので、リリヤさんから詳細を話して貰う。

 それによると砦後方の通用口と思われる出入り口から、ふたりは潜入を果たしたそうだ。


「馬車が通れるぐらいの幅の扉があるのですけど、その通用口部分だけ周囲を囲む壁よりも低くなっていまして。もちろん、普段は壁上部の通路を巡回して警備する兵の数が多いんです。でも昨晩は砦内の人数が減っていたこともあり、見張りが手薄となっていました」


 それでヤルマリさん、クイスマさんと順番にその通用口扉の上部を跳び越えて、砦内に潜入したということだ。

 リリヤさんは通用口外の近くに潜んで待機し、見張り兵の巡回が見えたら指笛で報せる役割だったという。


「潜入が上手く行ったと思ったその直後、砦の中でバリバリっという音と共に、激しく何かが光ったんです。それで一気に騒がしくなり、クイスマが慌てて通用口を跳び越えて外に戻って来ました」


「その音と光の正体が、ヤルマリさんが罠に捕らえられたものだったんだね」

「はい長官。距離を取っていたクイスマは、それでヤルマリ主任が倒れたのを見ていました」


 それを聞いた俺とアルさんは顔を見合わせる。


「雷魔法の罠じゃな。魔導具か、いやおそらく魔導呪文符じゃろうな」

「魔導呪文符? 師匠、なにそれ」

「魔法を起動させる札のようなものじゃよ、カリ。もしかしたら、ザックさまとクロウちゃんの方が詳しいのでないかの」


 アルさんが推測した魔導呪文符とは、たぶん俺の前世での陰陽道で言う呪符のようなものだろう。


 要するに呪法の文字や記号を記した札で、だいたいは紙が用いられるが木札でも使われ、その呪符を貼ることで呪法をその場に固定したり、あるきっかけで呪法が発動されたりする。

 それが魔法に置き換わったのか。そんなものがこの世界にもあるんだね。カァ。



「僕が想像するに、雷魔法を発動させる呪文が描かれた木の札か何かが、警備が薄くなる夜間とかにその通用口から入った通路辺りにバラ撒かれていて、たぶんだけどその木札を踏むことで魔法が起動する仕組みになっていたのではないかな」


「ザックさまの推測が正しいじゃろうて。古代文明時代は魔導具が発達しておったが、まあそれなりに高価だったので、単一の魔法を発動させるだけの用途で、そんな魔導呪文符も使われておったのじゃよ」


 その高価な古代文明時代の魔導具が大量に、当のアルさんの洞穴の倉庫に山なりに放置されてるけどね。


「その大昔の魔導呪文符が残ってたのか、それともそれを作り出せる人間が今でも居るかも、ということかしら、アル」

「実際に魔導呪文符が現在も存在するとすれば、クバウナ。まあそういうことよな」


「だとするとアル殿。そんなものをボドツ公国が所有していて、この前線に持込んでいることになりますよね。いやもしかしたら、北方帝国から来たものか」


「ミルカよ。いまはその詮索をする前に、ヤルマリの救出を段取りするのが先決ではないか」

「あ、そうでありました、ケリュ様」


 ボドツ公国は北方帝国ノールランドの庇護下にある。と言うか、ほぼ傀儡国だ。

 かつて長駆、北方帝国を横断してボドツ公国まで至る探索旅を経験したミルカさんがそんな懸念を口にしたが、ケリュさんの言うように、いまはヤルマリさんの救出作戦を速やかに立てて実行に移す必要がある。



「じつはここに来る間に作戦の検討をしていまして、ライナさんの案でこんな方法はどうかと……」


 ライナさん発案の陽動作戦を組み合せた潜入救出作戦を俺は説明した。


「どうですか? ミルカさん、ジェルさん、オネルさん、みんな」


 たぶんブルーノさんやアルポさん、エルノさんは賛成してくれると思うので、名前を挙げた3人の方を見て意見を求めた。特に戦闘指揮官のジェルさんの同意は必だ。

 もちろん、現地を良く知るティモさんたち探索部隊員の意見も聞きたい。


「ライナの案、ですか」と、ジェルさんがライナさんの方に眼をやる。

 そのライナさんは、てへっ、という感じで可愛くと言うか色っぽく舌を出してます。


「初めはさー、ザカリーさまとカリちゃんのふたりだけで、姿隠しの魔法で潜入するというのが、ザカリーさまのアイデアだった訳よ。でもそれよりも、わたしたちが現場に行って支援した方が良いでしょー。だったら、こっちは陽動で動いて注意を引いて、タリニアの傭兵部隊が取り返しに来たって思わせるのはどうかなって」


「まあ、妥当な作戦と言えば、妥当だな。なにより、ふたりだけを送り込むのは極めて危険だ」

「危険なのは、ボドツ公国側ですけどね。ついでに砦内部をめちゃくちゃに破壊して来るとか」

「それは、やめてください、長官」


「だからさー、あくまでタリニアの傭兵部隊程度の作戦と見せ掛ける訳よね。傭兵部隊ならちょっとぐらい攻撃したって、たかが知れてるでしょー」

「なるほどな。われらが近くで動けるし、ふたりが酷いことをするのも防げるか。どうですかな、ミルカ部長」

「あくまで傭兵部隊が起こした戦闘であると。そのどさくさに紛れて、ヤルマリが逃げ出したというていになれば良いですな」


 俺とカリちゃんが酷いことをするのを防ぐ、という理由はともかく。

 ジェルさんたちが基本的に同意する意見を口に出したので、ライナさんは俺の方を見て片目を瞑りウィンクをした。


「しかしライナ。なぜ、まずはわたしにその作戦を言わなかったんだ」

「だってジェルちゃんはさー。空の上じゃ役に立たないじゃない」

「うっ、それは……」


 その自覚があるジェルさんを黙らせるのは、ライナさんにとっては簡単なものですな。



 ともかく他の皆からも反対意見は無く、救出作戦の基本線は決まった。

 あとは陽動部隊と潜入救出チームそれぞれの具体的な戦術だね。


 まずは当初からの作戦案通り、潜入要員は俺とカリちゃんのふたり。

 それにバックアップ要員として、辺境伯チームのリリヤさんと現地に居るクイスマさん、そしてエステルちゃんとリーアさんが付く。


 まあリリヤさんとクイスマさんだと俺とカリちゃんの扱いが手に余るので、エステルちゃんとリーアさんが補助というかお目付役ですね。

 これはエステルちゃんの戦闘力が圧倒的に高いのもあるが、お目付役で側に居ると主張するのは俺が幼少期の頃から変わりません。


 一方で陽動部隊の指揮官はもちろんジェルさんで、副官はオネルさんだ。

 参加する部隊員はライナさんにブルーノさん、アルポさんとエルノさん。それからティモさんチームの探索部隊員3人と、ハッリさんたち爺様婆様チームの4人も加わる。


 ソフィちゃんとフォルくん、ユディちゃんも部隊に加わりたいと強く願い、ジェル隊長は俺とエステルちゃんに決定を求めた。


 そこでミルカさんが、「この3名は、私が責任を持ってサポートします」と請け合ってくれたので、俺とエステルちゃんも参加させることに同意しました。

 何ごとも経験だし、経験豊富なミルカさんなら任せられるだろうという判断だ。あと、上空で作戦を監視するクロウちゃんにも頼んで置く。


 ちなみにケリュさん、アルさん、クバウナさんは、作戦にはもちろん参加しません。

 彼らは後方で観戦しながら、百万が一の何かがあった場合に備えてくれるそうだ。

 その百万が一のことが起きたら、この紛争の前線の状況は一挙に変化してしまうんじゃないかと思うのだけど、まあ百万が一の事態だからね。



「陽動部隊は17名だの。傭兵部隊の小隊程度で良い感じの兵数か」とはアルポさん。

 確かに昨日のタイガーファングとかいう傭兵部隊の第3小隊が21名だったので、それほど違和感の無い数だろう。

 ただしこちらの部隊は、老若男女の振り幅がかなり大きいですけどね。


「それでティモ、ハッリ、こっちの傭兵部隊の戦闘力はどの程度ぞ」

「われらは、そいつららしく偽装せねばならんのよな」


「アルポさん、エルノさんよ、せいぜいが山賊を多少獰猛にして、少しばかり毛の生えた程度だて」

「そうですね。うちの騎士団の半分ぐらいの戦闘力でしょうか」

「そんなものかいの」

「これは真似するのが、却って難しそうだぞ」


 ティモさんが言ううちの騎士団とは、要するにグリフィン子爵家騎士団のことで、その半分の戦闘力というと、一般の貴族家騎士団よりも少し弱いといった程度ですかね。

 贔屓目ではなく、うちの騎士団は強いからね。


「多少は一時いっとき強くなって、いつもより多めに敵を倒した、ということでも良いか」

「長い紛争だて、そんなこともあってもおかしくは無いな、アルポ」

「まあまあ、この元の工作部隊長と副部隊長の爺さんふたりは、なんとも血の気が多いことですよ」


 ファータの爺様婆様が集まり、ティモさんたち現役の若い衆をつかまえてそんな風に盛り上がっている。

 その辺のコントロールは、ジェルさんとオネルさん、それからミルカさん、お願いしますね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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