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第117話 救出作戦

 クロウちゃんがもたらした知らせは、昨日にティモさんたちと無事に接触出来たという先ほどまでの皆の安堵を一変させた。


「クロウちゃん、捕らえられたのは誰ぞ? 辺境伯のチームじゃったな」

「エーリッキさん、まずは落ち着きなさい」

「そ、そうでありましたな、すみませぬシルフェ様」

「それで、どの子かしら」

「カァカァ」

「ヤルマリさんなのね」


 キースリング辺境伯家から派遣された探索部隊員は、ヤルマリさん、クイスマさん、そして女性探索者のリリヤさんだ。


 この3人のうち、ヤルマリさんはチーフ格と言っていい。

 つまり経験豊富な探索者であり、どうしてその彼が捕まってしまったのか、魔法か魔導具か何かの罠らしいということだけど。


 いずれにせよ、その彼がボドツ公国の前線砦に潜入し、続いてフォロー役としてクイスマさんも潜入。そしてリリヤさんは砦の外で待機していた。


「ティモたちはいま現在、どうしておるのかな?」

「カァカァ、カァカァ」

「予定通り森の野営拠点に向かったそうよ、ユルヨ爺。そこでハッリさんたちと合流し、救出策を相談するのと、ザックさまからの指示を待つというのが、まずはティモさんの考えですね」


 クロウちゃんの言葉をエステルちゃんが皆に通訳した。

 あと、ヤルマリさんが捕らえられた砦の見張りに、クイスマさんが砦近くの潜伏地点に引き返したそうだ。

 ただし、水や食料等の備えが尽きているので、これは補給してあげなければならない。



「どうするんだ? ザック」と、それまで黙って聞いていたケリュさんが俺の方に顔を向けた。

 その問い掛けに、この場の全員も俺の言葉を待つ。


「どちらにせよ、野営拠点に補給物資を届ける必要がありましたから、まずは昨日の3人でこれからもういちど……」

「ザカリーさま」

「長官」


 ジェルさんやミルカさんたち、ほとんど全員が同時に声を挙げた。

 俺が口にした昨日の3人のひとり、エステルちゃんはやれやれという表情で、カリちゃんはニマニマしている。


「えーと」

「そう言うと思ったが、今回はわれらも行きますぞ」

「そうです。こんな事態でいくらエステルさまとカリちゃんが一緒とはいえ、ザカリーさまだけを行かせる訳にはいきません」

「ひとりでその砦とかに走って、大暴れしちゃいそうよねー」

「それはダメですぞ、長官」


 お姉さんたちが口々にそんなことを言ったけど、砦で大暴れとか、そんなことしませんから。

 余所の戦争に勝手に手を出したりは、さすがに俺でもしてはいけないことぐらい分かっていますからね。


「ということだと、ようやく自分らの出番だなブルーノさん。なあエルノ」

「まずは出張ろうかいの」

「これは行かざるを得やせんかね」


 いささか血の気の多いアルポさんとエルノさんは、昨晩の俺たちの話からどうやらムズムズしていたらしいが、こういう際はいちばん頼りになるブルーノさんを巻き込んで手を挙げた。



「あのザックさま、僕らも」

「一緒に行きますよ、エステルさま」

「兄さま、姉さま、わたしもです」


 里の子供たちとの朝の訓練を終えて戻って来ていたフォルくんとユディちゃん、そしてソフィちゃんもそう手を挙げる。

 リーアさんはエステルちゃん付きなのでもちろんとして、つまり全員ですか。ミルカさんもですか?


「わたしはその、軍監としてご同行します」


 ですか。要するに、何を仕出かすか分かったものではない王都屋敷メンバーのお目付役ですよね。


「(どうしよう、エステルちゃん)」と、俺は念話で彼女の意見を聞く。


「(そうですねぇ……)」

「(こんな事態で皆を置いてくと、不満が溜まるわよ)」

「(そうなんですけど、お姉ちゃん。でも、フォルくんとユディちゃんやソフィちゃんまで)」


 特にフォルくんとユディちゃんは、先の南方行きも含め何かと留守番が多いので、ここでまた里で留守番を申し付けると、確かにフラストレーションが溜まりそうだよな。


「(その森の野営拠点までなら、良いんじゃないかしら?)」

「(それならダイジョウブよー、エステルさま)」

「(そう、ですね)」


 ファータの一族の祖たるシルフェ様の助言もあって、エステルちゃんはひとまず納得したようだ。


 俺としては、王都屋敷メンバーの全員がそう主張するだろうことは直ぐに分かったし、実際にヤルマリさんの救出作戦を誰がどう遂行するのかは別として、シルフェ様の言うように森の野営拠点までは皆で行く考えに落ち着いていた。



「では、いま手を挙げたメンバーは、まずはタリニア近郊に設けた野営拠点に行くこととする。ヤルマリさんの救出は現地のティモさんたちと合流してから、どう実行するかを決めます。出発は昼食をいただいてから。ユルヨ爺はどうします?」


「わたしは、ここで吉報を待つことにしましょうぞ」

「エーリッキ爺ちゃんもいいですね?」

「統領にお任せしまする」


「さて、そうすると人数が多いけど、事は迅速に行いたいんだよね」

「カリだけでもなんとかなりそうじゃが、わしが乗せて行こうかの」


 黙っていたアルさんがここで発言して、皆を運んで行ってくれるそうだ。


 里まで乗せて貰って来た者たちにミルカさんとアルポさん、エルノさんが加わるから、自分で飛んで行くカリちゃんとクロウちゃんを除いて13名ですかね。

 カリちゃんよりも大きなアルさんならば安心だ。


「そうしたら、わたしも行きましょうかね」

「クバウナが行くのなら、我もだ」

義兄あに上も?」

「なに、我は手は出さんて。ただその砦やら何やらは、少し見ておきたい」


 要するに、地上世界の様子を観察するために降りて来た戦神いくさがみとして、紛争の最前線の状況は確認したいということですか。

 また、大昔にこういった様々な争いの場にアルさんと共に姿を現したクバウナさんも、彼女なりの考えがあってか、同行したいと申し出た。


 もしかしたら俺にカリちゃん、アルさんと、ある意味何を仕出かすか分からない点で最凶のトリオが前線で揃うのに対して、ミルカさんと同じようにお目付役として行くですかね。そこにケリュさんも加わるし。



 ◇◇◇◇◇◇


 里の迷い霧の外、いつものアルさんたちドラゴン発着地点から俺たちは出発した。


 なお、里の者たちに本件はまだ伝えていないが、このあとエーリッキ爺ちゃんとユルヨ爺で長老衆を招集するという。

 里の誰もが元探索者なので、こういった事態に無用な動揺などはしないだろうが、血の気の多い爺様婆様が揃っているからね。


 あと、空を飛んで行くのがたぶん初めてのミルカさんとアルポさん、エルノさんだが、こういった事態なので度胸は決めたみたいです。


「ちょいと急ぐが、なに、心配する必要は無いて」

「お手柔らかにお願いします、アル殿」

「アルさんの背中は、まるで船の上のようですの」

「この歳になって、こんな経験をするとはな」

「準備は良いかな。ならば飛びますぞ」


 3人ともドラゴンの姿は多少とも見慣れているとはいえ、その背中に乗って座るという体験を楽しむ余裕は無いだろう。

 でも小声に抑えていても、腹に直接響くような声で話すアルさんとそんな風に言葉を交わしているので、たぶん大丈夫そうですね。



 まずはクロウちゃんを頭の上に乗せたカリちゃんが飛び、続いてクバウナさん、そして俺たちを乗せたアルさんが舞い上がった。


 3人ともある程度の高度までは念のために白い雲に包まれ、そして昨日と同じく千メートルぐらいで雲を霧散させてドラゴン編隊となる。

 前方には先導するカリちゃん。その後方に三角形を作るかたちでクバウナさんとアルさんだ。


「(カリ、1時間ほどじゃな?)」

「(そこまでかからないと思いますよ、師匠)」

「(あなた、方向を間違えないのよ)」

「(ダイジョウブですよぉ、お婆ちゃん)」

「(少し速度を上げるぞ)」

「(らじゃー)」


 白と黒のエンシェントドラゴンの編隊が、素晴らしい速さで大空を行く。


 何とも頼もしい限りだけど、普通に人間がこの光景を見たらこの世の終わりと思うかも知れないよな。

 俺からすると、お爺ちゃんとお婆ちゃんが曾孫娘に手を引かれて、少し嬉しそうに足早に進んで行く情景に見えたりするんだけどね。


「(それでザック。どうやって救い出すつもりだ?)」


 前方のカリちゃんと左を飛ぶクバウナさん。その優美な白竜の姿を眺めていると、俺の隣でひとり寛いでいたケリュさんがそう聞いて来た。

 あとの搭乗者たちはエステルちゃんも含めて、最前線へ赴き仲間を救出する緊張感からか、大人しく座り込んでいる。


「(まだ、具体的には考えていないのですけどね。僕とカリちゃんとで、姿隠しの魔法で潜入してしまえば、それほど難しいとは思わないんですよね)」

「(潜入するのはそれで良いとして、監禁されている場所を探し出すのも、まあおまえなら難しく無いだろう)」


 姿隠しの魔法の長時間維持については、エステルちゃんは少し不安があるけど、俺とカリちゃんなら問題無い。

 あと監禁場所の捜索に関しては、前世の神サマから与えられた探査や検知、空間把握といった能力もあるからね。


「(そのヤルマリを見つけ出して解放したとして、生身の人間を連れて脱出するのはどうする)」

「(敵に見つかっても、いざとなったらカリちゃんの意識消失魔法で意識を刈ってしまえば、なんとかなります)」


 昨日の都市同盟側の傭兵と同じく、ボドツ公国兵に対しても敵方とはいえ殺したりしてはいけないよな。

 であれば意識を刈り取って、少し寝ていて貰えば良いだろうとは思う。


 アルさんだったら、大人数の意識だけでなく記憶をいちどに混濁させ失わせる黒魔法なんかを遣うだろう。

 そういえばずいぶんと以前に、ナイアの森に跋扈していた強盗団の連中を捕らえて、その魔法を掛けて貰って王都のフォルス大門外に放置した記憶が蘇る。



「(しかし、ザック。その作戦をエステルやジェルさんが許すかな)」

「(そこなんですよね)」


「(ふたりだけで潜入するとか、ダメですよ)」

「(あ、エステルちゃん、聞いてた?)」

「(それは聞いてますよ)」

「(わたしも、聞こえてますよ)」

「(わたしもね)」

「(聞いておったのじゃ)」

「(わたしも聞いてたわよー。たぶんジェルちゃん、それだけだと賛成しないわよ)」


 でありますか。念話が出来るこの場の全員が、それは聞いてますよね。



「(わたしが思うにさー、まずは陽動が必要なんじゃないかしら)」

「(ふむ。ライナさん、続けてくれ)」

「(ありがとうございます、ケリュさま。で、昨晩は3つの部隊のうち、ふたつが出撃していて手薄だった訳でしょ? それで侵入されたんだから、たぶんだけど暫くは砦を固めて警戒を厳しくすると思うのよね)」


 そうだね。ライナさんの見立てはおそらく正しいだろう。

 侵入者を捕らえたあとの動きとしては、前線本部である駐屯地に報告をして指示を待つ。

 同時に侵入者を尋問。あとはもうひとつの砦にも連絡して、連携し救出や攻撃に備えるために守りを固める。


 俺たちとしては、砦よりも遥かに守りが堅いと考えられる駐屯地にヤルマリさんが移送されてしまう前に、救出を行う必要があるよな。

 でもライナさんの言うように、砦でも守りが手薄になるのを防ぐために偵察部隊が出撃するのを、移送までは控える筈だ。


「(だから、その状況を崩すために、タリニア側の作戦と見せかけて、陽動攻撃で砦から部隊を引っ張り出すか、外に引っ張れなくても、応戦状態にする必要があると思うのよねー)」

「(なるほどな、ライナさん。それで同時に、侵入者をタリニア側の者と思わせる訳だな)」


「(そうそう、ケリュさま。そう出来れば、なおいいわよねー。どうかしら、ザカリーさま。これならわたしたちも働けるし、その陽動作戦の最中に潜入するのなら、ジェルちゃんも許可を出すと思うわよ)」


「(わかった。僕もその案が良いと思う。あとは、その偽装の陽動攻撃を行っていいかどうか、ミルカさんの考えも聞かないとだ。エステルちゃんとクロウちゃんはどう思う?)」


「(そうですね。幸いわたしたちの装備は、傭兵の連中とそう変わらないものにしてますから。それに、ザックさまとカリちゃんが潜入するとして、その近場でわたしたちが働くのが肝要です。いざというときは、総攻撃で砦を殲滅出来ますし)」

「(カァ)」


 要するに俺とカリちゃんを目の届く範囲に置いておくのと、自分たちも作戦に参加するのならば、ジェルさんたちもそしてエステルちゃんも作戦に同意するという話だ。


 ただ、そのいざという時の砦の殲滅は、俺とカリちゃんのふたりだけでも可能だけど、しない方がいいですよね。

 ちなみにクロウちゃんは、ひと言、賛成ですと。



 暫くして、「(もう少しで、タリニアの森ですよ)」とカリちゃんからの念話が来た。


 ではティモさんたちと合流して、ライナさん案をベースに具体的な救出作戦を相談して、速やかに実行してしまいましょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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