第115話 ティモさん発見と前線エリアの観測
カァカァ。暫く雑談などをしながら待っていると、クロウちゃんから通信が入った。
え、発見した? ティモさんも気付いたんだね。いま接近しているところか。視覚を繋げていいかな。
うん、ティモさんだ。側にヴェイニさんも居る。それからもうひとりの女性は、ブライアント男爵家から派遣されている、えーと、ソニヤさんだね。
「クロウちゃんがティモさんたちを発見したよっ」
「えっ、そうですか、良かった。ティモさんひとりですか?」
「ヴェイニさんと、男爵家のソニヤさんが一緒だ」
「ということは、ティモさんチームの3人ですね」
空から近づくクロウちゃんの方に向けてティモさんが両手を伸ばすのが見え、そのティモさんの大きな驚きと少しの困惑と、ほっとしたような安堵が入り交じった表情がはっきりと見えた。
クロウちゃんはそのままティモさんの頭の上に止まったが、そこだとティモさんの顔が見えないので、場所を3人の見える位置に移してくださいな。カァ。
俺とクロウちゃんは視角の同期と同時に、クロウちゃんを通じて音も拾える。だが、こちらの言うことを音声として相手に伝えることは出来ないので、俺が言う言葉をクロウちゃんに伝えて貰わないといけないんだよね。
ただそこのところは、ティモさんも長年一緒に過ごして来たことからクロウちゃんの言葉が理解出来るので、まあこうした通信を通して間接的ながら会話が成立するだろう。
「クロウちゃん、どうして? あなたがここまで飛んで来たということは、ザカリー様やエステル嬢様も?」
「カァカァ、カァ」
「ああ、探索部隊からの連絡が無いので、里にまで皆で来て、それでザカリー様とエステル嬢様がカリさんに乗って、空からの偵察で近くまで来たんですね。それは申し訳無いことでした」
レイヴンのオリジナルメンバーであるティモさんは、直ぐに状況を理解したようだ。
俺たちの性格や行動の仕方を良く分かっているからね。
それで俺たちが偵察飛行して来たことと、ハッリさんたち爺様婆様チームが傭兵部隊に追われてそれを助け、現在タリニア近郊の森の中に野営の仮拠点を設置したことを簡潔に伝えた。
対してティモさんたちの状況はどうですかね。
「なんと……あの宿のツェザリさんが、裏切りましたか。しかし、ザカリー様の危機を嗅ぎ分けるお力は、もの凄いものです」
「カァ」
いや、別に危機を察知してタリニアの近くに今日飛んで来た訳じゃ無いからね。たまたまだよ。ただ、そういうのに遭遇する率が高いとは言える。
「こちらの状況は里の年寄りから聞かれていると思いますが、いま自分たちはボドツ公国の前線砦が望める場所を確保して潜伏し、後方の本部駐屯地に向かう荷駄などが出ないかを見張っているところです。辺境伯チームの3人も、もうひとつの前線砦の近くで同様に見張りを行っています」
なるほど。前線基地である砦が2ヶ所あって、その両方にうちの探索チームが分かれて貼付いているんだね。
そして荷駄隊などが1、2キロほど後方にある駐屯地に向けて出た場合、それを追跡し駐屯地に侵入する隙を伺おうということのようだ。
俺は前線の探索チームの状況をエステルちゃんらに話しつつ、クロウちゃんを介して、今日は日帰りで里に戻らなければいけないことなどをティモさんに伝えた。
「わかりました。辺境伯チームとも、ザカリー様たちの到着や状況を共有します。それで、こちらもそろそろ食料などが切れますので、本日は見張りを続け、明日にはいったんその森の野営地に行きます」
「カァカァ」
「そうして貰えますか? クロウちゃん」
「カァ」
ティモさんの話を受けたクロウちゃんは、ティモさんたちをいま俺たちが居る野営地まで誘導するため、今日明日はこの地に残ることにすると言った。
まあそれが最善だろう。彼ならばティモさんの潜伏場所、森の中の野営地、そしてファータの北の里と、短時間で速やかに移動することが出来る。
そうしたら、僕らはもう少ししたら里に戻るので、頼むねクロウちゃん。カァ。
「お腹が空いたら、この野営地に戻って食べなさいって、クロウちゃんに伝えておいてくださいね」
「わかった」
エステルちゃんの指示で俺は、無限インベントリにストックしてあった食料や食材を出してこの野営地に置いておくことにした。
爺様婆様たちが確保していた補給食料は、宿に残したままで逃走したからだ。
とは言っても夏場で食料が傷み易いので、簡易の氷室でも造っちゃいましょうかね。
野営地の取りあえずの整備も終え、ティモさんたち前線探索チームの現況も知ることが出来たので、俺とエステルちゃんとカリちゃんは里に戻ることにして飛び立った。
でも里への還り飛行の前に、その件のまるで軍事都市のようだという本部駐屯地を、上空から観察してみましょうかね。
まずはタリニアの街の上空。なるほど、ここまで見て来たなかで最も大きな同盟都市であることが分かる。
街を囲む都市城壁も高さがあり頑丈そうで、上部通路にも多くの傭兵らしき姿が見える。
またその都市城壁の外側を更にぐるりと、おそらくは紛争開始後に造られたであろう木製らしき防護柵が囲んでおり、都市城壁とその防護柵の間には何ヶ所か監視塔が建てられていた。
これで更にその外側に掘でも掘って囲めが万全なのだろうが、さすがにそこまではしていないものの、上空から観てもかなり守りの堅そうな城郭都市のようだ。
そのタリニアから暫く西北西方向に大空を移動すると、クロウちゃんが合流して来た。
カリちゃんが飛び立ってからは通信を繋ぎっぱなしにして、こちらの位置を彼には逐次把握して貰っているので、それを辿って来た訳だ。
「(あなた、偉かったわね)」
「(さすがはクロウちゃんですよ)」
「(カァ)」
エステルちゃんとカリちゃんに褒められ、彼は飛行中の定位置であるカリちゃんの頭の上に止まってご満悦だ。
「(でも夜は野営地に戻って、ご飯をちゃんと食べるのよ。あなたのご飯と甘露のチカラ水は、ヒルマさんとキルシさんにお願いしてあるから、このふたりに言って貰いなさいね)」
「(カァカァ)」
エステルちゃんは今回のように、クロウちゃんが俺や彼女から離れて独りで、特に知らない場所で行動する場合は、お母さんのように心配性になるんだよね。
10年以上も前に、隠れて覗いていた彼女が見つかって初めて出会ったとき、クロウちゃんに突つかれていたのが懐かしい。
やがて前方の地上に、ふたつ在るというボドツ公国前線基地の砦が見えて来た。
俺は先ほどクロウちゃんの目を通して見ていたが、エステルちゃんとカリちゃんは初めてだ。
「(ほほう、ちっちゃい砦ですねぇ。ブレスで一発か二発ですかねぇ)」
「(カァ)」
確かにそれほど大きくは無いけど、前線の小部隊出撃基地としては充分なのではないですかね。
手間を掛けた石造りではなく木造であるのも、守りに徹する必要が無く、また都市同盟側が積極攻勢に出ないことも見越してなのだろう。
まあ、空からドラゴンのブレス攻撃や魔法攻撃がされるとかは、想像の埒外だろうけど。
兵員の収容数は100人ぐらいがせいぜいか。
ボドツ公国の偵察ちょっかい部隊が一単位で20人から30人程度ということなので、3部隊ほどが収容されているのではないかな。
いま俺たちが見ている此処ともうひとつの砦の2ヶ所を合わせると、150人から200人の兵力が常駐しているのではないかと推測出来る。
ただし、その程度の兵力なのでと言って単純に侮るのは、この世界では出来ない。
例えば、うちのジェルさんたちのような一騎当千の剣士や戦士が多く居たり、あるいは半数が魔導士で攻撃魔法の飽和攻撃などをされると、なかなか厄介だ。
尤もこれは互いの部隊に言えることだけどね。
「(そうしたら、序でにその駐屯地とやらも見てから帰りますか。方向はこっちだよね、クロウちゃん)」
「(カァ)」
「(前方にそれらしきものがもう見えてますよ、ザックさま)」
「(よしカリちゃん、上空まで行って旋回だ。ただし見張りの数も多いだろうし、監視が厳しいらしいから、あまり降り過ぎないように)」
「(らじゃー)」
前線基地の砦から後方に2キロほどということなので、直ぐにその全貌を眺めることが出来た。
ふたつの砦からそれぞれに土が固められた道が伸び、左右からのそれが交差する地点が広場のような場所になっており、それに面して大きな門を構えたその駐屯地が存在している。
駐屯地と言うか、こちらも城塞のような感じだよね。
規模的にタリニアのような同盟都市ほどの大きさはもちろん無いが、それでも小規模都市であるリブニクの半分ぐらいの広さはあるだろうか。
まあ、軍事都市みたいだという表現は決して大袈裟では無いみたいだ。
その軍事都市を囲む城壁は空から望見するところ、下3分の1ぐらいが石積みでその上に木材の防壁が組まれているようなので、10年に渡って長期化した紛争のなかで、恒久拠点としてボドツ公国が建設して来たのが伺える。
ただしその内部には、おそらく兵舎や倉庫などの軍関係の施設と思える木造平屋建ての建物ばかりが並び、また兵士相手に商売を行う若干の店舗らしきものも見えるが、なにしろ空からの観察なのではっきりとはしない。
あと多くの騎馬や荷馬車と、それらを収容する厩舎や馬車庫らしき建物なども纏まって在る。
そしてそれらの平屋群のいちばん奥、つまり正面門と反対側の奥に、部分的に2階建てのかなり大きめの建物が存在していた。
「(あれが司令部的な建物ですかね)」
「(どうやらそう見えるね。建物の前にちょっとした広場らしき場所があって、そこから正面の門まで広めの道が通っているな。)」
「(あのおっきい建物に、何発か魔法を落としときましょうか)」
「(やめましょうね、カリちゃん)」
「(はーい)」
クバウナさんの曾孫娘であるカリちゃんは、曾祖母ちゃん直伝の白魔法を会得しているのと同時に、うちに来てからは師匠であるアルさんの黒魔法をかなり修得している。
それ以前の人間が遣うような四元素魔法はもちろん凶悪なので、まあ万能型の魔導ドラゴンと言って良いのですかね。
その彼女が魔法を何発か落とすと言ったら、壊滅的な被害をもたらすだろうな。やめとこうね、カリちゃん。
しかしかなり高度を取ったこの空から観測するだけだと、実際に戦闘に投入出来る兵力がどのぐらいあるのかは分からない。
ましてやどんな戦略や戦術を用意している、あるいは取組んでいるのかは、やっぱり地上でのヒューミント(人的情報収集)に頼らざるを得ないですかね。
「(さて、帰ろうか)」
「(ですね)」
「(クロウちゃん、ティモさんたちには無理しないように言って)」
「(カァ)」
彼はそうひと声返事をすると、旋回飛行を止めて南下のルートを取ったカリちゃんの頭の上から飛び立ち、やがて下方へと降りて行った。
あの方向の地上のどこかにティモさんたちが潜んで居るんだね。
それからカリちゃんは一定の高度を保ったまま、高速でファータの北の里を包む南部の森を目指して飛行し続けた。
「(ティモさんたち、大丈夫でしょうか)」
「(探索仕事は手慣れた人たちだから、心配は無いよ。それに明日は、いったんあの森の野営地に集合して、今後の作戦を相談する筈だしね)」
先ほどのクロウちゃんを介したティモさんとのやり取りでも、彼はそうするつもりだと言っていた。
「(引揚げは、まだですかね)」
「(現在の状況を踏まえて、エーリッキ爺ちゃんやユルヨ爺たちの意見を聞いてからだね)」
「(そうですね)」
ティモさんには、探索継続か引揚げかといった方針も含め、俺からこうしろといった指示はしなかった。
彼ら現場の意見は、明日クロウちゃんが持ち帰ってくれるだろう。
たぶんだけど、せめてボドツ公国部隊の兵力規模ぐらいは探りたいと、ティモさんたちは考えているのでは無いかな。
そして、タリニアに対する攻勢の動きの兆候なども。
仮にその兆候が認められないのであれば、今回は第1回目の探索作戦終了ということで、いったんは引揚げさせることが考えられるしね。
俺はそんなことなどもあれこれ考えながら、次々に後方へと去って行くリガニアの地上の風景を眺めているのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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