第114話 両陣営の状況とクロウちゃんの捜索
クロウちゃんがティモさんたちを探しに飛んで行ったあと、俺たちは取りあえずのこの場の始末を行った。
まずは爺様婆様たちとお昼を食べて腹を満たす。
そしてタイガーファング第3小隊だという傭兵たちには、裂傷や打撲などの肉体的損傷を回復魔法で治療したあとに、カリちゃんがあらためて意識消失状態を持続させる魔法を掛け直した。
これで明日の朝ぐらいまでは意識を失ったままらしいが、例えば後遺症的な症状が出たら勘弁してください。
カリちゃんは、「体力は落ちるかもだけど、ダイジョウブだと思いますよぉ」と言っていたけどね。
それから更にドラゴンの姿に戻った彼女が、このぐったりしている傭兵たち21名を重力魔法で空中に浮かせて森の東の端まで運び、そこに捨てた。いや転がし置いた。まあ同じですか。
途中で落とさないように俺も補助で彼女に乗って行ったのだけど、こういった強力な重力魔法を遣う場合には、やはりドラゴンの姿に戻らないといけないのだとか。
たぶん身体内でのキ素力循環量の問題だと思うが、身体の大きさによる循環量はもちろん、発生させるキ素力の強さが人間とドラゴンの身体とでは違うのだろうね。
それでその作業を終えて、カリちゃんが初めに着陸した場所に戻る。
そこにはエステルちゃんと爺様婆様も移動して来て待っていた。
「野営地はここでいいですかね」
「そうだね。だいぶ森の奥に入っているけど」
「傭兵を捨てて来た場所からはかなり離れているし、良いと思いますよ」
あ、やっぱりカリちゃん的には捨てて来たという感覚なんだ。まあドラゴン的にはそうなのでしょう。
「ハッリさんたち、ここでいいかな? 位置的にわかる?」
「われらは引退したとはいえ、探索者で戦闘工作部隊員ですぞ、統領。自分たちで逃げ込んだ位置と距離。そこから、エステル嬢様に連れて来て貰った方角と距離は、しっかり把握しておるで。なあ」
「まあ、大丈夫でございますよ」
「それよりも、野営道具なんかの調達はどうしましょうかね」
「ああ、それはこの人がぜんぶ持ってるから心配しないで」
「統領が、ですかいな」
「うちのザックさまは、別名、歩く雑貨店ですからね」
「歩く雑貨店? ですか」
売ってはいないのですけどね。でもテントから炊事道具まで、野営に必要な物は一切合切ありますよ。
「でもその前に、少し擬装しておこうか。カリちゃん、手伝って」
「あいあいさー」
この場所は、カリちゃんがドラゴン姿で降りられるぐらいの空間が空いている。
その空間の隅に野営地を仮拠点として設営すれば良いのだが、森としてはそれほど密度が濃く無く、迷い込んで来た者に見つかる可能性もある。
なので、半地下程度に地面を掘り起こし、そこを岩石風に加工した障壁で取り囲んで、外部からの視認を防ぐことにした。
時間が充分に無いので、カリちゃんとふたりで作業をしてまあこの程度ですね。
あとで結界の呪法も施して置きましょう。
それでその平に馴した半地下のスペースに、無限インベントリからテントなどを取り出して設営を行う。
「王国の王都近くの森には、地下拠点があるとは聞いておったですが、統領とカリさまの魔法は凄いもんですねぇ」
「遠目で見ると、まるで大きな岩が元からあったみたいですの」
「うふふ。グリフィニアだと、こういう建設関係の商売が出来るって、一部ではそういう評判なの。でもまあ、商売にはしませんけどね。さ、野営の準備をしてしまいましょ」
「はいな、嬢さま」
爺様婆様たちの野営の準備を終えてひと段落したところで、このふた月ばかりの探索活動の様子や調べたことなどを聞いた。
まずボドツ公国部隊の方だが、タリニアの街から東北東方向に40キロばかり行ったところに、かなり大きな駐屯地を構えているとのことだ。
この世界のこの時代だと、国家間の国境線を明確にするのはなかなか難しい。
だがその駐屯地は、リガニア都市同盟側が自領と認識しているエリアにかなり踏み込んだ場所にあるらしい。
「かなり大きな駐屯地って言うと、兵力も相当あるのかな」
「われらは行って無いのですが、ティモらによると平坦地に防壁を巡らせた軍の街みたいな様子だとか。なので、内部の様子はなかなか伺えずで、兵力も千程度なのかそれ以上なのか」
「これまでの何年間かで互いの部隊が衝突した際は、双方とも多くてせいぜい百か二百といったところらしいて」
「まあ、そんな小部隊が偵察がてら街の近くにちょっかい出しに来て、街の部隊が出張って撃退すると、そんな繰り返しだったそうですがな」
つまり、小当たりの消耗戦が何年も続いているということか。
しかし気になるのは、そのボドツ公国側の軍事都市みたいな駐屯地だよな。
「今回のわれらの探索目的は、戦の現在の状況と双方の戦力確認、それから双方が今後どう動くのかを知る。そんなところですの」
「そうだね」
「ならば、その駐屯地の様子を探らねば始まらん。ティモらもその考えで動いておるのですがな」
「しかしこれが、かなり守りが堅く、厳しい状況なのですわな」
ティモさんたちが確認したところによると、その拠点たる駐屯地から前方に数キロばかり進出したところに2ヶ所、更に砦のような前線基地があるのだそうだ。
そのふたつの前線基地の間も1、2キロほど離れていて、要するに3つの拠点で三角形を形作っている。
そしてその前線基地からは、代わる代わる偵察部隊が出撃するらしい。
偵察部隊の人数は20から30名ぐらいで、各方面に足を伸ばす。要するに偵察とちょっかいを出す小部隊だね。
都市同盟側も主に傭兵部隊が街の周辺に巡回部隊を出しているので、これらが出会せば小規模な遭遇戦となる。
そしてある程度互いの兵力を消耗したところで、これも互いに引くといったことが長い期間に渡って起きているのだとか。
まあ回復魔法がある程度ある世界では、生命を失う、あるいは身体パーツを損失するといった大怪我さえしなければ、兵力としてまた復活出来る。
なので小部隊同士のこういった戦闘だと、ギリギリの殲滅戦などは行い辛いのだろうし、これが紛争が長く続いているひとつの理由と言えるかも知れない。
しかし未だに理解出来ないのが、ボドツ公国としてどんな戦略を有しているのかだ。
いやもっと言えば、首魁であるボドツ公自身がこの長引く紛争に対して、これからどう進め、どう決着を付けようと考えているのかが分からない。
それともいつか勝てば良いというだけで、それほど深く考えてはいないのかな。
ともかくも、その辺のところを多少は探ることが出来ればというのが、今回の探索活動の目的なのですけどね。
「若い衆のチームとしては、この前線の本丸たる駐屯地の動きを監視するのと、なんとか潜入して現状の兵力を探り、これからの戦略やらをちょっとでも掴めればと、機を伺っておるのですわい」
「なるほどね。そこが長期探索になっている理由なんだね」
「はいな。しかし守りは堅く監視も厳重なようで。なので、公国部隊の兵士やらの装備を入手して潜入するとか、補給物資を運び入れるときに紛れ込むとか、そこら辺を狙っているところで」
ファータの現役探索者である三貴族家からの派遣要員は、そういった戦術のプロフェッショナルではあるのだけど、しかしまだ潜入出来ていないとすると、駐屯地内外の監視は相当に厳しく行われているのだろうな。
「(僕だったら、姿隠しの魔法で潜入出来ると思うけどなぁ)」
「(ダメですよ、ザックさま)」
「(出来るとしても、いまは我慢ですよ)」
「(はいです)」
念話で洩らした俺の言葉に、直ぐさま突っ込みが入りました。
「先ほど少し聞きましたけど、タリニア内部の方の状況はどうですか?」
タリニアとリガニア都市同盟内部の状況を探っているのが、このハッリさんたち爺様婆様の担当だ。
特に同盟の中心都市たるタリニアと近隣都市のリブニクは、現状では傭兵部隊がかなり権力を持っていて、タリニアには主力3傭兵部隊とそれらに付いている小部隊を合計すると、千に届かない数の兵力があるとさっき聞いた。
加えて街の中の治安維持も、その3つの傭兵部隊が担うまでになっているということだけど。
「統領はご承知だと思いますが、都市同盟のそれぞれの都市つうのは、数名の評議員の合議制で運営されておるのだが」
それは以前から知っていますよ。例えば、ファータの北の里にいちばん近いヴィリムルの評議員のひとりであるサムエル・ベドナージュさんという人は、エルメルさんの友人だよね。
「タリニアの評議員は5名おるのですが、そのうちのひとりが軍事と治安担当で、そいつの下に直轄部隊があったのですな。だが、その兵力がかなり損耗した」
「それでその評議員、リシャルドという者で、そいつが当然ながら傭兵部隊との契約と管理を担当していて、必然的に繋がりが強いのですわい」
ハッリさんたちの調べと観測によると、リシャルド評議員は傭兵部隊の兵力をバックに、タリニアの評議員会の中で抜きん出た権力を持つようになっている。
またリシャルド評議員は主力3傭兵部隊を互いに競わせ、その競合の中で力の均衡とコントロールを行おうとしている。
だがその競合が、これは治安維持方面で顕著なのだそうだが、傭兵部隊の街の住民に対する横暴な振る舞いを生みだしており、それでも住民たちはボドツ公国との紛争が継続しているということで耐えている状態であるとのこと。
「まあ、さっきのあのエドガーとかいう小隊長の物言いでもわかるのですがの。所詮は人を殺したり傷つけたりするのが仕事の傭兵部隊。連中は考えもやり方も単純でしてな。ボドツ公国からの潜入者を探し出してしょっぴくなど、戦時の治安を保つという大義名分で、街の者に辛く当たっておるのですわな」
「その煽りを食ったのが、先ほどの出来事という訳ですのう」
そんな風に外部からの傭兵勢力に力を持たせたのでは、都市の活力は必然的に落ちて行くだろうし、仮にボドツ公国との紛争が終結したとしても、都市内部に大きな歪みを残したままになりそうだよな。
こうして午後は野営地の設営と整備を行い、爺様婆様たちからの報告を受けたのだけど、ティモさんたちを捜しに行ったクロウちゃんからの連絡がなかなか来ない。
彼はティモさんとの繋がりも多少あるので、わりと直ぐに捜せると言って飛んで行ったが、苦労しているのかな。
「時間的にはまだ、もう少し余裕があると思いますけど、出来れば陽のあるうちに里に戻らないと、ジェルさんたちが心配します」
「ですね。きっとザックさまが、ジェル姉さんから叱られることになりますよ」
え、叱られるのは俺だけですか。そうですか。
でも、今日の出来事をちゃんと伝えれば、納得して貰えると思うのだけどなぁ。でも叱られますか、そうですか。
ということで、クロウちゃんの捜索活動の邪魔になるといけないと思い控えていた通信を繋げてみた。
クロウちゃんクロウちゃん、どうですか? カァカァカァ。なになに、ボドツ公国部隊が居ると思われるエリアを捜索しながら、いま前方に何やら砦みたいなのが見えているですか。
それが、ハッリさんたちが言っていた出撃基地ですな。視覚を同期させるよ。カァ。
おお、確かに砦です。規模はそれほど大きくないけど、左右ふたつの見張り塔に挟まれて丸太で作ったような防壁があり、それがぐるりと囲んでいるらしい。
防壁上部にも歩哨の姿が見えるので、内側に足場が組まれているのだろう。
そして中央にはわりと大きめの門扉があり、あそこが出撃用の扉かな。
ハッリさんたちから聞いた話では、おそらくこの砦がもうひとつ存在していて、そのふたつの砦と更にここから1、2キロ先に在るらしい駐屯地とで、位置的に三角形を形成する前線拠点としているのだろう。
俺はそういった情報をクロウちゃんと共有し、彼はここともうひとつの出撃基地、そして前線本部となっている駐屯地の周辺を捜索することになった。
あ、あとね、そろそろティモさんたちを発見しないと、里に戻るのが遅くなってジェルさんたちに叱られるって、エステルちゃんとカリちゃんが。
カァカァ。え? とにかく今日中に捜してしまうし、叱られるのはどうせ僕なんだから、もう少し待てって?
そうですか、そうですね。キミが頼りなので頑張ってください。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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