表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/1119

第8話 夏至祭の日の出来事(2)

 中央広場に仮設されたステージの上に、ヴィンス父さん以下俺たちヴィンセント・グリフィン子爵家一家が並ぶ。俺は端っこだ。


 前世では、大勢の武者や雑兵たちの前に立ったことはあったが、一般の民衆が集まった場所に顔を出すことはなかったし、なんだか恥ずかしい。


 広場の中央には、高さが15メートルほどもありそうな樹木のポールが、カラフルに花に飾られて立っている。外縁にも円形の広場を囲むように、それよりも背の低い同じようなポールが何本も立てられている。

 これは、この世界の夏至祭のシンボルなのだそうだ。

 最も日が高く日照時間が長い夏至の日に、アマラという太陽と夏の女神の祝福を喜び、夏から秋に向けての豊穣を願う。

 一方で12月27日の冬至祭では、ヨムヘルという夜と冬の男神を怖れ敬い、厳しい冬を乗り切り無事に春を迎えられるよう祈りを捧げる。


 広場の外縁にはたくさんの屋台が軒を並べている。

 生活雑貨や各種道具、骨董品、武器を売る店もあるが、多くは食べ物の屋台だよ。広場中に肉を焼く匂いなど、さまざまな食べ物の美味しそうな匂いが漂っている。

 俺の隣でアビー姉ちゃんが、くんくんと鼻を鳴らしながらそわそわしっぱなしだ。


 そして広場を埋める人たち。数えきれないほどの人びとが、みんな期待を胸にニコニコの笑顔でステージを見つめている。

 特に子供たちは待ちきれないみたい。花冠を被った少女たちの身体が揺れ、初夏の風に揺らぐ花畑のようだ。

 俺の隣に並ぶヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんは、さすがに揺れてないと思ったら、ヴァニー姉さんがアビーの服をこっそり掴んで揺れないようにしていた。



 ステージ上で司会役のオスニエルさんが、「それではー、子爵様に夏至祭始まりのお言葉をいただきまーす」と、滅多に聞いたことのない大きな声を張り上げた。PAシステムとかないから大変だよね。

 オスニエルさんは、若干30代初めの若さでこのグリフィン子爵領の内政官の筆頭を務める俊才。

 ふだんは物静かな青年で、本当は自然を研究する博物学者になりたかったそうだ。というのは、侍女のシンディーちゃんから聞いた情報。

 オスニエルさんはまだ独身らしいから、おいおい、狙ってるのかシンディーちゃん。


 ヴィンス父さんが一歩前に出る。

「今日はこんなにも多くの皆が集まってくれて、ありがとう。空を見上げてくれ、太陽がまぶしい。風を感じてくれ、夏の訪れが心地よいぞー」


 父さんの声はよく通る。これは戦いで鍛えた声だ。

 俺が前世にいた世界でも、将の器の条件はまず声が通ることと言われていた。騒然とする戦場のなかで無理に声を張り上げなくても、一軍の将は隅々まで兵たちに伝わる大音声を出すことができる。


「長い話はやめよう。今日はひとつだけ皆さんに紹介する。このステージの上にいるのは俺の家族だ。妻のアナスタシアは知っているよなー」

 アン母さんがニッコリとまるで聖母のように微笑み、優雅に手を振る。これは、よそいきですね。

 広場から、おーっとかキャーっとかの歓声が上がる。母さん、人気あるなー。


「そして、その横に並んでいるのが、俺とアナスタシアの子供たちだ。こちらからヴァネッサ、アビゲイル、そして息子のザカリーだ。皆よろしくな」

 母さんの真似をして、ヴァニー姉さんとアビー姉ちゃんも可愛らしく手を振る。よそいきだね、親子だね。

 仕方ないから俺も手を振ろう。愛想は足らないかもだけど。

 再び上がるおーっとかキャーっとかの歓声を、ヴィンス父さんが両手を前方に掲げて静める。


「さぁ、それでは始めよう。皆、もめ事など起こさず楽しむのだぞ。太陽と夏の女神アマラ様への感謝を込めて……グリフィン子爵領、今年の夏至祭を開始する!!」

 広場から一斉に上がる大歓声。さあ、お祭りが始まった。



 ステージ下には楽団が控えていて、父さんの開始の宣言と同時に楽しげな曲を奏で始める。

 広場に集まった人びとは屋台へと動き、もう踊り始めている人たちもいる。

 この夏至祭の初日、夏至祭イヴの日は、夜遅くまでこの中央広場で踊りの輪ができるのだそうだ。


 俺たちはステージの上から、しばらくその様子を眺める。アビーは早く屋台に行きたくてそわそわが激しい。

 ふと、遠方に見えるひとつの食べ物屋台に自然と俺の目が行った。

 あーっ! あそこで大きな肉の串焼きにかぶりつきながら、こちらに顔を向けてる女の子は……。ダメ女神のサクヤじゃないかー。


 俺と目が合うと、肉を頬張った口で何か俺に向かって言ってる。聞こえるわけがないし、だいたい口の中が肉でいっぱいだ。

 すると今度は両手に串焼きを持って、なんだか手旗信号のような動作をしているよ。手旗信号なんて、前々世で見てから何十年も見たことがない。


「二」とか「イ」とかは何となくわかるから日本語のカタカナのようだけど、ほとんどの信号は分からない。

 だいたい神サマなんだから、テレパシーみたいに頭の中に声が届けられるだろ。


「コ、ン、ヤ、キ、ク、ド、ウ、チ、ャ、ン、ノ、ヘ、ヤ、二、ア、ソ、ビ、二、イ、ク、ネ、AR(通信終了)


 なんでテレパシーが手旗信号なんだよ。それに菊童ちゃん言うな。それ前世の幼名だから。

 心の中で突っ込んだときには、もうサクヤの姿は消えていた。


 さて気を取り直して、お待ちかねの屋台巡りだ。

 ヴィンス父さんは家令のウォルターさんに耳元で何か囁かれ、頷くと控えていた騎士団長のクレイグさん、筆頭内政官のオスニエルさんと一緒にどこかに行ってしまった。

 はて、何かあったかな。俺は念のため探査と空間検知を発動させておく。


 それから、アン母さんは両手をふたりの娘にまとわりつかれ、その後ろに侍女のドナさん、そしてシンディーちゃんに手を握られた俺、という感じで屋台のある方へ向かった。

 シンディーちゃん、そんなにしっかり俺の手を握らなくても、ひとりでどこかに行ったりしないから。それにクレイグさんの部下の騎士たちが、距離を置いて目を光らせているし。


 まず目が行くのは食べ物屋台だ。

「ふだん出ている屋台よりも種類がとっても多いんですよ」と、シンディーちゃんが俺とつないだ手をふりふりしながら、ちょっと興奮している。

 なんでもいつも中央広場に出ている屋台に加えて、街のいろいろなお店が、出店を出しているのだそうだ。もうお昼だし、お腹がすいたよね。


 食欲をそそる匂いを漂わせているシシケバブ風の肉の串焼きはもちろん、魚介を焼いている屋台もある。カラ付きの牡蠣を専門に焼いて、ワインと一緒に売っている店もあるね。

 グリフィン子爵領は港町アプサラが領内にあるから、この領都グリフィニアでも意外と海鮮類が豊富に手に入る。

 いろいろな種類のソーセージを焼く店。まだまだレストランとかでしか食べないというオムレツを、フライパンで次々に焼いている店もある。

 シンプルなプレーンオムレツの店もあれば、あっちのは野菜やベーコンを混ぜて焼いたトルティージャ風のオムレツだ。


 揚げ物を出す店もあるよ。小魚や野菜を揚げたフリットだね。

 魚のすり身と刻んだ野菜を小麦粉や卵と絡めて揚げた、天ぷらのような、さつま揚げのようなものがある。

 これは俺が元いた世界では、たしかポルトガルの料理だよね。前世でも来訪して来たポルトガル人から伝わった料理とかで、いちど食べたことがあったなー。


 あと、シンディーちゃんいわく、これも最近出始めたというキッシュ風の料理。

 パイ生地に卵や生クリーム、チーズやひき肉、いろんな野菜を折り込んでオーブンで焼いた、素朴だけどちょっと贅沢な料理だ。入れた具によって異なる、さまざまな種類のキッシュが売られている。


 料理を出す屋台がたくさん並んでいて、どれにしようか目が移るなー。

 でも俺はお金を持っていないから直接買えないんだよね。おこずかいなんて……そんなもの無いですヨ。ナニ食べさせてくれるのかな。


 あ、主導権はアン母さんにあります。だからあいつら、左右からずっと母さんの両手を引っ張ってるのか。

お読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、まだまだこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 手旗信号は良いがカタカナで読みづらいので読む気がなくなる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ