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第110話 高空偵察に行きます

 リガニア都市同盟には6つの都市が加盟しており、そのうちで最大の街が北部に在る中心都市のタリニア。

 次いでは、このファータの北の里に最も近い南部の都市ヴィリムルだ。


 ヴィリムルは、北方山脈を挟んで西に在るセルティア王国との交易で発展した都市で、セルティア側の交易拠点はエイデン伯爵領になる。

 また、ファータの里とも必要最少限の取引が行われているが、もちろんヴィリムル側の商人などが里を訪れるということは無い。


 ヴィリルムからタリニアまでは南北に、正確には南南西方向から北北東方向にだが街道が繋いでおり、そのリガニア街道に沿ってシャウロとリブニクという2つの小都市が在るそうだ。

 また、このリガニア街道上とは別に東のエリアに2つの都市があり、それぞれも街道で繋がれているとのことだね。


 いま俺たちが居るファータの北の里周辺、リガニア地方の南端のこの辺りは木々の密度が濃い森林地帯だが、リガニア地方全体としては基本的に平原地帯となっている。


 南北に伸びる北方山脈は北部で北東方向へと折れ曲がり、その山並みは北方帝国ノールランド領とを隔てている。

 つまりリガニア地方は、北と西が山脈に囲まれた内陸性の大きな盆地を形成していると言える。


 従って緯度的には、冬に寒さが厳しく夏はかなり暑いという気候なのだが、土地自体は肥沃で、穀物栽培と家畜飼育を組み合せた混合農業がどこでも盛んなのだそうだ。

 それに伴って加工品などを製造する各種手工業も各都市で発達し、紛争などが無ければかなり豊かな地域であると言える。


 一方でその紛争相手であるボドツ公国は、リガニア地方の北東に隣接した山岳地帯を領地とする小国で、要するに肥沃な平原地帯であるリガニアへ進出しようとしているということですな。



「あのです。ザカリー長官たちがアルさんと共にいきなりタリニアに行かれると、その、かなり目立つと言いますか」

「いや、もちろん直接に街の中までアルさんに乗せて貰ってとかじゃなくて、どこか近辺で降ろして貰って……」


「しかし、タリニアの街の周囲は平原で、かなり見通しが良くてですね。それにもし、誰にも見られずに降りられたとしても、街に入る際とか、街中でも、その、かなり人目を引くと言いますか」


 ミルカさんが多少困惑した表情をしながらも、しかし冷静にそんな風なことを言った。

 要するに俺たちは目立つということですな。


 まあ、言われなくてもその自覚はあるよね。

 斥候職エキスパートのブルーノさんやファータメンバーはともかくとして、美人美少女揃いのうちの者たちはね。


「であれば、まずは僕ひとりで……」

「ダメに決まっておるでしょうが」

「ブルーノさんとふたりでとか……」

「ほほう、自分と行きやすか」

「我らもだな」

「男4人なら、まずは目立たんぞ」

「ダメです。ブルーノさんとアルポさんもエルノさんも、長官に乗せられないで貰いたい」


 ジェル隊長の許可が下りません。

 俺が動けば、お姉さん騎士が同行しないという選択肢は彼女らには無い。

 とは言え、ティモさんたちの状況を早く知りたいという気持ちは一緒なので、さてどうすべきかと悩んでいるのは明らかだった。



「はいっ」と、そこでカリちゃんが手を挙げる。


「わたしに案がありますよ」

「大丈夫? カリちゃん」

「ダイジョウブですよ、エステルさま。きわめて安全でマトモな策です」


 カリちゃんの言うきわめて安全でマトモな策というのを、たぶん誰も信じてはいないが、それでも彼女のことは皆が信頼しているので、まあ聞いてみようという表情で彼女の方へ顔を向けた。


「要するにです。そのタリニアという街や周辺で戦闘やら何やらが、いま現在起きているかどうかをまずは確認しておくだけでも、だいぶ事情は違って来ると思うですよ」

「なるほど」


「ですから、地上に降りなくてもですね、空から偵察すれば良いんです」

「つまり?」


「つまりですね。わたしが飛んで行って、まずは高い空からそのタリニアの様子を見て来て、それを元に今後の行動を決めるっていうのは、どうですか?」


 そのカリちゃんの提案を聞いて、この場の一同はそれぞれに口を閉ざして内容の是非を考えている。


 地上に降りずに空からのみの偵察。

 うちの探索部隊との接触は出来ないが、カリちゃんの言う通り、少なくともタリニアやその周辺で戦闘行為が行われているかどうかを知ることは出来るだろう。


 またボドツ公国の部隊が接近しているとか、近い距離に配置されているなども確認は可能だと思われる。

 そういった状況だけでも確認出来れば、俺たちの行動を急ぐ必要があるか無いかの判断材料にはなる。


「空からの偵察、でやすか。自分らは地上を動くことにしか考えが至りやせんが、いまの状況ではそれも有りでやすな」

「ですよねブルーノさん。わたしに乗って行きます?」

「あー、いや」


 空を移動するのが得意では無いブルーノさんは、即答を避けた。


「よし、ここは僕がカリちゃんに乗せて貰って行こう。大丈夫だよ、ジェルさん。さっきもカリちゃんが言ったように、地上に降りなければ良いのだからね」


「ですが……。エステルさま、どう致しますか?」

「じゃあ、わたしも行こうかしら」

「エステルさまっ」


 ドラゴンの背中に乗り馴れているのは俺とエステルちゃんだし、自由に動いて地上の様子を偵察するのにこのふたりが適任なのは、誰も異論は無い。

 しかしジェルさんたちは、俺よりも更にエステルちゃんを護りたいという意識が強いんだよな。




 それからも暫く話し合いが続いたが、まずは取りあえずの行動ということで、カリちゃんの空からの偵察という案を実行することが決められた。


 もちろん俺は乗って行きますよ。そしてエステルちゃんも。当然にクロウちゃんも同行する。

 つまり、いざというときには決して俺から離れない彼女と、俺の分身と、そしてカリちゃんの3人と1羽という訳です。


 なお、常にエステルちゃんの身近で護ると決めているリーアさんは、自分も行きますと手を挙げたけれど却下しました。

 だって、乗って行くことは出来ても空の上ではほとんど身動きが出来ないので、正直言ってあまり役に立たないからね。


 あとお姉さん騎士の3人も、今回は留守番にした。

 3人の中ではライナさんがいちばん空に慣れているが、ここは人数を最少限にしておいた方が良いだろうという判断に、渋々ながら納得して貰った。


 その代りにジェルさんから、「日帰りで必ず戻って来ること」という条件が厳しく言い渡された。

 この里からタリニアまではおよそ400キロの距離なので、アルさんとほとんど同じ速度で飛行出来るカリちゃんなら、空からの偵察だけであれば丸1日あれば充分過ぎると思う。


 尤も1日中空を飛びっぱなしというのは、真夏ということもあるし、飛行するカリちゃんも乗っている俺とエステルちゃんも大変なので、どこかで降りて休憩は取らないとだろうけどね。



 そのあとはエーリッキ爺ちゃんやユルヨ爺、ミルカさん、アルポさんとエルノさんに助言を貰いながら、飛行ルートの検討を行った。


 具体的には、ヴィリムルからシャウロ、リブニクとリガニア街道上空を北上しながら各都市の様子を観察し、タリニアへと行く。


 途中、どこかで着陸して休憩を入れるつもりだが、リブニクとタリニアの間の街道から外れて西方向に行ったところに、少し大きめの森林があるそうなので、そこが良いのではないかとのこと。

 ただしボドツ公国の部隊か、あるいは都市同盟側の傭兵部隊や冒険者部隊が徘徊している可能性もあるので要注意だ。


 タリニアから先は、紛争の前線になっている地域の確認も行うつもりだ。

 尤も、互いの戦闘部隊がどこまで進出しているのか、現状ではまったく分かっていないので、それらしい集団の存在を見付けられれば見付けるという程度だろうか。

 低空まで降りて観察することが出来ないと思うので、これは致し方無い。


 あと、この場では言わなかったけど、時間に余裕があればボドツ公国方面にも行ってみたいと俺は思っている。

 まあ、高高度から覗くぐらいなら良いでしょ?


 帰りはリガニア地方の東部にある他の2都市の様子も観察しながら、里に帰還する。


「地上に降りるのは、その森林だけですな?」

「そうだね。行きとそれからお昼の2回ぐらいかな。あとは、そこ以外に降りられそうな場所があったら、という感じだね」


「その森林に、敵軍がうじゃうじゃ居たらどうするのー?」

「その場合は……」

「4、5時間飛びっぱなしでも、わたしはダイジョウブですよ。お昼はどこかで食べたいですけど」


「まあその場合は、速やかに戻って来ることです」

「はーい」

「お願いしますぞ、エステルさま、クロウちゃん」

「大丈夫よ、ジェルさん」

「カァ」


 とにかく安全確保が第一で行動せよ、というのがジェルさんの意見だ。

 その点でも俺とカリちゃんはあまり信用が無いので、エステルちゃんとクロウちゃんに頼んでおりました。


 まあ俺の考えでは、カリちゃんがドラゴンの姿で降りにくい場合には空中で人化して貰い、俺はなんとか空中浮遊が出来るし、カリちゃんがエステルちゃんを抱えて密かに降りれば良いのでは無いかと思っている。まあ、この場では言わないけどね。



 エーリッキ爺ちゃんもかなり心配そうだったが、とは言えドラゴンという埒外の存在に絶対的な信頼を寄せているので、空からのみの偵察ということも含めていちおう納得はしたみたいだ。


「大丈夫ですかの?」

「心配はいらないわ、お爺ちゃん」

「しかし、エステル」


「ははは。エーリッキは心配性だな。ザックとエステルとカリの3人ならば、そんな敵部隊の1個や2個に遭遇したとて、あっと言う間に殲滅してしまうぞ」

「まあ、ザックさまひとりでも、カリの背中からメテオでも落とせば、それでお終いじゃて」


「めてお?? でございますか?」

「あなた、余計なこと言わないの」

「アルもよ」


 エーリッキ爺ちゃんは、意見を聞く相手が間違っているからさ。

 それと先ほどからジェルさんたちが心配しているのは、俺たちの単純な身の安全では無くて、そういった事態が起きることなんですよ。


 空に白いドラゴンが飛んでいるのを発見したと思ったら、いきなり幾つもの燃える岩石が降って来て部隊が壊滅したとか、洒落にもなりません。

 それに、グリフィニアで父さんから念押しされた、自分から戦闘行為は行わないというのは、ちゃんと憶えております。




 その日の午後はメンバー全員で里の訓練場に行って、子供たちの訓練相手もしながら体調を整えた。

 以前のここでの指導者であるユルヨ爺はもちろん、アルポさんとエルノさんも参加している。


 彼らは王都屋敷でも、門番や他の屋敷仕事の合間に日々の訓練を行っているけど、もしかしたら近々探索活動や戦闘行為があるかも知れないということで、熱心に身体を動かしていた。

 いやあ、戦闘訓練に関してはとても爺様とは思えません。狩りのときもそうだけどね。


「攪乱工作では、我らの普段の1対1の戦闘と違って、ときには派手に動いて敵方の動揺を誘うことも必要ぞ」

「そうそう。こっちで何人かが風魔法を周囲にバラ撒いているうちに、背後からダガーを敵の首や後頭部を狙って撃ち込む」

「フォルやユディならば、火焔魔法をバラ撒くのも良いな」


「よし、実際に動いて訓練するぞ。ライナさんとフォルは、エルノとこっちで魔法での攪乱。ブルーノさんとリーアとユディは、少し離れて背後攻撃。ジェルさんとオネルさんはわしと、タイミングを見計らって突入」

「はい」「はーい」


 戦闘の動きをなぞるシミュレーション訓練なんだけど、アルポさんとエルノさんは独立小隊員を巻き込んで何の訓練ですかね。


 カァカァ。そうだね。あれは俺の前世で、甲賀忍びが得意としていた戦法に似ているよな。

 特に敵陣に潜入して火付けなどの攪乱工作を行い、敵が不意を突かれて浮き足立ったところで、別部隊が背後から攻撃するとか、そんな感じだったですか。


「あれは、かつてのアルポ部隊長の得意戦法でな」

「そうなんですね、ユルヨ爺。15年戦争時の?」

「ファータの探索者は、基本は単独戦闘が得意なのだが、あの当時は5人から10人程度の戦闘工作部隊を編成して、敵陣攪乱をするためにああやって闘ったものだて」


 今回ばかりは単体の剣術や魔法の訓練だけでなく、そんな小部隊の戦闘行動訓練も熱心に行われたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇


 その翌日の朝、里を囲む迷い霧の外のドラゴン発着地点から、俺とエステルちゃんは優美なホワイトドラゴンの姿へと戻ったカリちゃんの背中に乗せて貰って、取りあえずは自分の羽で空に上がったクロウちゃんと共に空からの偵察へと飛び立った。


 見送りにはうちの王都屋敷メンバーのほか、エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんも来てくれている。

 爺ちゃんと婆ちゃんは、カリちゃんの細身だけど美しくも逞しい白いドラゴンの姿を見て、ずいぶんと感動していたみたいだね。


「燃える岩石なんか、落としちゃダメよー」

「とにかく、自分たちの方から姿を現すとか、手を出すとかは止めてください」

「偵察ですぞ、偵察」

「わかってるって」


 白い雲に包まれてゆっくり浮き上がる、その外からお姉さんたちのそんな声が聞こえる。

 今回は偵察機であって爆撃機では無いので、まずは安心してくださいな。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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