第109話 里の初日は大宴会で翌日は
里長屋敷に腰を落ち着けた俺たちは、あらためて里の長老衆からの挨拶を受けることとなった。
里での長老衆たちの会議、と言うか寄り合いが行われる大囲炉裏の間はかなり広いのだが、今日は大人数で狭く感じられる。
里側からは、エーリッキ爺ちゃんに長老の爺様婆様が6名で合わせて7人。
大長老とも言うべきユルヨ爺が加わると8人なのだけど、彼は長老衆と対面する俺たち側に澄ました顔で納まっていた。
あとファータ衆で言えば、アルポさんとエルノさんにリーアさんもこちら側。もちろんミルカさんも控えている。
ここに双子の兄妹も含めた独立小隊レイヴンの6名が居るので、俺とエステルちゃん以下13人にクロウちゃんという訳だ。
そしてこの場の主人公と言うべきなのが、ケリュさんとシルフェ様夫妻にシフォニナさん、アルさん、クバウナさん、カリちゃんの人外メンバー。
尤もカリちゃんは、俺を挟んでエステルちゃんの反対隣にちょこんと座っているけどね。
あとソフィちゃんとシモーネちゃんは、お茶を出すというカーリ婆ちゃんに「お婆ちゃん、手伝うわ」「シモーネもお手伝いします」と厨房の方へ行っている。
この里で1年暮らしたソフィちゃんにとっては、勝手知ったるこの屋敷だね。
でもシモーネちゃんが手伝うと言うのには、カーリ婆ちゃんはもの凄く恐縮していた。
だけどシルフェ様から、「この子はザックさんのお屋敷で慣れているから大丈夫よ」と言われて、どうにか納得したようだ。
「まずはあらためまして、本日のご来臨を生涯に稀なる僥倖と感謝感激し、里を挙げて祝すものでござりまする」
エーリッキ爺ちゃんが里を代表してそう口上し、長老衆も揃って頭を下げた。
「まあまあ、堅苦しいことはもう良いでしょ。今日はわたしの旦那やクバウナさんを皆さんにご紹介して、久し振りにこの里で夏のひとときを楽しみたい、と言いたいところですけど、先ほども言いましたように、今回はザックさんに付き添って、少しでも里の安寧のためにお手伝い出来たら、というところなの」
なんだか、夏休みに田舎に遊びに来た親戚のお姉さんみたいな出だしでシルフェ様は話したが、まあ俺たちも含めて気持ちは一緒だよな。
「我らは、皆の者も承知しておると思うが、人と人の間の争いごとには直接に手を下すことは出来ん。これが大昔の魔物の襲来……あれは何だったかな?」
「クロミズチ、かしら」
「それそれ。そんなものであるなら、手を出すのもやぶさかではないが」
「あなた、あのとき居なかったじゃない」
「それはだなシルフェ。あの当時、我は大陸の中央部で」
「はいはい、話が逸れて行ってますよ、おふたりとも」
「あら、ごめんなさい、ザックさん」
「そうだったな。そんな害悪をもたらす魔物なんぞであれば、我らも直接にどうにかするが、人と人との争いの場合となると、いくら我が一族のためとはいえ、片方のみにという訳にもなかなかいかん」
ファータの衆は直ぐに脱線しそうなケリュさんの話を、それでも神妙な面持ちで聞いていた。
特にクロミズチという魔物の名前が出たときには、黙って頷き合う。
それは、別名フォレストサーペントという巨大なヘビの魔物が里を襲い撃退した言い伝えがあるからで、このクロミズチ襲来伝承はエーリッキ爺ちゃんが子供たちに話して聞かせる得意の語り話。俺も初めて里に来たときに聞いている。
「だが、今回の件はこのザックが扱っているものであるし、ましてやザックは一族の統領、我らの義息、義弟とも言うべき存在。更に言えば、こいつの親神様よりいろいろ頼まれておる」
「あなた、喋り過ぎ」
「あ、うん。ともかくだ、我とシルフェはアルやクバウナたちと共に、ザックとエステルの滞在に合わせて、この里に暫く居させて貰えればと思う。なに、里の衆に迷惑は掛けないようにするので、夏休みに親戚が揃って里に来たとでも思って、気楽に接して貰いたい。我からは以上だ」
「ははっ」
やっぱり、本人たちも親戚感覚なんだね。
まあ、この里の爺様婆様たちならば大丈夫でしょう。
「ザックさまよ」
「うん? なあに、爺ちゃん」
「統領たちがお出でになるということで、宴会の準備で里の皆が張り切っておったのですがの」
「ああ、シルフェ様たちのことね。普通に大丈夫だよ。ホント、親戚が一緒に来て人数が増えたぐらいに思ってくれていいから」
「それで良いのですかいの」
「良いですよ。ああ、でもシルフェ様たち風の精霊は夜があまり得意じゃないので、早めにするのがいいかな。ケリュさんやアルさんは平気だけど」
「分かり申した。それと、ご滞在のお部屋じゃが……」
今回は人数が多い上に人外メンバーが加わったことから、いくら広くて部屋数も多い里長屋敷とはいえ、全員を収納し切れないとのこと。
うちのファータメンバーは里に実家があるので良いとして、シルフェ様たちはこの里長屋敷に泊まり、独立小隊のレイヴン6名のうちのブルーノさんと双子の兄妹は、屋敷の隣のミルカさんの家に泊まらせて貰うことになった。
ミルカさんもシルフェーダ本家の次男なので、それなりの構えの家を持ってはいるのだが、なにせ本人は未だ独身であり、またほとんどがグリフィニアに住んで居るので空き屋同然なのだとか。
「朝昼晩のお食事はこちらですよ」
「はーい、カーリお婆ちゃん」
「よろしくお願いします」
初めて里に来たユディちゃんはもう既に馴染んでいて、フォルくんもそれほど時間は掛からないだろう。
「ブルーノさんといろいろ話をしながら飲めますんで、却って楽しみですよ」
「ははは。お手柔らかに頼みやす」
ミルカさんとブルーノさんももう長い付き合いなので、問題無さそうだ。
「難しい話は明日じゃ明日。それよりも歓迎の宴を開くぞ」とエーリッキ爺ちゃんは長老衆を解散させ、里の中央に在るいつもの広場を宴席にして真っ昼間から大宴会となった。
主役であるシルフェ様たちも心良く出席し、里に居る全員が参加して賑やかに昼食とお酒をいただく。
もちろん完全に無礼講とまではいかなかったが、途中からはシルフェ様と対面しひと言いただければと爺様婆様たちが列を成して並ぶ。
また、多くの爺様は酒瓶を手にケリュさんやアルさん、そして俺にも酒を注ぎに来た。
まあ戦神やドラゴンは底無しなので、いくら注いでも端から飲み干してしまうけど、俺の肉体は人間ですからね。
それでも里の衆には悪いのである程度は飲んだのだが、途中からは隣に座っているカリちゃんが、俺のカップを横から取り上げては次々に空にしておりました。
夏至を過ぎたばかりのこの時期は、夜の9時を過ぎてもまだ明るい。
でもさすがにお昼から始まった宴会。そこまで続けるのはあまりにも長いので、時刻的には夕刻という辺りでお開きとなる。
俺たちは里長屋敷に引揚げ、ようやくひと息ついた。
「ザックさまも、ずいぶんと飲まされましたね」
「あー、そうですなぁ。カリちゃんの方がもっと飲んだけど」
「これも秘書の役目ですよ」
「え、そうなんですか? カリ姉さん」
「違うと思うわよ、ソフィちゃん」
飲み過ぎたうちの面々には、クバウナさんが酔い覚ましの回復魔法を施してくれる。
彼女に言わせると酔い心地をすべて消してしまわずに、悪酔いを解消し肉体的に不調をもたらす部分だけを治すというものらしい。
普段に屋敷でもお酒を飲む機会は多いけど、皆もここまで飲むことは無いので、これまでクバウナさんのこの魔法を体験したことは無い。
俺もその魔法を掛けて貰ったら、なるほど心地良くなった。
クロウちゃんによると、アルコールの分解には遺伝的な要因による個人差や男女差、飲酒経験の度合いなどで違いがあるそうだが、主に特定の体内酵素の活性度合いによるのだそうだ。
このクバウナさんの酔い覚まし回復魔法は、この体内酵素の活性を高めてアルコールの分解を促進する作用を持つものでは、というのが後日にクロウちゃんと検討した結果だ。
ちなみにエステルちゃんとソフィちゃんは、この魔法を教わることにしたらしい。
カリちゃんは「そんなの、いるんですかぁ?」と、どうやらあまり関心が無いらしいのだけど、クバウナさんから「あなたもザックさんの秘書なんだから、覚えておきなさい」と言われていた。
代りに飲んじゃうより、どちらかで言えばそっちの方が秘書の役目っぽいと俺も思うよ。
ともかくも恒例のファータの里の大宴会も無事に終了し、クバウナさんの魔法のお陰もあってか心地良く田舎の夜をゆったり過ごしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
次の日の午前、朝食をいただいてから大囲炉裏の間でミーティング。今日から始まるこの地での行動の打合せを行う。
このミーティングにはエーリッキ爺ちゃんも参加した。
一方で人外メンバーの方たちは、参加するでも無くまた無視するのでも無く、思い思いに過ごしながらも、まあ王都屋敷のラウンジでと同じ状態だね。
「それで爺ちゃん。うちの探索部隊からは、こっちにもまだ連絡が来ていないんだね」
「まあ、そうですな。もし現地から何か連絡があれば、直ぐにザック様に報告に走らせる体制はとっておったのじゃが」
三貴族家合同プラス里の探索部隊が活動を開始してから、もう2ヶ月を過ぎようとしている。
さすがにこの間、何も連絡が無いのは、少しばかり心配になって来た。
「いやじつは、やつらがここを出発してから直ぐに、いちど繋ぎはあったんじゃ。タリニアに拠点を無事確保したと」
タリニアはリガニア都市同盟の中心都市であり、かつボドツ公国との紛争の最前線都市になっている。
エーリッキ爺ちゃんによるとタリニアまでは、この里から北へおよそ400キロ離れている。
400キロと言うと、前々世の東京からだと北なら盛岡市、西なら神戸市ぐらいだね。カァ。
長引く紛争が始まる前までは、このタリニアにもリガニア地方最大の都市ということもあって、ファータの活動拠点があったのだそうだが、現在はまったく利用されていない。
ティモさんたちは、その活動拠点を復活させて足掛かりにしたみたいだね。
「まあ、セルティア王国の王都に在る、うちの連絡宿と同じようなものじゃな。表向きは商人宿で、ただしフォルスと違うのは、宿を営んでおるのがファータの者では無いということじゃ」
「私が以前に北方探索を行った帰りに利用したことがありまして、そのあとエルメル兄も使ったと思いますが、紛争が本格化してからは同盟各都市からのファータへの依頼も無くなり、それ以外の者がタリニアに行って、その宿を使うということはありません」
ミルカさんが補足してくれたが、要するにリガニア地方におけるファータの活動拠点ではあったけれど直営では無く、言わば提携宿といったところかな。
かつ、紛争が始まる前は同盟各都市や民間からファータへ仕事の依頼もあったそうなのだが、それも途絶えてしまっているとのこと。
軍事的な探索もファータの得意とするところだと思うが、依頼が無くなった理由は分からない。
ただ、各都市特にタリニアが長期的に雇用している傭兵部隊の存在も影響しているのではないか、というのがエーリッキ爺ちゃんとミルカさんの見立てだった。
「ともかくも、その商人宿の主と交渉し、活動拠点として確保出来たとの一報だけがありましたが、これだけでは統領にご報告するほどでも無いと思い、報せなんだのは申し訳ありませんですじゃ」
そこはこの里から、現在はリタイアしているけど昔を良く知る爺婆探索者が部隊に加わっているので、拠点確保の交渉はすんなり行ったらしい。
まあ、最前線都市のタリニア内に拠点を据えることが出来たのは、まずは安心材料かな。
「それはいいですよ、爺ちゃん。その辺は現場に任せているところですから。それよりも知りたいのは、それから探索がどう進捗しているのかいないのか。あるいは、こちらに連絡を寄越すことの出来ない何か事情があるのか……」
「そうなのですじゃ。いや、もちろん、探索が上手く進められずに、報告出来る成果を得られておらんというのも、これは探索仕事で良くあることじゃからな。のう、ユルヨ爺」
「そうだの。現地に潜伏して、数ヶ月も半年も何も得られないということは珍しいことでは無い。だが今回は部隊の人数も多いし、そうそう直ぐに動きが鈍るとも考えにくい。想定出来るとすると、紛争自体が膠着して双方が何の動きも見せないということだが、それならば心配する必要は無いですのう。だがあるいは、我らの部隊の動きが察知され、また動きが封じられる何かあるとすると、それはちと厄介なことですわい」
早々にうちの部隊の存在や動きが察知されたり、それによって活動を行い得ない状況に陥っているとしたら、それはかなり拙いよな。
ユルヨ爺の言うように都市同盟側とボドツ公国側双方の動きが鈍っていて、紛争自体が膠着しているのなら、それはそれで良い。
しかし今回、俺たちが探索部隊を送ったのは、リガニア紛争が危険水域に近づいているのでは無いか、近々大きな動きが出るのでは無いかという情勢分析がベースになっているんだよね。
ともかくも、現地の生の状況が知りたいところだ。
「よし。ここはタリニアまで、僕が出張ろう」
「ザックさま」
「統領」
「長官、それは」
「やっぱり言い出しちゃったわよー」
「話の流れで、いつ言うかと思ってました」
「この制服で行くのは拙いだろうな」
「ジェルちゃん、そこ?」
「ようやく我らの出番ぞ」
「そうだの。まずは先行して走るか。リーアもええか」
「え、あ、はい。わたしは、エステル嬢さまをお護りして」
「タリニアまでなら、ひとっ飛びじゃな」
「アルは、まだ口を出さないの」
タリニアまでは約400キロとすれば、アルさんに乗せて貰っていまから出れば、お昼には向うに着きますね。って、まだそういう話じゃないですか? カァ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




