第108話 里で顔を揃えた人外メンバー
ファータの里に来るのは昨年の夏以来だ。
あのときは学院生最後の夏休み。グリフィニアに来ていたソフィちゃんを里に送りつつ、エステルちゃんとカリちゃんにクロウちゃん、そして騎士団の休暇を取ったアビー姉ちゃんと、少人数での旅行だった。
まずはシルフェ様の本拠地である風の精霊の妖精の森に行き、そこから西に300キロほど離れた見事な滝と美しい湖のある地にも小旅行で行ったんだよね。
あの場所から更に西に行けば、ミラジェス王国の東の端の辺境地帯に至るのだけど、人間がほとんど足を踏み入れることの無い大自然を堪能したりした。
つまり前回は、本当に夏休みを楽しむ旅だった訳だ。
しかし今回は公務、それもリガニア紛争の現況を探る三貴族家合同の探索派遣部隊の総指揮を執るという、いささか物騒な立場と案件でのファータの里行きだ。
従って里での滞在期間も数日では無く、最大で1ヶ月間程度を想定している。延長しても1ヶ月半ぐらいかな。
俺としては、これからのその期間内である程度探索の目処を付け、同時に出来れば里の充分な安全も確保したい。
北方山脈上空を越え、丘陵地帯から里を囲む深い森が眼下に見えたところで、クロウちゃんがカリちゃんの頭の上から飛び立って、里の方角へと降下して行った。俺たちが到着したことを報せるためだね。
そして、里を広く囲む迷い霧の外側のいつもの開けた場所にカリちゃん、アルさんと続いてランディング。
およそ2時間弱のご搭乗、みんなお疲れさまでした。
「ふう。森の地面に自分の足で立つと、なんとも落ち着きやすよ。フォルも大丈夫でやすか」
「は、はい、なんとか」
「お兄ちゃんに勝つには、アルお爺ちゃんの背中の上で勝負すればいいって、わかったわ」
「アルさんに乗せて貰って、勝負なんかできるかよ」
「わしは良いが、これはいつもユディの勝ちじゃな」
ブルーノさんとフォルくんは大丈夫そうだね。ジェルさんとリーアさんは?
「わたしも慣れて来たものだ。ほら、もう動ける」
「ほんとですかね」
「こら、ライナ。わたしのお尻を叩くな」
「あはは。ジェルちゃんのお尻が、ぷるぷる震えてないかと思ってさー」
「リーアさん、立ってられる?」
「あ、はいエステル嬢さま、なんとか……いえ、大丈夫です」
「船の旅は平気だったのにね」
「わたしは泳げますが、空は飛べません」
ジェルさんとリーアさんも大丈夫かな。
「そうしたら、迷い霧を抜けますよ。わたしが先導します」
「うふふ、そうしたらリーアさん、お願いね」
迷い霧はナイアの森でも俺たちが設置して何度も通り抜けているとはいえ、本家本元のこちらの方が霧のエリアが厚く、一歩進む方向を間違うと、ずっと霧の中を歩き続けることになるからね。
エステルちゃんも当然に抜けることが可能だが、ここは汚名挽回とばかりにリーアさんが張り切って先導した。
迷い霧を抜け、里の入口へと近づくと、道の左右に立てられた境界を示す2本の柱のところに大勢の人たちが居て、俺たちを出迎えてくれた。
エーリッキ爺ちゃんにクロウちゃんを抱いたカーリ婆ちゃん。王都からこちらに直行していたユルヨ爺とアルポさん、エルノさん。そして先行していたミルカさんも居る。
その後ろには、里の長老衆や爺様婆様たち。どうやら200人規模で集まっているみたいだ。
これから直ぐにでも宴会に雪崩れ込みそうな勢いで、わーわー騒がしい。
「静まれっ。統領のご到着じゃ」との里長の一喝に、ようやく静かになった。
「ザック様、エステル、皆様方、無事のご到着でご苦労様でござった。アル様、カリ様、ようこそお出で下さりました」
「うん。みなさん、お出迎えありがとうございます」
そう応えながら、ふと気配を感じて空を見上げる。エステルちゃん、そしてアルさんとカリちゃんもだ。
「お婆ちゃんたちも来たみたいですよ」
「着地場所は教えてあるで、同じところに降りるじゃろうて」
確かにぼんやりとした白い雲が、先ほど俺たちが到着した場所の方へと降りて行ったようだ。
「わたし、お迎えに行ってきます」
「お願いね、リーアさん」
そう言葉を残して、リーアさんが再び迷い霧の中へと走り込んで行った。
どうやらすっかり、いつもの調子は取り戻せたみたいだな。
「いまのは?」
「うん、お爺ちゃん。お姉ちゃんたちも来たのよ」
「お姉ちゃんと言うと、エステル」
「わたしたちとは別で、風の精霊のお姉ちゃんの家からね」
「なんと」
昨年の夏休みの旅では、シルフェ様とケリュさん夫婦は俺たちと同行していなくて、確かドリュアさんに会いに世界樹まで行ったんじゃないかな。
あれはケリュさんが自分の許に戻って来たのが嬉しくて、妹のドリュアさんに自慢しに行ったのだと思う。
それはともかくとして、シルフェ様がこのファータの北の里に姿を現したのは、俺が学院の2年生のとき、母さんとアビー姉ちゃんを連れて訪れた際のことだ。なので3年振りですか。
それ以前は、おそらく何百年も姿を見せることが無かったみたいだから、3年間に2回も来るのは、ファータの始祖とはいえかなり珍しいことであるのだろう。
一方でケリュさんの来訪は、俺が知る限りでは初めてのことになる。クバウナさんもだよね。
でも、ファータの始まりとなったシルフェーダ様がご存命だった時代には、ファータの一族の前に頻繁に顕現したこともあったのかも知れない。それを知る人間はもう誰も居ないのだろうけど。
「ほほう、ここが里か。ん? なにやら大勢集まっているんだな。お、ザック、エステル、ジェルさんたちもお疲れさん」
何故だかいつも以上に上機嫌のケリュさんを先頭に、うちの人外メンバーが姿を現した。
あ、シモーネちゃんも来たんだね。
「今回の滞在は、たぶん少し長くなるんじゃないかって、シルフェさまが。なのでシモーネは、エステルさまのお世話のために来ました」
「お姉ちゃんもそう予測したのね。ありがとう、シモーネちゃん」
「はい。リーア姉さんが居ますけど、こちらではいろいろ動くんじゃないかなと、シモーネはそう思いました」
エステルちゃんの側付きになっているリーアさんだが、彼女は本来バリバリの探索者だ。
その彼女が行動する場面も出て来るかもだし、またエステルちゃんにとっては自分が生まれ育った里なので、誰かに世話をして貰う必要はあまり無いとはいえ、それでもお世話しようとた来てくれたんだね。
ともかくも王都屋敷メンバーのほとんどがそのまま場所を移して、このファータの北の里に集合したことになる。
と、それはまあ良いのだけど、エーリッキ爺ちゃんたちの余計な負担にならなければいいのですが。
「エーリッキさん、カーリさん、みなさんもお久し振り」
「突然の来訪ですけど、お世話になります。ご迷惑にならないようにいたしますので」
「これは、シルフェ様、シフォニナ様。ようこそお出で下さりました。ご迷惑とか、畏れ多いことでございますじゃ。久方振りにご尊顔を拝し、恐悦至極にて」
振り返って見ると、この入口に集まった里の者たちは、既に全員が片膝を突いて畏まっていた。
「統領。少々お尋ねするのじゃが、シルフェ様のお隣におわす方と、それからいまアル様とお話されている女性は、どのような御方で?」
「あ、初めましてだよね。男性はシルフェ様の旦那さんでケリュさんだよ。エステルちゃんと僕からすると、義理の兄ということになっている。それから女性の方はカリちゃんの曾お婆ちゃんのクバウナさん。その、つまりアルさんとは古いお付き合いの……黒と白ということで」
エーリッキ爺ちゃんとその隣で話を聞いていたカーリ婆ちゃん。それからその後ろで耳をそばだてていた長老衆たちは「ひっ」とか「はひゃっ」とか小さく奇声を発していた。
「統領、確認なのじゃが、シルフェ様の旦那様であられるということは、我らの言い伝えでは戦神様ということになっておるのじゃが」
「まあ、そういうことかな」
「それから、アル様が黒でその古いお付き合いの白と言いますと、物語などに良く絵姿でも描かれておられる……」
「アルさんは良く、わしはぜんぜん似ておらんって言うけど、そうだね」
それを聞いたエーリッキ爺ちゃんは、いちど激しく頭を左右に振って、それから深く息を吸い込み、「皆の衆、頭を低く、疾く平伏せい。我ら一族の祖神様と伝説の古竜様が、この地に揃われたぁ」と大音声を発した。
その声に、俺との会話が聞こえていた者もそうでない者も、一斉に地面に平伏する。
まあ、そうなっちゃいますよね。
シルフェ様やアルさんだけなら、以前にエーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんが王都屋敷に滞在していたときに多少は慣れたと思うけど、こうやって揃っちゃうとさ。
「あらあら」
「おいおい、何の騒ぎだ」
「ここはおひいさま。何かお言葉を掛けて差し上げないと」
うちの暢気夫婦は「あらあら」とか「おいおい」とか、ファータの北の里の衆が揃って平伏するのを眺めていたが、そこは冷静でしっかり者のシフォニナさんが、皆に声を掛けた方が良いと助言する。
「そうね……わたしの一族の者たち、顔をお上げなさい」
「ははっ」
200名ものファータの爺様婆様たちが一斉に垂れていた頭をゆるゆると上げて、こちらに顔を向けた。
でもさすがは歴戦の探索者だった爺様婆様たち。その表情には必要以上の畏れは無く、何かを期待するような目を一様に向けて来ている。
「今日はザックさんたちが来るのに合わせた突然の訪問ですけど、わたしもこの地に迫って来ている不穏な状況はしっかり把握しています。ですので、わたしたちが直接に手を出すことは出来ませんが、少しでも一族の者たちとザックさんのお役に立てればと、こうしてやって来ました」
そのシルフェ様の言葉に、里の衆から「おーっ」と波のような声が響き渡る。
「それでは、今日一緒に来た人たちを紹介しておきましょうか。わたしたちもザックさんたちと暫く、この里に滞在させていただきますのでね」
人たちって、人じゃ無いけどね。まあそれは良いとして、そうは思っていたものの、俺たちに合わせてシルフェ様らもこの北の里に腰を据えるつもりなんですなぁ。
「まず、わたしとシフォニナさんね。もうご存知よね。あと、エステルの隣に居るのは、同じ風の精霊のシモーネ。あの子は、ザックさんとエステルのお屋敷でもう長いこと一緒に暮らして、エステルのお世話をさせています」
「ふほぉーっ」という変な声があちこちから漏れ聞こえる。
風の精霊が3人も居るということよりも、その精霊少女がエステルちゃんのお世話をしているというのを知っての、驚きと感嘆かも知れない。
「それから、アルとカリちゃん。このふたりも知ってるわよね。アルはザックさんとエステルの長い間の友人で、かつ、ザックさんの執事。それからカリちゃんはザックさんの秘書ね」
「ひょー」という、また変な息や声が皆から漏れていた。
こうしてシルフェ様の紹介を聞いていると、俺も今更ながら非常識に思えて来て「ひょー」と言いたいですな。
「それで、アルの隣に居る女性はクバウナさん。クバウナさんは正確にはカリちゃんの曾お婆ちゃんなんだけど、まあお婆ちゃんでいいわね。クバウナさんもアルとご同役の執事になっていて、それでこのふたりは……言っていいの? アル」
「まあ、ここなら良いじゃろ」
「そうね。アルとクバウナさんは、遥か大昔にこの地上世界に初めて降り立った、5人の古い竜のうちのおふたり。つまり黒い竜と白い竜ね。そうしてカリちゃんは、白い竜の直系の曾孫という訳」
ここまで来ると、ファータの北の里の衆からはもう声が出て来なくなっていた。
「そうして最後に、隣に居るのはわたしの旦那。よろしくね」
「おい、それだけかシルフェ。もう少しなんだ、紹介のやりようが……」
「話すの疲れちゃったから、あなた、自己紹介しなさい」
「あ、お、おう」
しょうもない夫婦漫才になりそうだったけど、そこは200名もの一族を前にしてケリュさんも大人しく従うらしい。
「あー、我はケリュ。シルフェは我の妻であり、ファータの一族はシルフェと我の娘、シルフェーダから始まった」
それを聞いて、爺様婆様たちはまた一斉に平伏した。
一族の始祖の母精霊と父神が揃って現れたのだ。そりゃ平伏するのは当たり前だよね。
「おいザック。おまえ統領だろ、なんとかしろ」
「もう、なんでこっちに振るかなぁ。はい皆さん、顔を上げて上げて。正面から見ても、別に目が潰れたりしないからね」
「おい」
「(ケリュさまも、ザックさまに振るもんだから、グダグダになりますって)」
「(もうしょうがないわ)」
「(うふふ。いつも通りよね)」
「(おひいさまったら)」
そんな念話も聞こえて来ますが、まずはこの場を収めて早く里の中に入りましょう。
「ケリュさんはそういうことで、まあいちおう戦関係の天界のあれ、なんですが」
「何がそういうことでで、何が天界のあれ、だ」
「まあまあ。あれですけど、この地上世界では、僕とエステルちゃんの義理の兄ということになっています。なので、気楽に接してあげて下さい。皆さんのご迷惑にならないように、気を付けさせますから。ちなみに、ジェルさんたちと同じうちの騎士服を着ていますが、まあこれでも闘いの専門家というか、そういうのの大本を司る立場ですし、世間的にはうちの騎士みたいになっているので、そう思っておいていただけると助かります」
「ははっ」
さあ、里の中に入って里長屋敷で落ち着きますよ。
それからケリュさんは、自己紹介の途中で俺に振ったんだからね。そう膨れてないで、さっきの上機嫌に戻って下さいな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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