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第105話 総合武術部員たちと久し振りの稽古

 現役部員たちの希望もあって、そのあとはうちの訓練場で少しばかり稽古をすることになった。

 回復魔法を教えてほしいというヘルミちゃんとブリュちゃんのお願いに、クバウナさんも「折角なので、一緒に練習しましょうかね」と心良く応じていた。


 それで部員たちには、独立小隊の王都分室で着替えをして貰い、訓練場へと移動する。

 回復魔法特別講師のクバウナさんのもとには、ヘルミちゃんとブリュちゃんとそれからマヌちゃんの女の子3人が集まり、魔法講師のライナさんとカリちゃんもサポート。


 一方で剣術教官であるジェルさんとオネルさんと補助役の双子のところには、カシュくん、フレッドくん、ディックくんにバルトロメオ殿下の男子4名だ。

 1年生のディックくんと、もちろんバルトくんも、うちのお姉さん騎士教官の稽古は初めてだけど、怖がらずにまあ頑張ってください。


 あとマヌちゃんの護衛騎士であるディフィリアさんも、こちらに加わった。

 どうやらジェルさんとオネルさんの剣の力を聞いていたらしく、この束の間の剣術稽古の機会にふたりと木剣を合わせたかったようだ。


 ちなみにバルトロメオ殿下の侍女のアメリータさんは、もちろん見学です。

 それからケリュさんとアルさんも訓練場に来ているが、彼らは講習や稽古には加わらないで見学だけにするみたいだね。


 俺もバルトくんとディックくんのふたりとは木剣を合わせようと思っているが、いまは始まった稽古の様子を見ながら、エステルちゃんとリーアさん、それからユルヨ爺とともにイェッセさんと少し話すつもりだ。



「まずはご苦労、だな、イェッセ」と一族最長老のユルヨ爺が労う。


「こちらには来たばかりかしら」

「はい、エステル嬢様。つい昨日に到着しまして。それで、あらためまして統領、エステル嬢様、ユルヨ爺殿、リーアさん、このたびはいろいろとありがとうございます」


 イェッセさんはそう言って、俺たちに頭を下げた。まあバルトくんの件だろうね。


「いやあ、つい先日もこっちの国王さんや王妃さんからもお礼を言われたけど、僕はちょっとだけ相談に乗ってあげただけだよ。彼の真っ直ぐな気持ちや望みに従って、足を踏み出すためにね」


「じつは私も、殿下の密かな希望は承知していたのです。それが早い時期にこういうかたちになって。それに私や西の里としては、何よりもここセルティア王国においては、殿下には統領の庇護下に入っていただくのが最も望ましいと、そう考えておりましたので」


 俺の庇護下って、それはちょっと大袈裟だよ、イェッセさん。

 隣国の王太子を庇護する地位も力も俺にはありませんから。


「はっはっは。それはそうだな、イェッセ。統領の目の届くところに殿下を置けば、統領直下である我ら北の里の者も動き易いし、西の里としても安心感が増すことだて」

「その通りです、ユルヨ爺殿」


 ファータの西の里はミラジェス王国のレンダーノ王家との繋がりが深いが、このセルティア王国の王都フォルスは隣国と言っても管轄外で、動かせる人数も限られている。

 一方で北の里の方はセルティア王国内で多くが活動していても、こちらのフォルサイス王家との繋がりがまったく無い。


 そんな関係性の中で、俺はいちおうはファータ衆全体のトップになっていて、かつセルティア王国内におけるファータの一大拠点である北辺の貴族家の者である。

 そして個人的にフォルサイス王家と繋がりの出来ている俺という存在は、留学中のバルトロメオ殿下を支えるという重大任務を受託しているイェッセさんたち西の里としては、かなり安心だということですか。


「いま、統領と北の里は、リガニア紛争の探索という重大ごとを抱えているが、まあそれはそれとして、この王都では我らも居るで安心して頼れ」

「リガニアの紛争は、だいぶ切迫して来ているらしいですね。ティモが居ないのは、それで?」

「ああ、やつは統領の代理で探索部隊を率いて、現地に行っておる」


「なるほど。しかし、リガニア地方は北の里の本家のお膝元。何か大きな事態となれば、私ども西の里の者たちも加勢させてください」

「まあ、里の危機にならんようにと、いまは推移を見守るばかりだがの」


 まあ俺が応えるべきことのだいたいは、ユルヨ爺が代りに話してくれた。



 剣術の方は打ち込み稽古という段階になって、俺もそちらに参加した。


 今日は、ジェル教官の指示で次々に相手を替えていく掛かり稽古で、受け手は教官と補助役の4人に俺も加わる。

 ディフィリアさんは現役騎士だし、充分な力量があると見えたが、彼女の希望で男子部員たちと打ち込み側に加わり5対5だね。


「ほほう、強くなったと思っていたけど、僕を斬る意志と気力が木剣にまだ届いてませんぞ」と、まずはカシュくんを受ける。

「くっ、オネルさんにも同じこといわれたっすよっ」と、彼が木剣を鋭く伸ばして来る。

 時折こちらも攻め手を出しながら、暫く受けてジェルさんの合図で交代。次はフレッドくんだね。


「力と鋭さ、柔軟さのバランスを、もっと身体に馴染ませて」と、彼にも少しこちらからも手を出す。

「だいぶ出来て来ていると思うのでありますが、まだまだであります」と、それでも良く身体が動くようになっている。


 続いてはディックくんだ。

「お願いします」と一礼する彼には、まずは何も意識すること無く全力で打ち込んで来るようにと促す。

 初めは暫く真っ直ぐに受け、途中からは流したり躱したりと多少変化をつけた。


 うん、なかなかにしっかりとした剣で幼少期から稽古をして来たらしいことが伺えるけど、まだ素直過ぎるかな。

 ジェルさんの「交代っ」という声に、彼は手に持った木剣を無意識にだらりと下げた。

 俺はその力の無い木剣を軽くだけどパシッと打つ。


「相手が下がるまで気を抜かない」「あ、はいっ、すみません」「謝る必要は無いよ、次から気をつけなさい」と、まずはそこからだね。

 彼はかつての1年生のときのブルクくんに少し似ていて、剣筋は素直過ぎるきらいがある。

 でもまあ、オデアン男爵家の未来の騎士団長候補だ。いまはもっと荒々しさがあっても良い。


 そしてバルトロメオ殿下と向き合い、互いに礼をして木剣を構える。

 13歳にしてはしっかりとした体躯、整った姿勢、こちらを真っ直ぐに見つめるキラキラとした眼光。

 これまで、良く文武両道を研鑽しながら育って来たことが見て取れる。


 木剣を構えて向き合って感じるのは、同じような立場だった俺の前世の姿よりも余計な雑音や雑事に浸食されずに、素直に青春期を楽しんでいるのだろうな、ということかな。


 そして彼の打ち込みを受ける。手順は先ほどのディックくんと同様に暫くは受けに徹し、途中から流したり躱したりの変化へと移行させた。


 良い剣筋でこれまで初歩的な技巧もしっかり習って来たようだが、彼も荒々しさに欠ける。一撃の鋭さや力強さもまだまだかな。

 でも剣の扱いは上手い。優れた指導者が教えていたのだろう。



「よしっ、いったん終了だ」というジェル教官の声が響いた。ここで暫時休憩だね。

 互いに木剣を引き、殘心ののち木剣を下ろして礼を交わす。


「ありがとうございました、ザカリー教授」

「うん、ご苦労さま」


 ここまで相手を替えて連続して打ち込みを行って来たので、バルトくんはかなり息が切れている。

 それでもなんとか息を整え、「何かほかに、ご指導いただけることはありますか?」と聞いて来た。

 自分の剣がどうだったかの評価を求めるのでは無く、今後のために指導を願うのは彼らしい。


「僕はですね、バルトくん」

「はい?」

「小さい頃から朝に走っていました」

「走っていた、ですか?」

「学院生のときも毎朝に学院内を走って、いまも王都でも地元でもそうしています」

「あ、総合武術部が練習場に走って行くのも、それでですか」


「そう。走ることが、直ぐに何か結果を出す訳ではないですよ。でも、そういう身体的習慣の積み重ねも、いまの僕を作り続けていると思います」

「わかりました」

「でも毎日のことですから、無理をしちゃダメですよ」

「はい。あー、ミラプエルトでも走れるかな。叔母さんと相談しないと」


 もしこの王太子が、ミラジェス王国の王都ミラプエルトで毎朝走るとか言い出したら、周囲はとても困るかも知れないよな。

 ただ、王宮の敷地がかなり広そうだったので、あの中でも良いんじゃないかな。

 いずれにせよ、イェッセさんたちの陰護衛の仕事を増やしてしまいそうだけど。



 休憩のあとは請われてディフィリアさんの木剣も受け、それで俺はこの剣術稽古から抜けた。

 彼女も若いながら護衛騎士だけあって、良く鍛えているのが伺える。

 剣のスタイルとしては、現在はうちで指導をしてくれているドミニクさんの南方流の流れだよね。


 考えてみたらマヌちゃんや彼女の地元であるサルディネロ伯爵領は、ソフィちゃんとドミニクさんの居たグスマン伯爵領と隣同士だ。

 そんなところにも縁や繋がりを感じるし、もしかしたらドミニクさんの指導なんかも受けた経験があるのかも知れない。


 あと、ソフィちゃんとドミニクさんのふたりが消えたことも、サルディネロ伯爵家では把握しているかもだね。




「そうしたらザカリー教授。夏合宿に参加出来るって確定したら、早めに連絡してくださいっす」

「連絡はこのわたし、ヘルミ宛で、学院にお願いします」

「うん、わかった。みんなに迷惑を掛けないように、なるべく早めに連絡を入れるよ。そうしたら皆も気を付けて地元に帰って、夏休みを楽しんでください」

「はーい」


 回復魔法講習の方も成果をだいぶ得たみたいで、総合武術部の現役部員たちは元気に帰って行った。

 彼らは夏休み初日の今日は学院の寮にいったん戻って、明日からそれぞれに帰郷の途につくそうだ。


 もちろんバルトくんは海路でミラプエルトまでだね。

 ミラジェス王国の船は既にヘルクヴィスト子爵領のヘルクハムンに到着していて、イェッセさんもそれに乗って来たのだとか。

 その彼は帰りがけ、目立たないようにシルフェ様たちに挨拶をし、何か言葉を掛けて貰っていた。



 ◇◇◇◇◇◇


 さて俺たちも、グリフィニアに帰る準備をする。

 今回は誰もこの王都屋敷に残らない。王都出身のアデーレさんもエディットちゃんも、現在ではグリフィニアに行くのにすっかり慣れていて、アデーレさんは娘さん夫婦のところに、エディットちゃんはご両親のところへと一度顔を見せに行っただけだね。


 もちろん新入り3頭が加わり数の増えた馬たちも、みんなグリフィニアに連れて行く。

 一方で人外メンバーたちは例年の夏至の祭祀があり、アルさんとクバウナさんも含め揃ってシルフェ様の風の精霊の本拠地へ向かう。


「わたしはグリフィニアですよ。ザックさまのおそばです」とはカリちゃん。

 彼女だけは他の人外メンバーとは別行動で、俺たちと一緒なんだよな。

 でも俺の「おそば」とか、知らない人が聞いたら別の意味に勘違いするからね。


 まあシルフェ様やクバウナお婆ちゃんも何も言わないので、カリちゃんが常に俺の側に居るのは当たり前だと思っているようだ。


風花かざはなもおるし、我もグリフィニアに……」

「アマラさまの祭祀があるんですからね。あなたはうちよ」

「む、おう」

「風花は、わたくしどもがしっかり面倒を見ておきますぞ、ケリュさま」

「お、おう、頼むな、ジェルさん」


 だいたい神様なんだから、年に2回、夏至と冬至の大切な祭祀を、新しく手に入れた馬の風花ちゃんを理由にしてサボろうとしちゃいけませんぜ、義兄あに上。

 と言うか、あなたは本来祀られる方で、祀る方じゃなかったか。

 まあそれでも、奥さんの指示には素直に従いなさいな。これも地上世界の自然界の秩序維持のためです。



「夏至の祭祀のあとは、グリフィニアに迎えに行きますが、それでよろしいのじゃな?」

「うん、お願いします、アルさん」

「ならば早々に向かおうかの」


 俺たちがグリフィニアで夏至祭を済ませたあとのタイミングで、ファータの北の里に行こうと考えている。


 探索部隊が出て1ヶ月半以上も経過していながら、ティモさんらからは未だに第一報が届かないので、俺もちょっと心配になって来ているのだ。

 ユルヨ爺とかは、「探索に何ヶ月も掛かることもありますし、ましてや戦場近くですからの」とは言うけれどもさ。


 まあとにかく、探索活動の前方基地である北の里には、行けるときに行っておきたいんだよね。

 それでアルさんにグリフィニアまで迎えに来て貰って、最短時間で行くつもりだ。

 そこでうちのファータ衆なんだけど。


「我ら3名は、直接に北の里に向かうことにしますぞ」

「いちどグリフィニアに行ってからよりも、ここから走った方が早いでな」

「まあこの爺さんたちは、グリフィニア経由でイライラするよりも、それが良かろうて。なので、そうさせてくだされ」


 普段ならあまり里に戻りたがらないアルポさんとエルノさんも、今回は率先して北の里に先行すると主張した。

 ユルヨ爺もこれに同意し、彼ら爺様3名は俺たちの出発と同時に里へと直接向かう。


 ちなみにエステルちゃん付きのリーアさんは俺たちの組だから、里へは覚悟を決めてアルさんの背中ね。


「だいじょうぶですよ、リーア姉さん。ちょっと高いところを行くだけですから。それに、万が一に落ちないようには、師匠がしてくれてます」

「落ちたら、カリちゃんが拾ってくださいよ、後生ですから」

「任せてください」

「万が一にも、落としなどせんわい」


 そんなこんな、賑やかにそれぞれの行動の打合せをし、各自準備も終え、俺たちはこれまでの学院生時代よりも少し早く、6月の19日に王都屋敷の戸締まりをして出立したのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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