第104話 新しい馬たち。そして現役総合武術部員の来訪
王立共同馬場で対面した新しい馬たちは、3頭とも購入することにした。
だってケリュさんが「この馬どもは、喜んでザックに仕えると言っておるぞ」と言うからさ。
何やら「ヒヒン」とか「ブルルル」とか、3頭それぞれが声を出しているのを聞いていたみたいだけど、馬たちが揃ってほんとにそう言ったのですかね。
それでケリュさんは、「自分がこの馬だと思う相手の側に行け」とフォルくんとユディちゃんに言い、ふたりは躊躇うことなく近づいて行った。
どうやら遠目から見ていたときからもう決めていたらしく、フォルくんは鹿毛の毛色の馬に、そしてユディちゃんは青毛の馬の側へと行った。
俺はふたりが逆の馬を選ぶかなと思っていたけど、その選択なんだね。
あと、言葉は交わしていないけど同じ馬に重ならないのは、双子の見えない意思疎通といったところかな。
マッティオさんに聞くと、どちらも牡馬だそうだ。
すると、残った芦毛が自分からケリュさんに近づいて来る。この子だけ牝馬なのだとか。
「よし、おまえの名前は“風花”だな」
「ヒヒン」
即座にケリュさんがその芦毛の子に名前を付け、その子、いや風花は嬉しそうに何度も首を上下に振った。
なるほど、風に舞う雪の花びらですか。確かに黒と灰色がかった白が混ざり合った毛色の彼女に似合う名前かも知れない。風の精霊の旦那が乗る馬になるのだし。
と思ったら、その灰色がかった白色がより白味が強くなったと感じたのは、俺だけですかね。
「フォル、ユディ、おまえたちもその子らに自分で名前を付けてやれ。そうすれば、より一層繋がりが深くなる」
「あ、はい」
「えーと、名前、だよね。黒影と青影はもう居るし、えーと」
「ユディ、いま直ぐで無くてもいいぞ。屋敷に連れて帰ってから、しっかり考えれば良い」
「はい、わかりました、ケリュさま」
ともかくも3人がそれぞれの馬と対面して気に入ったようで、無事に購入となりました。
ちなみに、うちのことを良く知るマッティオさんは、それほど驚かずにただ安堵した様子だったが、その場に居た厩務員さんたちは普段あまり目にしない馬の様子にいささか驚いたらしい。
まあその辺のことは、マッティオさんに適当に誤摩化して貰いましょう。
その後は、フォルくんとユディちゃん、そしてケリュさんもそれぞれの馬に跨がって広々とした共同馬場で少し走らせて貰い、俺たちはその様子を見守った。
ケリュさんはその都度、風花に何かを話し掛けながら、常足から速歩、駆足へと段階的かつごく自然に速度を上げて行き、敵が群れる戦場の中をジグザグに動いて駆け抜けるような動きも見せる。
そして最後は、ほんの少しばかり襲歩で全力疾走をさせ、直ぐに常足へと戻して試走を終えていた。
いやあ、今更ながらさすがは戦神と言いますか、初めて乗った馬なのに惚れ惚れするような見事な操馬術で、これは見ていたジェルさんたちも唸らせる。
「普段はぜんぜん気にしてなかったけどさー、やっぱりそうなのねー」
「ちょっと見させていただいただけでも、勉強になりやすよ」
「ですね。まるであのまま、空に飛び立ってしまいそうですよ」
「それ、ケリュさまに言うなよ、オネル。ほんとうに飛ばすぞ、あの方は」
レイヴン古参メンバーの4人は、小声でそんなことを話していた。
一方でフォルくんとユディちゃんは、屋敷の敷地内では頻繁に騎乗訓練をしていたのだけど、このように広い馬場でそれも出会ったばかりの馬を操るのは、少しばかり苦労している様子だ。
それでも徐々に慣れていき、やがて短時間ながら自分と馬とが互いに理解し合えるようになって来たらしいところで、彼らも試走を終えた。
◇◇◇◇◇◇
グリフィニアへ戻る前にするべきことも順調に進んで行った。
商業国連合セバリオの在外連絡事務所から、ショコレトールの見本品を南方に送るための冷蔵梱包箱も届き、ミルクショコレトールの板ショコレトールとひと口サイズに個別包装したもの、それからブラックショコレトール生地も含め、合計で15キロ弱を分割して5箱に納める。
この冷蔵梱包箱は二段構造になっていて、下段部分には氷を詰めるのだけど、そこにはもちろん俺が氷を作って詰めて置きましたよ。
加えてショコレトールについての説明を記した説明書きを、エルフのイオタ自治領のオーサ・ベーベルシュダム領長宛と、商業国連合評議会議長でマスキアラン商会会長のベルナルダ・マスキアラン婆さん宛の手紙と併せて託す。
ショコレトール説明書きに関しては、主にミルクショコレトールとブラックショコレトールの違いについてで、あとはそのまま食べて良いのだけどケーキなどのお菓子材料としても利用出来るといった概要レベルだね。
もちろんショコレトールの製法については触れないし、ザックトルテのレシピなども書かない。
製法はそのうち開示しようとは考えているけど、現状は土魔法や重力魔法を多用した特殊な魔法製造ということもあり、開示は人間が普通に製造出来る手法や機材を整備してから先だ。
まあこの辺のところは、送り出すときに受取りに来たヒセラさんとマレナさんに、口頭で伝えて置きましたよ。
もちろんミルクショコレトールを食べて貰いながらです。
「わかりました。運送中の氷の補充と含めて、その点は承知しています。あの、うちの会長やロドリゴ会長には、特殊な魔法を遣った魔法製造だけど、近い将来にはそれほど特殊な作業をしなくても製造可能になるって、そのぐらいは伝えていいですか?」
ショコレトール豆の輸入及び製品輸出取引は、マスキアラン商会とカベーロ商会の共同事業とすることで合意しているので、両会長には現時点でそのぐらいは話して良いだろう。
「いいですよ。あと、今回送るのは合わせて30ポンド強になりますけど、そこからイオタ自治領にどのぐらい送るのかは、前にも言いましたけどお任せしますよ」
「あ、はい。承りました」
「ひゃっ、ということは、うちでかなりの分を……」
「もう、マレナったら」
「でも、販売や贈呈品とするのはダメですよ。あくまで試食見本です」
「わかっております」
「でも、あの冷蔵梱包されたのって、ぜんぶセバリオに行っちゃうんですよね」
マレナさんはそう言って、まだラウンジの横に積まれている5箱の冷蔵梱包箱を少し恨めしそうに見た。
「ははは。カリちゃん、あるよね」
「はい。エステルさま、何箱にしますか?」
「ヒセラさんと、マレナさんと、それから事務所の方々にで、4箱ぐらいで良いかしら」
「らじゃー、です」
厨房に走ったカリちゃんが、贈答用の化粧箱に納められたミルクショコレトールを持って来て、それを進呈した。
「いいんですか?」
「あひゃっ、ヒセラちゃんとわたしとで、ひと箱ずつで、事務所に二箱」
「セバリオの方には、在外連絡事務所用にも試食見本を少しだけ貰ったと、そのぐらいの感じで」
「ありがとうございますっ」
◇◇◇◇◇◇
6月15日には学院の春学期が終了すると思うのだが、その前日に珍しく総合武術部のカシュ部長から手紙が届いた。
「なになに、明日に春学期が終わって、その翌日にもし都合が良ければ、部員たちが全員揃ってうちに来たいんだってさ」
「まあ。そうですね、いろいろなこともほとんど終えましたし、みなさんに遊びに来ていただくのは良いんじゃないですか?」
「だね」
エステルちゃんが同意したので、明後日に待ってますよと返事を学院に届けて貰う。
その16日の午後、総合武術部の現役部員たちが揃ってうちの王都屋敷にやって来た。
なんだか以前は、こうして部員たちが良く屋敷に来たよなと、俺がまだ学院生時代のことを想い出してちょっと嬉しくなる。
出迎えたフォルくんとユディちゃんに先導されて、部員たち7人が屋敷の中に入って来た。
全員が学院の制服姿だね。そしてもちろん、バルトロメオ王太子もちゃんと混ざっている。
みんな、学院から歩いて来たの? お付きは誰も付いていないのかな?
そう思って見ていると、マヌちゃんのお付きでサルディネロ伯爵家騎士団王都駐在騎士のディフィリアさんと、バルトくんのお付きで先日の午餐会にも出席していたアメリータさんという侍女さんが、彼らの後ろから姿を見せた。
そして最後に現れたのは、イエッセさんじゃないですか。
彼は言うまでもなくファータの西の里の里長の息子で、エステルちゃんのお母さんであるユリアナさんと妹のセリヤさんとは従兄弟同士にあたる。
つまり俺たちにとってはファータの親戚で、彼は主にミラジェス王国王家の仕事に就いているんだよね。
彼は部員たちの後ろに控えながら俺とエステルちゃんに目礼し、続いて玄関ホールの向かって右奥のラウンジで寛いでいるシルフェ様たちの方をそっと伺っている様子だった。
「イェッセさんは、夏休みの王太子殿下をお迎えに来ているとのことですよ」と、リーアさんが俺の後ろから小声で教えてくれる。
ああなるほどね。まあ彼も、というか西の里のファータの者たちも、王太子が隣国の王都に留学に来てしまったので、陰護衛なんかで大変だよな。
バルトくんの留学にあたっては、ほとんどが学院内の寮で生活するということもあって、侍女さんや護衛騎士の数は極力少数に絞ったらしい。
でもその分、今日みたいな外出などの際に目立たずに護衛する陰護衛の任は、ファータの西の里の衆が請負っていると、リーアさん経由で聞いていた。
俺とエステルちゃんに関わりのあるこういったファータ衆の動きは、その都度リーアさんとユルヨ爺が情報を得てくれているので心強い。
まずは皆をラウンジに案内して腰を落ち着けて貰おうということで、挨拶的なことはそこそこに部員たちを促す。
彼らも自然にシルフェ様やケリュさんたちに挨拶し、ジェルさんたちやユルヨ爺も遅れてやって来た。
えーと、現役部員で初めてうちに来たのは、1年生のディックくんだけかな。そんなに緊張しなくていいですよ。
そうしたらまずは緊張を解す意味合いで、紅茶と一緒にミルクショコレトールを皆に振舞っちゃいましょう。
カーファは……やめた方がいいですか、そうですか。カァ。
「みんな、良く来たね。それでカシュ部長、今日はまたどうして?」
「どうしてって、ザカリー教授は相変わらずっす。あ、本日は急なお願いにも関わらず、部員全員での訪問を心良くお受けいただきまして、ありがとうございます」
「いいんですよ。みなさんが顔を見せてくれると、この人も喜びますからね」
「ありがとうございます、エステルさま」
「みなさん、気になるでしょうから、ミルクショコレトールを食べてくださいな」
「あ、やっぱり、この小さな包みって、ミルクショコレトールでしゅ」
「うわぁ」
「話には聞いていた伝説の、あのお菓子ですよね」
眼の前には、先日に送った試食用見本以外に多めに作った、ひと口サイズを蜜蝋コーティングシートの小片でひとつずつ包んだミルクショコレトールが、皿に載せられて置かれている。
今日はマヌちゃんやディックくんとか、ショコレトール初体験の人も居ますね。
バルトくんとアメリータさんも王家の午餐会ではザックトルテを食べて貰ったけど、ミルクショコレトールを直接食べるのは初めてだったよね。
ディフィリア騎士やイエッセさんも遠慮しないで、どうぞどうぞ。
イエッセさんは、隣に来ていたユルヨ爺に「食べてみろ」と言われておずおず口にし、屋敷に足を踏み入れてから緊張していたらしい表情を思わず綻ばせた。
「で?」
「あ、そうっす。まずは夏合宿の件すよ。バルトくんから、ザカリー教授たちも参加いただけるって、そう聞きましたし」
「あとは、夏休みに入る前に、少し稽古を付けて貰おうってみんなで相談したんです。それにあの、回復魔法を教えて貰えないかなって。この前の対抗戦のときに、クバウナさまからもそう誘われたんです」
カシュくんの言葉に続けてヘルミちゃんがそう言う。
ああそうそう、夏合宿の件ね。あとはヘルミちゃんたち、魔法の練習を見て欲しいって言っていたよな。
確かに魔法対抗戦のときに、クバウナさんとそれからケリュさんがそう誘ったらしい。
それならば剣術も含めて、皆が夏休みに入ってバラバラになる前に少し稽古を付けて貰おうって、そういうことか。
「なるほど、わかりました。まず夏合宿だけど、今年もやるんだよね」
「もちろんすよ」
「強化剣術研究部と合同で?」
「ヴィヴィア部長とも、そう相談済みっす」
「日程と場所は?」
「場所はもちろん、恒例のナイア湖っすよ。日程は例年通り、8月の18日頃から3泊4日で考えているっすけど、そこは今日のザカリー教授の予定のご意向を聞いて」
予定のご意向とか珍しくそんな言葉遣いをして、実はそれ以外のご意向も期待しているんじゃ無いですかね、キミたち。
「で?」
「要するにですね、ザカリー教授。ほら、野営の道具のいろいろとか食料とか、送り迎えの馬車とかなんですよぉ」
「あー、なるほど」
「ヴィヴィア部長たちと、その辺のところをどうしようかって相談していたらっすね、ヘルミちゃんが、そこはザカリー教授にお願いしちゃいましょうよって言うもんすから……」
「ははあ」
確かになぁ。これまでの4年間、恒例の夏合宿はほとんどがうちでいろいろな道具や食材を提供して、あとはヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家も援助してくれていたんだよな。
「フレッドくんやマヌちゃんが、うちで何とかしましょうかとか、バルトくんもうちでと言ってくれたりしたんですけど、下級生部員の家や隣の国の王さまのところにお願いする訳にもいかないでしょ。うちの家もそんなに余裕が無いし……。だったら、ザカリー教授に参加して貰えるのなら、いっそのこと頼んじゃおうかなって、えへへ」
うん、ヘルミちゃんらしいよね。
フレッドくんはヴァイラント子爵家でマヌちゃんはサルディネロ伯爵家と、領主貴族家の子息子女はこのふたり。
ヘルミちゃんとディックくんは共に準男爵家の子だけど、やはり領主貴族から比べると家の力は劣ってしまう。
あと、バルトくんの素直な好意ある発言も分かるけど、さすがに隣国のミラジェス王国の王家に頼る訳には行きませんなぁ。
まあ当家ならこれまでの4年間で慣れているし、まったく構わないけどね。
「まず、僕たちの合宿への参加なんだけどねぇ」
「え? その口振りって、もしかしてダメになったすか?」
「もうカシュ部長は、先走らないで、ちゃんと話を聞いてからよ」
「僕も当家も、この夏には仕事関係でいろいろあってね。でも、いまのところは参加する方向で考えていますよ。そして野営道具関係なんかも、もちろん昨年までみたいにうちで出します。それでもしも万万が一、僕が参加出来ない場合にでも、そこのところはうちで面倒を見させて貰いますよ。ただその場合は、フレッドとマヌちゃんのところでも協力をお願いするかもだけどね」
俺のその言葉を聞いて、部員たちは一様に「ふう」と安堵の表情を浮かべた。
それでもマヌちゃんからは、「うちはザカリー教授の親戚なんですから、やっぱり協力させて貰います」とか、フレッドくんも「うちだって、何で協力しないんだって僕が怒られるのでありますよ」と、それぞれに声が挙がった。
うんうん、そうだよね。俺は結局のところ卒業生なんだから、今回だけじゃなくて今後のことを考えると、そうやって協力出来る家が協力して臨むのが良いよな。
「これまでみたいに、うちの丸抱えはやめた方がいいかもですね」
「そうかもだね、エステルちゃん」
「カァカァ」
「ザックさまは、こういう話のとき、凄く楽しそうですよね」
「だな、カリちゃん。どうこういってこういうのが好きなんだよ、うちの長官は。まあわたしらも、殺伐とした話や小難しい話よりも、学院生の夏合宿みたいな話が好きだがな」
「ジェルちゃんも学院生に訓練をつけるの、好きだもんねー」
「わたしもですよ。そう言うライナ姉さんも、あとブルーノさんも」
「あはは、オネルちゃん、そうとも言える」
カリちゃんとお姉さん騎士たちも、楽しそうにそう囁き合っていた。
そうだね。久し振りに学院生たちと身体を動かしながらの合宿を楽しみにして、この夏を乗り切りましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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