第101話 これって独断専行ってことですかね
この日の午餐会もそろそろお開きとなり、最後はセオドリック王太子が王家を代表してひと言を述べて締めた。
「まだお時間があるなら、お茶でもいただきながらもう少しお話しましょうよ、エステルさん」と王妃さんがエステルちゃんを誘うので、彼女は俺の方を見た。
これは誘いを受けて良いかどうかを問うたのではなくて、俺がもうひとつの用件を切り出すのを促すためだね。
「そうしたらエステルちゃんたちは、王妃様のお言葉に甘えさせて貰いなさい。僕の方は、陛下、少々お時間をいただいてよろしいですか?」
「ん? 私へのお誘いかね、ザック君」
「先日の件について、少しばかりご報告がありまして」
俺のその言葉に、国王さんのそれまでの柔和だった表情が一転して引き締まった。
「そうか。おーいグロリアーナ、少しあちらの部屋を借りるぞ」
「はいはいあなた、ご自由にどうぞ。ザックさんと内緒話ね」
王妃さんたちは食堂を出て先ほどの前室に移動しようとしていたところで、どうやらこの王妃居住区の部屋を使用するには、国王と言えども王妃さんの許可が必要らしい。
まあこの区画は、俺の居た世界での大奥みたいなものですかね。
「それとセオも来い。あとランドルフとブランドンだな。それでは我らも移動しよう」
「お願いします。では僕の方は」
「カリちゃんはもちろんとして、オネルも同席させて貰え」
「はーい」
「そうさせていただきましょうか」
「コニーは……」
「コニーちゃん、エデルさん、エステルさんがミルクショコレトールをご馳走していただけるそうよ」
「あっ、あの?」
「あちらに加えて貰っていいぞ」
「あとバルトもこちらに来なさい。あなたはミルクショコレトールが初めてでしょ」
「わかりました」
この場のいまのやりとりと流れは、つまり俺と国王さんとの話に同席するのが、王家側がセオさんにランドルフ王宮騎士団長とブランドン王宮内務部長官。
こちら側は俺と、必ず俺の側に居る秘書のカリちゃんに連絡交渉役のオネルさんがジェルさんの指示で加わった。
ランドルフさんの秘書であるコニー王宮従騎士も役職上、騎士団長に従って同席すべきなのだろうが、王妃さんにミルクショコレトールで釣られて女性たちの方に加わりましたな。
エデルガルト王宮騎士もこちらを注視していたが、彼女は本来アデライン王女付きなのでまああちらだ。
それで男性の中でひとり残されたバルトくんだけど、彼に対してはやはり王妃さんが気を効かせて女性グループの中に入れた。
まあ、これから話される内容はリガニア紛争の件であり、さすがに外国の王太子をその場に加える訳にはいかない。
王妃さんも咄嗟にそうと判断して彼を誘ったのだろうし、バルトくん自身も何となく察したみたいだ。
しかし、ちょっとしたお茶請け用にとエステルちゃんがミルクショコレトールもリーアさんに持たせていたので、こういう場合にずいぶんと役立つものです。
食堂から前室へと戻る廊下の途中にある扉を国王さんが開けると、そこはまさに応接室といった部屋だった。
とは言っても部屋自体はここも広く造られており、応接セットも2組設えられている。
まあ、こんな部屋が宮殿の中にはいくつもあるのでしょうね。
その応接セットの片側に国王さんとセオさんが座り、対面には俺を真ん中に左右にカリちゃんとオネルさん。
ランドルフさんとブランドンさんは別のソファをこちらのセットの横に動かして、皆で囲むように腰を落ち着けた。
すかさず王妃さん付きの侍女さんが人数分の紅茶を淹れて持って来てくれ、それぞれに配り終えると速やかに部屋の外に出て行った。
「カリちゃんも持ってるよね」
「ありますよー」
俺の言葉にカリちゃんが直ぐに察して、ミルクショコレトール入りの化粧箱を目立たないようにさっと自分のマジックバッグから取り出して、テーブルに置く。
今日持って来たのは割って食べる板状ではなく、食べ易く小粒に成型した物だ。
同時に複数の小粒に成型する型を土魔法で作ったのだけど、所詮は手作業なので結構手間が掛かります。
あと、まだコーティングシートが入手出来ていないので、王都屋敷にあった清潔な薄紙に包んでお馴染みの化粧箱に納めてある。
その化粧箱から薄紙の包みを取り出してテーブル上にカリちゃんが拡げると、幸いなことにミルクショコレトール同士がくっ付いてはいなかった。
「まあ、こちらも甘い物でもいただきながらにしましょう」
「さすが、気が利くな、ザック君は」
「おお、これが先ほどの君のトルテの元のショコレトールか。初めてお目に掛かったぞ」
「ミルクと砂糖入りのショコレトールですよ。甘さが気持ちを落ち着かせます」
何気に国王さんも、あとランドルフさんやブランドンさんも、ミルクショコレトールは初めてだったりする。
ショコレトールのそのままは、これまであまり何処にも出していなかったからね。
「このたび、国王陛下より情報提供をお願いされたことも踏まえ、当グリフィン子爵家に加え、キースリング辺境伯家ならびにブライアント男爵家の三家の合同により、リガニア紛争探索派遣部隊を編制し、既に同地域に派遣を終えたところです。なお、この部隊は秘匿部隊であり、また国外の紛争現場を秘密裏に調査探索することから、ごく少数の専門要員により編成しており、また、リガニア都市同盟各都市にも通告等の措置は行っておりません。現時点でこの部隊派遣を知る者は、三家以外ですと、エイデン伯爵家のみとなります」
「なんと……」
この場の各自がミルクショコレトールをひと粒口に入れ、それぞれがその味を確かめながら表情を緩めたところで、俺は単刀直入にそう発言した。
王家側は一様にその内容に驚き、ランドルフさんは思わず声を漏らした。
「三家の合同、なのですね」
「先にリガニアの件について話し合ったのは、4月の半ば過ぎだったか。それで三家が合同しての探索部隊の派遣とは、なんとも動きの速い」
暫しの沈黙を経て、ブランドン王宮内務部長官とランドルフ王宮騎士団長がようやく口を開いた。
「国王陛下や王宮に何の相談も無く、国外案件で三家が独自に動いたということは、領主貴族家の独断専行ということになりますが……」
「まあ待て、ブランドン。そもそも、リガニア紛争の現況について、ザック君に情報提供を願ったのは私だ」
「それはそうなのですが」
「先般のザック君と父上との面談時に話された内容は、俺も承知している。その場に、ランドルフ騎士団長とブランドン長官も同席していたこともな。そこから三家合同の探索部隊が派遣されたその素早さについては、俺もいささか驚いたが、それだけリガニア紛争の状況が切迫していると、そう北辺の三家が判断したということなのだろう。どうなのかな、ザック君」
ブランドンさんの言うように、北辺の三家が合同して探索派遣部隊を独自に編成し、王宮に何の相談や通告も無く既に派遣を終えていることは、王国内の領主貴族家との折衝、調整を任とする王宮内務部の長官としては、ああそうですかと看過出来ない事実かも知れないね。
でも、王宮内務部経由で王宮や王家と調整を行い、その承認の上で部隊を派遣し探索活動を行うという手順を踏んだら、下手すると数ヶ月は掛かるかもだし、もしかしたらその計画自体が潰される可能性もあるのでは無いですかね。
それに俺たち北辺の武闘派領主貴族家は、こういった場合、王宮や王家の判断や承認などを得て動くなどの悠長なことをするつもりはありません。
「そうですね、セオさん。僕たち三家としましては、そういう観測と判断となりました。各家がそれぞれに紛争の現況に多大な懸念を持っており、速やかに行動に移すべきだとの結論に至り、今回の行動をなった次第です。もちろん、国王陛下との先の面談内容が、それを大きく後押ししたと付け加えて置きます。あと、王家及び王宮に事前の相談や通告無く行動を起こしたことについては、本件の総指揮を僕が任されていますので、すべて僕の責任のもとでと、そうご判断ください」
俺がそう話しながら、セオさんと国王さんからブランドンさんへと視線を動かしてその彼を見る。
するとブランドンさんはびくっと身体を震わせ、そして深呼吸するように大きく息を吐き出した。
同時にその隣に座るランドルフさんが、姿勢を正して身体を強ばらせている。
いや、別にブランドンさんを威嚇した訳では無いですよ、ちなみに。
「あ、いえ、何もザカリー長官のご判断や行動について、何がしかの異を申し上げているわけでは無くてですね。その、いちおう私の立場的に。いえ、事態がどうやら切迫しているという王太子殿下のご発言は、私もその通りだと思います、はい」
「ブランドンさんのお立場や当王国でのお役目は、僕も充分に理解していますよ」
「ありがとう、ございます」
「まあショコレトールでも、もうひと粒」
「あ、これは、なんとも甘くて心が落ち着きますなぁ」
俺が促すと、ブランドンさんは慌ててショコレトールを口に頬張り、肩の緊張を緩めた。
その隣でランドルフさんも、武骨な手でショコレトールを口に運んでいる。
「まあまあ、ザック君。あまりブランドンを虐めてくれるな。彼も君の言う通り、そういう立場なんだ。それにブランドン、ザック君もこうしてちゃんと、我らに話を入れてくれている」
国王さんがこの場を納めるようにそう言って、彼もショコレトールをひとつ口に入れた。
いやあ、別に俺はブランドンさんを虐めてなんかいないですよ。ただ見ただけです。
「(普通の人間を視殺しちゃダメですよ、ザックさま)」という念話がカリちゃんから来たけどさ。
「探索を専門とする少人数の秘匿部隊という話だと、その、ザカリー長官の配下と言うか、辺境伯家とブライアント男爵家からも、同様の要員が加わったという理解でよろしいのですかな」
ランドルフさんが確認的な意味合いでそう聞いて来た。
要するに騎士団員とか一般の兵士を派遣したのでは無いと、そう確認したかった訳だね、たぶん。
少人数とは言え、もしも騎士団員や兵士で構成された部隊を他国の紛争に派遣したとなると、これは外交的にも軍事的にも重大な問題になり兼ねない。
「本来は、ここでお話するような部隊ではありません。当家にも、また辺境伯家やブライアント男爵家にも、そういった専門家が居ると、そうご理解ください。重ねて言えば、そういった専門家の活動は、活動をしている事実自体も秘匿するものですが、敢えてお話したのは、先般の国王陛下よりの直々のお願いということもあり、加えて僕に判断が任されているからということです」
「そうか、そうですな。了解した。あとひとつ。紛争の状況について、現時点でザカリー長官が把握されていて、お話いただけることが何かありますかな? また、今後の探索の進捗で、お話いただけるのかどうか」
「それに関しては正直に言いますと、僕も報告待ちの状態です。また今後のことですが、セルティア王国に大きく影響を及ぼすと判断された場合、速やかに情報を共有させていただきたいと、いまはそう言っておきましょうか」
「あ、うむ。国王陛下はいかがですか?」
「すべて、ザック君の判断に任せよう。つまり、ザック君からの情報共有が無い限り、我が王国として直接的に憂慮すべき自体は生じていないと、そういう訳だな。はっはっは」
「ザック君から、急ぎの報せというのが無いに越したことはないということだね」
まだ取り分け重要な情報が無いと聞いて、国王さんとセオさんは務めて朗るい声でそう発言し、ついでにふたり揃ってまたショコレトールを口に含んだ。
今日の時点でこの場で話せるのは、三家合同の探索部隊を派遣したというものだけなので、王妃さんが言うところの内緒話は以上だ。
ちなみに国王さんは、「この場の話の内容は、分かっていると思うが国王の名において口外厳禁とする。他の重臣やもちろん宰相にもだ。セオ、ブランドン、ランドルフ、いいな」と口止めをした。
この程度の話でも、先ほどブランドンさんが早速反応していたように、王宮内での過剰反応を引き起こし兼ねないし、下手をすると北辺三領主貴族家が王宮を蔑ろにして独断専行したとして、糾弾をと騒ぐ者が出かねないからね。
では解散となったときに、セオさんが小さな声で「部隊要員はもちろんファータの人たちだよね」と聞いて来た。
「ええ、そう思ってください」
「何人ぐらいの部隊?」
「三家で合わせて6名です」
「ほう、それって」
「探索のみならば多いですね。戦闘や破壊工作活動をするのには少ないかな」
「そういうことか、わかった」
実際にはファータの北の里からも爺様婆様が4人加わっているので、10名になっている。
支援要員の役割を割り振っても、探索活動で10名の投入はファータとしてはかなり大掛かりだ。
ただし、戦地において戦闘や攪乱などの破壊工作活動を実行するには、その内容にもよるけど倍の人数は欲しいところだね。
俺がセオさんの問いに敢えて付け加えたのは、そういった実力行使の行動はさせるつもりが無いと理解して貰うためだ。
この応接室を出るときにブランドンさんと握手しながら、こう声を掛けた。
「ブランドンさん、お疲れですね。首筋と肩や背中から腰に掛けて痛みがあったりしません?」
「あやや、ザカリー長官にはバレますか。いえ、これは職業病みたいなもので、実は最近、かなり酷くてですね」
「まあ、デスク仕事が多いのでしょうけど、たまには身体を動かしてください。いまはこれで」
「おおっ、急に痛みが解れて行くような」
握手で握った彼の手を通じて、身体の凝りを解す回復魔法を掛けて置きました。
まあ先ほど強い視線を送ってしまったので、そのお詫び代りに。
「おお、羨ましいな、ブランドン。ザカリー長官、俺にもついでに」
「ランドルフ王宮騎士団長、あなたは別に凝ってませんし、もしそう感じるのなら、木剣を振ってください」
「俺だってデスクワークはするんだがな」
「ではまあ、ここだけ」
仕方ないので、両肩だけ触れて少し疲れを取って置きますかね。
ちなみにそれぞれの身体に触れて回復魔法を施したのは、魔法やキ素力の動きを外部に感知されないように、身体内に直接的かつ緩く魔法を行使したからだ。
王宮の宮殿内での許可の無い魔法使用は禁止されているし、つまらない連中の感知で誤解をされたくない。
なお、その様子を見ていた国王さんも、そんなに羨ましそうな顔をしないでください。
あなたにもしてあげますから。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




