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第100話 午餐会とデザート

第二部もなんだかんだで100話目になりました。

「とうとう、ショコレトールの豆が手に入ったのですねっ」


 エルフのイオタ自治領から商業国連合セバリオ経由でショコレトール豆が届いたことを話すと、フェリさんが思わず大きな声を出し、慌てて両手で口を押さえた。


 フェリシア王太子妃殿下はショコレトールが好きだからなぁ。

 でもフェリさん。結婚していまはすっかり影を潜めたけど、学院生時代のあの本性が漏れ出ちゃいますよ。

 でもセオさんにしたら、そういうところも含めて可愛いのかな。


「あくまで、エルフたちに試食して貰うための見本製造用ですからね。これからイオタ自治領に送って、それで先方にショコレトールを確認と協議をして貰い、ようやく本格的な輸入という段取りになります」


「それでも、ずいぶんと前進しましたわ」

「そうだな。これで安定的に豆の輸入が実現すれば、いよいよショコレトールが製品化されて、王国の人たちも食べられるという訳だな、ザック君」


 セオさんことセオドリック王太子も、この進捗状況を喜んでくれた。

 ショコレトールに関するすべての事の始まりは、王宮に贈呈された豆の扱いに困って、セオさんが俺に回してくれたからだからね。


「では、ということで、事前にお知らせしました本日のデザートのお土産です」

「リーアさん、オネルさん、お願いします」

「はい、承知いたしました」

「こちらになります」


 リーアさんのマジックバッグに入れて来たザックトルテの4ホールは、待機施設の小部屋であらかじめ出しておいた。

 ホールケーキを収めた箱が4箱。手提げ袋に入れたその2箱ずつを、リーアさんとオネルさんが慎重に手持ちで運んで来た訳だ。


「それって、もしかして」

「はい。ザックさまトルテですよ、フェリさま。4箱分お持ちしましたので、足りると思います」

「まあ」


 エステルちゃんも“ザックさまトルテ”って呼ぶんだよな。


 それはともかく、リーアさんとオネルさんが手提げ袋を持込んで来たのには、この場の全員が気付いていたとは思う。

 でもそこから、4つの箱が出されてテーブルに置かれザックトルテと紹介されたところで驚いてくれるのは、どうこう言って王家の者たる奥ゆかしさでしょうかね。


 一方で、バルトロメオ王太子殿下だけが良く分からずにキョトンとしている。

 まあ、デザートのタイミングになったら味わって貰って、感想を聞かせてください。




 それから「そろそろ」ということで、いま居る前室から短い廊下を渡って王妃さん居住区の食堂へと案内された。

 これは、なかなかに広い食堂ですな。


 王妃さんの趣味か人柄を反映してなのか、そこはきらびやかと言うよりは控え目で品の良い装飾に彩られた、内輪で食事をいただくのに相応しい落ち着いた内装の部屋だった。


 それでもふかふかの絨毯が敷かれたフロアの中央に、10人はゆったり座れそうな大きなダイニングテーブルが、深い紺色のテーブルクロスに覆われて存在感たっぷりに据えられている。

 また、その中央のものとは別に、同じ色合いのクロスを掛けられた少し細身のテーブルが2セット置かれているので、あちらは陪席用ということだろうね。


 本日の午餐の会の出席者は、主賓のバルトロメオ殿下にフォルサイス王家側が国王さんと王妃さん、王太子夫妻のセオさんとフェリさん、そして王女のアデラさん。

 お客が俺とエステルちゃんで、王妃さんに「カリちゃんもこっちね」と呼ばれたので、カリちゃんも中央のテーブルにエステルちゃんと並んで座った。


 陪席用のテーブルには、バルトくんのお付きがミラジェス王国のレンダーノ王家からひとり来ていて、彼女は俺たちが彼の王太子宮殿を訪問したときに居た侍女さんだね。

 バルトくんのお世話係として、ミラプエルトから同行して来たそうだ。


 それから王宮騎士団長のランドルフ・ウォーロック準男爵に、彼の秘書のコニー・レミントン王宮従騎士とアデライン王女付きのエデルガルト・ギビンズ王宮騎士。そして王宮内務部長官のブランドン・アーチボルド準男爵も出席している。


「いや、本当は内々だけでと思ったのだけど、この際だからバルト君の歓迎会ということで、ザック君とも所縁の深い者たちも出席させたらって、うちの母上がね」とはセオさん。

 そういうことなんですね。俺たちはぜんぜん構わないというか、まあこちらはお客さんですからね。


 あとはうちのジェルさん、ライナさん、オネルさんとリーアさんの4人なので、いまテーブルに着いた人数としては合わせて18名ですか。

 そこにフェリさん付き侍女のシャルリーヌさんと王妃さんの侍女3名が加わると、ぜんぶで22名になる。

 持って来たザックトルテはホールで4つなので、それぞれ6等分して24個だからギリギリでしたな。



「本日はみなさんにお越しいただいて、こうして午餐の会を開けましたこと、大変に嬉しく思います。今日の会はみなさんがご承知の通り、わたしの又甥にあたりますバルトロメオが、無事に当セルティア王国の王立学院に留学を果たしたことを祝い、今後の勉学が順調に進むことを願うと共に、加えてその学院生活を始めるにあたり多大なご尽力をいただいた、ザカリー・グリフィン特別栄誉教授とご婚約者のエステル・シルフェーダさまへの感謝の気持ちを込めて開かせていただいたものですわ」


 この会の主催は王妃さんなんだね。

 彼女は、バルトくんのお爺さんである先々代ミラジェス王国国王のかなり歳の離れた妹、つまり大叔母なので、その血縁からそうなったのだろう。

 あとは王家の私的な会ということで、国王主催ではなく王妃主催というところでしょうか。


「そうしたらバルト、あなたも何かひと言、話しなさい」

「はい、グロリアーナお婆さま」


 お爺ちゃんの妹さんなので、お婆さまと呼んでいるだね。


「本日はこうして僕の留学を祝っていただき、誠にありがとうございます。そうして、いまグロリアーナお婆さまがお話しくださった通り、初めてのセルティア王立学院生活でまだ右も左も分からない僕をザカリー教授が直ぐに訪ねてくださり、いろいろとご助言をいただいたうえに、僕の密かな望みであった総合武術部への入部を後押ししてくださいました。それで僕は、留学の大切な一歩を踏み出せたと思います。ザカリー教授、エステルさま、そしてグリフィン子爵家のみなさま、本当にありがとうございます。僕はこのご恩を、一生忘れないように大切に胸の中に留めて、今後の学院生活に励みたいと思います」


 いやいや、バルトくん。一生忘れないご恩とか大袈裟だなぁ。

 でもさすがは王太子だよな。こういったちょっとしたスピーチもしっかり出来るんだね。



「そうしたら、まずは軽く乾杯をして、それからお食事をいただきましょう。ああそれと、ザックさんはこうしたお食事の場では、お立場なんかにとらわれずに、なるべくみなさんでテーブルを囲むのがお好きと聞きましたので、今日はザックさんにご縁のあるランドルフ騎士団長やブランドン長官たちもお呼びしたのよ。それからお料理はいっぺんに出しちゃいますから、シャルリーヌさんたちも準備が済んだら席に着きなさいね」


 王妃さんがそう、バルトくんのあとを引き取った。

 つまり、侍女さんが順番に料理を出して給仕をするスタイルでは無く、料理や飲み物をテーブルに並べて皆でご自由にというスタイルですか。

 こういうのが俺の好きな流儀だって、たぶんセオさん辺りから聞いたのかもね。


 まあだからバルトくんの侍女さんも席に着いているし、配膳を終えればシャルリーヌさんたちも一緒に食事を楽しめる。

 でもこういったスタイルって、おそらく王宮や王家ではかなりイレギュラーなんだよな。

 そこは晩餐会ではなくて、私的な午餐会にした理由でもあるのだろう。


「そうしたら、乾杯ね。乾杯はそうね、ザックさんにお願い、と言いたいところだけど、今日は大切なお客さまですから、代りにあなたがして」


「お、私か? ザック君の代役ならば身に余る光栄なお役目だ、はっはっは。そうしたら、私も自分のお腹が早く料理を寄越せと言っておるので、余計なことは言わずに乾杯しよう。バルトロメオ殿下、あらためてセルティア王国へようこそ。これから学院生活を充分に楽しんでください。そしてザック君、エステルさん、グリフィン子爵家のみなさん、これからもよろしくお願いしますぞ。では乾杯っ」


 何を言っているんだか、つまらない国王ジョークですか。

 でもこの砕けた調子で、国王さんとしてもこの場がごく私的な食事会であることを示したのでしょうな。

 最後の「これからもよろしくお願いしますぞ」というのだけが意味深で、少々気になりますけどね。




 それからは談笑を交わしながら、王家の料理で午餐を楽しんだ。えらく上質のワインも少しいただきましたよ。


 このフォルサイス王家で出される料理は、以前に国王さんと昼食をいただいた時にも思ったけど、前世の世界のフランス料理というよりもどちらかと言うとドイツとかオーストリアの系統に近いんじゃないかな。


 今日並べられた料理も、ウィンナーシュニッツェルに似た子牛肉を薄く叩いてたぶんフライパンで揚げ焼きにしたカツレツ風のものや、確かグラーシュという牛肉と野菜を煮込んだシチューなどだ。


 俺の遥か昔の記憶が合っていれば、これらはオーストリア料理とも言うべきものなので、同じオーストリアの代表的ケーキを真似た俺のザックトルテが、意図せずにぴったりだよな。


 またオーストリアのウィーンと言えばアインシュペンナー、つまり日本で呼ぶところのウィンナーコーヒーが名物だが、今日は残念ながらカーファは持って来ていません。


 あとウィーンで思い起こすのは、俺の前世の世界でかつて神聖ローマ帝国を築いて栄華を極めたハプスブルク家の本拠地というところだよね。

 このハプスブルク家は、俺が生きた時代にはオーストリア・ハプスブルク家からスペイン・ハプスブルク家が分かれてスペインを統治し、やがてポルトガル国王も兼ねることになる。


 つまり前世で俺が対面した南蛮人は、そういったヨーロッパから遥々やって来たのですな。

 このいま眼の前で一緒にテーブルを囲んでいるフォルサイス王家が、そんな一大帝国を築く未来があるのかどうかは分かりませんけどね。


 それはともかく食事をしながらの話題は、バルトくんが熱っぽく語る先日の学院での課外部対抗戦についてだ。

 あちらの別のテーブルでも、主にランドルフ王宮騎士団長とエデルガルト王宮騎士に問われるままに、うちのお姉さんたちがその対抗戦の様子を話している。


 まあ特にエデルさんは、学院を卒業してからそれほどの年月が経っていないと思うので、彼女の時代には無かった課外部対抗戦に興味を抱いたようだ。



「なあ、ザカリー長官殿、いやザカリー教授殿か」と、あらかた食事が済んだところで俺の後方から声が掛かる。ランドルフさんですね。


「なんですか? ランドルフさん。長官でも教授でもどちらでもいいですよ」


 もう教授って呼ばれるのも慣れましたから。


「こちらでも、ジェルメール騎士たちから課外部対抗戦の話を伺っていたのだが、そうすると、秋の総合戦技大会での親善試合はどうなるんだ?」

「僕は知りませんよ。そういうのは、学院長やフィランダー先生にでも聞いてください」


「そうなのかも知れんが、対抗戦でもザカリー教授が挨拶して、魔法ではライナ騎士が審判員を務めたというではないか。どうせ総合戦技大会のことも、ザカリー教授に相談が行くのではないか」


「あー、そうかもですけどねぇ。でも僕は教授と言っても特別栄誉職ですし、仮に相談があったらそのときに考えるだけですよ」

「そうか、だがな……」


「こらこら、ランドルフ。ザック君が困っているでは無いか。今年も親善試合がしたいのなら、まずは学院側にそう申し入れて、その後に学院がザック君に相談を持ち掛けるなら、そこで良き対応を彼にして貰うというのが筋だ」

「ははっ、そうでありましたな、陛下。対抗戦の話題でいささか興奮をしまして、つい」


 まあもう6月に入り、2ヶ月間の学院の夏休みを挟めば、9月を過ぎて直ぐに10月初めの学院祭と総合戦技大会の季節になる。


「ザック君が卒業して、王宮騎士団との親善試合も自然消滅してしまうのではないかという、騎士団長の気持ちも分からないでもないよ。だから、そのときは頼むな、ザック君」

「わたしからもお願いしますわ、ザックさん」


 国王さんは筋を通せと言ってくれたが、セオさんとフェリさんからは何となく頼まれてしまった。

 バルトくんも「親善試合にザックさまが出られるのを、僕も見てみたいです」と目を輝かせている。


「その場合は、エデルも王宮騎士団のチームに入れて貰いなさいな」

「あ、はい、そうしたいです、アデラさま。騎士団長、お願いしますね」

「おうよ。ならエデルガルトは、チームメンバーとして仮決定だ。コニーもだよな」

「ひゃっ? あ、はい」


 相変わらず口数の少ないアデライン王女が珍しく口を開いて、エデルさんにそう勧めた。


 エデルさんはたぶん派閥違いから、これまで親善試合のメンバーには入っていなかったけど、じつは出たかったんだよね。そういうのに、つまらない派閥思考はもう止めた方が良いと思う。


 あと、コニー従騎士は2年連続出場だけど、その関心はいまの会話よりも、次に出て来るデザートの方に向いているのではないですかね。



 さて、お待ちかねのザックトルテの時間だ。

 上質のデザートは、素晴らしい食事の最後を締め括る最大の楽しみだって、前々世で誰かから聞いたことがあるけど、デザートが期待外れだとその食事の全体の後味が悪くなってしまうよね。


 箱から出された4つのホールケーキは、エステルちゃんとリーアさんのファータ持ち前のナイフ捌きできっちり素早く、それぞれが6分割されてお皿に載せられた。

 それをカリちゃんとお姉さんたちがテーブルの皆に配る。


「さあ、久し振りのザックトルテです。バルト殿下は初めてだったね。ほかに初めての人も居ましたか? ともかく、当グリフィン子爵家が自信を持ってご提供する、すっきり甘くてほんのり苦い、至高のケーキをじっくりお楽しみください」


「(ザックさま、大袈裟ですよね)」

「(ああいう口上って好きよねー)」

「(うふふ。この人、誰かにこうして美味しいものをふるまうのが大好きなのよ)」


「とても美味しいですっ、ザック様」と、すかさずひと口食べたバルトくんが声を挙げた。

 そして恥ずかしそうに口を噤み、こんどはゆっくりとフォークを口に運んでいる。


 うん、どうやら彼の口にも合ったようだ。

 これは将来的に、ミラジェス王国にも提供して行かなければいけませんかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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