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第99話 王家の午餐の会に行きます

 ショコレトール豆が到着してから5日間に渡りショコレトール製造作業を行い、エルフのイオタ自治領と商業国連合セバリオに送る試食見本用ミルクショコレトール約15キロを含め、かなりの量のショコレトール生地を作り終えました。


 ダークショコレトールとミルクショコレトールの二種類を合わせて、40キログラムは作りましたかね。

 それでもオーサさんが送ってくれた木樽のうち、まだ1樽分も使っていない。


 前世の世界では一般的に、原材料のカカオ豆に対して1.5倍から2倍の量のチョコレートが製造可能とクロウちゃんが言っていたが、推定60キロぐらいが入っている木樽の半分程度を消費しているので、まあそのくらいということだろう。


 いま手元には、ショコレトール豆とカーファ豆がそれぞれ5樽ずつある。

 つまりこの分で商業製品化を考えなければ、まだまだ充分な量のショコレトールやカーファを作って自分たちで味わうことが出来るという訳ですなと、少しニマニマしてしまう。

 カーファ豆は、以前にセバリオから持って来た分もまだあるしね。


 ちなみに今回の10樽については、かなり格安の価格によりお試し取引というかたちでマスキアラン商会が支払いを行ったそうだ。


 ヒセラさんは「今後のための投資ですので、ザカリーさまには無償で提供します」と言ってくれたが、エステルちゃんが「いえ、いったんグリフィン子爵家で購入しましょう」とその申し出をやんわり断った。


 結局、輸送経費分はマスキアラン商会が持つというかたちで、エルフから購入したのと同額でうちが引き取った訳だが、あとでエステルちゃんは、「タダほど高く付くものは無いと言いますし、うちで買ってしまわないと、ぜんぶザックさまの自由に出来なくなるって懸念を、完全に消せないですからね」と言っていた。


 おそらく彼女としては、カーファ豆はともかくとして、5樽分300キロのショコレトール豆で相当量のショコレトール生地が製造可能と理解しているので、エルフに送る分以外のかなりの量をセバリオ側が優先的に購入したいという要求が来る可能性を、未然に防いだのだろうな。


 そこには、グリフィン子爵家印のお菓子の製造販売を一手に行う、グリフィニアのソルディーニ商会との関係性も考慮に入れている。

 今回届いた分の豆で、将来的にソルディーニ商会が製造を行って商品化するための研究や準備を行う必要があるだろうと、そこまで考えてのエステルちゃんの判断だった。


 いやあ、届いた豆の量を見て即座にそこまで想定する、出来た嫁ですわ。カァカァ。



 それで、5月27日は俺の誕生日ということで、アデーレさんが久し振りにザックトルテを作ってくれた。

 この世界では、年初に年が改まると皆がひとつ歳を重ねるという感覚なので、個々の誕生日を祝うという習慣は無い。


 それでもグリフィン子爵家では、子供たちの誕生日にはいつもより少し豪勢な食事を家族で囲んで、俺が子どもの頃には父さんから「ザックは何かしたいことがあるか」と聞かれるのが、家の慣習になっていたんだよね。


 なので王都屋敷でもこの日は、アデーレさんたちいつもの調理担当メンバーにエステルちゃんも加わって夕食を準備し、普段よりも料理の品数が多くなった食事を皆で楽しむのが恒例だ。

 それが今回はショコレトール生地が作れたことで、いま居る21名と1羽の全員に行き渡るザックトルテが4ホールも出て来た訳だ。


「ザックさんは、16歳になったのよね。何かやりたいことはあるのかしら」と、子ども時代の父さんの代りではないが、シルフェ様が尋ねて来る。


「なんだおまえ、人間の年齢でまだ16歳なのか? 本当はいくつだ」

「あー、義兄にいさんは煩いですなぁ」


 ケリュさんがそんな風に余計なことを言って来た。

 人間の年齢で16歳で、本当は何歳とか、俺はあなたと違って正真正銘の人間ですからね。


「この人が言うには、どうやら74歳になったらしいですよ」

「ほほう、まだまだ若造だな。なあ、ユルヨ爺」

「ほんに」

「われらとほぼ同世代か」

「そうですの」


 俺の記憶が存在している魂年齢をエステルちゃんがバラしたが、ケリュさんとかファータとか爺さんたちの反応もたいがいだ。

 確かに神様や200歳を超えるユルヨ爺からすればただの若造だし、アルポさんとエルノさんの正確な年齢は知らないが、ファータ的には同世代という感覚なのだろう。


 まあそんな話題は置いておいて、シルフェ様から聞かれた俺がやりたいことですよね。

 さて、何かなぁ。


 4年間過ごした学院を卒業し、調査外交局長官という比較的自由に動ける立場になり、何故か学院の特別栄誉教授にもなった。

 懸案だったショコレトール豆の取引と製造もようやく動き出しそうだし、ついでにカーファ豆までも手に入った。


 一方で、リガニア紛争の動静が不穏になったことから、ティモさんたち探索派遣部隊を送り出して俺はそれの指揮を任され、この夏には紛争の現地に近いファータの北の里まで足を運ぶつもりだ。


 でもこんな環境や状況の中で、あらためて自分がしたいことは何かと自分自身に問いかけると、さてどうなのでしょうね。


 前世の同じ年齢の頃だと、10歳にいちおう名目上のトップに立って、14歳のときには先の将軍の父が逝去し、まさに16歳でようやく再上洛を果たして都とあの国の平安のために自分がどうすべきか、本気で悩んでいたのかも知れない。

 しかしその翌年には、またもや都を追われてしまうのだけどね。



「お姉ちゃん、この人、本気で考え込み始めちゃったですから、お姉ちゃんの問い掛けは保留にして置きましょうか」

「そうね。なにも今年はあれをやるとか、事前に決めつけるものでもないしね」


「ザックさまは、そのときどきでやりたいと思ったことをすれば良いのじゃし、その分、わしらが見護っておるのじゃからな」

「それが、わたしたちのお役目ね」


 ドラゴンのお爺ちゃんとお婆ちゃんが、温かい眼差しを向けてくれている。

 まあこの世界では、もう少し周囲に甘えて成長するのも良いかも知れないな。


 ◇◇◇◇◇◇


 6月に入り3日となり、今日は王宮で午餐に招待されている日。

 行くメンバーは俺とエステルちゃんのほかは、いつもの護衛枠としてジェルさん、ライナさん、オネルさんの騎士3名に、俺の秘書枠でカリちゃん、そしてエステルちゃんの侍女枠でリーアさんを伴うことにした。


 リーアさんは王宮が初めてだよね。

 と言うか、エステルちゃんは別としてファータの現役探索者がセルティア王国の王宮に入ること自体、初めてなのではないかな。

 かなり大昔にユルヨ爺が潜入したことがあるらしいけど、少なくとも堂々と訪問するのはね。


 尤も今回、リーアさんを伴うのは特に王宮内の探索が目的という訳では無い。あくまでエステルちゃんの侍女枠でのお供。

 ちなみにこの世界での侍女という存在は、以前に触れたことがあるかもだけど、単に貴人の雑用や身の回りの世話をするだけの小間使いやメイドでは無い。


 俺の前世の世界でも、朝廷や貴族家、大名家に仕える女房や女官、官女、腰元といった立場の女性が居たが、彼女らは身の回りの世話だけでなくその貴人の業務を補佐する仕事もこなしていた。


 出自も良く立場や身分も保証されており、朝廷や貴族家だと貴族身分かさむらい身分で、つまり武士階級と同じということになる。

 もともと貴人の側にさぶらう男性がつまりは後の武士で、それに対応する女性身分が侍女ということだね。


 この世界の侍女もそれに似ていて、うちみたいな子爵家程度の貴族家でも、侍女さんの出身は騎士爵家の系統か富裕層で立場の高い民間の家が一般的だ。


 リーアさんの場合は、実際にエステルちゃんの同族で業務補佐もする立場なので、侍女枠ということでも身分カバーとしては嘘をついておりません。



「リーア、無理に探らんでも良いからな。本日は探索目的では無く、あくまでエステル嬢様の側に控えて、見聞きをすれば良い」

「はい、大人しくしています」


 でも出掛ける前にリーアさんは、ユルヨ爺にそんなことを言われておりました。

 性格的に彼女は無理をするタイプでは無いけど、まあそうして居てください。


 ちなみに今日は、可愛らしく擬装したエステルちゃん用のマジックバッグを彼女が肩から提げていて、これでオネルさん、カリちゃんと3名がマジックバッグを所持している。

 その中にはエステルちゃんの身の回り品のほかに、何が入っているですかね。

 当然に武器や暗器なども入っておるのでしょうな。午餐の会なので毒物はやめてね。


「なんですか? ザカリーさま」

「あ、いや」


 そんな彼女が提げているマジックバックに目をやると、その視線にリーアさんが気付いたようだ。


「ザカリーさまトルテは、ちゃんとこちらに仕舞いましたよ」

「そうですね。ありがとう」


 そう、今日のお土産は久し振りのザックトルテだ。

 午餐のテーブルに付く人数が20名程度にはなるだろうと想定して、やはり4ホールと多めに用意して貰っているし、王家側にもデザートは当家で提供しますと事前に連絡を入れておいた。


 それを誰のマジックバッグに入れているのかと、俺が気にしたのではとリーアさんは勘違いしたみたいですな。

 しかし、未だに誰も“ザックトルテ”と正しい名称で呼んでくれないんだよなぁ。

 この際、名前を変えた方が良いのだろうか。カァ。




 王宮に到着して馬車と馬を預け、御者役を務めてくれたフォルくんとユディちゃんを待機施設に残して、身だしなみを整えた女性陣を伴って宮殿へと入る。

 フォルくんとユディちゃんには待機施設で昼食が振舞われるよう、王家から通達が出ているそうだ。


 本日はお昼前までにお越し下さいとご招待の書簡に書かれていたが、だいぶ早く到着した。

 それでも宮殿の大ホールで案内を請うと、いつものようにシャルリーヌさんが迎えに来てくれる。


「まだ少し早い時刻ですが、ご案内いたしますね」

「僕らの到着が早過ぎましたか」

「いえいえ。それにバルトロメオ殿下も、既にいらしておりますし」


「今日の場所は?」

「王妃さまの食堂となります。いえ、以前にお招きした中庭の奥ですわ。それで本日は、エステルさまの侍女の方がご一緒と伺っておりますけど」

「そうそう、先にご紹介しておきますわね。リーアさん」


「初めてお目に掛かります。わたくし、エステルさま付き侍女を仰せつかっております、リーアと申します。今後ともよろしくお願いいたします」

「ご丁寧にありがとうございます。わたくしは、フェリシア王太子妃殿下付きの侍女のシャルリーヌです。こちらこそよろしくお願いいたします」


 つまりふたりは、主人の公的身分は違うものの、同輩という訳だ。

 尤もシャルリーヌさんの出自は、フェリさんと同じフォレスト公爵家の縁戚の貴族だけどね。


「ファータのお姫さまの侍女さまということは、リーアさんは?」

「いやですよ、シャルリーヌさん。わたしはお姫さまなんかじゃないですって」

「わたくしは、エステルさまと同族ということになります」

「まあ。そう、ですのね」


 彼女がファータの一族のことについてどこまでの知識があるのかは分からないが、シャルリーヌさんはひとつ得心がいった表情で頷いて、リーアさんの顔をしっかり記憶するように正面から見た。


 その様子からは、いまや王家の最も身近に仕える、宰相家となったフォレスト公爵家の人間という彼女の立場をあらためて思い起こさせる。



「あら、良い頃合いですわね。それではご案内いたします」と、シャルリーヌさんに先導され、大ホールを出て大廊下に歩を進め、王家の居住区である宮殿の奥へと俺たちは向かった。


「(リーア姉さんがファータの探索者だって、バレちゃいましたかね)」

「(別にそう思われてもいいのよ、カリちゃん。わたしだって元探索者なんだし)」

「(エステルさまは、お姫さま探索者よー)」

「(もう、ライナさんたら)」


 宮殿内は静謐が保たれているので、念話の出来る3人でそんなことを話しながら歩いている。

 まあでも、3人だけなのが幸いというところだろう。これでもし全員が念話を遣えたら、外部の静けさに反して俺の頭の中は喧噪で溢れちゃいます。


 やがて王妃さんの居住区に入り、以前にお茶会で過ごした美しい中庭を横に見て、これも優美に装飾された扉から室内に入る。

 するとそこは、広めの応接ルームかラウンジのような空間だった。


「こちらに来られるのは初めてでしたわね。ここは王妃さまの居住区の前室でして、この奥に食堂がございます。ご到着を知らせて来ますので、少しこちらでお寛ぎください」


 そう言ってシャルリーヌさんは更に奥へと向かって行った。

 すると入れ替わりに、別の侍女さんたちが紅茶を淹れて持って来てくれる。彼女らも顔見知りの王妃さん付き侍女さんなので、リーアさんを紹介しておきましょう。


「それにしても、この宮殿って、どのくらい部屋があるのかな。って、食堂も複数ある訳だし」

「前に国王さんに会ったときにお昼をいただいた食堂は、別の場所でしたよね」

「あれは、国王陛下の執務室に付属した食堂だったな」

「王宮のお偉いさんとか、お客さまとかと食事をする食堂だって言ってましたね」


 侍女さんたちが下がって俺たちだけになったので、ヒソヒソそんな話をする。


「ユルヨ爺も、部屋数や食堂の数とか正確な場所は知らないと言ってましたよ」

「それって聞こえちゃ不味い話題ですよ、リーア姉さん」

「そうだったわね。わたしとしたことが、危ない危ない」

「あ、誰か来ます。複数です」


 カリちゃんの注意のひと言で、全員が口を噤んだ。



「ザックさま、みなさん、先日振りです」


 そう元気な声を出してこの前室に入って来たのはバルトロメオ殿下で、その後ろにはニコやかな笑顔のセオドリック王太子とフェリシア王太子妃。

 そしてグロリアーナ王妃が続いて姿を見せ、アデライン王女も居るのは想定通り。

 最後には案の定だけど、アリスター国王もゆったりと歩を進めて現れた。


 まあフォルサイス現国王家の一家が勢揃いなのだけど、まさか居ないよねと思っていたクライヴ第二王子は、やっぱり居なかったよな。

 でも仮に同席するよう声を掛けても、午餐会のお客が俺なので即座に断ったであろうことは、容易に想像が出来る。


 そうは言っても親戚の隣国の王太子を迎えて、彼独り国王一家から外れるのは良いのですかね。

 と、そんなことも頭を過るが、それはフォルサイス国王家の問題だ。

 そんな第二王子のことよりも、いまは眼の前の人たちと午餐を楽しみましょうと、俺は気分を切り換えるのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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