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第98話 試食見本用ショコレトールを作ります

 その翌日からショコレトール作りを開始。

 ザカリーお菓子工房の正規工房員であるライナさんとカリちゃんに、準工房員のエディットちゃんとユディちゃん、そしてエステルちゃんとシモーネちゃんにリーアさんとアデーレさん、更にはシフォニナさんとクバウナさんも交代で手伝ってくれる。


 あまり人数が多いと、厨房の限られたスペースではアデーレさんの日常業務の邪魔になるので、準工房員とお手伝いメンバーは交代制とした。


「毎日お菓子の材料を作っている騎士って、わたしぐらいのものよねー」

「それを言うならライナ姉さん、同じく毎日作業をしている次期子爵で長官もそこに居ますよ」


 そんな正規工房員ふたりの会話が聞こえてくるけど、厨房でショコレトール作りをするホワイトドラゴンや風の精霊なんかも、かなり珍しいと思いますぞ。

 あと、ときどき覗きに来て味見をして行く神様と真性の風の精霊様夫婦とか、かつて世界を震撼させた凶暴なブラックドラゴンの爺様とかね。


 ショコレトール作りは工程が多いのと、一部で土魔法や風魔法と重力魔法を遣うので、適材適所で分担して同時並行的に作業を進めて行く。


 豆を洗って選別から始まり、続いては焙煎。焙煎はまだ手作業なのでなかなか大変だが、均一な焙煎のために重力魔法を使用する。

 そして皮や胚芽などの余分な部分を取り除く分離と、荒く砕く作業。ここでは土魔法と風魔法だね。


 こうして出来たショコレトールニブ、つまりカカオニブというものを、続いては細かく砕く摩砕作業を行い、ペースト状にしてカカオリカーにする。この工程でも土魔法を活用。

 更に一部のカカオリカー、ショコレリカーからバターを搾油する作業も行う。

 これでカカオバターと、ココアじゃなくてショコアバターとショコアパウダーも出来た。


 ここまで来たらショコアパウダーをより細かく粉砕し、風魔法で温風と冷風を当てるテンパリングという工程で、パウダー内に残っている油分を均質で微細に安定した結晶にする。

 これで砂糖とミルクを加えて良く練り込み温めると、美味しい自家製ショコアが飲めますね。



 さてここからは、いよいよショコレトールを完成させる段階だ。

 完成品としては、以前にも作成したように製菓用のダークショコレトールと、そのまま食べるミルクショコレトールの2種類だね。


 この異なったショコレトール生地作りには、ショコレリカーが固まったショコレマスにショコレバターやショコアパウダーに砂糖とミルク及び生クリームを加えて、各成分の割合を調整する訳ですな。

 なお、ダークショコレトールには若干の砂糖は加えるけど、ミルクと生クリームは含まれない。


 こうしてショコレトール生地の混合を終えると、いよいよコンチングと呼ばれる精錬作業を行う。

 このひたすら練り上げる作業によって、初めて滑らかで艶のある独特な香りと舌触りのショコレトールが完成するのだ。


 前々世の世界のチョコレート製造だと、12時間から24時間もの長い時間を掛けてコンチングを行うそうだが、我がザカリーお菓子工房ではほとんどを土魔法で行う魔法コンチングだ。

 それでも、なるべく滑らかで質の良いショコレトール生地とするために、2時間ぐらいはしますかね。


 この工程には、正規工房員で長時間の土魔法発動が可能なライナさんとカリちゃん、そして俺が携わる。

 あとはアルさんももちろん出来るのだけど、まあ彼にお願いするのは余程大量に製造する場合にしておきましょう。アルさんは厨房が似合わないし。


 ◇◇◇◇◇◇


「まずは初めの作業分が出来ましたね。お疲れさまでした」と、コンチングが済んだ2種類のショコレトール生地を前に、エステルちゃんが労ってくれた。

 シルフェ様とケリュさん夫婦や、無類のショコレトール好きのアルさんも厨房に来ている。


「うん。まずまず、良い出来でしょう。どうですか? アデーレさん」

「まずまずどころか、とても良いものですよ」

「では、久し振りのミルクショコレトール試食タイムということで」

「アル、試食ですからね。ひとりでたくさん食べちゃだめよ」

「わかっておるわい」


 神様も精霊様もドラゴンも人間も、作業をした者もそうでない者も、皆がミルクショコレトールを味わう。


「ふむ。これはやはり美味いな」とケリュさん。

 ケリュさんて、もう在庫が少なくなっていたタイミングでうちに来たから、あまりしょっちゅうは食べて無かったかもだよね。


「でしょ。あらためてだけど、さすがはザックさんというところね」

「ザックとしては、豆の安定的な入手が可能になったら、このショコレトール製造を人間たちの手に委ねるつもりなのだよな」

「ええ、そう考えています。ソルディーニ商会からも要望されていますしね」


 グリフィン子爵家印のお菓子製造はソルディーニ商会が行っているし、たぶんカロちゃんが責任者になっているんじゃないかな。


「しかし、我も製造工程を見学しておったが、かなり魔法を遣っているよな。それも、土魔法と重力魔法が重要な要素と見た。この部分はどうするのだ」


 土魔法を安定的に応用して遣えるのは人間社会でも極めて少なく、ましてや重力魔法は理解すらされない可能性が高い。

 なので、俺たちがショコレトール作りに活用している魔法は、かなりハードルが高いだろうな。その点をケリュさんはあらためて指摘した。


「ああ、その辺のところはクロウちゃんと検討していますよ」

「カァカァ」

「本来なら、魔法など遣わなくても出来るものですからね。ただし、それなりの製造器具の工夫と時間が掛かりますけど」


「カァ、カァカァ」

「そうだね。この世界だと鍊金術師の技術も応用出来そうだし、製造器具関係はグリフィニアの鍛冶職工ギルドとも相談を始めています」

「グリフィニアの鍛冶職工ギルドには、確かドワーフの親方衆が居たな」

「ええ、そうです」


 ケリュさんて、グリフィニアの人間社会のことも知っているんだな。

 戦闘関係以外でも、地上世界に意外と目を配っているということですか。




「それで、このショコレトールをオーサさんのところまで運んで貰うんですよね。溶けちゃわないかしら」

「ああ、良いところに気付きましたな、エステルちゃん」

「カァカァ」


「冷やしながらですよね。でも、包むのとか入れ物とか、どうしますか?」

「近所だったら氷を仕込めば良いけど、遠いし暑いわよねー」

「カァカァ」


 カリちゃんとライナさんの言う通り、そうなのですな。

 これまでだと、ショコレトール単体を俺の無限インベントリ以外で運んだことが無い。

 あそこに入れておけば、何も考えずに謎に状態保存がされるのだけどね。


 マジックバッグを使うという手もあるが、あちらは状態保存が出来ないし、うちには複数あるけど本来は大変稀少で貴重な古代文明時代のロストテクノロジー物。なので、貸出したりする訳にいかないものだ。


「そこは、クロウちゃんと検討済みなのでありますよ」

「カァカァ」


 チョコレートが溶ける温度は、クロウちゃんによればダークチョコレートでだいたい摂氏32度以上、ミルクチョコレートだと29度以上なのだそうだ。


 商業国連合やエルフのイオタ自治領は、このセルティア王国の王都よりも遥か南に位置する訳で、3月下旬にセバリオに行ったときの体感温度でも、既に30度前後ぐらいではなかったかと思う。


 つまりこれから真夏に向かう季節に、あの亜熱帯地方にこのショコレトールを運んで貰わなければならないのです。



 それでまず運搬用の容器だが、この世界のこの時代に保冷ボックスなんかはもちろん存在しない。

 発泡ウレタンといった断熱材などはまだ無いからね。

 ただし比較的普及しているのが、この世界ならではの氷魔法で作られた氷による冷蔵運搬方法だ。


 うちの子爵領の港町アプサラでもそうだけど、漁船や魚市場、あるいはアプサラから例えばグリフィニアまで新鮮な魚介類を運ぶ際にも、氷魔法で作られた氷が頻繁に使用される。


 氷魔法の遣い手は言わば人間製氷マシンで、稀少で有益な魔法の遣い手として高給で優遇されているんだよね。

 だから、漁業を産業の柱にしている港町ではこの遣い手の確保が優先事項だし、それによって経済活動の規模や範囲も決まって来る訳だ。


 ともかくも、この氷魔法で作られた氷を使って魚介類を遠方まで運搬する方法は、既に確立されている。


 具体的には、内側が防水を施した薄い金属で外側が木製の運搬容器で、容器の底は二重底になっており、その下段部分に氷を仕込む。まあ、運搬用の氷冷蔵庫だね。

 またこれは、運搬中に氷が溶けたときには水を捨てて、氷を入れ直すことが出来るようになっている。


 この冷蔵運搬容器は各地で使用されているものなので、その手配と南方までの航海中に氷を入れ直して貰う氷魔法の遣い手は、商業国連合セバリオ側にお願いするつもりだ。



 あと問題は、ショコレトールを直接包んで保護する包装なのだが、もちろん普通の紙だと万が一に溶けた場合には貼付いてしまう可能性が高いし、ショコレトールが直接的に空気に触れて香りや品質が劣化させないようにする必要もある。


 本当は前世の世界にあったような銀紙、つまり包装用紙に薄くアルミニウムをコートした紙があれば良いのだが、残念ながらまだこの世界ではアルミニウムは発見されていないらしい。


 アルミニウムには酸素や光を通さず、かつ輻射熱を跳ね返す働きがあるので、ショコレトールの酸化を防ぐためには本当は欲しいところなのだけどね。


 そこでクロウちゃんから提案があったのが、所謂ワックスペーパーだ。

 ワックスペーパーとは、紙にワックス加工を施したもので耐油、耐水性が高い。

 このワックスペーパーがこの世界にあるのかどうかは分からないが、クロウちゃんによると前世の世界でも中世には存在していたらしいので、こちらにもあるんじゃないかな。


 なるべく繊維密度の高い薄紙に、精製した純度の高い蜜蝋をコーティングしたものが良いということだ。

 もし無かった場合には、グリフィニアで鍊金術ギルドのマグダレーナさんとかに相談すれば、作って貰えそうな気がする。


「そうすると、それらの手配ですね。ヒセラさんたちとの相談や依頼と、包装用の紙はまずはソルディーニ商会に探して貰いましょうか」

「そうだね、エステルちゃん。まずはその方向で」


「そうしましたら、ソルディーニ商会にはわたしから」

「ヒセラさんたちには、わたしとオネルちゃんで相談しに行って来るわー」

「うん、頼みます、ライナさん」


 この王都からは、先の南方行きの旅と同じようにヘルクヴィスト子爵領の領都で港湾都市であるヘルクハムンからの船便で運んで貰うことになる。

 おそらくだけど、またカベーロ商会の高速帆船であるアヌンシアシオン号が使われるのではないかな。


 そうすると、先の冷蔵運搬容器や包装用紙の手配なども含めて、ショコレトールの見本品の出荷は俺たちが王都に居る間には難しいかも。

 でもまあ、ギリギリ間に合うことも予測して、ショコレトールの製造は済ませておくつもりだ。



 それで、エルフのイオタ自治領と商業国連合のセバリオに送る試食用見本は、双方分を合わせてミルクショコレトールを15キログラム程度と考えている。


 ちなみにこの世界の重さの単位名称はポンドで、これって前世の世界で16世紀頃にイングランドを中心に広まったヤード・ポンド法のポンドと同じ名称だ。

 こちらの世界だと長さはポードという名称なので、ポード・ポンド法ですな。


 こちらの1ポンドをグラムに換算すると、だいたい450グラムぐらいになるのではないかとクロウちゃんは推定している。まあ、あちらの世界のポンドとほぼ同じだね。

 1ポンドの重さは、ひとりが1日に消費する麦の量に由来するらしいので、だいたい同じぐらいになるのはそうなのだろう。


 ともかくも、ミルクショコレトールの見本を15キロ送るとして、100グラムの板チョコならぬ板ショコにしたら150枚という量ですな。

 これをセバリオのマスキアラン商会、カベーロ商会分と、イオタ自治領分とにどう配分するのかは、ベルナルダ婆さんたちに任せることにしましょう。



「そうしたら、1枚5分の1ポンドの板ミルクショコレトールを、160枚ぐらい揃えれば良いのよねー」

「だね」

「楽勝ですよ。もう半分近くにはなってますし」


 ライナさんの言った1枚5分の1ポンドの板ミルクショコレトールとは、1枚がだいたい90グラムとして、それが160枚だと14.4キロぐらいになる。


「ダークショコレトール生地はこれぐらいにして、あとはミルクの方だけを作って行こうか」

「そうねー、うちで食べる分も必要だしさー」

「らじゃーです」


 ダークショコレトール生地はケーキ材料や新作のお菓子研究用にストックして置くとして、普通にそのまま食べるミルクショコレトールを、見本用とは別にある程度多めに作らないと、うちの女性陣とショコレトール大好きドラゴンの爺様に文句を言われますからね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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