第97話 夏までの予定とおまけ付きで届いた物
久し振りに学院の雰囲気を味わったセルティア王立学院の課外部対抗戦も終了すると、5月ももう月末だ。
今月の末日27日には俺の16歳の誕生日を迎え、そして翌月の26、27日は恒例の夏至祭。
学院生時代には6月22日頃に王都を出発して帰省していたので、今年もそのぐらいかなぁとエステルちゃんと話す。
ちなみにバルトくんに伝えた、総合武術部と強化剣術研究部の合同夏合宿に俺たちも参加しようかという件は、エステルちゃんも賛成してくれている。
「でも、その時期に何ごともなければですよね」という条件付きなのだが、これはなんとも予測が難しい。
その話題の流れでカリちゃんとクロウちゃん、それから最近ではすっかりエステルちゃん付きの侍女兼秘書的立場に収まっているリーアさんも加わって、その夏合宿が例年行われる8月後半ぐらいまでの予定を話し合った。
話している場所は1階の右ウィング奥に在る子爵執務室で、王都屋敷は実質的に俺の屋敷化していることから、父さんの許可を得て使わせて貰っている。
と言いますか学院を卒業したことで、母さんに「あなたとエステルは王都では、あの部屋で執務なさい」と言われて、まあ長官室兼王都屋敷女主人の執務室ということになっています。
「夏至祭に向けて、来月の22日頃に出発するとして、王都滞在はあと1ヶ月ぐらいか」
「ザックさまの考えでは、王都滞在中に国王さんといちどは面談、ナイアの森のニュムペさまのところに訪問、あとショコレトール豆が届いたらエルフに届ける見本の作成、ですかね」
カリちゃんが秘書っぽく、俺の想定スケジュールをこの場で確認する。
「この1ヶ月でショコレトール豆が届かなかったら、どうするのかしら」
「それはですね、エステルさま。ザカリーお菓子工房がグリフィニアに移動するだけですから、ヒセラさんに向うに送って貰います」
「そうすると、ヒセラさんたちにはわたしたちの予定を伝えておかないとよね」
カリちゃんとエステルちゃんが話している内容は、リーアさんがメモに書き留めている。
彼女は普段から本業の探索活動に加えて、この屋敷の切り盛りの補佐やジェルさんたち独立小隊との情報共有の役目もしているので、この辺は抜かりが無い。
「それ以外に、王都でしておくことはあったかしら」
「馬の購入がまだですね、エステルさま」
「あら、そうだったわ。ありがとう、リーアさん」
馬の購入というのは、フォルくんとユディちゃん、ついでにケリュさんが騎乗する馬をこの王都で購入しようという件だ。
ちなみに厩舎の拡張はブルーノさんとアルポさん、エルノさんの3人にお願いしてあって、もう作業に入って貰っている。
現在、この王都屋敷に居る馬は、黒影と青影にジェルさんたち独立小隊の騎馬が5頭、馬車を牽く馬が2頭の計9頭でしたかね。
これに新たに3頭を加える予定なので、12頭となかなかの数となる。
「カァカァカァ」
「黒影と青影が、遠出したいって言ってるの?」
屋敷の敷地内で他の馬たちと同じく走らせてはいるけど、俺とエステルちゃんの愛馬である黒影と青影は、他の馬と違って屋敷の外を走る機会が少ないからなぁ。
ちなみにクロウちゃんは馬たちとも意志疎通が出来るらしい。
「そうしたら、こんどナイアの森に行くときには、わたしも青影を走らせましょうかね」
「馬車でじゃなくてですか? エステルさま」
「そうね。どうせザックさまは黒影に乗って行きたがるでしょうから、青影だけお留守番じゃ可哀想でしょ?」
「ジェルさんと相談しておきます」
ジェルさんたちの護衛対象は、どうこう言って俺よりエステルちゃんなので、この件はジェル隊長の許可を得るのが必要ですな。
「馬の購入の件はマッティオさんにお願いをしてありますけど、その後どうなっているか、リーアさんから問い合わせていただけるかしら」
「承知いたしました」
グリフィン子爵家の御用達商会であるソルディーニ商会の王都支店長のマッティオさんにお願いしたのは、グリフィニアよりも王都の方が良い馬が手に入り易いからだ。
まあ彼なら、エステルちゃんからの依頼となれば、何を置いても優先して手配をしてくれている筈だ。
「夏至祭でグリフィニアに戻ったあとですけど、ファータの北の里に行こうか、というのがザックさまのお考えですよね」
「そうだね、カリちゃん。現状、ティモさんたちリガニア探索派遣部隊からの状況報告はまだ来ていない。グリフィニアで報告の到着を待つべきかもだけど、エーリッキ爺ちゃんとも話をしたいし、やっぱり前線近くには行って、現地の肌感覚も得たいんだよね」
「里に行くのは良いですけど、前線近くにって、ザックさまはリガニアの北地方に足を伸ばしたいんじゃないんですか?」
「カァカァ」
いやあ、ファータの里がグリフィニアよりも紛争の前線により近いという、そういう表現なのでありますが。
俺がそう言ってもエステルちゃんたちは、こいつ絶対、紛争の最前線まで行きたがるだろうと、たぶんそんな疑いの表情で俺を見た。
「いちおうさ、僕も作戦の総指揮を任されておるのでありまして。なので、前線司令部とも言うべきファータの北の里までぐらいには足を運んでですね……」
「はいはい、わかりました。そうしましたら、7月のどこかの日程で里に行って、少なくとも8月の初旬にはグリフィニアに戻り、8月の半ばにはまた王都。それで下旬は夏合宿に参加、という予定になりますね」
「その予定で承知しました。里長には事前に連絡しておきますか? それと、行く方法と同行する者の人選ですか」
「お爺ちゃんに報せるのは、グリフィニアに戻ってお父さまとお母さまにお伝えしてからね」
「行くのはやっぱり、アル師匠に頼みましょう。あ、もちろんわたしも飛んで行きますし、お婆ちゃんも行きたがるんじゃないかな」
「はあ、その方法……ですよね、カリさん」
馬車で旅して、北方山脈を越えてとなると、日数も手間も掛かるし道中で気を遣う。
だから今回もアルさんに乗せて貰うことになると思うけど、少し顔を強ばらせたリーアさんは乗った経験が無かったでしたっけ。
「同行者はジェルさんたちと、今回はフォルくんとユディちゃんも連れて行くかな」
「またお留守番になると、あの子たち、凄くがっかりしますものね」
「あとユルヨ爺やアルポさんとエルノさんは、行くって言うよな」
「グリフィニアに置いて行ったら、当分ぐちぐち文句を言われます」
ユルヨ爺はともかく、アルポさんとエルノさんは言うよね。
あの爺さんたち、いつもならあまり里に帰りたがらない。ましてや、先の年末年始には久し振りに帰省したばかりなので、何も無ければ夏はアラストル大森林で狩り三昧の筈だけど、今回は率先して帰るよな。
「シルフェさまたちは、どうされるでしょうか?」
「自分の村みたいなものだから、来るんじゃないかな」
「たぶん、ザックさまとエステルさまが行かれるのなら、じゃあわたしたちもってなると思いますよ」
あの方たちは夏至の祭祀が妖精の森であるので、おそらく里で合流かな。もちろんケリュさんも来るだろう。
そうすると、王都屋敷メンバーはほとんど行くことになりますか。グリフィニアで留守番をして貰うのは、アデーレさんとエディットちゃんぐらいですかね。
◇◇◇◇◇◇
そんな会話をした翌日、王宮から書簡が届いた。
えーと、差出人はセオドリック・フォルサイス王太子とグロリアーナ・フォルサイス王妃の連名ですか。
これはちょっと茶飲み話に来いというお誘いじゃなくて、多少公的なものなのかなと思い、なんとなく警戒心を抱きながらも封を開けて中身を改める。
「なになに。あー、そういうことか」
「どういうご用件ですか?」
「バルトロメオ王太子殿下のセルティア王立学院留学にあたって、多大なるご尽力をいただき無事に学院生活を開始することが出来たので、そのお礼を込めて俺とエステルちゃんを午餐に招待したいと、そんなことが書いてある」
「あら、午餐ですか? どうしましょ。ドレスを着用とかですかね」
「えーと、これは王宮の公式的なものではなく、フォルサイス王家の私的な食事会なので、普段着でお越し下さい、ですと」
「そうですか。それで、いつなんです?」
「バルトくんも出席するので、来月の3日だね。12時までに来てほしいそうだ」
今日が5月25日なので5日後だ。6月3日は学院の2日休日の1日目なので、その日としたのだろう。
「こちらの人数は?」
「エステルちゃんと僕のふたりに、秘書の方と侍女や護衛の方が5名程度までとありますな。なお、お付きの方々にも午餐を供しますと、そう書いてあるよ」
「なるほどだわ」
つまり、秘書のカリちゃんとジェルさんら3人のお姉さんたちはどうせ来るだろうから、あともうひとりぐらいならいいですよ、ということらしい。
その辺は、セオさんとフェリさんや王妃さんなら分かっている。
もし、その日は王都不在などで都合が合わない場合には更に13日後、つまり学院の春学期終了の翌日である6月16日としたいと記されていたが、そんなに日にちを空ける訳にはいかないだろう。
それに、グリフィニアに帰る日程が迫るし、バルトくんも帰国準備などで忙しいだろうからね。
書簡を届けてくれた王宮内務部の職員さんが、可否の返事だけでも持ち帰りたいと玄関ホールで待っていたので、俺はさっとご招待のお礼と3日にお伺いする旨の返事を認めて渡した。
なお、その午餐会に国王さんが同席するのかどうかは書いて無かったけど、フォルサイス王家のとあるのでおそらくは居るんじゃないかな。
三貴族家合同のリガニア紛争探索派遣部隊のことを、国王の耳に入れるタイミングはあると思う。
王家からの午餐招待が届いたのと同じ日に、商業国連合セバリオの在外連絡事務所から先触れが来て、俺の在宅確認とヒセラさんとマレナさんがこちらを訪れたいとのこと。
これはいよいよショコレトール豆が来たのかなと思い、もちろんお待ちしていますと答えた。
遅めの午後に彼女たちがやって来た。
「届きましたよ、ザカリー長官」
「おまけも付いて来てます」
「おまけ?」
俺とエステルちゃんにザカリーお菓子工房のメンバーであるカリちゃんとライナさん、それからリーアさんの5人とクロウちゃんで出迎えると、屋敷に入るなりふたりはそんなことを言う。
それで、馬車寄せに着けている荷馬車から、取りあえず玄関ホールに運び入れて貰うことにする。
玄関ホール内に次々に運ばれて並べられたのは、木樽が10個。
樽の大きさは以前に入手したのと同じ4斗樽ぐらいのものだが、それにしても多い。
あのときは確か3個だったよなと思い出しながらその木樽を眺めていると、厨房からはアデーレさんにエディットちゃんとシモーネちゃんが出て来て、ジェルさんとオネルさんやユディちゃんも様子を見にやって来た。
フォルくんは? ああ、厩舎でブルーノさんたちと作業ね。見に行っていいって言われたんだ。
玄関ホール右奥のラウンジからは、人外メンバーものんびり様子を見に集まって来た。
一昨年にセオさんから届けられていただいたショコレトール豆は、木樽ひとつにおよそ60キログラムが入っていたとして、それが3樽だから180キロ程度だったんだよな。
「5個はショコレトール豆で、残りの5個はおまけです」
「おまけ、ってマレナ。一緒にカーファ豆も同じ量が届いたんですよ」
「これはこれは」
ほほう、オーサ領長はずいぶんと奮発したのですなぁ。でもカーファ豆も送ってくれるなんて、これはありがたい。
ショコレトール豆が5樽で300キロに、同量のカーファ豆ですか。
「それぞれ、木札が付いてます」と言うので樽を見てみると、ショコレトール豆かカーファ豆のどちらかが記された小さな木札が樽に貼られていた。
「それから、オーサ・ベーベルシュダム領長より、ザカリー長官宛のお手紙が届いています」
「オーサさんから?」
ヒセラさんから手渡された妙に格式張った封書を開けて、直ぐに中の手紙を読む。
「なになに。えーと、先日の面談では大変に失礼を致しました、という内容の文言が、もの凄く長い文章で書かれている」
「エルフですからねぇ」
「まあそうだね、カリちゃん」
「それだけですか?」
「いや、これが前置きで、お詫びにショコレトール豆と、それから僕が気に入ったらしいカーファ豆を、領内で説得に多少苦労したものの、なんとか多めにお届けします、ということが、これも長々と書かれている」
「ですか」
「それから……なんですと」
「なんですか?」
「なんでも、去る4月の半ば、セバリオからイオタ自治領に戻って数日後に、領内の樹木の精霊を祀る社の社守長に、樹木の精霊様から『求められし豆は、此処より北に在るそれを最も活かす者へと、速やかに届けなさい。待たせてはなりませぬ』という託宣が降りて、それが決定打になったらしい」
集まっていたうちの者たちは、一斉にシルフェ様の方に顔を向けた。
この見事に揃った反応に、ヒセラさんとマレナさんのふたりだけはぽかんとしている。
これってどう考えても、シルフェ様が樹木の精霊のドリュア様に何か言ったでしょ。
「あはっ。あなたたちがグリフィニアに戻っている間に、ちょっとばかり東の方に旅して来たのよね」
そういうことですよねぇ。
「そう言えば、少し出掛けて来るわとおっしゃって、数日ほどみなさま方でお出掛けになったことがありました」と、アデーレさんがエステルちゃんの耳元で囁いていた。
しかし「ちょっとばかり東の方」とか言って、大陸の遥か東の端の世界樹まで行った訳ですか。
まあそのお陰もあって、かなり早くに二種類の豆が多めに届けられたということだと思うけど。
「まあ、良かったじゃないですか。これでまたショコレトールが作れますし、なるべく早くオーサさんに届けて差し上げましょうよ、ザックさま」
「そうだね、エステルちゃん」
「これは、ザカリーお菓子工房が忙しくなりますよ」
「頑張るわよー」
「わたしもお手伝いします」
「わたしも」
「シモーネもです」
「んじゃ、美味しいショコレトールをたくさん作るわよー」
「おーっ」
たぶん正規の工房員と自認しているライナさんとカリちゃんに続いて、準工房員という認識らしいエディットちゃんとユディちゃん、それからシモーネちゃんも片手を擧げてそう応えてくれた。
その様子をアデーレさんがニコニコしながら見ている。
それでは王都屋敷に滞在している間に、ライナさんが言う通り美味しいショコレトール作りを頑張りましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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