第93話 魔法対抗戦
魔法対抗戦の試合形式は、出場する3チーム5名の選手が剣術対抗戦と同じように先鋒、次鋒、中堅、副将、大将となって、それぞれに試技で点数を競うものだ。
つまりまずは先鋒の3人で点数と順位を付け、以下順番に大将までの試合を行って最終的にチームとしての順位を決める。
試技は選手が野球のバッターボックスのようなプラットフォームに立ち、80ポード約24メートル先に立つ人型風の6体の的のどれかに向かって魔法を撃つというもの。
それに対して4人の審判が点数を出す。
まあ俺の前々世的に言えば体操競技のようなものでもあり、本来は戦闘の技である魔法を相手に撃ち合って対戦するのではなく、魔法自体の質や精度、威力などを評価する。
だから、空手競技における組手ではなく、形の試合、あるいはライフル競技やアーチェリー競技みたいなものとも言えるのかな。
魔法でも剣術と同じく、相手と向き合って対戦をすれば良いだろうと思われるかも知れないが、ファイアーボールのようなポピュラーな魔法でもまともに当たれば大火傷を負う。
学院生レベルの威力だと火傷で済んだとしても、俺なら四肢をバラバラにするぐらいの火球は撃てるしね。
あるいは初歩的なウィンドカッターにしても、肌が露出している部分を斬り裂けば大変なことになる。
自慢では無いが、俺が学院生時代に魔法学の講義で実演して見せたような人型の的に対してであれ、あるいは実際の人間であれ、首ちょんぱも出来ます。
学院祭の総合戦技大会だと魔法も直接撃ち合うが、あの場合は距離も離れているしフィールドも広いので、直接攻撃というよりはどちらかと言うと牽制攻撃に用いられる。
だけど、この魔法訓練場での1対1の対戦だと直撃戦になるだろうしね。
そんな魔法対抗戦の試合形式をあらためて振り返ったのは、今回特別審判員を務めることになったライナさんと確認するためと、それからケリュさんが「どうやって戦うんだ」と聞いて来たからだ。
「ふーむ、魔法の見せ合いか。まあそれはそれで、人間としては興味深いのだろうが、いまひとつ戦いの緊迫感に欠けるな」
「戦いではなくて、試合ですからね」
「子どもらに大怪我をさせないためというのは分かるが、即死でも無ければそんなもの、人間でも治せるだろ。例え片手や片足程度が吹っ飛んだとしても、おまえならなんとか出来るだろうし」
「あー、ムチャ言うなぁ、この戦闘好きの神サマは。だいたい僕だって、今回は観戦に行きますけど、毎年毎年僕がそこに居るとは限らないでしょ」
「それもそうか」
「試合がつまらなそうなら、ケリュさん行くのやめます?」
「いや、我は行くぞ」
「さいですか。でも観戦中に文句とか言わないでくださいよ」
「剣術の試合でも大人しく観ておるだろうが。それに、いまの世界の人間の子どもらが、どの程度の魔法を遣えるのかを観るのも、また一興だ」
そういう観察もあなたのお仕事でしょ。たぶん地上世界にずっと居続けている理由のひとつなのかなって、想像だけど。
◇◇◇◇◇◇
ライナさんが審判員を務め、そしてカリちゃんも補助審判員としてサポートすることもあり、俺たちは早めに学院へと向かった。
ちなみに今日の当家の観戦メンバーは俺にケリュさんとクバウナさん、お付きにユディちゃんが来ている。フォルくんは昨日観戦したからね。
「明日の最終日はどうするの?」とユディちゃんに聞くと、「明日もわたし、と言いたいところだけど、お兄ちゃんとじゃんけんなの」だそうだ。
クバウナさんは「一度ぐらいは観させていただこうかと思いまして。それで行くなら、やはり魔法かと。アルもそうしろと言いましたし」と言っていた。
今回はそのアルさんと、それからシルフェ様とシフォニナさんは、観戦人数を絞ったこともあり遠慮している。
一方で、わがまま戦神サマは皆勤賞です。
「ライナさん、公平な審判をよろしく。カリちゃんも頼むね」
「任せなさーい。でもたぶん、わたしの採点は辛口よ」
「わたしも、らじゃーです」
まあライナさんはどうこう言って魔法の達人だし、これで意外と苦労人でもあるから大丈夫だろう。
カリちゃんは昨年も補助審判員をしているので、変なことはしないと思います。クバウナお婆ちゃんが来ているしね。
出場する選手たちが並び、ウィルフレッド魔法学部長教授のひと言があって、審判員と補助審判員も紹介された。
補助審判員には、カリちゃんと剣術学教授のフィロメナ先生が助っ人に来ている。
だけど、選手たちの特に男子は、ライナさんとカリちゃんをちらちら見ておりますな。
カリちゃんはただの人間とは思えない美少女だし、って人間ではありませんが、ライナさんの方は美人な上に、十代前半の少年にはいささか眼に毒な色気が漂って来る。
身に付けている服装は、うちの独立小隊の平時制服なのだけどね。
「大丈夫かなぁ」
「なんすか? ああ、ライナさんの審判すか?」
今日の俺の隣にはカシュ部長とバルトくんが並んで座っている。
なにせ総合武術部は、彼ら以外が総動員だからね。
「いや、それは心配してないんだけど、男の子の選手の集中力がさ」
「あー、そういうことっすか。的じゃなくて審判員ばかり見ちゃうとか、すね」
「ザカリー教授の周りには、美人の方しか居ないですよね」
男より怖いけどね。特にあの溢れる色気のお姉さんは、敵対する相手なら平気で生きたまま土の中に埋めちゃう御方ですので。
選手たちの試技が始まった。
試技の順番は総合魔導研究部Bチーム、同じくAチーム、そして総合武術部の順だ。
そういえば昨年も3番目だったよな。
トップバッターのBチームの選手は2年生の女子、事前に申告している魔法は火魔法。
総合魔導研究部の選手については、隣に座るカシュ部長が教えてくれる。
「2年生だから、ザカリー教授も去年に会って知ってる筈っすけど、どうせ憶えてないから」とバルトくんと話しております。
おい、それはそうなんだけど、バルト殿下が俺のこと記憶力の足らない奴って思っちゃうでしょ。
ともかくも、その2年生女子は事前申告どおりにファイアーボールを撃った。まあ火魔法の定番ですな。火球の大きさも速度も安定性も威力も、なかなか良いよ。
観客席からも大きな拍手が起きた。
その2年生女子が3回の試技を終え、続いてはAチームの先鋒。2年生の男子だと同じくカシュ部長に教わる。
「AチームもBチームも、総合魔導研究部は2年生ひとり、3年生ふたり、4年生ふたりでチームを組んだっす」
「ほほう、どちらも学年のバランスを揃えたか。しかし、カシュ部長は相手チームのことを良く把握しておりますなぁ」
「なに言っているんすかねぇ。去年はヴィオ先輩が、そういうのをちゃんと把握していたじゃないっすか」
ああ、しっかり者のヴィオ副部長はそうでした。
しかし、うーむ、どうも俺が口を開く度に墓穴を掘るなぁ。バルト殿下の俺に対する尊敬の念がどんどん削れて行っている気がします。
Aチームの2年生男子も火魔法で、同じくファイアーボールの試技。
ちらっと審判席に優雅に座って自分を見つめるライナ審判の方に視線をやったが、首を左右に何度か振って心を落ち着けたようだ。
そうそう、雑念を捨てて頑張りましょう。
発動した火球は、先ほどの女子よりも荒削りで安定性に欠けるように見えたが、飛ぶ速さと着弾時の威力は大きかった。
これはキ素力の出力に多少の違いがありますな。
だが、3回の試技で的を外すことは無かったものの、的中率にバラつきがある。
意図して頭部、胴体、足などと撃ち分けているのなら別だけど、これは3発すべてが胸部を狙ったのに外れた結果と見て取れる。
これが採点にどう影響しますかね。
次にプラットフォームに立ったのは、総合武術部1年生のディックくんだ。
「彼も火?」
「そうすね」
「実力は?」
「まあ今回は経験っす。本当は剣術に出させてあげた方が良かったんすけどね」
さてそのディックくんの試技。1年生だけど、3番目ということで緊張はそれほど無いようだ。度胸はありそうだね。
審判席に一礼をする姿は、なかなか落ち着いている。
俺と同じ北辺の貴族であるオデアン男爵の甥御さんで、お父上は騎士団長をしているそうだから、脳筋、じゃなくて武骨な家柄で厳しく育ったですかね。
そういう血筋で剣術だけでなく魔法も遣いこなせるのなら、将来はなかなか有望だ。
ディックくんも前のふたりと同じくファイアーボールだな。
だが、発動タイミングが多少ゆっくりで、これは慎重になっているというよりも、キ素力の循環を丁寧にかつ多く行っているためだ。
「へぇー」
「ん? なんすか?」
と、思わず洩らした俺の声にカシュ部長が反応したとき、ファイアーボールが発動された。
その火球は小さいものの、かなり鋭く飛んで行く。キ素力を密度と速度に振りましたかね。
しかしそれは、人型の的の肩先を僅かに掠めて後方に飛んで行った。
すかさず「肩にほんの少し当たりましたー」と、的の近くに控えていた補助審判員であるカリちゃんの声が響いた。
「どうすか?」
「ああ、なかなかいいよ。いまは的に上手く当てるとかで小さく纏まっちゃうよりは、あれでいい。キ素力の密度、飛翔の速さと鋭さ、そして的確な着弾と威力、といった具合に、徐々に鍛錬して行けば良いさ」
「なるほど。ディックには、いまのザカリー教授の言葉は伝えて置くっす」
ところでバルトくんはさかんにノートにメモを取っていて、いまの俺の言葉も書き留めたみたいだ。殿下って真面目ですな。
結局、続いての試技でもディックくんの魔法的中率は悪く、2回目は腰辺りを掠め、3回目にようやく胴体に当たって終了した。
さて先鋒3名の試技が終わり、審判員の採点だ。
4人の審判員の持ち点はそれぞれ10点。つまり最高点は40点となる。
ひとり目の総合魔導研究部Bチームの2年生女子は……合計23点。
ふたり目のAチームの2年生男子は……合計24点。
そしてディックくんは……合計23点。
3名ともほぼ同じ得点で、これは1審判員あたり6点がまあ及第点とすると4人で24点になるので、3名がだいたい及第点を得たことになる。
しかし、2年生女子は魔法学教授たちが同じく6点を付け、ライナさんは少し辛く5点であるものの、2年生男子とディックくんに関しては審判員によって評価が分かれ、だいぶ点数がバラついた。
ちなみにライナさんの採点は、2年生男子は5点で、ディックくんには6点だ。
まあ贔屓無しの公平な眼で見て、俺も同意見だね。
つまり総合魔導研究部の2年生女子は、彼女の年齢やおそらく経験と練習度合いに即した安定的で誠実な魔法だが、その分物足りなさもあり、ライナさんは5点とした。
一方で男子の方はこれも想像だけど、持ち前のキ素力の大きさにただ頼っているところがあり、魔法の練度がまだ低いと見て同じく5点。
それに対してディックくんは、キ素力の丁寧な練り込み、火球の密度と速度を重視した発動を評価して6点というところだ。
これがもっと素早く発動出来て、狙いも正確になるなら7点をあげても良いだろう。
俺はいまの採点結果を見て、そんなことを隣のカシュ部長とその向うのバルトくんに話した。
いや殿下、それもしっかり書き留めますか。まあ良いですけどね。
さて、次は次鋒戦だね。総合武術部の二番手は同じく1年生のマヌエリタさん、マヌちゃんだ。
対する総合魔導研究部はA、Bチームのどちらも3年生の女子。
ああ、どちらの子もなんとなく顔を憶えておりますよ。
「顔を憶えているぐらいで、そんなにドヤ顔しますかね。そういうとこ、相変わらずっすね」
「いやいや……。マヌちゃんは大丈夫かな。申告した魔法は何?」
「あからさまに話題を進めるのも、変わらないっすよね。マヌちゃんは、氷魔法っす」
「ほう」
氷魔法と言えば、魔法少女の前副部長であるヴィオちゃんだ。
そう言えばマヌちゃんの魔法適性は水と風で、つまり氷魔法の適性有りでした。
これはちょっと期待しますかね、俺の義理の従姉妹だそうだし。
「次はマヌエリタさん、ですね」
「お、バルトくんも応援よろしくっす」
「そ、それは当然ですよ」
ふふふ、やっぱり気になるよね。
そう口に出したバルト殿下をちらっと見ると、何故だか少し顔を赤らめて「よしっ、ガンバレ」と小さく呟いていました。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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