第92話 対抗戦は続く
剣術対抗戦、総合剣術部Aチーム対総合武術部と強化剣術研究部合同チームの第一試合は、副将の強化剣術研究部イェン副部長と大将のカシュ部長それぞれが勝利した。
終わってみれば、合同チームの4勝1引き分けという圧勝だった。
イェンくんの試合は同じ4年生同士ということでなかなかの熱戦となり、時間切れ寸前に相手の腕にイェンくんの木剣が掠めるように入って辛勝。
一方でカシュくんの方は、堂々とした剣捌きで対戦相手を充分に働かせ、ほんの少し生じた隙を見逃さずにしっかり打ち込んで決めた。
「ほほう。カシュも強くなったのですなぁ」
「カシュ部長だけど、カシュ部長ですからぁ」
ブリュちゃんの言うことは、知らない人が聞いたら何を言っているのか訳が分からないだろう。でもあのカシュくんは、いまはカシュ部長なんだよな。
入部当初は騎士爵家の長男なのに剣術にまったく自信が無くて、まだ魔法の方がましなんすよ、とか言っていた昔が懐かしい。
でもそのままでは将来、騎士になり騎士爵の家を継ぐのに困難を伴う。
この世界の騎士というのは、うちのライナさんみたいな特殊な例は別として、基本的にはやはり魔法では無く剣術の力が求められるからね。
しかし彼の内心では、やはり騎士になりたいという意志が強く灯っていた。
だから俺は彼を総合武術部に半ば強引に誘って、騎士になれるように鍛えると言ったのだったな。
しかしいくら剣術の練習で鍛えたとしても、それを辛抱強く続けて自分のものにできるかどうかは本人次第だ。
そうして3年間、彼は挫けることなく練習を続けた。
この課外部対抗戦でも、魔法と掛け持ちで出るのは彼が適任ではないかとも思ったけれど、ヘルミちゃんによると、学院生最後の対抗戦は剣術一本で行きたいと、珍しくそうカシュくん自身が主張したそうだ。
普段は少し気弱で、でも能天気そうにも見える彼だが、責任感といざというときの意志は人一倍強い。
部長としての責務も担いながら、しっかりと卒業後に騎士の道に歩むことを見据え、この剣術対抗戦に臨んだのであろうことが、いまの試合で見て取れましたな。
「カシュは、やっぱりカシュだ」
「え? やっぱり、カシュ部長でしたかぁ?」
「うん。入学以来、いちども心を折らずに騎士を目指すカシュだった」
「……ですね。あれで、意外と一途で内面は強いって。あ、これはヘルミ先輩がそう言ってたですよ」
ヘルミちゃんは良く見ているな。でも、魔眼じゃなくて心眼でだと思うけどね。
続く第二試合は強化剣術研究部と総合剣術部Bチームとの対戦だ。
結果としては、強化剣術研究部の1勝2引き分け2敗。2敗は1年生のふたりだが、これは相手がどちらも上級生なので仕方無い。
1勝したのは部長のヴィヴィアちゃんで、3年生のルイちゃんと2年生のエドくんは良く戦い良く引き分けた。
エドくんの対戦相手はひとつ上の3年生男子だったので、これはかなり頑張ったと言えるだろう。
一方でルイちゃんの相手は同じ3年生の女子。この女子がなかなか良かったよね。
動きが総じて素早く、身体全体のバネを活かした変化に富んだ攻撃に、ルイちゃんもかなり翻弄されていたが、それでも落ち着いて対応し続け、結局は引き分けに持込んだ。
「あの人、ルア先輩に憧れてたそうですよぉ」
「なるほどね」
タイプとしては、アビー姉ちゃん騎士、ルアちゃんと続く系譜だよな。
「野性がちょっと足りないか」
「野性、ですかぁ??」
「うふふ。アビー姉さまやルアちゃんみたいな、ですね」
「そうそう」
「伝説のアビゲイルさま、ですかぁ」
考えずに反応する。相手が考えているときにはもう動いている。そして常人離れした瞬発力や跳躍、などなど。
要するに、頭の脳と胸の心臓だけでなく、身体のあちらこちらにも脳と心臓が分散してくっついているようなものだ。
「それってつまり、脳筋、ということですかぁ?」
「ははは、ちょっと違うけど、そうとも言えるかな。でも決して、脳が筋肉で出来ている訳では無いですぞ」
「はひゃ?」
◇◇◇◇◇◇
課外部対抗戦は1日目が終わり、そして2日目も終了した。
2日目の合同チームは強化剣術研究部の本体チームとの対戦。
フレッドくんとマルちゃんは順当に相手の1年生を下したものの、ヘルミちゃんが2年生のエドくんと引き分け、イェンくんはなんと同じく1学年下のルイちゃんに負けてしまい、そしてカシュくんとヴィヴィアちゃんの部長対決は引き分けとなってしまった。
ヘルミちゃんの試合は、エドくんの粘りで延長線まで行って引き分けに持込まれたもの。
互いに相手の攻撃を躱し防御し続け、結局は双方が決定打を出せなかった。
勝負を決する攻撃力がまだ弱いというところが、ヘルミちゃんの課題ですかね。
イェンくん対ルイちゃんは同じ強化剣術研究部員同士の対戦となった訳だが、その分どうもルイちゃんがイェンくんの剣術のくせを普段から見抜いていたらしい。
彼は自身の性格そのままにわりと素直な剣術なのだけど、本人も気付いていないような隙が生じることがあって、そこを上手く突かれた感じだ。
女子は普段から、男が自分でも気付いていない部分を良く見ていますからね、イェンくん。これも人生の修行と学びです。
そしてカシュ部長。初日にはあれほど褒めたのになぁ。
と言いますか、相手のヴィヴィアちゃんが隋分と強くなっていたというところもある。
互いに一歩も引かない激しい打ち合いが延長3分間まで続き、試合ということで言えば見応えのあるものになった。
でも、ここぞというポイントでの強気の攻めが出せなかったぞ。
2日目に観戦に来たオネルさんは、カシュくんに突きの技を指導した言わば師匠みたいなものなのだけど、そのオネルさんが「そこで突きっ」「喉元、空いてるっ「なんで突かない」とその都度声を出していた。
対戦相手を魔物か魔獣なんだと看做して、無慈悲な突きを繰り出すような思い切りが無いと言うか、どうも女子に優しいところが試合でも出てしまったと言いますか。
試合が終わったあとにオネルさんの前に来た彼は、「君は、4回は勝ってたよね。でも勝てなかった。つまり実戦で相手がもっと強く立場が逆だったら、君は4回死んでました」と、師匠に無慈悲に言われて項垂れておりました。
これは、学院生の剣術や試合に終わるのでは無く、来年には生死のやり取りをする騎士を目指すカシュくんへの、オネルさんらしい厳しい教えだな。
その前に行われた総合剣術部Aチームと同じく総合剣術部のBチームとの試合では、なんとAチームが全勝してしまった。
これはBチームがAチームに勝ちを譲ったというものでは決して無く、どの対戦も忖度や作為が入る余地の無い熱戦の末の結果だった。
どうやら初日に合同チームに惨敗したAチームがかなり気合いを入れたのと、下級生チームに負けたく無いという意地が全勝を導いたようですな。
この2日目までの結果、チーム戦としては2勝の合同チームに1勝1敗で総合剣術部のAチームとBチームが続く。
そして、ここまでの勝利ポイントの合計では、合同チームが7.5ポイントと首位であるものの総合剣術部Aチームが5.5ポイントとなり、猛追する状況となった。
「4日目の最終日は総合剣術部Bチームか。今日は全敗したからって侮ると、足を掬われて、ポイントもAチームに逆転されちゃいますぞ、カシュ部長」
「あひゃー、オネルさんだけじゃなくて、ザカリー教授も厳しいっす。侮った試合なんかしないっすよ」
「大丈夫ですよぉ。今日の対戦はヴィヴィア先輩でしたけど、最終日の相手は男子です」
「そうねブリュちゃん。ふん、男子なら大丈夫か。うちの部長は女子相手だと、めっぽう弱いからさ」
「あのっすね、ヘルミちゃん」
「ふん」
まあ、試合直後でまだアドレナリンが収まっていないかもだけど、君たち仲良くね。
それからこの2日間、言葉も少なく真剣に観戦に徹していた新入部員のバルトロメオ王太子は、どんな感想を持ったのかな。
「ここまでの観戦で、いかがですか?」
「あ、はい。みんな、素晴らしいです。王太子の僕が言うのも何なのですけど、同世代の学生だと、ミラジェス王国よりもこちらの方が剣術の実力は上かなって、そう思いました」
「そうなんですか」
「でも、うちの総合武術部は、ホントに凄い。創部時の先輩方が居た昨年は凄かったって聞きましたけど、いえいえ、今年だってみんな強いですよ。これもザカリー教授たち先輩方の精神が続いているって証拠ですよね」
「ははは、まあそういうことですかね」
いやあ、バルトくんはそう熱く語ってくれました。
彼は試合の無い1年生のマヌちゃんとディックくんと並んで腰掛けて応援していたけど、時折マヌちゃんの侯爵家の王都屋敷駐在騎士であるディフィリアさんに、剣術の技や駆け引きなんかを解説して貰っていたらしい。
「おーい、バルトくーん、これからミーティングをするっすよ」
「はいっ、いま行きます、部長」
総合武術部に入部してまだ僅か数日だけど、すっかり馴染んでいるようだった。
◇◇◇◇◇◇
翌3日目は魔法対抗戦の日。
昨年に続き2回目となる今回の対抗戦は、試合方法の基本的なところは同じであるものの、その準備にはいささか手間が掛かったらしい。
というのも、昨年は初めての試みということもあり、魔法を撃つために選手が立つプラットフォームから着弾する的まで、うちが一手に引き受けてその場で準備した。
それが今年は俺が卒業したということで、すべて学院内で行う必要があったからだ。
対抗戦の場となる魔法訓練場には、既に魔法を撃つ試技会場が設えられている。
横4ポード約1.2メートル×縦5ポード約2メートルの大きさで、フィールド面より僅かに高くして足場を固めたプラットフォームを横並びに3ヶ所。
そして、そこから80ポード約24メートル先に横一列で立つ、人型を模した的が6基。
昨年だと俺とライナさん、カリちゃんの3人が土魔法でちゃっちゃと造ってしまったのだけど、学院には相変わらず土魔法が出来る人材が居ない。
なので、これらが学院職員さんたちの手作業で事前に準備されていた。
特に高さが180センチほどの的。人型と言うよりはずんぐりとした縦に細長いダルマのようになっているのは、まあ致し方無いよね。
俺たちだと土魔法ですべて造形してしまうけど、これは内部に木組みを仕込んでそこに粘土質の土を固めたものだ。
昨年の試合の例からしても火魔法が多いだろうし、それに次いで風魔法だから、着弾時の様子や破壊程度を考えると、やはり普段から講義や練習で使用している土製が良いとの結論になったのだとか。
それから少し議論があったらしいのが、選手の試技を採点する審判員をどうするかということ。
魔法学教授の3人が審判員になるのは決まっていたが、昨年はそこに俺も加わっていたのですなぁ。
それで今回は3人だけで採点するのか、それとも……。
「という訳で、今回もザカリー教授に審判をお願いしたいのですじゃ」
「どうせ観戦に来るんだし、やってくれるわよね、ザカリー教授」
「あー、申し訳ないがそういう結論になってしまって……。頼まれてくれないか」
対抗戦初日の剣術の試合が終わった直後に、俺たちが観戦している総合武術部応援席までウィルフレッド先生、ジュディス先生、そしてクリスティアン先生の魔法学教授が揃ってやって来て、そんなことを言う。
何がという訳なのか、どうせ観戦に来るからとか、それって人にものを頼む言い方じゃないですよね。
その点、俺のクラス担任だったクリスティアン先生が常識ある大人だったのが、せめてもの救いですよ。
「まあ、今年でまだ2回目ですし、僕も特別栄誉教授という肩書きをはからずもいただいておりますので、審判員を務めるのもやぶさかでは無いのでありますが」
「おお、頼めますか」
「ですが」
「ですが?」
「ですが学院卒業後に、あまり出しゃばり過ぎるのもどうかと思いますので」
「だめですかいの」
こちらの返事に3人の教授があまりに落胆の表情を浮かべるので、俺はそのとき少し譲歩してしまった。
「あー、なので、今回はそうだなぁ、ライナ騎士を審判員に推薦しますよ。ライナさんは、昨年までの総合戦技大会の親善試合でも審判をしていますし」
「おお」
「ライナさんは、いいわね」
「彼女なら適任かもだな」
「今日は来てませんけど、3日目の魔法対抗戦には来る予定ですし、たぶん引き受けてくれると思いますよ。ねえジェルさん、ライナさんに魔法試技の採点をする審判員をして貰いたいのだけど、良いよね」
「それは長官のご指示で、教授方が同意なされるのであれば。まあ、本人は喜んでやるでしょう。真面目にやるように、わたしからも言っておきます」
そんなやり取りがあって、屋敷に帰ってそのことを頼むとライナさんも快諾し、今年の審判員には彼女が加わることになった。
ちなみに、今年もカリちゃんがフィロメナ先生と一緒に補助審判員として、的への着弾状態などを確認してくれることになり、そんなこんなで魔法対抗戦当日を迎えた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




