第91話 後輩たちの剣術試合
「それではこれより4日間に渡り、第4回課外部対抗戦を始める。今日と明日、そして4日目が剣術対抗戦。3日目が2回目となる魔法対抗戦だ。それぞれ出場する課外部の選手たちが日頃の練習の成果を発揮し、これまでと同じく素晴らしい対抗戦となることを期待する。では、学院長からもひと言お願いします」
フィランダー先生の良く通る声が剣術訓練場内に響き、仕方無くフィールドに降りてそれを聞いている俺も、なんだか昨年までと同じような少し昂揚した気分になる。
開会式の場には剣術が4チーム20名、魔法が3チーム15名の選手。いや実際には総合武術部は剣術と魔法で選手が重複しているので、合わせて33名が並んでいる。
また教授側では、学院長に剣術学と魔法学の教授が3人ずつ。加えて、治療担当で回復魔法の特別講師でもあるクロディーヌ先生も顔を見せていた。
そして何故か俺もそこに並ばされているのですなぁ。
先ほどフィールドに足を踏み入れたときに、観客席から「きゃー、ザカリーさまー」というおそらく2年生以上の女子の歓声が聞こえたのは、まあご愛嬌だ。
「こうして、4回目の課外部対抗戦の日を迎えられたことは、わたしにとってこの上ない喜びです。何故なら、3年前に新しく出来た学院生の行事が、しっかりと受け継がれているからです。そして望むならば、剣術と魔法のどちらも、素晴らしい対抗戦の試合を学院生のみなさんが観戦していただいて、次回には参加する課外部が増えて行けばと、そう思っています」
学院長の言葉にある通りだね。
この課外部対抗戦は参加する課外部のためにあるだけではなくて、たくさんの学院生に試合を観戦して貰って、出来れば剣術と魔法にもっと関心を持って貰い、出場していない同好会とか或いは新しい部を創って参加するとか、そんなことも推し進める場でもあるのだよな。
「ということで、今回は本学院の卒業生であり、在学中にはこの課外部対抗戦の創設に多大なご尽力をいただき、そのほか多くの功績により本学院の特別栄誉教授となられたザカリー・グリフィン教授がいらしていただいています。折角ですので、ザカリー教授にもひと言いただきましょう」
再び「きゃー、ザカリーさまー」という黄色い声が飛んで来るのは、繰り返しになるけどまあご愛嬌です。
学院長からのいきなりの無茶振りだったが、どうせ貴方も何か言いなさいと振られるのは予測済みだ。
「あー、みなさん、こんにちは」
「こんにちはー」
「みなさん、元気ですか」
「元気でーす」
なんだかこういうのって、前々世の記憶にあったような……、まあいいか。
何でもは出来ないかもだけど、元気に出来ることをするのは良いことだ。
「あー、元気が良いですね。みなさんの元気な声を久し振りに聞いて、僕も昨年までの気持ちを思い出しています」
「毎日来てくれれば、しょっちゅう聞けますよー」
「わははは」
「そうですよー」
いや、毎日は来られないからさ。
「セルティア王立学院とは、学院の秩序を守りながらも、その中で自分の殻を破って何かに挑戦する場。講義しかり、寮生活しかり、課外部しかり。そしてこの課外部対抗戦は、そんな挑戦とそこから作り上げた現在の成果を多くの人に観ていただく場です。学院生活の4年間に、ここまでで限界ということはありません。挑戦に目標はあっても、超えてはいけない到達点は無く、常に現在進行形です。選手たちは、そんな現在進行形の挑戦の力を存分に発揮してください。そして今回は観戦する側のみなさんも、その挑戦する力に心を震わせていただければと思います。さあ、始めましょう。僕からは以上です」
少し話し過ぎたですかね。
でも、たくさんの温かい拍手をいただいたので、良しとしましょう。
剣術の対抗戦が早速始まった。
今日の初戦は、総合剣術部Aチーム対総合武術部と強化剣術研究部の合同チーム。
初戦でなかなか良い対戦になりました。
剣術対抗戦のシステムは昨年と同じで、チームの5名がそれぞれ1対1の対戦を行う団体戦。
チームの勝敗数と個人の勝利ポイントの組み合わせで順位が決まる。
勝利ポイントは勝ちが1ポイントで引き分けは0.5ポイントだから、例えば3勝1引き分け1敗だとチームとしては1勝で3.5ポイントの獲得ということになる。
今回、総合武術部のメンバー不足を補うかたちでカシュ部長が組んだ合同チームは、先陣を切るのが2年生のフレッドくん。
次鋒が強化剣術研究部の2年生のマルちゃんで、中堅がこちらの3年生で副部長のヘルミちゃん。
そして副将に強化剣術研究部4年のイェン副部長で、大将がこちらのカシュ部長というチーム編成になっていた。
対する総合剣術部Aチームは3年生男子、3年生女子、4年生男子、そして副将が4年生女子で大将が4年生男子という編成だね。
あの大将の4年生男子が、今年の総合剣術部の部長君ということですか。
Aチームを3年生ふたりに4年生3人と上級生部員で組んで、かなり強力なチームにしたみたいだ。
一方でもうひとつのBチームは、ブリュちゃんに聞くと大将は4年生だけど、あとは3年生と2年生がふたりずつのチームだそうで、実力ある次世代部員を並べたという感じだろうか。部員数が多い総合剣術部ならではですな。
「強化剣術研究部は、1年生がふたり入っているんだよね」
「はい。イェン先輩とマルちゃんがこっちに来たので、そうなんですよね。ヴィヴィア部長は全員を出したいって。それが得難い経験になるって言ってましたぁ」
彼女も4年生になって良いことを言うじゃないですか。
1年生の男女2名に、2年生がエドくんで3年生がルイちゃん。そして4年生のヴィヴィア部長か。
さっきの開会式でヴィヴィアちゃんたちにも声を掛けて置いたけど、本当に感謝ですな。
さて、伝統ある総合剣術部のAチームに対して合同チームがどう戦うのか。
実は昨年の対戦では、我が総合武術部が完勝してしまった。
ルアちゃんとブルクくんという最強剣士ふたりが居た上に、カロちゃんもかなり強くなっていたし、3年生のカシュくんと昨年は1年生だったフレッドくんが頑張った記憶が蘇る。
そして今年も先鋒として出場したそのフレッドくんは、2年生になって体格が更に良くなり、より一層パワーが増したみたいだ。
育ち盛りの子って、ちょっと見ないうちに成長の階段を駆け上がるスピードが加速して行く。対戦相手の3年生の男子よりも大きく見えるよな。
「フレッド、気合いよっ」と、俺の近くに座っているマルハレータさんから鋭い声が飛ぶ。屋敷では相変わらず厳しくて怖い御方なのでしょうな。
その掛け声に応えて、フレッドくんは木剣を持つ右手を高く掲げた。
「始めっ」の声が掛かると、フレッドくんが猛然と打ち合いを挑む。相手もそれに真っ向から向き合って両者がパワーによる押し合い、そして先手の取り合いだ。
その攻防、いや攻め対攻めが暫く続く。剣術の力量は同じぐらいの好勝負か。
これは打ち合いの体力勝負か、と思った瞬間、フレッドくんが素早く動いてリズムを変えながら相手の木剣の乱れを誘い、その隙を見極め強烈な一撃を叩き込んだ。
「ほほう、なかなか速い動きが出来るようになったな」
「いつまでも、ただの体力バカじゃないってことですよ」
いや、俺の隣に座るブリュちゃんも仲の良いヘルミ先輩に似たのか、なかなかに口が悪くなりましたな。
続いては次鋒のマルちゃんだ。彼女は昨年は出場しなかったので、クラス対抗戦の総合戦技大会は別としてこれが初めての公式試合だね。
そして対戦相手は、やはり一学年上の3年生女子。
「マルちゃん、強くなったですよ」とブリュちゃん。それは楽しみだ。
そう言えば、昨年の夏合宿最終日恒例の試合稽古でこのブリュちゃんとマルちゃんが対戦したなと、9ヶ月前のことが懐かしく思い出される。
そしてその試合稽古のときのように、マルちゃんと3年生女子との打ち合いが始まった。
こちらも力量は互角に近いですかね。
ただし夏合宿の際は稽古の一環ということで試合時間の制限が無く、審判を務めていたジェルさんの判断次第だったので、10分を越える攻防をしたんだよな。
だがこの対抗戦は5分間という時間制限のある試合だ。
勝負がつかない場合は3分間の延長戦もあるが、これまでの対抗戦の歴史では意外と引き分け試合も多い。
この試合もというそんな予感が的中し、マルちゃんの対戦は5分間を過ぎ、延長戦3分間も決着が付かないまま引き分けで終了した。
「練習している強化剣術を遣えば、分からなかったですよね」
「あれは遣わないで試合をするというのが、あの部の方針だよな」
強化剣術とは、魔法適性を有していない剣士がキ素力を用いて自らの剣技を強化するものだ。
これを学院の課外部に持込んだのはアビー姉ちゃんなのだけど、彼女自身も学院でのその技の使用を控えていた。
またその跡を継いだエイディさんも、対抗戦などの試合では純粋な剣術のみで戦う方針を立てていた。
それは学院の課外部では、強化剣術のコントロールが十全に出来るレベルまでの修得が難しかったこともあるし、対戦相手に重大な怪我をさせてしまう危険性もあるからだ。
そのエイディさんが強化剣術を遣ったのは、俺相手の模範試合でのただ一回のみだったかな。
一方で俺が創部した総合武術部は、剣術と魔法の両方を用いた総合武術の修得を目指すものだ。
だからと言ってもちろん、剣術対抗戦で魔法を遣うことは出来ない。
剣術と魔法に加えて身体づくりや体術と、かなり欲張りな練習している総合武術部としては、俺が前世で修練し、今世ではジェルさんやオネルさんも日々鍛錬している、言ってみれば一刀一撃必殺の剣などはまず目指すべくもない。
そんなものを目標にするとしたら練習時間がまったく足りないし、そもそも鍛錬の厳しさが課外部活動の枠内では収まりきれなくなるからね。
なので必然的に、こういった学院生同士の時間制限のある“試合”では、木剣の打ち合い、叩き合いになってしまう訳だ。
でも、一刀をもって相手を斬る殺し合いよりも、いまの試合のように現在持てる力と技を振り絞って互いに木剣を打ち合う方が、観ている方としてはハラハラドキドキするし、剣術にもっと関心と興味を持って欲しいという対抗戦の趣旨には合っているよな。
ともかくも、これで合同チームは総合剣術部Aチーム相手に1勝1引き分け。なかなか良い出だしではないですかね。
「次はいよいよヘルミ先輩ですよ」
「剣術もしっかり練習しているのかな」
「してますよぉ。最近は、カシュ部長とほとんど互角なんですから」
「へぇ」
ヘルミちゃんという子は、実はこれまでの部員の中でも最も総合武術部らしい才能を持っている。
まあ、ソフィちゃんがまだ学院に居たとしたら、このふたりが双璧だよな。
昨年までの俺の代だと、剣術バカのふたりに魔法少女と魔法少年といった具合で、それぞれがどうしても剣術か魔法かのどちらかに傾いていた。
最後になんとかバランスを取れたのは、苦手だった剣術を努力して練習し続けたカロちゃんぐらいだ。
その点、魔法の才で言えばヘルミちゃんは同世代で突出して優れており、剣術も総合武術部に入ってから初めて本格的に練習し出したにも関わらず、めきめきとその才能を開花させた。
本人はやる気が無かったから、入学当初は剣術学の講義すら受講していなかったのだけど、フィランダー先生からも請われて2年生から受講を始めたほどだしね。
それに加えて、彼女は魔眼らしき眼を備え持っている。
本人は未だにあまり自覚が無いようだけど、相手の動きや周囲の状況を通常の視力と同時に別の力で捉えることの出来る能力を磨いて遣えば、剣術には大いに役に立つ筈だ。
ただし、見たくも無いものも見えてしまうかもだけど。
「それに近ごろは、躱すのがもの凄く上手くて」
「ふーん」
「あ、始まりますよ」
そう言えばヘルミちゃんて、以前から躱したり受け流したりするのが上手かったよな。ブルクくんと見切りの練習も熱心にしていたし。
本人は「無駄な力や動きって無駄なんで、効率ですよぉ、効率」とか言っていた。
さて、そのヘルミちゃんの対戦だ。
ん? 「始めっ」の声と同時に、彼女の両眼がぼんやりと少し輝いたような気がした。
それで見鬼の力で見てみると、ヘルミちゃんの両眼がゆっくりと呼吸するように少量ながらキ素を出し入れしている。
正しくはキ素を眼から取り入れて、身体内でキ素力として変換し吐き出している感じか。
ほお、魔眼ってあんな風にキ素やキ素力の出し入れ口になるのですかね。
彼女の眼からキ素力が零れ落ちるのは知っていたけど、そう言えばこういう風に魔眼として活性化されているのを、見鬼の力で客観的に見たのは初めてだな。
「(あの子、魔眼を遣ってるみたいですよ)」
ブリュちゃんとは俺の反対隣に座るカリちゃんから念話が来た。
さすがカリちゃんも、魔眼が活性化しているのを捉えたらしい。
「(そうなのね。だからヘルミちゃんの眼の辺りが、なんだかもわもわ動いているんだわ)」
「(あれは、両眼がキ素を吸ってキ素力を出す、そんな呼吸みたいにしてるんだよ)」
「(へぇ)」
「(ザックさまは、そこまで見えますか)」
ブリュちゃんを挟んだその隣に座るエステルちゃんも、何か感じ取ったようで念話に加わる。
彼女がもわもわ動いていると言うのは、そのキ素とキ素力の動きですな。
ヘルミちゃんは相手が打ち込んで来る木剣をひょいひょいと躱す、と言うか、おそらくはその魔眼の力で見切って攻撃を捌いている。
あの動きって、見切りを熱心に鍛錬していた在学時のブルクくんよりも上手いのでは無いかな。
見切りって、ただ眼の働きが良いというだけでなく、それが脳に伝わり瞬時に処理して判断し、最適な身体の動きを行う必要がある。
なので心身一如、理屈を超えた心や脳機能と身体機能の総合的な働きが求められるのだが、彼女は自分の魔眼の力を身体全体の動きに活かせるようになって来ている、ということだろうか。
でも、ヘルミちゃんだから、たぶん無意識にそんな能力を働かせているんだろうなぁ。
「あ、打ち合い始めました」
ブリュちゃんが思わず声を出したように、途中から猛然と打合い始めた。
「あ、胴に入りました」
暫く打ち合いが続いたと思ったら、大振りに打ち降ろして来た木剣をするりと見切りながら、小さなモーションによる後の先で、がら空きになっていた相手の胴を鋭く叩いた。
俺の後ろの席で観戦しているジェルさんからも、「ほう」という感嘆の声が漏れる。
「(去年の夏にも思ったが、あの娘、良いな)」とは、ケリュさんの念話。
そう言えば、昨年の夏合宿でも武神サマがわりと関心を持って見ていたよな。
「(うちで引き取って、鍛錬させるか)」
「(ダメですよケリュさま。他所ん家の子なんですから)」
「(そうか)」
うちで、って、当家ですか?
グラウブナー侯爵家に属するアンドロシュ準男爵家の次女という、他所ん家の子ですからね。
そんな、興味が湧いたからって誰でも彼でも引き取って鍛錬させるとか、人間の社会でそういうこと出来ませんからね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




