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第89話 重なった訪問客

 学院から王都屋敷に帰ったら、すっかり夕刻になってしまった。


「バルト殿下のご様子はいかがでした?」

「うん、とても元気だったし、すっかりこっちの学院生してた。それで彼、総合武術部に入部したよ」

「まあ。殿下が総合武術部にですか。ザックさまが無理矢理入れた、とかじゃないですよね?」


「そこは、あの子自身の意志でしたよ」

「カリちゃんが言うならそうなのね。なら良かったわ」


 バルトくんが立場上から悩んでいたことなどをエステルちゃんに説明した。

「お立場で制約があったとしても、そういうのをご自分で越えて過ごすのがあの学院ですものね」と、彼女もバルトくんの決断を褒めた。


「あと、マクシム・オデアン男爵の甥御さんと、セレスティノ・サルディネロ伯爵の娘さんが1年生で部員になっていて、そのマヌエリタ・サルディネロさんは僕の義理の従姉妹にあたる子だった」

「あらあら」

「カァカァ」


 エステルちゃんは俺の話を聞いてちょっと驚いていたし、クロウちゃんは情報量が多過ぎと言って呆れていた。

 そろそろ夕ご飯の時間だし、詳しいことはそのときに皆に話しましょうかね。




「マクシム・オデアン男爵の甥で、父上は騎士団長でやすか。あちらの男爵家の様子はあまり把握しておりやせんが、同じ北辺の貴族家。将来の騎士団長として、総合武術部で鍛えるのは良いことでやすな」


「そうだな、ブルーノさん。うちの騎士団と向うとはあまり交流が無いと思うが、これからの良い関係のきっかけになるかもだぞ」

「そうですね。しかし何より驚きなのは、バルトロメオ殿下が総合武術部に入られたことですよ。でも、うちのザカリーさまが卒業したあとで良かったかも」


「えー、どういうこと? オネルさん」

「それは、ザカリーさまが部長のときだったら、隣国の王太子とかそんなの関係なく、何をさせるかわからないじゃないですか」

「それは言えてるぞ。鍛錬とは、王太子の立場なんぞのその先にある大切なもの、とか言ってな」


 オネルさんもジェルさんも酷いなぁ。まあ、俺自身そう言いそうですけど。

 でも、特訓とか合宿でうちの部員たちを厳しく指導していたのって、どちらかと言うと貴女あなたたちじゃないですか。


「それよりも驚いたのはさー、ザカリーさまの従姉妹ちゃんが現れたことよねー」

「可愛らしい従姉妹ちゃんでしたよね」

「義理の、だよ。僕もまったく知らなかった」


「ヴィックさまとヴァニー姉さまが入部を勧めてくれたのね」

「そうみたいなんだ」

「サルディネロ伯爵家と言うと、王国のいちばん南で、グスマン伯爵家のお隣さんですよね。評判はどうなのかしら」


 エステルちゃんはおそらく、ソフィちゃんのことが頭に浮かんだのではないかな。

 高位の貴族家って、外部ではなかなか知り得ない内情とかが隠れていたりするものだから。

 ソフィちゃんも最初に会った頃は、美人で朗るく賢くて、育ちや家庭環境に陰など欠片もありそうに無い伯爵家息女という印象だった。


「辺境伯の奥様のご実家でやすからね。悪い評判を耳にしたことはありやせんよ」

「貿易が盛んで裕福な伯爵家という印象ですね、エステルさま。前の伯爵さまと奥さまもご健在で、伯爵家をしっかり後見されていて、家風もおおらかだと聞いています」

「そうなのね。良かったわ」


 ブルーノさんとリーアさんがエステルちゃんの心配を感じ取って、そう教えてくれた。

 情報通のブルーノさんと現役探索者のリーアさんが言うことなら間違い無いだろう。



「20日から課外部対抗戦とやらなのだな。我も観に行くぞ」とケリュさんが主張した。

 まあ、武神サマとしてはそう言い出すよな。

「ザックさん、良いのかしら」と奥さんのシルフェ様が尋ねて来る。


「そうですねぇ。僕はいちおう関係者なので行くつもりですけど、対抗戦はあくまで学院内の行事なので、観戦には制限があるんですよね」


 秋の学院祭での総合戦技大会は一般にも開放されているが、課外部対抗戦は学院生と教授、職員の学院関係者の他では、参加する選手や部員の家族とその関係者が観戦を許されている。

 これまで、うちの者はこぞって観戦に来ていたけど、卒業したいまはどうなのでしょうかね。


「まあ、人数は絞る方向で、学院に問い合わせますか」

「それが良いかもですね」

「エステルちゃんはどうする?」


「4日間でしたね」

「そう。剣術が3日間で、途中3日目が魔法対抗戦」

「1日ぐらいは行こうかしら」

「うん、みんな喜ぶよ」


「で、我は?」

「落ち着きなさいな、あなた」


 まあ、俺プラスひとりぐらいに、あと護衛とお付きというていで少人数にする必要があるだろうな。

 以前みたいに、屋敷の者がこぞってという訳にはいかない。


「ならば、我はザックの護衛だ」

「何言ってるんだか、この義兄あには」

「何って、我はザックの騎士だと言えば、問題なかろうが」

「あなたを騎士に叙任した覚えはありませんけど」


 ちゃっかり、独立小隊の騎士制服を普段から着ているけどさ。


「むむむ」

「はいはい、ザックさまもケリュさまも、言い争うのなら食堂ではやめてくださいね。するなら外でお願いします」

「ほら、叱られたでしょうが」

「だいたい、ザックが直ぐに突っかかるからだぞ」


 アルさんはどうする? ああ、どちらかと言うとさっき俺の話の途中で出た回復魔法特別講習にクバウナさんが興味を示して、そのことをふたりで話しているのね。

 俺とケリュさんの言い合いはいつものことなので、ほとんど聞いてないですね。



「ザックさまに、あと家族がひとりかふたり。護衛とお付きでふたりか3人。合わせて最大で6人まで。そう伝えて、学院長さんに許可を貰うのはどうですか?」

「それで良いんじゃない。エステルの言う通りにしなさい」

「はいです」「おう」


 つまり人外メンバーも家族という設定で、例えばエステルちゃんとケリュさんが行く場合は家族枠。お付きには必ずカリちゃんとリーアさんが伴うので、あと護衛にジェルさんがとかで、合計が俺を入れて6人になる訳だ。


 カリちゃんが家族枠なのか、それともお付き枠かどうかはあるけど、対外的には俺の秘書として紹介しているからね。


 あとは4日間の対抗戦期間中、この枠組み内で観戦メンバーを入替えましょうというのがエステルちゃんの裁定ですな。

 尤も、学院長の許可が出ればだけど、エステルちゃんがそう願っているとひと言伝えれば、許可される気がなんとなくする。


 それで翌日に早速、学院長宛にその旨のお願いを手紙に書いて届けて貰うと、「バルトロメオ殿下のことでも骨を折っていただきましたし、ザカリー教授の観戦はもちろん、エステルさまのお願いとあれば、問題ありません。ただ、他のご家族の手前もありますので、そのぐらいの人数に抑えていただければ」という返事が来た。


 他のご家族の手前というのは、まあそうですな。

 参加する課外部以外の学院生の家族や関係者は対象外なので、特にどこかの貴族家辺りからクレームが来ちゃうとだよね。

 許可とご配慮、ありがとうございます。


 ◇◇◇◇◇◇


 明日からの課外部対抗戦に観戦に行くというその前日の朝、サルディネロ伯爵家からあちらの王都屋敷の使いの人が手紙と伝言を携えてやって来た。

 マヌエリタさんからだね。その手紙には先日に学院で会えたことへのお礼と、もしよろしければ本日の午後にこちらを訪問して、エステルちゃんにも挨拶したいというものだった。


「わたしにまでご挨拶とか、礼儀正しそうな方なんですね」

「今日は学院の休日だけど、明日が対抗戦で大丈夫なのかなぁ。まあ、こちらには断る理由も無いし」

「ご親戚、ですもんね」


 ご返事をいただいて戻りたいという使いの人に、午後過ぎにでもどうぞと言付けて帰って貰った。


 すると入れ替わるように別のところから、同じく手紙と伝言を携えた使いが来た。


「こんどは、どちらさまですか?」

「ミラジェス王国レンダーノ王家、ルチア・レンダーノ宮宰、ですと」

「あら、ルチアさまですか?」


「なになに。先日は、セルティア王立学院でバルトロメオ王太子殿下が大変にお世話になり、深く感謝いたします、と。で、そのお礼を兼ねて本日の午後にでも訪問したい、とありますぞ。ルチアさんは先日こちらに来たばかりだけど、長く滞在出来ないので、急なことで申し訳ありませんがいかがでしょうか? だってさ」

「まあ」


 ルチアさん、こちらに来ていたんだね。

 宮宰という重責にある方だけど、やはりバルトくんの留学が心配だったようだ。

 それで、無事に転入が出来たとの報せを受けて様子を見に来たらしいが、滞在出来るのが数日間のみらしい。


「お忙しい方ですのに」

「これはまあ、お待ちしてますと応えるしかないよね」

「マヌエリタさんと重なっちゃいますけど」

「同じ総合武術部員になったんだし、紹介しておけば良いんじゃないかな」

「ですかね」


 ということで、マヌエリタさんとルチア宮宰が同時に来ることになった。ルチアさんはバルトくんを伴って来るのかな。




 うちの屋敷の者たちにはその旨を伝えて、その午後、お客様の到着を待つ。

 正門での出迎えと誘導にはフォルくんとユディちゃんを配置して、屋敷にはジェルさんたちお姉さん三騎士とクロウちゃんを抱くカリちゃんに待機して貰った。


「サルディネロ伯爵家、マヌエリタ・サルディネロさまがご到着されました」と、ユディちゃんが走り込んで来る。

 それで玄関外の馬車寄せまで出ると、派手な装飾などは無いが伯爵家らしいしっかりした造りの馬車が到着した。

 馬車が1台だけで、騎馬の護衛とかは伴っていないみたいだね。


 馬車の扉が開くと、中からは騎士制服に身を包んだ若い女性とパリッとした上下の服を着た30歳前後ぐらいに見える男性がまず現れ、そしてマヌエリタさんが降りて来た。


「ザカリーさま、先日はありがとうございました。また本日は、急な訪問のお願いにも関わらず、心良くご了承いただきまして感謝いたします。あ、お隣はエステルさまでいらっしゃいますね。初めてお目に掛かります、マヌエリタ・サルディネロでございます。どうぞお見知り置きを。それから、あの、仲良くさせてください」


 うん、この前にも思ったけど、伯爵家のご長女らしくなかなか世慣れたご挨拶だ。

 でも最後は、少し恥ずかしそうな表情の少女らしさで、エステルちゃんにそう話し掛けた。


「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね。エステル・シルフェーダです。マヌエリタさまは、ヴァニー姉さまやうちのザカリーとは義理の従姉妹同士の間柄になると伺いましたので、わたしもそう思っていただけると嬉しいですわ」


「あ、はい、是非に。ヴァネッサさまもとてもとてもお奇麗な方でしたけど、エステルさまは、その、ヴァネッサさまと同じくらいお綺麗で、それから、なんだか神々しい美しさ……あひゃ、失礼しました」

「うふふ。過分にお褒めいただきまして、ありがとうございます」


 ヴィック義兄にいさんとヴァニー姉さんは結婚後の挨拶に先年、王国南部のサルディネロ伯爵家を訪れたそうで、そのときに会ったらしい。


「あ、ご紹介します。本日伴いましたのは、当家王都屋敷の責任者で留守役公用人を務めています、ダリオ・サルディネロです」

「ダリオ・サルディネロと申します。何卒お見知り置きを、ザカリー長官閣下」

「同じご家名なんですね」

「はっ。前伯爵の弟の孫に当たりまして、一族の末席に」


「留守役公用人という役職は?」

「はい、当家独特の言い方で、王都屋敷に常駐する家令と言えば近いでしょうか。公用人という職名通り、外部とのお付き合いが主な業務です。ですので、ザカリー長官閣下のことも、勝手ながら以前より承知しておりました」

「なるほどです」


 あとでクロウちゃんに聞いたのだけど、俺の前世の世界の江戸時代で大名が置いていた公用人という役職に近いのではないかということだ。

 大名の公用人は主に幕府との折衝役らしかったけど、こちらだと王宮内務部や新設の宰相府、それから他の領主貴族家との付き合いのためですかね。


「それから、こちらは当家騎士団の王都屋敷駐在騎士の、ディフィリア・ポルティージョです」

「ディフィリア・ポルティージョであります」


 王都屋敷駐在騎士さんですか。うちのお姉さん騎士とご同輩ですな。

 似ているタイプとしてはジェルさん系統ですかね。つまり第一印象だけだけど、責任感の強そうなお姉さん剣士という感じだ。



 うちの方の紹介も済ませて、それでは屋敷の中へと案内しようとすると、正門の方から今度はフォルくんが走って来た。


「ミラジェス王国、バルトロメオ・レンダーノ王太子殿下、並びにルチア・レンダーノ宮宰閣下がご到着されました。ただいま馬車がこちらに来られます」


 ああ、ルチアさん来ましたね。やはりバルトくんが一緒のようだ。まあ、うちを訪問するのに彼が一緒じゃないというのはあり得ないか。


「え? バルトロメオ殿下が来られたんですか?」

「ミラジェス王国の王太子殿下ですか? それと宮宰閣下も」


 マヌエリタさんたちが、バルトくんとルチアさんの来訪にかなり吃驚している。


「ああ、これから言おうと思っていたのですけどね。あちらからも今朝に訪問願いがありまして。それで来訪が重なってしまったのですけど、マヌエリタさんとバルトロメオ殿下が総合武術部の同じ部員になったから、まあ良いかなって。それでご了解も得ずに勝手に予定を入れてしまったのですけど……」


「ええ? 同じ総合武術部員に? 初めて聞いたのですけど、お嬢様」

「あ、まだ言ってなくて、今日、ザカリーさまと一緒にお会いしたときに、合わせてお話しようかと思って」


 マヌエリタさんとダリオさんがそんなことを言い合っているうちに、馬車寄せにミラジェス王国レンダーノ王家の紋章がしっかり入った馬車が到着した。

 その馬車の後ろには、2頭の馬に騎乗したおそらくはミラジェス王国の騎士が従っている。


 へぇー、こんな紋章入りの馬車をちゃんと用意したんですね。まあ隣国の王家なのだから当然か。騎士の駐在許可も得たらしい。

 そんな暢気なことを考えていたら、その馬車から満面の笑顔のバルトくんとルチアさんが降りて来たのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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