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第84話 バルトロメオ殿下に会いに学院に行く

 俺たちが王都に戻るのを待っていたかのように、2ヶ所から手紙が届いた。

 ひとつは朗報。商業国連合セバリオの在外連絡事務所、ヒセラさんからのもので、エルフのイオタ自治領が試作用のショコレトール豆をようやく送ってくれるとのことだ。


 セバリオでエルフの面々と会談を行ったのが3月末のことだから、もう1ヶ月半前ですか。

 まあここまで来るのに2年近くも経過しているのだから、合意から1ヶ月半で手配をしたというのは、エルフ的には領長のオーサさんが頑張ったということかな。


 ヒセラさんからの手紙には、セバリオに豆が届き次第、高速帆船でこちらに送ってくれると書いてある。

 今回の王都滞在期間は短いので、居る間に届くと嬉しいよな。

 夏至祭前にはまたグリフィニアに帰ること、その場合は豆をそちらで預かっていて欲しいことなどを、お礼の言葉とともに記して返信した。


 もう1通は、そのオーサさんの姉であることが判明した、セルティア王立学院のオイリ学院長からだ。


 内容は封を開けるまえから予想出来たのだけど、ミラジェス王国のバルトロメオ・レンダーノ王太子が留学のために無事到着して、2年生に編入したことを報せるものだ。

 それで、当人も俺に会いたいと言っているらしく、いちど学院に来てくれないかという学院長からのお願いが書かれていた。


「バルト殿下、来られたんですね」

「うん。それでどうしようか。明日にでも学院に行ってみるかな」

「初めての外国留学で、それも寮に入られたのでしょ。きっと不安なこともあるでしょうから、会いに行ってあげてくださいな」


 学院はいくら身分の関係ない場所だとしても、バルトくんは外国の王族、それも王太子だし、知らない人たちの間で早いうちに上手く馴染めるといいよな。

 エステルちゃんが言うように不安な気持ちもあるだろうから、顔見知りの俺が会いに行けば少しは助けになるかも知れない。


 ヒセラさん宛とオイリ学院長宛にそれぞれ返信を認め、フォルくんに届けて貰った。

 すると学院長からは「明日の午前中でお待ちしています。バルトロメオ殿下とお昼をご一緒にはいかがでしょうか」という返事が来た。


 学院長には、南方に旅してイオタ自治領長のオーサさんたちと会ったことも少し話しておきたかったし、学院は2年生だとまだ午前は講義で埋まっているだろうから、バルトくんと会うのはお昼かなと思って、俺から午前中に伺うと書いたのだけど、どうやら彼女も時間を空けてくれたようだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日、今日は5月14日だよな。

 午前中の第2限が10時半からなので、その頃合いに到着するように学院へと向かった。


 ひとりで走って行っちゃダメですか? ダメですか、そうですか。

 でも人数は絞ろうということで、馬車には俺と秘書のカリちゃんが乗り込み、御者役はフォルくん、それに騎乗でライナさんだけが従うことになった。


 これから2年半も留学する予定のバルトくんとは会う機会がいずれあるだろうと、エステルちゃんは同行せずに買い物に行くそうだ。

 ジェルさんとオネルさんにリーアさんとユディちゃんは、そちらの護衛とお付きだね。

 クロウちゃんは屋敷でのんびりですか、そうですか。




 学院に到着すると、ライナさんの馬は預けてフォルくんは馬車でいったん戻ると言う。


 商業街で待機して、俺の後に徒歩で出たエステルちゃんと合流し、お昼を一緒に食べることになっているそうだ。

 それで帰りは彼女らを乗せて屋敷に戻り、また午後のほど良い頃合いに学院に迎えに来てくれる。


「フォルくんも修行が続きますなぁ」

「修行、ですか? 馬車を動かして、外でお昼をいただくだけですけど。たぶん、お買い物はたくさんありそうですが」


 そこが修行なのですよ。ただでさえ目立つ美形女性4人の後ろに男子ひとりが従って、じっと辛抱しながら商業街で買い物ですからな。


「ザカリーさまは、どんなことでも修行なのよねー。男の子には修行が大切、ってのが持論だし。とりあえずさー、フォルくんもそう思っておきなさい」

「あ、はい、ライナ姉さん。では、僕は行きます」



 職員棟内の窓口で学内に入る許可を貰い、ライナさんとカリちゃんのふたりを連れて教授棟へと向かう。

 窓口の職員さんが「ザカリー教授は、許可など願わなくても自由にお入りいただければ」とか言っていたけど、そこはやっぱりきちんとしないとです。


 第2限が始まった時刻なので、学院の構内は静かだ。

 前回来たときは入学式だったし学院内を歩くことは無かったので、この景色や雰囲気は昨年末以来だね。


 時折、掃除をしたりや花壇などの手入れをする職員さんと擦れ違い、ごく普通に挨拶を交わしてくれる。

 こういう気兼ねない空間って、王都の中では俺にとってはここだけだ。


 季節は春が過ぎて、もうそろそろ初夏。比較的雨が少なく、グリフィニアよりは温暖な気候の王都はそぞろ歩くのには心地良く、学院内であちらこちらに寄ってみたい気分になる。

 おやっさんのエンリケ食堂とか、剣術訓練場と魔法訓練場近くのあのカフェレストランとか。


 もちろん総合武術部の部室や学院生食堂なんかも覗いてみたいけど、いまはオイリ学院長のところに行かないとだよね。


 それで教授棟に到着し、1階の受付で学院長との面会のために来たことを告げると、直ぐに学院長室へと案内された。



「ようこそいらっしゃいました、ザカリー長官閣下、いえ、ザカリー教授」

「ここでは、以前通りのザックでいいですよ、学院長」

「さすがにもう、ザックくんとは呼べないわ。貴方あなたは特別栄誉とはいえ教授なのだから、学院ではザカリー教授よ。今日はありがとうございます。エステルさまは?」


「学期中の通常日なので、あまり大勢で行って騒がせてもと、今日は遠慮させていただきました」

「エステルさまらしい気遣いだわ。それでお付きも、カリさんとライナさんだけなのね」

「ええ。あ、そうそう。あらためてのご紹介ですけど、ライナさんとそれからオネルさんは、このたび正式に騎士に叙任されました」

「まあ、おめでとうございます」


「あらためまして。グリフィン子爵家調査外交局独立小隊騎士、ライナ・バラーシュです。今後ともよろしくお願いしますね、学院長」

「騎士団、ではなくて調査外交局独立小隊の所属、ということなのかしら。つまり、ザカリー長官麾下の騎士さまということね」


「さまはいりませんけど、そうですね。尤も、昔から何も変わらないですわ」

「地位は変わっても、そこのご苦労は同じなのねー」

「そういうことですよー」


 とふたりで、いやカリちゃんも加わってふふふとか、あははとか面白そうに笑っている。

 なんですかね。まあいいけど。



「えーとですね。僕たち、3月から4月にかけて、商業国連合まで旅をして来ました」

「え、ほんと? 知らなかったわ……と驚きたいところなのだけど、実はつい先日にそれを知ったのよ。里の妹から手紙が届いて」


 里の妹、つまりイオタ自治領長のオーサさんから手紙が届いたそうなのだ。

 セバリオでそのオーサさんから聞いた話では、直接会うことはおろか手紙のやり取りも滅多にしていなくて、昨年末に久し振りに交わしたそうだ。

 まあそのときは、オーサさんから俺のことを問い合わせた内容らしいけどね。


「僕も向うでオーサさんから、学院長はお姉さんでイラリ先生が叔父さんだと聞いて、凄く吃驚しましたよ。どうして事前に言ってくれなかったんですか」


「それはさ。もう忘れちゃうぐらい長いことイオタから離れていたし、オーサとも会ってなかったし。それに、エルフの家名も捨てていたから……」


 そうなんだよな。あのときは気付かなかったのだけど、あとで良く考えてみたら、オイリ学院長と初めて会ったときに、彼女自身は自分のことをオイリ・マルトラと自己紹介していた。


 それ以降、普段は家名をほとんど耳にしなかったし、オイリ学院長は学院長で、イラリ先生はイラリ先生って誰もがそう呼んでたからね。

 でも本当のエルフの家名はベーベルシュダムというもので、エルフの中でもかなり名門の家柄らしい。


「マルトラというのは、イラリ叔父さんが冒険者時代に名乗っていた仮の家名なの。エルフって家名の無い者は居ないから、無しって訳にはいかなかったそうだし、と言って、ベーベルシュダムみたいな面倒臭そうなものを名乗りたくなかったとかで、簡潔にマルトラってしたそうなのよ。かなり昔らしいけど。それでわたしもそれに便乗して、それ以来、オイリ・マルトラで通して来たのね。だってオイリ・ベーベルシュダムなんて、どこのご大層な誰よ、って感じでしょ?」


 おいおい、事情はなんとなく分かったけどさ。

 でも、妹さんはオーサ・ベーベルシュダムでイオタ自治領の領長なのだから、どこのご大層な誰って彼女に失礼でしょうが。


 しかし、エルフにはみんな家名があってそれを名乗らないといけないのか。

 まああの人たちは揃ってプライドが高いから、そうなのだろうね。

 家名はちゃんとあるけど、一族の職業柄、皆が隠し家名としているファータとは大きな違いだよな。


 でもそうすると、グリフィニアのエルミさん、アウニさん姉妹にも家名があるのでしょうね。

 今度会ったときに聞いたら、本当の家名を教えてくれるのかな。それか、昔の仲間であるブルーノさんは知っているかも知れない。



 それから学院長とは、南方への旅やイオタ自治領側とのショコレトール豆の取引交渉などを話題にした。

 エルフ側がカーファ豆を持ち出したことも話すと、学院長は「ああ、なるほどね」となんとなく然もありなんという反応をする。


「やっぱり、エルフにとってはショコレトール豆って、神聖な物っていう感覚が未だに残っているのよね。わたしはそんな感覚、と言うか、貴方あなたがショコレトールのお菓子を作って、それの材料がわたしの生まれた故郷からもたらされたあの豆って知るまで、豆の存在自体を忘れてたけどね」


 ファータと同じくエルフも精霊族なので、自分たちの祖先とされる精霊への信仰心がかなり強い。

 その祖先精霊である樹木の精霊、つまりドリュア様から下されたと伝えられる物なので、ショコレトール豆を神聖視しているのは分かりますよ。

 俺が知っているドリュア様なら「へぇー、そうなのぉ?」とか、当の本人は不思議そうな表情で言いそうだけど。


「その点でカーファ豆というのは、同じように薬湯の材料だけど、そこまで神聖視されていないと思うし。なので、栽培はされているけど持て余し気味のそれを持ち出して、人族なら分からないだろうって誤摩化そうとしたのよね。わたしはそのカーファ豆の薬湯がどんなものだったか、もう大昔のことだからぜんぜん憶えてないけど」


「今日は用意してませんけど、僕が仕立てたカーファを今度飲んでいただきますよ」

「あー、えーと、まあ機会があったらでいいわ」


 大昔の薬湯の味の記憶はもう無いって学院長は言うけど、あまり良いものでは無かったぐらいは残っているようですな、これは。



 それから話は、本題であるバルトロメオ王太子のことに移った。


「こちらに到着されたのは?」

「正式に留学を開始したのは、今月の8日ね。その前の日に転入手続きを終えて、直ぐに入寮もされたわ」

「10日頃に来られる予定と聞いていたので、多少早かったんですね」

「1日に出発されて、6日には王都に到着されたそうよ」


 先の俺たちの旅では、ミラプエルトから王都圏の隣のヘルクヴィスト子爵領の領都ヘルクハムンまでは3泊4日の船旅で、その翌日に王都という日程だったが、それはカベーロ商会の高速帆船に乗せて貰っていたからだ。

 通常の船だと、もう1日余計に掛かる訳だね。


 セルティア王立学院の講義日程は、去年までの4年間、俺の日常スケジュールだった10日間講義に2日休日のサイクルなので、今月の5月だと6日と7日が休日。

 バルトくんはそれに合わせるようにして6日に王都フォルスに到着し、翌7日にはもう学院に来て編入手続きを行い、入寮までしちゃったらしい。


「なんとも慌ただしかったみたいですね」

「うちとしては、10日間講義サイクルの初日からで、クラスでのご紹介もスムーズに出来たので良かったのよね」

「クラスは?」


「2年A組。あ、別に外国の王太子だからA組ってことじゃないのよ。わたしとしてはどのクラスでもひとり多くなるので、何組でも良かったのだけど。それで事前に何組にしましょうかって問い合わせたら、かつてのザカリー教授と同じA組がいいって要望が来て。貴方あなたって、ミラジェス王国の王家にそんなに影響力があったのねー」

「あやー、影響力なんて少しも無いですけど……」


 ミラプエルトで会った際に印象的だった、バルトくんのキラキラした瞳を俺は思い出す。

 きっと「何組にされますかと問合せが来ておりますが」と問われて、「ザカリー閣下と同じA組がいいですっ」とか言ったのを、そのまま向うの役人とかがこちらに伝えたんだろうなぁ。何だか頭髪をぼりぼり掻きたくなる話だ。


 ちなみに入寮した寮は俺が入っていた第7男子寮だそうで、これも言わずもがなであります。

 管理人のブランカさん、ご苦労かもですけどお願いしますねと、先に心の中でお願いをしておきましょう。



「あら、そろそろ第2限が終わる頃合いね」

「ですね」

「バルトロメオ殿下は、職員が迎えに行くようにしてあるわ」


 それで雑談をしながら暫く待っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

「殿下ね。どうぞお入りくださいな」と学院長が応答するとゆっくりドアが開き、バルトくんが顔を覗かせて俺と視線が合うと、少し緊張したような表情が直ぐに緩むのが見える。


「さあ入ってくださいな、殿下」

「はい学院長、失礼します。ザック様、あ、ザカリー教授。僕、留学して来ましたよ」


 学院長室に足を踏み入れたバルトくんは、そう明るく大きな声を出した。

 うん、ちょっと心配してたけど、元気そうだ。なんだか、青春真っただ中の若者っていいよね。


「(ザカリーさまも若者でしょうが)」

「(せいぜい、お兄ちゃんですよね)」


 あー、念話で心の声が漏れてましたかね。俺は慌てて立ち上がり、近づいて来るバルトくんを迎えるのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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