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第83話 王都屋敷へ戻る

 ミルカさんがファータの北の里から帰着した3日後、俺たちは王都へと戻ることにした。

 今回帰郷したのが先月の23日なので、グリフィニアには足掛け15日という短い滞在となった。


 リガニア紛争の探索に向かったティモさんたちの部隊からの報告を待つのであれば、実は距離的に王都の方が若干近い。

 国境である北方山脈の王国側、エイデン伯爵領を基点とすると、うちの領との間にはアラストル大森林をぐるりと廻り込んで、デルクセン子爵領とブライアント男爵領のふたつの領主貴族領がある。


 だけど、王都のある王都圏との間には、男爵領がひとつあるだけだからね。

 距離的には、グリフィニアから北方山脈の国境までが400キロメートル弱で、俺の前々世で言えば東京から京都までの直線距離。

 それが王都からだと300キロメートル強ぐらいかな。


 リガニア紛争探索派遣部隊からの報告が直ぐに来るとは思わないけど、ティモさんならグリフィニアへと同時に、俺が王都に居ることを想定してそちらにも届けるのではないかということもある。



 それから、今回の王都行きでソフィちゃんを伴うかどうかについては、結局は暫く保留するということにした。


 これにはいくつか理由があるのだけど、ひとつにはそれほど急ぐ必要が無いということ。

 彼女の元の実家であるグスマン伯爵家から捜索の手が伸びるリスクは減ったものの、まだまだひとりで王都の中を自由に動き回る訳にはいかない。


 その点、グリフィニアでは比較的自由に動けるし、彼女には今年からのグリフィニア生活をもう少し楽しんで貰いたかったからだ。

 うちの父さんと母さんが自分の娘として、これまでにソフィちゃんが得られなかった両親からの愛情を取り返せるようにかなり多めに注いでいるし、特に父さんはまだ暫くは手元に置いておきたいらしい。


 そのほかの理由としては、一緒にファータからグリフィニアに来たマウノくん、ラウリくん、レーニちゃんの3人の新人探索者との実地訓練もしたいという希望が、彼女からあったからだ。


 訓練に関してだと、剣術は師匠のドミニクさんや騎士団員たちが居るし、魔法は天才元魔法少女のうちの母さんが居る。

 それでファータの探索技術については、里で1年間特訓をしたとは言えまだまだ身に付けたいということで、可能な範囲で新人たちと一緒に訓練を積み重ねたいというのが、ソフィちゃん自身の意志だった。


 あとは、カリちゃんに指導して貰ってライナさんと取組んでいる姿隠しの魔法が、まだまだ修得にかなり苦労しているということもある。

 まあこの魔法は、いざというときの対策みたいなものだけど、実用化する道程はなかなか遠そうだ。


「アビー姉さまがいらっしゃいますし、エステル姉さまとザック兄さまも頻繁にグリフィニアに戻って来られますから、ぜんぜん寂しく無いですよ。それに、グリフィニアは本当に良い街ですし、領都の皆さんも温かいですしね。ですからわたしは、ザック長官の第二秘書として、グリフィニアの守りや拡張事業の成功にも微力ながら貢献したい所存であります」


「ふふふ。生意気で変わり者の弟よりも素直な、良い妹を持ってわたしは幸せだわ。ソフィちゃんのことは、このアビーお姉さんが守るからね」

「ありがとうございます、アビー姉さま」


 いささか過保護気味な両親に加えて、まあこの姉ちゃん騎士も居るので、もう暫くはお任せしますよ。




 家令で外交部長のウォルターさん、調査探索部長のミルカさんと打合せを行った翌日、俺たちは王都へと向かった。


 ふたりとの打合せは主に、今回の探索作戦における情報共有について。

 三貴族家合同の作戦になっているが、指揮官はいちおう俺で司令部はグリフィニアの調査外交局本部なので、王都屋敷かこの本部が情報の基点になる。


 なのでこれまで以上に、グリフィニアと王都屋敷との連絡を迅速かつ密にする必要があるということだ。

 電話やネットといった通信手段が無い時代でのその重要性は、戦乱と策謀が渦巻いていた前世の世界で俺も痛感させられていたからね。


 前世で俺が重視していたのは忍びによる連絡網だが、今世のこの世界ではもちろんファータのそれだ。


「緊急時には、王都屋敷にティモが居ないのでリーアに動いて貰うことになりますが、彼女はなるべくエステル様の身近に置いておきたいこともありますから、王都の連絡宿を活用してください。いえ、ザカリー様の至急連絡と言えば、あらゆることに優先されます」


 ミルカさんの言う王都の連絡宿とは、これまでも折々に活用させて貰っていたファータの探索者が共有して利用する連絡拠点のことだ。

 俺はまだ訪れたことは無いけど、見かけ上は食堂付きの宿屋として営業していて、各所から仕事を受けている探索者の宿泊や情報交換の場となっている。


 この連絡宿とのやりとりはこれまでティモさんの担当だったけど、リーアさんにお願いすることになるよね。

 それで、ここを通じてファータ便とも言える連絡要員による通信手段を使えるのだけど、ミルカさんは俺が至急連絡として要請すれば、あらゆるものに優先されると言っている訳だ。まあ俺がファータの統領なので、そうなのでしょうが。


 あと、王都屋敷からリーアさんがグリフィニアに走れば連絡手段としては早いのだが、彼女は現在ではエステルちゃんの側付きみたいな立場なので、なるべくは連絡宿を使えとミルカさんは言っている。はい、そうします。


 でも超至急連絡だと、クロウちゃんに飛んで貰えば良いのだけどね。アビー姉ちゃんやソフィちゃんなら、クロウちゃんの話すことがだいたいは理解出来るし。



「王宮関係はどうします? ウォルターさん」

「これまで通り、ザカリー様のご判断で結構でしょう。ですが、宰相府はやはり気になりますね」

「あそこは王国の内政面担当ということだけど」

「そうなのでしょうが。北辺の領主貴族家に対するのが、王宮としては外交なのか内政なのか、曖昧と言えば曖昧なのですよ」


 本来なら王国内のことになるので、内政と言えば内政なんだろうね。

 だが、セルティア王国はまだ絶対王政ではないので王宮の権力は弱く、中央部はともかく北辺や南方の領主貴族は独立性の強い封建制なので、実情は言ってみれば国内外交という感じにもなっている。


 だけど、王国の中央集権を強めるのを目的に、宰相府が内政の一環として対領主貴族に出しゃばって来るのをウォルターさんは懸念している訳だ。


「まあ、気を付けて置くよ。監視も続けるし」

「そうしてください」


 ◇◇◇◇◇◇


 俺たちが王都に向けて出発したのは5月の10日。

 今回の王都行きも、来月末には夏至祭があってまたグリフィニアに戻らないといけないので、1ヶ月強の短い滞在期間になる。


「ティモさんたち、上手く行ってるかしら」

「大丈夫ですよ、エステル嬢さま。あの部隊は、ティモさん以下、若手とは言っても経験は充分な人たちですから」


「もう、タリニアとやらの街に入って活動を始めてますよね」

「そうですね、カリさん。おそらく里を立ったのが先の3日辺りで、それから2日か3日ほど走ればタリニアですから、街に入って作戦を整えて、いまは各所に探索に散らばっている頃でしょうか」


 馬車の中では、やはりリガニア紛争探索派遣部隊の話題だ。


 リーアさんの説明によれば、ファータの北の里から300キロメートルほど北北東方向にあるリガニア都市同盟の中心都市タリニアに、2、3日ぐらいで到着。

 タリニアの街にスムーズに入ることが出来て探索の拠点を作れれば、そこからチームをいくつかに分けて、各所に探索に向かった頃合いだということだね。


 探索の方面としては、防衛の最前線都市となっているタリニア内はもちろん、その後背に在るシャウロといった近隣都市。

 そして、実際の戦闘が行われている場所や、可能ならばボドツ公国軍の前線基地なども探索したいというのが、ティモ部隊長以下の探索部隊の初動の目論見だ。


 ただし、いきなり大きなリスクが生じるような無理な行動は控えること。

 これがミルカさんたちファータ首脳陣の考えで、俺もエステルちゃんもそれに同意して部隊に指示をした。


 まだ初期的な探索活動だし、まあこの辺の現場での塩梅は、現役探索者でリーアさんも言うように若手だけど経験豊富なティモさんたちには分かっているだろう。

 あとは、里から合流した4名の爺様婆様を、ティモ部隊長が上手くコントロール出来るかどうかですな。


 探索者を引退した里の爺様婆様というと、何かといえば騒がしくて、かつアルポさんとエルノさんを筆頭とする過激な年寄りの姿をどうも思い浮かべてしまう。

 でも狩りとかに一緒に行くと、さすがと思わせる動きをするのですけどね。




 その日の夕刻にはブライアント男爵家に着いた。

 ジルベール男爵お爺ちゃんからは過分に労われたが、そもそも今回の作戦はお爺ちゃんの素早い決断とユリアナさんの迅速な行動に依るところが大きいので、逆に俺の方から感謝の言葉を伝えた。


「何を言うとる。わしは北辺の領主貴族の一員として、するべきことをしたまでじゃよ。まあ、ユリアナには良く動いて貰ったがの。それよりも我が孫が、ごく小さなものとはいえ、三貴族連合部隊を指揮官として送り出したのじゃ。今後の情勢がどうなるかはわからんが、おそらくは指揮官の判断が重要となる。それへの、わしからのあらかじめの労いじゃ」


 今後の俺の働きに対する労いの前渡しとは、お爺ちゃんらしい。

 でも、そんな前渡しされたのだから、お爺ちゃんの期待に応えるべくあらためて気を引き締める。


 その男爵お爺ちゃんとユリアナさんとも、部隊からもたらされる報告などの情報共有について簡単に打合せを行い、翌朝には出発。途中1泊を挟んで俺たちは王都屋敷へと戻った。




 王都の玄関口であるフォルス大門を潜る前にクロウちゃんが屋敷に飛んで行ったので、屋敷では留守組の全員が揃って出迎えてくれた。


 南方行きの旅から帰って来たときも思ったけど、こうして王都屋敷チームをふたつに分けて片方が旅に出て、帰り着いたときに出迎えられると、これまで以上に戻って来たという感慨が一層深くなる。


 気が付いたら幼さがだいぶ抜けて、ずいぶんと歳頃の少女らしくなって来たシモーネちゃんが礼儀正しく一礼して、それでもエステルちゃんに抱き着いてからその手を離さずに屋敷に入って行くのと、エディットちゃんがそれを羨ましそうにしながら後を追う、そんな姿を見ると、自分の家に帰ったんだなという想いがあらためて増します。


「ほら、ぼーっと玄関前に立ってないで、早くお屋敷に入ってくださいよ、ザックさま」

「あ、はいです、カリちゃん」

「馬車と馬を仕舞ったら、全員集合させますから、ザカリーさまは着替えなどしてから、ラウンジで大人しく落ち着いて居るのですぞ」

「あ、はいです、ジェルさん」

「われらも、事の進捗を早く聞きたいからの」

「門は閉めましたからな」

「あ、はいです、アルポさん、エルノさん」


「なんですか? ザックさまも、シモーネちゃんに手を繋いで欲しかったんですか? わたしが繋ぎましょうか?」

「あ、取りあえずダイジョウブであります、カリちゃん」



 ジェル隊長の指示通り、暫くしてするべきことを済ませた屋敷の全員がラウンジへと集合した。

 シルフェ様たち人外組もちゃんと揃っていて、今回はファータの里にも大きく関わりのあることなので、座る距離を置かずに皆の中に混じっている。


「全員が揃いましたな」とミーティング進行役のジェルさんが全員を見渡して、そこでひと呼吸置いた。


「こうして、グリフィニアから無事に戻って来た訳だが、皆も気付いているように、ここにいま、ティモさんが居ない」


 当然に留守組の全員がそのことは分かっていたと思うけど、ブルーノさんをはじめとしてまだ誰もその理由を聞いては来なかった。

 先月にグリフィニアへ出発する前のミーティングで、ティモさんにはファータの里へ走って貰うという話も出ていたので、そういうことかと思っていたのかも知れない。


「先にわたしから皆に伝えるのだが、このたび、リガニア紛争の最前線の状況を確かめるために、キースリング辺境伯家、ブライアント男爵家、我らグリフィン子爵領家の北辺三貴族家が合同し、各家からのファータ要員計6名でリガニア紛争探索派遣部隊を急遽編成した。そして既にファータの里を経由して、リガニア紛争の最前線である同盟都市タリニアに到着し、探索活動を始めている頃だ。それでティモさんは、この探索部隊の指揮を任されたザカリーさまの代行として部隊長に任命され、現地での指揮を任されることとなった。事の詳細については、このあとザカリーさまからご報告いただく」


「おお、そうなったか」

「これは、ティモには大きなお役目ぞ」


 冒頭でジェルさんが簡潔に説明をしてくれた。

 それを聞いて、アルポさんとエルノさんが思わずといった感じで大きな声を挙げる。

 一方でブルーノさんとユルヨ爺は、黙って深く頷いた。



「ティモさんが部隊長で、うちの一族6人で、前線に探索に向かったのね。ティモさんには、わたしの加護を渡していたわよね。あとの人たちにも、何か加護をあげた方が良いかしら。でも、うちの子たちなら、仮に戦闘に巻き込まれても、きっと大丈夫よね。ねえ、あなた、どうかしら? わたしが見に行った方がいい? シフォニナさんはどう思う?」


「落ち着け、シルフェ」

「大丈夫ですよ、おひいさま。まずはザックさまから詳しく伺って」

「だって、人間のいくさの最前線にうちの子を送り出すなんて、ずいぶんと久し振りのことなのよ」


 シルフェ様がなんだか、グリフィニアのアン母さんと同じような反応をした。

 そうだよな。シルフェ様はファータの一族全員のお母さんみたいな存在で、まさに今回の派遣部隊は全員がうちの子だ。


「ザックさま」

「そうだね」


 エステルちゃんに促され、俺はジェルさんの説明を引き継いで詳細を皆に伝えることにしたのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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