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第82話 ミルカさんの報告

 姿隠しの魔法というのは、光学迷彩の効果を使って視覚で捉える光の進路を変え、あたかも魔法の遣い手を光が透過したようにして見えなくさせるものだ。


 俺とエステルちゃんがかつてアルさんから教えて貰ったのは、自分の全身を電磁メタマテリアルならぬその魔法で包み込んで、周囲の人が目でその姿を捕捉出来なくするというもので、あのときもアル師匠は「ということじゃから、ほれ、やってみなされ」と直ぐに実践に移らされた。

 だいたい、ドラゴンに詳しい説明を求めるのには無理があります。


 いまのカリちゃんの、「真っ直ぐに進む視線を曲げて避けさせる」という説明の方が、正確では無いにせよまだ親切だ。

 でも、視線を曲げて避けさせるために、どんなイメージの魔法を組立てて身体を包むのか。そこがおそらく理解出来ないよね。


 俺もそれをどのように説明すれば良いのか、本当のところは良く分からない。


「あー、それはですね……。そうだ、ライナさんもソフィちゃんも、昨年の夏までの合宿で、ナイア湖に乗って行った馬車なんかを、僕が結界で包んで隠したのを見ましたよね」


「あ、わたしたちが森の中に入って誰も居なくなっちゃうので、ザック兄さまがやってた、あれですね」

「ははん、なんとなくそこに何も無いようにする、透明の防御魔法みたいなのよねー」


「そうそう。あれは姿隠しの魔法と違って範囲が広いから、完璧に見えなくするほどのものじゃないのだけど、基本は同じなのですよ」


 実際にあのときやっていたのは、この世界の魔法では無くて前世の呪法だ。

 呪法は、言霊ことだまである呪文により起こしたい現象を定義して発動させる。

 俺の場合、今世でも防御系の現象を具現化して維持する際には、呪法を使用している。


 この呪法における定義、発動・具現化から維持というプロセスは、この場合に重要な要点なのだが、それについてはあとにしましょう。



「ということはさー、全身を防御するという感じで身体の隅々まで魔法で包んで、それにカリちゃんが言っていた視線が避けて行くってイメージを込めれば良いのかしら」

「視線が避けて行く、でも良いのだけど、光が避けて行くの方が更に良いかな」

「光? ですか」

「光が避けるって、余計にわからないわ」


「あー、それはですね。何かに視線を向けると、その何かに当たった光が真っ直ぐ目に入って来るので、その真っ直ぐに来る光が姿隠しの魔法で包まれた人を避けて進んで来ると言いますか」

「ほほう、そういうことですかぁ、ザックさま」


「カリちゃんはわかったみたいだけど、わたしはぜんぜん。ソフィちゃんは?」

「良くわからないです。お陽さまの光が、あちこちぜんぶに当たっているのはわかりますけど……」


 やっぱりこの世界のいまの時代だと、分かりにくいよな。

 光は直進する。何かに当たると反射する。といったことは普通に理解されていても、それ以上となると難しい。


 前世の世界でも、紀元前から光とは何かを知ろうと研究されていたけど、本格的に理解され始めたのは17世紀のニュートン以降ですか。

 カァカァ。ああ、クロウちゃんは飛行訓練から帰って来たのね。上空から様子を見て、俺の耳を通じてやり取りを聞いていたらしい。


「ともかくさー、ザカリーさまがやっていた防御魔法みたいなので、自分の全身を包むところからよね」

「ですね。でも、凄く難しそうです。それって、属性は何なのですか?」

「属性か……。四元素とかでは無くて、言ってみれば無属性かな。でも透明の膜みたいなので包むので、まずは風属性を想像すると良いかな」


 ここは、そんなエステルちゃん流のアプローチが分かりやすいかもだ。

 ライナさんもソフィちゃんもシルフェ様の加護をいただいているので、風属性はしっかり身に付いている。



 姿隠しの魔法というのは、この世界の人間にはなかなか難しい魔法なのは確かだし、それが発動させられるものなのかどうかも分からない。

 だが、その魔法イメージの形成の難しさや発動の困難さはもちろんのこと、人間にとって更に難しいのは、その魔法を維持し続けることなんだよね。


 普通に行われる攻撃魔法だと、キ素を体内に取り込み循環させてキ素力に変換、それを自分の有する属性に従いその助けを得て魔法をイメージし、あるいは詠唱で補助しながらキ素力を放出させ、魔法として発動・具現化させる。

 つまり、ドンと発動して撃てばそれで終了だ。


 しかしこの姿隠しの魔法の場合、発動させてからその状態を一定時間維持しないと、瞬間的には姿が見えなくなったのに直ぐにまた現れるということになってしまう。

 この一定時間の魔法の維持というのが、実は人間とってなかなか大変なことなのですな。


 と言うのは、魔法の発動原理に従うのなら魔法の具現化状態を維持するためには、そのある一定時間の間、キ素の循環、キ素力への変換、魔法のかたちや状態とそれを維持するイメージを発動以降に固定、つまり具現化を継続するという作業を続けなければいけないからだ。


 普段、魔法と言えばドンと撃って1回終了に慣れている人間にとっては、この継続作業をしながら精神や肉体の行動も同時並行的にするのってなかなか大変なことだし、それが出来るようにするには相当の鍛錬が必要だよね。いや、鍛錬だけで為せるものなのかどうかも分からない。


 重力魔法で長時間の飛行を続けたり、人化の魔法でほぼ永続的に姿を変えた状態で居続けるエンシェントドラゴンならば可能なのだろうけどね。


 エステルちゃんはどうしているのかと言えば、彼女が精霊化の進んでいるというのもあって人間の事例として適切なのかはあるけど、それでもせいぜい数分程度で、数十分以上に渡って姿隠しの魔法を維持し続けた経験は無いそうだ。


 それでは俺の場合はどうなのか。

 俺は前世で呪法を身に付けていたこともあり、それを用いた研究と訓練によって思考や意識内で魔法の定義化を行い、一定程度は魔法を並列的に維持し続けることをなんとか可能にしている。


 でもカリちゃんたちの人化魔法みたいに、自分の身体をずっと異なる形や状態にして日々生活するのはたぶん無理でしょうね。


 ともかくもライナさんとソフィちゃんは、カリちゃんと俺からのなんとなくの説明を基に、まずは自分の身体を覆う透明の防御魔法みたいなものの実現に取組み始めた。

 まあ、透明人間、ではなくスティルス人間になるために、気長にやってください。


 ◇◇◇◇◇◇


 そんな剣術と魔法の集中訓練を続けた5月の初頭、今日は7日というその日の午後にミルカさんがグリフィニアに戻って来た。


 探索部隊が出発してから8日目で、俺たちが想定した日数通りだね。

 なお一緒にファータの北の里へ行ったエルメルさんは辺境伯家へ、ユリアナさんはブライアント男爵家へとそれぞれ報告に直行したそうだ。


 調査外交局本部に姿を見せた彼をまずは労い、父さんたちと共にこの間の経過を聞くために屋敷の子爵執務室へと場所を移した。



「まずはご苦労だった、ミルカ部長」

「お疲れさまでした。それで、ティモさんたちを無事に送り出したのよね?」

「はい、ありがとうございます子爵様。ティモたちリガニア紛争探索派遣部隊が出発するのを見届けて、私も里を出ました」


 子爵執務室には、父さんと母さんにクレイグ騎士団長とネイサン副騎士団長、ウォルターさん、エステルちゃんとアビー姉ちゃん騎士に、独立小隊隊長としてジェルさんも来ている。あとはもちろん、カリちゃんとクロウちゃんね。


「おい母さん、まずは順を追ってミルカの報告を聞かないと」

「だってあなた。エリお母さまの時代ならともかく、うちの家の人たちを戦地に送り出すのなんて、わたし、初めての経験なんですから」


「それは、俺だって初めてなのだぞ」

「だったら、いちばんにティモさんたちのことを聞くのは当然でしょ」

「しかしだな」


 母さんが口にしたエリお母様の時代というのは、カートお爺ちゃんやうちの領の騎士や戦士、兵士が戦場に赴いていた15年戦争の時代のことだ。

 15年間にも渡る戦時期間中では、戦い自体に幾度も波もあったのだろうけど、その都度エリお婆ちゃんは、カートお爺ちゃん以下の多くの人たちを送り出したのだろうな。


 でも母さんもそれから父さんも、ティモさんたちは今回、戦場に戦いに行ったのでは無いんですからね。

 まあまあ、そこで言い合いとかしないでさ。



「まずですけど、エイデン伯爵家の反応はいかがでした?」

「はい、長官。あちらの領都で常駐している里の者と繋ぎを取りまして、コルネリオ・アマディ準男爵の所在を確認しましたところ、運良く領都に居られましたので、急遽面会を願い、会うことが出来ました」

「それは良かったです」


 ルアちゃんのお父上でエイデン伯爵家の調査外交担当責任者の職に就いたコルネリオさんは、ケルボの町の代官を兼任しているので、ケルボと領都とを行ったり来たりしているみたいだね。


「それで、エルメル兄、ユリアナ義姉にティモも加えて、4人で会いました」


 コルネリオさんは話を聞くと、然もありなんという反応だったそうだ。


「エイデン伯爵家が掴んでいる情報によると、中心都市タリニアに対するボドツ公国の攻勢が今年に入ってから、かなり強まっているそうです。伯爵家は複数の交易商人がもたらす情報で確認しており、おそらくは同じくそれら商人によって、王宮の国王陛下までその情報が伝わったのではないかと」


 やはりそうなんだね。


「この情勢を伯爵家としても憂慮しており、国王陛下がザカリー長官とお話をされ、情報の提供を願ったのは、同様の考えなのでしょうと。また、北辺三家による即応は、準男爵個人としては全面的に賛成であり、直ぐにシーグルド・エイデン伯爵以下と協議を行うが、たぶん伯爵閣下も賛意を示すだろうとのお考えで、エイデン伯爵家としても協力体制を取りたいとの言葉を貰いました」


 ただし、今回の北辺三領主貴族家合同によるリガニア紛争探索派遣部隊へ、現時点でエイデン伯爵家が要員を出すのは難しいだろうとのことだ。

 今年からようやくファータの探索者を派遣して貰ったばかりであり、またその人数もまだ少ない。


 現在は調査探索の部局体制を整えつつ、北方山脈を越えて入って来る傭兵崩れの破落戸ならずものや山賊などを排除するために、まずは領内の探索にファータ要員を動かしているところなのだとか。


 エイデン伯爵領は北方山脈を挟んでリガニア地方と境を接しているので、強盗化した悪質な傭兵崩れや従来から北方山脈内に跋扈して交易商人を襲う山賊なんかが、領内に侵入して来るらしいんだよね。


 長年に渡ってこういうやからの取締りに苦労して来たエイデン伯爵家だが、リガニア紛争が続いている影響から、特に近年はそれによる被害が大きくなっているらしい。

 なので伯爵家としては、まずは領内の治安維持が最優先課題となっている。



「具体的な協力体制とエイデン伯爵家としての行動については、伯爵家内での協議を行って三貴族家に連絡を入れるということで、私たちは急ぎ里へと向かいました」


「わかりました」

「うむ。まずは了解した。やはり、タリニアへの攻勢が強くなっているということだな」

「はい、子爵様。それで私たちは里へと急いだのですが、里でも同じく直近の情勢を把握しておりました」


 ファータの北の里は、リガニア地方の最南部にある同盟都市ヴィリムルと交易関係を持っている。

 この交易は里の爺様と婆様が行っているのだが、そこは引退しているとはいえ元は探索者。その都度、リガニア紛争や各同盟都市の状況を探っている。


 そしてヴィリムルをはじめとした各都市は、それぞれに防衛体制を固めているそうだが、同時にボドツ公国側がこれを機に一気に片を付けるつもりではないかと、かなり怖れているらしい。


 エーリッキ爺ちゃんや里の長老衆の見立てとしても、各同盟都市の疲弊度合いと併せて、そういった事態が起こり得る段階に入ったという結論になっているそうだ。


里長さとおさや長老衆としては、今年に入ってからのタリニア攻勢を知り、里からも独自に探索を出すべきではないかということとなり、既に人選も済ませて、あとは統、あ、いえ、ザカリー長官にご連絡を入れようとしていたという段階でした」


「うちのザックに連絡、か?」

「あ、その、子爵様。ザカリー様は、里長さとおさにとっては孫娘婿様ということで、その、うちの里長さとおさはザカリー様が大好きですし、それから、その……」

「まあ、そこはいいじゃないですか。ともかくも、里としても探索に出ようとしていたということですね」


「こほん。はい、長官。それで、ちょうどそのタイミングで私たちが到着した訳です。それで直ぐに里長さとおさは長老衆を招集。私たちのリガニア紛争探索派遣部隊に、選ばれていた里の年寄りが合流して、探索に向かうことが決められ、その夜はその、里を挙げての宴会で、翌早朝、ティモたち部隊が出発し、私たちはそれを見届けて、こうして急ぎ戻って来ました」


「わかりました。ご苦労さまでした。ちなみに、里から部隊に合流したのは何人?」

「あ、はい。爺様婆様で4名です。人選にはかなり手間取ったとかで、どうも里の年寄り全員が手を挙げたらしくて……」


 でしょうね。でも、これを聞いたら、アルポさんとエルノさんが悔しがるだろうな。

「ティモ部隊長をサポートする必要があるによって、我らも前線に出る」とか言いそうだよな。

 王都に戻るまで、このことは知らせずにおきましょう。



 ともかくも、北辺三領主貴族家から6名にファータの北の里から4名が加わり、リガニア紛争探索派遣部隊は10名となって探索活動へと無事に出発した。


 探索期間はまずは1ヶ月間を予定していて、状況によっては延長する。

 この間、里の年寄りたちが探索部隊への後方支援と繋ぎを担ってくれて、適宜情報をこちらに伝えてくれることになった。


 ミルカさんの報告を終えて、こちらとしてはまずはティモさんたちからの第一報を待つだけなので、この場は散会となった。

 それで俺は、いまの報告を調査外交局で局員たちと共有するために、ミルカさんとエステルちゃん、カリちゃん、ジェル隊長、クロウちゃんと本部へ戻る。


「あの、先ほどは口に出さなかったのですが、里長さとおさが」

「エーリッキ爺ちゃん、何か言ってた?」

「統領はお出ましにならんのか、とですね」

「まあ、お爺ちゃんたら」


「ですので、この段階ではまだまだと、そう答えておいたのですけど……。そうしたら、ならば戦況がもし進んだのなら、そのときは来ていただくぞ、とか言いまして」

「ははあ」


 それを聞いてエステルちゃんやジェルさんは何も言わなかったけど、やれやれという表情だ。

 でも、戦況が進んだらというのは微妙で曖昧な表現でありますな。

 それがどの程度の状況なのか。どの段階でエーリッキ爺ちゃんから要請が来るのか。

 でもやっぱりこれは、遅かれ早かれいちど現地に行かないとですかね。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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