第79話 ギルドの新しい施設を見学します
「ザカリー様よ、早速来てくれたんだな。これはエステル様も。みなさん歓迎しますぜ。で、おまえら、大勢でぞろぞろ付いて来て、なに考えてるんだ。これから大森林に入るのか?」
俺たちがザカリー門の内側に新設されたギルド出張所に到着すると、こちらでも30人ばかりの集団がやって来たということで、建物の中からギルド職員が飛び出て来て、その後ろからギルド長のジェラードさんとナンバー2のエルミさんがゆっくり出て来た。
そのふたりは直ぐに状況を察したのか、やれやれという表情だ。
「いえ、今日はその、仕事は終いで」
「これから大森林に、って訳ではありやせんで」
「あんたたち、今日の仕事は終いって、そもそも今日は何もしてないじゃない」
「おい、それをバラさんでもいいだろうが」
「こいつら、若旦那さまと姐さまを案内するとかなんとか言って、ただ金魚の糞みたいに付いて来ただけなんですよ。あ、いえ、あたしらもですけどね」
「おおかた、そんなことだろうと思ったがな」
「はいはい、大森林に入るパーティは手続きをしなさい。そうじゃない金魚の糞は、さっさっと解散」
エルミさんのちょっと冷たい声を聞いて、俺たちに付いて来た冒険者たちは、顔を見合わせたりあちこちに顔を向けて恍けたり。
要するにこれから大森林に入って仕事をしようとする者は誰も居ませんでした。
「みなさん、ここまで案内していただいて、ありがとうございますね。もうご案内は大丈夫ですから、解散してくださいな。ご苦労さまでした」
「へいっ、エステルの姐さん」
「あとはギルド長に任せて、姐さんのご指示だから、みんな解散よ」
エステルちゃんがそう言うと、動き出そうとしなかった冒険者連中は揃って腰を折り頭を下げて、ようやく解散となった。
さすが、姐さんの威光は、俺が初めて冒険者ギルドを訪問した5歳のとき以来、少しも衰えることはありません。
なにせ、“首ちょんぱの姐さん”という異名も、陰では流布していたらしいですからね。でもそれを口にすると、俺の首がちょんぱされそうなのであります。
「まったく、なんなんだあいつら」
「ありがとうございます、エステルさま。ザカリーさま、みなさま、良くいらしてくださいました」
ほとんどのヒマな冒険者たちがまだそこらをうろうろしているけど、ここも本部と同じくギルド施設なので、ギルド長が彼らにここから出て行けとは言えない。
「まあいいか。で、今日は視察ですかい?」
「新しい施設の見学をさせて貰おうと思いましてね。いいですか?」
「いいも悪いもありませんぜ。ザカリー様のお陰で作らせて貰った場所だ。自由に見て行ってくださいや」
「と言ってもこちらはまだ仮施設で、手狭なのですけど」
エルミさんの言うように、俺たちの目の前にある出張所の建物は急ぎ建てた仮施設だそうで、木造の少し大きな作業小屋という感じだ。
建物の前面には3つほどの窓が受付窓口のようになっていて、そこから雨や陽射しを凌げるように庇が長く伸びているだけで壁などは無い。
小屋の中はギルド職員が常駐するオフィスだね。
「あそこが大森林に入る際の登録確認と出る際の届出窓口で、解体受付や素材買い取りも行います」
確か先日聞いた話では、何か依頼事項を受けて大森林に入る場合は、ギルド本部でその手続きを行い、ここでは大森林に入る者のパーティ名や人数、各人の名前なんかを登録するのだったよな。
もちろん依頼を受けていなくても、大森林に入る資格を持った冒険者は届出さえすれば、登録することが出来る。
さっきエルミさんが、そんな者はたぶん居ないだろうと分かっていながら、いまから大森林に入る者は手続きをしなさいと言ったのは、その言わば入大森林登録のことだ。
あと大森林から出て来た際には、依頼を受けている場合はその達成確認、入手して来た素材の買い取りや、現地で獲物を解体出来なかった場合の解体依頼もこの窓口で行われる。
ちなみに、冒険者が受けるアラストル大森林での依頼事項は、練金素材の採取や特定の獣類や鳥類の狩り。また、大森林内に点在している鉱物資源の発見と採掘、ただしこれは探索エリアが限られているので新規の発見は難しいそうだ。
あとは良質な木材の伐り出しや、大森林内で湧く水の運び出しなどもある。
木材は、現在ではグリフィニアの冬至祭のシンボルとなった冬至ツリーに使われているアラストルトウヒが高級木材として代表的で、建築資材や家具素材、あるいは武器武具の一部素材とか楽器の素材にも使用される。
また湧水はかなり良質なミネラルウォーターで、アルさんの洞穴の甘露のチカラ水ほどではないにせよ、おそらくは大森林内の豊富なキ素を含有している。
だけど冒険者が手作業で汲んで運び出せる量に限度があるから、高級レストランなんかで使われるんだよね。
木材や湧水の大量伐採、大量採取と運び出しは、危険を伴うのと同時に大森林とその資源を守るために、子爵家とギルドで厳格に規制されている。
湧水なんかは、大森林の奥に入った水の精霊が暮らす湧水池地帯に行けば、更に良質な水が豊富にあるのだけど、それはナイショの話だ。
あと、この出張所窓口では金銭のやり取りは無く、依頼達成や採取物の査定による買い取り明細と出金伝票が冒険者に渡され、彼らはそれを持ってギルド本部の方に行き金銭を受け取るシステムになっている。
「この出張所の本施設は直ぐに建てる予定なのですけど。どのぐらいの規模にするかがまだ決まりませんで」
「要するになんだ、本部の方みたいに奴らの溜まり場を作るかどうかとか、大森林に入る前に腹ごしらえが出来たり、ひと仕事を終えて出て来た連中が一杯ぐらいは飲んだりする店なんかを、中に作ったらどうかって意見もあってよ」
本部の方みたいな溜まり場ね。この大森林への出入り口でそんな溜まり場が必要かどうかはなんとも言えないけど、危険な仕事に出る前と帰って来たときに飲食の出来る場所が付帯していれば、冒険者たちの厚生施設としては良いかもだね。
本部の方では基本、自分たちで持込んだ最少限の飲食のみが許されていて、ギルドとして飲食店の機能は持っていない。
それは大昔に、冒険者でありながら商売としてあそこで安酒を大量に売る輩が出たことがあり、それで悪酔いした連中の喧嘩や暴力沙汰が頻発したのも影響しているらしい。
「そんな案はクリストフェルたちから出たのだがよ。ニックたちも賛成してな。ライナちゃんとかはどう思う?」
今回の新規施設やその運用には、グリフィニアのトップ冒険者パーティであるブルーストームのクリストフェルさんやアウニさんたちにも相談していると聞いた。
それに次ぐパーティに成長したニックさんらサンダーソードの面々も、同じく意見を言っているんだね。
「そうねー。確かにここで、大森林に入る前に腹ごしらえが出来るのは良いわよねー。食事の管理なんかがまだ覚束ない連中の安全にも役立つし。それで、仕事を終えた後の一杯か。個人的にはそれもありかなってと思うけどー。出すお酒の量を制限するのなら、良いんじゃない。それで揉めごとや騒ぎなんかをするのが出たら、大森林に入るのを何日か停止処分にするとか、かなー」
「クリストフェルたちも、そんな意見でしたね」
「却って、こっそり大森林にお酒を持込んで、中で酔っぱらって事を起こすよりも、ここから先は持込み禁止で、仕事終わりにギルドから少量を売って飲ませてあげた方が良いかもねー」
かつては冒険者で現在は騎士という立場になったライナさんは、意見を求められて凄くマトモなことを言った。なお、ライナさんも良く飲みます。
これまで、大森林の中で宴会を開いたなどの冒険者は居ないらしいけど、この新しい出張所で仕事終わりにひと息つける場所があるとなると、帰りに飲もうとお酒を荷物に仕込んで入る者が出ないとも限らない。
それで我慢出来なくて、大森林の中で飲んじゃうとかはダメだよな。
そのあと、これも新設された解体場を見学させて貰った。
ここの構造としては、兎や鳥サイズの小型の獲物から最も多いボアやファングボア、そしてアラストル大森林特有の超大型の熊まで、様々なサイズの獲物の解体に対応しているということだ。
とは言っても、俺たちが見に行ったときには解体作業は行われておらず、石畳が敷き詰められた広い空間があるだけだった。
「ここが血抜き場で、あちらで解体をやります。いえ、本来血抜きは、獲物を狩ったその場でやるのが基本なんですが、やむを得ない理由で血抜きをせずに運んで来た場合のためですわ」
説明をしてくれているのは、この解体場の責任者になったゴーチェさんというおじさんで、彼は元ベテラン冒険者で引退後にギルド職員となった人だそうだ。
担当者はあと男女ふたりいて、こちらはまだ若いのだが研修中なのだとか。
どうやら彼らは子爵領内の騎士爵村出身で子どもの頃から狩りに慣れていて、十代に冒険者も経験し、現在はギルド職員になっているとのこと。
その彼らは、石畳のフロアに水を流して綺麗に掃除をしている。
「まあ地元の若い衆の場合、冒険者稼業を続けるか、村に帰って骨を埋めるか。それともあいつらみたいな次男や次女、三男三女なんぞの場合、子爵領を出て王都とかに行くか、グリフィニアでこうして安定した職に就くか。まあでもグリフィン子爵領の者は、出て行くようなヤツは少ないですよ」
うちの領の場合は流入数が多くて、逆に流出する人数は少ないからね。
それだけ居心地が良くて経済的にも不満のわりと出ない貴族領だろうと、ゴーチェさんの言葉を聞いて安心する。
「でもさー、この解体場があまり忙しくなるのも、何だわよねー」
「そうなんですよ、ライナさん。他は知らんが、大森林の獲物は現地で解体し、不要な物は地に埋め戻すなどして大森林に還すのが、グリフィニアの冒険者の倣い。ですがな、新人はともかく、他所からやって来た冒険者も増えていますでなぁ」
なるほどね。それなりに経験年数や戦闘力のある冒険者が大森林に入りたいと、他所からグリフィニアに来ても、獲物を解体する技術やそういったここの流儀が身に付いているとは限らないかもだ。
「なのでうちとしては、そんな連中に獲物解体を教えようかと考えているところですな。まあこの解体場は広く造って貰ったもんだから、解体だけでなく、大森林に入るための研修なんかも色々するかって、ギルド長とエルミさんと相談しているのですわい」
解体場の見学を終えて、せっかくだからと冒険者ギルド施設から直ぐ目の前のザカリー門を潜って外に出てみることにした。
この門は利用する者がほぼ冒険者に限られているので、その管理も冒険者ギルドに委託することになった。
そこで、他の門とは違って警備もギルド職員が行っているのだが、担当する彼らも元ベテラン冒険者なのだそうだ。
「ザカリー門の警備を任せていただけるなど、俺らにとっては栄誉なことですぞ」
「まあ、慣れ親しんだ大森林をいつも見ながら、若旦那のお側におるようなもんだ」
「ははは。よろしくお願いします」
このザカリー門は新南門などの街道への出入り口と比べると、やや小振りになっている。馬車とかは通行しないしね。
だがその造りは頑丈そうで、これは百万が一に大森林から魔獣などが出て来た場合にここが防衛ラインになるからだ。
その点では、子爵館の裏手の東門とこのザカリー門は、とても重要なものと言える。
ちなみに、騎士団員や子爵家関係者しか出入り出来ない東門とこことは1キロメートルほど離れていて、俺はあっちからしか大森林に入ったことがないのですな。
「ほら、ザックさまが大森林の入口にふらふら向かってます」
「ザックさま、今日は入りませんよ」
「あ、はいです。ジェルさん、前を塞がなくても行かないって」
「うーむ、信用が出来ないからな」
「動き出したら速いからねー」
「僕だって、ちっちゃい子じゃないんだからさ」
冒険者ギルド施設とザカリー門の見学を終え、ここにほど近い場所に在る鍊金術ギルドと鍛冶職工ギルドそれぞれの、集合形式になっている工房施設も見学に行った。
どちらもかなり大きな施設で、10ほどの工房が収容出来る規模なのだとか。
工房には、鍊金術師や職人の親方が寝泊まり出来る居室や共用で使える部屋とか設備なども備えており、なかなかに機能的な施設にしたらしい。
俺たちはまず鍊金術ギルドの施設に行ってみたが、こちらに工房を移転させたと言っていたマグダレーナさんはギルド本部の方に行っているらしく、不在でした。
なので、各工房の仕事の邪魔になるといけないので、施設の内部をちらっと覗くだけにしたのだけど、大きな2階建て吹き抜け空間の両サイドに工房の入口があって、その2階部分が居室になっているらしい、なかなかの建物だった。
「ずいぶんと早くに、こんな立派な施設を建てたんだな」
「グットルムさんがボジェクさんたちを急かせて、まずは鍊金術ギルドの建物の方を造らせたみたいよ。ボジェクさんとチェスラフさんが散々文句を言ってたわ」
「そうなんだ。あの爺さん、わりと強引なところがあるからなぁ」
騎士叙任式のパーティーのときに、エステルちゃんがそんな話を聞いたそうだ。
その話の通り、鍛冶職工ギルドの施設に行ってみると、まだ建設工事の途中らしく大勢の職人たちが働いている。
こちらの集合工房施設は、鍊金術ギルドの方のようにひとつの建物に納まっているのではなく、中庭的な屋外空間に繋がって各工房施設がぐるりと建てられるかたちになる。
その屋外空間は共用の作業場らしく、その奥にはボジェクさんが言っていた共同使用の高熱炉が既にどんと設えられていた。
鍛冶職人の工房は道具や設備も多くて、移転や新しく親方となって工房を開くにしても大変だと聞いたけど、なるほどこれからと言うところなんだね。
さて、この後はどうしますかね。
「お屋敷に帰りますか?」
「ちょっと、鍛冶職工ギルドに寄りたいんだけど」
「ボジェクさんのところですか?」
「カァカァ」
「ああ、例の道具のご相談ですね」
そうなんだよね。
クロウちゃんとも色々検討したし、あの道具が作れるかどうかを相談しにボジェクさんに会いに行きましょうか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




