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第78話 領都を巡って歩きます

今話から第三章です。

 ティモさんを部隊長に、三貴族家合同のリガニア紛争探索派遣部隊の6名とミルカさんたちを送り出した俺は、今回の短いグリフィニア滞在の中で各所を廻る時間を多く取ることにする。


 まずは王都屋敷メンバーとソフィちゃんを連れて、中央広場にほど近いブルーローズというカフェに行った。

 ここはソルディーニ商会が経営するお店で、商会長の娘であるカロちゃんが実質オーナーのスィーツと紅茶などを楽しめるお店。

 もちろん、商会が扱うグリフィン子爵家公認スィーツが人気メニューだ。


「ザックさまったら、どうしてカーファ豆の粉とか、淹れる道具なんかを準備しているんですか?」

「それはカロちゃんに飲ませたいからですよ、エステルちゃん。昨日の祝う会では振舞えなかったからね」

「ははあ。それって今後のための種まきか、根回しってヤツですか?」

「種まきか根回しって何です? カリ姉さん」

「おお、カリちゃんは鋭いでありますな。それはだね、ソフィちゃん」


 要するに、カーファ豆がエルフのイオタ自治領から安定供給される将来を見越して、まずはカロちゃんのブルーローズでカーファを出して貰いたいからですな。

 カァカァ。そうそう、行く行くはブルーローズでテストマーケティングをするためだね。


 そのためには前段階として、カロちゃんやお店の人たちにカーファを飲んでいただき、カリちゃんが言うところの種まきと根回しを行ってしまおうと思います。



 ブルーローズを訪れる前にそんなやりとりがあり、屋敷の玄関ホールで待っていたお姉さんたち4人と双子の兄妹と合流して、そぞろ歩きながらお店へと向かう。

 ちなみにお姉さんたち4人というのは、ジェルさんたち三騎士にリーアさんですな。


「おう、ザカリー様よ、お出掛けかね」

「はい。良いお天気ですしね」

「おうよ。今日はアマラ様晴れだわな」


 グリフィン大通りの両側に軒を並べる商店の人たちが、店先からそんな声を掛けて来る。

 しかし日本晴れ、じゃなくて“アマラ様晴れ”ですか。この世界では庶民の人たちの間でそんな言い方もある。

 3月末の春分はとうに過ぎて、もう4月も末。太陽も徐々に高くなって夏至へと向かう、アマラ様の担当する季節だからね。


「相変わらず綺麗どころ大勢連れて。いやあ、なんとも眼福ですなぁ」

「あんたったら、エステルさまが居られるんだから、失礼よ。それにほら、フォルさんがちゃんと居るわ」

「おっと、これは拙った。フォル殿よ、ガンバレ」


 今年に14歳で体躯はもう大人とほとんど同じぐらいになったフォルくんが、この一団の最後尾に従っているのだけど、お店の親父さんのそんな声援に俺が振り返ると顔を赤くしているのが見えた。

 ほらほら、ユディちゃん。お兄ちゃんのそんな様子を笑うんじゃありませんよ。


 しかし、エステルちゃんと手を繋いで初めてふたりでこの通りを歩いた、5歳の頃の自分が懐かしいよな。

 かなり上背のある両親からの遺伝か俺もすっかり背が高くなったし、ユディちゃんもフォルくんと同様にずいぶんと身長が伸びて、お姉さんたちともう遜色が無い。


 世界樹の樹液ドリンクで若さと美貌を保っているジェルさん、ライナさん、オネルさんに、そもそもファータ族で見た目年齢の進行が止まっているエステルちゃんとリーアさん。

 そして元から身長が高く大人びて見える今年15歳のソフィちゃんに、謎にエステルちゃんと同じか気持ち歳下の見た目を狙って人化をしているカリちゃんと、傍目から見れば華やかな女性たちに従う男ふたりの一行という感じになっております。



 ブルーローズでは、お店のスィーツと紅茶をいただきながら南方の旅の出来事をカロちゃんに話してあげた。

 10人で押し掛けたからお店の一画を占有するかたちになったけど、少し離れて座っている他のお客さんも賑やかに盛り上がる俺たちに興味津々の様子だ。


 さて、ひと通り旅の話を終えたところで、カーファのプレゼンタイムですな。


 このブルーローズでは、うちのトビーくんとアデーレさんが工夫して作り上げた焼き菓子やケーキなどのレシピを基に、お店で自家製のスィーツとして作って出しているので、専属のパティシエさんが居る。


 ロビンさんというその若い男性のパティシエさんにも厨房から来て貰い、お湯と温めたミルクや砂糖も用意して貰って俺がカーファを淹れた。


「苦い、です」

「これは、独特ですね」


 はい、いつも通りの反応いただきました。

 でもロビンさんは、ブラックカーファの味を舌と喉で確かめるように、ゆっくりと少しずつ飲んでいる。


「これは、紅茶ともジュースなどとは違う、初めて味わう飲み物ですね。酒精が入っていないので、もちろんお酒とも違いますが。確かに苦味が強く刺激も感じますが、香りも含めて嫌ではない。酸味とほのかな甘味が混ざり合ったような……何と言いますか、コクというのですかね」


 さすがパティシエさんですな。自分で感じて確かめたカーファの味を素直に表現してくれた。



「それでは、今度はこちらをどうぞ」と、続いて温めたミルクと少量の砂糖を加えたカーファオレを飲んで貰う。


「あ、急に飲み易くなった、ですよ。美味しい」

「苦味と酸味がミルクでまろやかになって、そのコクを消さずに砂糖が甘味を上手く強めて、ずいぶんと飲み易い」


「どうです? カロちゃん、ロビンさん。例えばこのブルーローズで、このカーファを出すとしたら」


 カロちゃんとロビンさんは顔を見合わせた。

 俺が単に南の国のお土産に、わざわざこのカーファの粉や淹れる道具まで持込んでまで振舞ったのでは無いのを、どうやら察したようだ。


「オーナーのご意見は分かりませんが、このブルーローズは、昨年までセルティア王立学院の学院祭でザカリー様やカロリーナ様がやられていた魔法侍女カフェを、かたちを変えて引き継いだ店だと、そう承知しています」


 うん、カロちゃんの気持ち的にそうだとは思っていましたけど、あらためて聞くとそうなんですね。


「学院祭のカフェでは毎年、ザカリー様が新しいメニューを工夫して出され、それが今日のグリフィン領の名産品を代表するお菓子やスィーツへと繋がり、そしてお屋敷のトビアスさんに指導していただいた私が、パティシエという立場でこの店の厨房を預かることになりました」


 ああ、そうなんだね。トビー選手に指導して貰ったですか。

 確かに彼は、このグリフィニアで初となる本格的パティシエだから、ロビンさんはたぶんトビーくんの一番弟子になる訳ですな。


「ですので、このブルーローズでザカリー様の新しいメニューをお客様に提供して、世に問うきっかけとなるのならば、私としても大変な名誉になりますです、はい」


 なんだかこのロビンさん。自分で話しているうちに徐々に意気込みが強くなったのか、ひとりで盛り上がって来た。


「ロビンさんが、そう、言ってくれるなら、わたし、反対しませんよ。うちの店は、女性のお客さんが大半。ほんとは、ショコレトールやザックさまトルテを、王国でいちばんに出したかったけど、いまいただいた、ミルクと砂糖入りなら、女性にも好まれるかも。そう思いますし」


 一方のカロちゃんは、お店のオーナーらしく冷静に考えを述べて賛成してくれた。

 そうだね。ショコレトール豆が入手可能になったら、ザックトルテをこのロビンさんに作って貰おう。

 販売用のショコレトールの生産もソルディーニ商会にお願いするつもりだ。

 もちろんカーファの方も、安定的に入手が可能になってからだけどね。



「ザカリーさまって、このカーファ普及活動にやたら熱心ですよね」

「ショコレトールは一気に支持されたにも関わらず、豆の入手問題で出鼻が挫かれたからな」

「あれって、ザックさま的に、ずいぶんと悔しかったみたいですよ」


「でもさー、ザカリーさまがカーファをあちこちで振舞って、わたしたちもその都度飲まされるじゃない。そうしてたらなんだか、カーファも意外と飲みたくなって来るのよねー」

「確かにです。変な成分とか入ってませんよね」

「遅効性の緩い毒物、とかですか? リーア姉さん」


 あー、習慣性を伴う毒成分なんぞ含まれてませんよ、ソフィちゃん。


 カァカァ。カフェインのこと? カフェイン依存症は確かにあると思うけど、カフェイン自体は紅茶にも含まれているからね。

 適度な量を摂取すれば色々とメリットがあるし、心血管疾患や糖尿病などの疾病リスクを下げるということもあるらしい。

 それに、成分分析などまだ出来ないこの世界だと、カフェィンが含まれているからと言ってもなぁ。


 ちなみにブラックコーヒーを好んで飲む人は、遺伝的にカフェインの代謝が速いためであるという研究が前々世ではあったようだ。

 この研究によれば、ブラックコーヒーを頻繁に飲む人は、カフェインの代謝が速くその効果が直ぐに消失してしまうために、その味を求めているというよりはカフェインが持つ精神刺激効果を求めているから、ということになるのだそうだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 カロちゃん、ロビンさんとは、カーファ豆やショコレトール豆の入手の見通しと、将来的にお店に出して貰う場合の段取りなんかの話をして、その日はブルーローズを後にした。


 次の日の午後は、えーと、ザカリー門ですか、そこの冒険者ギルド施設を見学に行く。


 なお、午前中は久し振りに子爵家専用魔法訓練場で訓練をしました。

 騎士団訓練場でも良かったなのだけど、あそこだと騎士団見習いの子たちにせがまれて普段の彼らの訓練の邪魔になるし、同じく訓練をしている騎士団員たちが手合わせさせてくださいと集まってくるからさ。


 明後日からは5月という動き易い季節。今日もアマラ様晴れの良い天気で気温も上がって行く。

 王都屋敷メンバーとソフィちゃんも訓練に参加してみんなで汗を流し、昼食を挟んで昨日と同じメンバーで屋敷を出た。


「おや? 今日もお出掛けですかね、ザカリーさま」

「はい。拡張工事の方を見に行こうと思いましてね」

「視察ですか、ご苦労さまですねぇ」

「いやいや、のんびり見学ですよ」


「お、また奇跡でも起きるんですかい」

「ははは。奇跡なんて、そうそう起きませんよ、おやっさん」

「事前に報せてくれると、私らも店を閉めて見に行けるんだけどなぁ」


 それだと、奇跡と言うよりはどちらかと言えばイベントだよね。

 でもこの世界の人たちが期待するイベントって、多少は奇跡的な出来事があって吃驚するようなものかもね。


 昨日と同じくグリフィン大通りを西方向に向かい、あちこちのお店の軒先や道行く人たちから声を掛けられながら歩いて行く。


 そして中央広場を過ぎてサウス大通りへと入り、アナスタシア通りとの交差点にある冒険者ギルドの前で何故だか待ち受けていた冒険者たちの挨拶を受ける。


「本日はどちらへお越しですか? 若旦那さま」

「うん、冒険者ギルドの新しい施設を見学させて貰おうかと思ってね」

「ああ、ザカリー門に行かれるんですね」


「おい、若旦那とあねさんたちが、ザカリー門まで行かれるんだとよ」

「こいつは、俺らがご案内しねぇとだぞ」

「ヒマな奴らはみんな行くぞ」

「あんたたち、みんなして昼間っからヒマしてるじゃない」

「あはは、違えねえ」


 昼間からヒマしてないで、出来れば働いてくださいね。

 尤もこうしてダラダラとギルドに集まっていられるのも、自由な冒険者稼業ならではかもだけどさ。


「ギルド長にも報せておいた方がいいんじゃないか」

「仕方ねぇけど、そうするか」

「ギルド長とエルミさんは、今日は向うに行ってるわよ。お昼前にあっちで会って、今日は1日向うだってさ」

「なら、ちょうどいいな。ではご案内しますぜ、若旦那、あねさん」


 あー、うちの領都内なので、別に案内して貰う必要は無いのだけどな。

 でも彼らにすれば、俺たちに同行出来る滅多に無い機会を得たという感じみたいなので、まあ無碍にはしないことにしましょう。

 しかし俺たち一行の後ろに、20人ばかりが金魚の糞みたいにゾロゾロと付いて来るので、これって案内じゃ無いよね。



 そんな大人数になってしまった一団で旧南門を通り過ぎる。

 ここには、以前は左右に伸びていた都市城壁が俺たちの撤去で無くなり、門だけが旧市街と新市街とを区分する地点として残っていて、警備兵の詰所もある。


 それでそこに詰めている警備兵の何人かが、俺たちが来たというよりは、冒険者を含めた30人ばかりの集団がやって来たのを見て詰所から飛び出して来た。


「これは、ザカリー長官、エステル様も。あのぉー、ジェルメール隊長、何ごとでございますか?」

「あははは。いや、ザカリー門に出来た冒険者ギルドの新しい施設を見に行くのだがな。途中ほら、冒険者ギルド本部の前でだな。それで、こうして引き連れているのだ」


「冒険者ギルドのことだからよ」

「なのでこうして、わたしらがご案内しているってことさね」

「だそうだ」

「はあ、なるほど……。承知しました」


 まあそんな感じで旧南門を過ぎて、整地が終わりあちらこちらで建設工事が始まろうとしている拡張エリアへと入る。

 商業ギルド長のグエルリーノさんは、民間への使用権販売はこれからだと言っていたけど、先行して区画の区分整備や上下水道などの公共部分の工事が進んでいるみたいだね。


 新南門に向かって伸長されたサウス大通りを行くと直ぐに左折し、アラストル大森林の入口方向へと至る道に入る。


「この道にも名前が付いたのかな」

「どうなのでしょうね」

「そんなの、ザカリー通りに決まっているじゃないですか、ザック兄さま。ザカリー門へと行く道ですからね」

「うふふ。それはそうよね、ソフィちゃん」「カァ」

「然様でありますか」


 まだ見通しが良いので、拡張エリアをぐるりと囲む新しい都市城壁が眺められ、そしてそのザカリー門と手前には冒険者ギルド関係の新施設が見えて来たのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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