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第77話 リガニア探索部隊を送り出す

 ライナさんとオネルさんの騎士叙任式、そして祝う会のパーティーでは、各主要ギルド長たちの間を廻ってグリフィニア拡張事業の進捗状況などを聞いた。


 冒険者ギルドはアラストル大森林に入っての仕事を途切れさせる訳に行かないので、狩った獲物の解体場は既に完成しているそうだ。

 大森林での猟は冒険者自らの手で現場での解体処理が基本なのだが、この解体場まで獲物を運んで来てギルド職員に解体して貰うことも可能とした。


 その解体処理された獲物や薬品その他練金の素材、鍛冶職工素材などの採取物を査定し引き取るギルド出張所も、まだ仮設だけど稼働しているとのこと。


 こちらではギルド職員によって査定された獲物や素材を納めて、その替わりに納品明細と出金伝票が発行される。

 冒険者はその書類を街中のギルド本部に持って行って提出し、仕事の報告と買い取り料の出金がされるという仕組みになった。


「なかなか、システマチックな方法にしたのでありますなぁ」

「システマチック?」

「ああ、系統的な仕組みと言うか組織っぽい方法という感じ?」

「系統的?」

「えーと」


「なんだかわからんが、エルミが主導してクリストフェルやアウニたちの意見も聞いて、そんな風になったんだ」

「いまは未だ、冒険者たちに慣れさせているところなんですよ。とにかく、解体されてなくて血まみれの獲物なんかを、街中で延々と運ばれてしまうと敵わないですからね」


 さすがはギルドナンバー2で実務責任者のエルミさんだ。

 グリフィニアのトップ冒険者パーティーであるブルーストームのクリストフェルさんや、同じパーティメンバーでエルミさんの妹でもあるアウニさんたちも協力してくれているとのこと。


 以前は大森林内でのセルフ解体が必須で、もし何らかの理由でそういった獲物を狩って解体作業が出来なかった場合にのみ、ギルドまで持込むのを許していたそうだ。

 冒険者が大森林に入れる資格条件として、個人またはパーティで獲物の解体作業が出来ることがある。


 でも獲物をそのまま運んで行かざるを得なかった場合、これまでは街の外を運んで南門から入ればギルドは近かった。

 だけど街の拡張によって、ほとんどが市街地内を歩くことになってしまったからね。


「ザカリー門は冒険者専用の門だからよ。ここにうちのギルドの施設をしっかり作って、かつ俺たちが門の管理や警備の責任を持つことになったんで、門の名前に恥ずかしく無い仕事をしないとだからな」

「ああ然様で。よろしくお願いしますです、ギルド長」

「おう、任せてくれ、ザカリー様」


 どうやらアラストル大森林入口に通じる門は、東門とかじゃなくてザカリー門が正式名称になっているらしい。

 まあ、ジェラードさんの言うようにほぼ冒険者専用の門なので一般人はまず潜らないし、その名前でも良いですけど。



 一方で鍊金術ギルドと鍛冶職工ギルドはそれぞれ、この冒険者ギルドの新規施設にほど近い場所に集合形式の大型の工房施設を造っている。

 つまり、どちらも鍊金術師や職人の工房を複数集めた施設で、生産能力の拡大と同時に冒険者ギルドとの連携もこれまで以上に行い易くなっている。


「わし自身は移転はせんかったが、マグダレーナはもう移ったのじゃて」

「わたしはさっさと移りましたけど、お年寄りは引越しがおっくうですからね」

「器材が多くて面倒なんじゃ」

「新しい施設には、若手が集まってるんですよ」

「おぬしは若手ではなかろうが」

「ギルド長よりはずーっと若手ですわよ」


 鍊金術ギルド長のグットルムさんと副ギルド長のマグダレーナさんが、相変わらず仲良く言い合っている。

 その彼女は率先して工房を移転させることで、若手練金術師の誘致や指導に一役買おうということらしいね。


 鍛冶職工ギルドの新設工房の方も若手が中心ということで、こちらは新しく工房を持とうとする二代目三代目や腕の良い職人が、親方として独立する場になっているとのこと。


「まあ、若者衆が独立するのは良いことだからな」

「そっちには、ボジェクさんやチェスラフさんは移らないんですか?」

「わしらの引越しは、鍊金術師以上に大変なんだよ」

「まあ新しい施設には、共同で使える高熱炉なんかも作ったんで、まだ持ち道具の少ない職人でも独立して工房を構えられるようにしたのですわい」


 なるほどね。鉱石素材を大量に溶かす炉とかは、若手工房がそれぞれ所有するより共同使用の方が良いのだろうな。


「ところでボジェクさん、チェスラフさん。ちょっと新しい器具を作りたいって考えてるんだけど」

「ん? ザカリー様がか? どんな器具だ」


「エルフからカーファ豆っていう珍しい豆を入手しましてね。それを焙煎して更に細かく砕いて熱湯で抽出すると、カーファという新しい飲み物になるんですよ。その焙煎の道具と、カーファミルって取りあえず僕が呼んでいる、焙煎した豆を砕いて粉にする道具なのですけど」


「ちっ、またエルフか」

「あー、以前にショコレトールのことは話しましたよね。それで先日、僕は南方の商業国連合まで旅をしまして……」


 それでざっと、南方へ行った旅の話をする。


「エルフの自治領なんぞのことなら、わしらは基本お断りだがな。ザカリー様のためなら工夫してみるから、今度詳しく話を聞かせてくだされ」


 ドワーフの職人であるボジェクさんやチェスラフさんは、エルフの自治領から入手したと聞くと嫌な顔をしたけど、そんな風に言ってくれた。

 前にショコレトール豆の焙煎器具について相談したときも同様で、豆自体が手元に無い現在は保留になっているのだけどね。


 まあ焙煎道具とカーファミルに関しては、グリフィニアに居る間に鍛冶職工ギルドを訪ねて相談させて貰うことにしましょう。



 商業ギルドからはギルド長のグエルリーノさんと副ギルド長のテオドゥロさん。そして、グエルリーノさんの娘であるカロちゃんが来ていた。


「拡張事業、ご苦労さまです」

「いえいえ、ギルドとしては調整がなかなか大変ですが、ここまでは順調に行っていますよ。各ギルド関係はずいぶんと進んでいるので、これからは民間への販売と縄張りです」


 商業ギルドがこの事業の元締めとなっていて、拡張された用地使用の調整と縄張り、民間への土地使用権の販売などを子爵家の代理として行っている。

 また同時並行的に進む各施設や建物の建設工事にあたっては、鍛冶職工ギルドと共同で作業の進行を調整しているんだよね。


「ところでザカリー様たちは、商業国連合の船で彼の国まで行かれたとか」

「わたしたちとしては、あの国は商売の大本山みたいなところで、行けるならば是非とも行ってみたい」


 さすがは同じ商人と言うか、俺たちが南方へ旅したことを既に知っていたようだ。

 確かに商業国連合は商売第一で成り立っている都市国家の連合体だから、取引を業とする人たちからすれば興味や憧れと言うか尊敬すべき対象なのだろうな。


 グエルリーノさんのソルディーニ商会やテオドゥロさんのマルティ商会にすると、このグリフィニアを本拠地に王国内で広く販路を伸ばしていても、自分の商会で外洋航海の出来る船を持っている訳では無いので、商業国連合まではなかなか手足が伸ばせないのだろうね。


「旅のお話、聞きたいです、ザックさま」とカロちゃんが願うので、また今度カロちゃんのお店に遊びに行って、土産話をしてあげることにした。



 賑やかに祝う会のパーティーも終了して、そのあと片付けなどを行えばもう夕方近く。

 ベンヤミンさんは、これから辺境伯領都のエールデシュタットまで単騎で戻るのには時刻が遅過ぎるので、またこちらで1泊していただく。


 エルメルさんとユリアナさんも、ファータの北の里に向かう前に英気を養っていただくよう屋敷で泊まって貰うこととした。

 なにせこのおふたりは、ここのところ走りっぱなしだからね。


 辺境伯家とブライアント男爵家から来たリガニア派遣要員の面々も、部屋がたくさん空いているヴァネッサ館に宿泊。

 うちのファータ局員や独立小隊員も参加して、どうやら夕食を兼ねた祝う会の二次会を行うらしい。


 一方こちらの屋敷では夕食後は昨日一昨日に続いて、ベンヤミンさん、エルメルさん、ユリアナさんにミルカさんも加わって賑やかに夜の時間を過ごした。

 うちの父さんと母さんにすれば、特にシルフェーダ本家の3人を労いたかったようだね。


 初めは全員でお酒を口にして談笑していたが、やがて自然に大人組と若者組に分かれた。

 クロウちゃんは眠いのでソフィちゃんの膝の上です。


 それで何となく、大人組の会話に耳を凝らすと。


「ザックとエステルの結婚式って、いつ頃すれば良いかしら」

「あいつももう16だからな。そろそろしてもおかしくは無いな」

「こちらとしてはグリフィン家にお任せしますけど、うちの里長さとおさが、いつまで待たせるんじゃって、煩いんですよ」

「今回の件がひと段落してからでしょうか」


「ザカリー君とエステルさんもいよいよ結婚か。これは盛大な婚儀になりそうですな」

「やっぱり、グリフィニアとあちらの里とで二回ってことかしら」

「そうですねぇ。こちらに里の者も呼ぶ、というのもあるかもですけど」

「それだと爺様、婆様が全員来るよ。誰かに留守番などさせたら、私が殺される」

「これはエルメル兄の将来が掛かるね」

「きっと、西の里の者からも出席したいって声が挙るわよ」


「これはどうやら大変な婚儀だ。ヴィンス兄」

「ははは。そうだよなぁ」


 えーと、聞かなかったことにします。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日の朝、ヴァネッサ館の調査外交局本部前にリガニア派遣要員とうちの局員の全員が揃った。

 ライナさんは昨晩飲み過ぎて二日酔いですか? 大丈夫? フォルくんもかなり飲まされたらしいよね。双子の兄妹なのにユディちゃんの方がアルコールに強いよな。


 それから、ベンヤミンさんにうちの父さんと母さん、クレイグ騎士団長とネイサン副騎士団長にアビー姉ちゃん騎士も来ている。

 もちろんカリちゃんとソフィちゃんもそこに並び、クロウちゃんは近くの木の枝に止まっていた。


 俺とエステルちゃんの横には、エルメルさんとユリアナさん、ミルカさん。そしてその前にはティモさん以下6名のリガニア派遣要員が整列した。


「本日これより、北辺の三貴族家合同によるリガニア紛争探索派遣部隊の壮行会を行う」


 ウォルターさんが昔取った杵柄の良く通る戦場声を発し、空気が引き締まる。

 そう、今朝はこれから派遣要員の6名とシルフェーダ本家のお三方が、まずはファータの北の里へ向けて出発するんだよね。


 普通ファータの探索要員は単独であれチームであれ、こういった探索行の場合には人知れず密かに出掛けるものらしいけど、俺はエステルちゃんと相談し関係者の皆さんに願ってこの壮行会を行うことにした。


 ちなみにいまウォルターさんが言ったリガニア紛争探索派遣部隊という名称は、彼とクレイグ騎士団長が「戦場に赴く者たちには、しっかりとした部隊名を冠するものです」と主張して、そう名付けられたものだ。


 なお「北辺連合探索部隊」とか、はたまた「ザカリー特殊作戦部隊」なんていう案も出たけど、そういう所属所在が分かる名称はやめましょうと言って、とりあえずこれに落ち着きました。

 アビー姉ちゃん騎士は、「ザカリー特殊作戦部隊にわたしも所属したいなぁ」とか呟いておりましたが。


「まずは、本作戦の総指揮を執られるザカリー・グリフィン長官より、お言葉をいただく」


「あー、みなさん、おはようございます」

「おはようございますっ」


「このたびの探索作戦は、セルティア王国のと言う以前に、僕たち北辺の、そしてファータの者にとって、とても重要なものとなります。そしてそれは、今回出立する皆さんには、王国の者以上に充分ご理解いただいていることだと思います」


 真剣な眼差しで俺を見つめるファータの者たち、ひとりひとりの顔を見る。

 そしてその中でも、ひと際強い眼力めぢからでこちらに視線を向けているティモさんの、少し強ばった表情に向けて俺は頷く。


「ですのでこの出立のとき、僕から多くは言いません。しっかりお役目を果たし、そしてひとりも欠けずに全員が無事にここに戻って来てください。もしもこの部隊が、何か危機に陥ることがあったなら、例えどんなにリガニア地方や王国を騒がすことになろうとも、僕が、僕らが全力で皆さんを助けに飛んで行きます」


 俺がそう言うと、部隊員の中でティモさんだけぶるっと身震いをした。

 全力で飛んで行くという表現が決して比喩では無く、実際にドラゴンの背に乗って紛争地帯に現れる、そんな俺たちの姿を良く知る彼が想像したからだろうね。


「しかしそのような危機に陥ることなく、無事に成果を得て帰還するだろうと、この部隊を僕はそう信頼しています。それでは皆さん、行ってらっしゃい。お願いします」


 全員が声を出さずに礼をする。ファータの現役の探索者たちは、あくまで常に冷静で静かだ。


「では、出立の乾杯を行う。子爵様、お願いします」

「おう」


 今朝の壮行会の乾杯は、お酒ではなくエステルちゃん謹製のジュースだ。

 俺がストックしているアルさんの洞穴から汲んだ甘露のチカラ水に、セバリオで買って来た南国の果物の果汁をミックスしたものだね。


 チカラ水だけだと水杯になってしまいそうだからと、前世の記憶から俺とクロウちゃんが言ってジュースに仕立てて貰ったのと、これから走って行く部隊員のエネルギーになればという気持ちが篭ったものだ。


「この部隊の成功と、皆の無事の帰還を願って乾杯をする。それでは、乾杯っ」

「乾杯っ」


「続いて、エステル様から皆に渡される物があるそうだ。それではエステル様」


「はい。大層な物ではないのですけど、道中に口に出来るように、うちのお菓子をたくさんご用意しましたので、持って行ってくださいな。あと、いまのジュースと、その基になった特別のお水もね。けっこうな荷物になってしまうので、ティモさんのバッグに入れて行ってくださいな」

「ありがとうございます、エステル嬢様」


 昨日の祝う会での料理とは別に、エステルちゃんと奥さんのリーアさんがトビーくんの尻を叩いて大量に作って貰ったグリフィン子爵家製お菓子。

「なんでこういうときに限って、アデーレさんが来てないんすか」とか、トビーくんは嘆いていたけどね。

 それに加えて、今の乾杯で振舞ったジュースとその基の甘露のチカラ水を何本かの水筒に入れてある。


 今回はカリちゃんとオネルさんだけでなく、ティモさんもマジックバッグを持って来ているので、取りあえずそこに全てを収納させました。

 ちなみにティモさんが肩から提げているバッグは、カリちゃんとオネルさんのものみたいに可愛らしいバッグには加工しておりません。



「それでは、出立する」と、今回の部隊では俺の代理ということで部隊長になったティモさんが落ち着いた声を発した。


「では行って来ます」

「よろしくお願いします、ミルカさん。エルメルさんとユリアナさんも、エーリッキ爺ちゃんたちによろしく」

「お任せください」


 エルメルさんとユリアナさん、そしてミルカさんはそれぞれに三貴族各家の代表という役割も持って、部隊と共にエイデン伯爵家に立寄ってから北の里へと向かう。

 この3人は北の里で探索派遣部隊を送り出し、それから戻って来る予定だ。


 そうして6名プラス3名は、音も無く木の葉だけを揺らす風のように走り去って行った。


「行きましたね」

「うん」

「わたしたちが向うに行かないととか、そんなことにならないと良いのですけど」

「なに、ティモさんたちなら大丈夫だよ」

「ですね」「カァ」


 壮行会の様子を木の上から見ていたクロウちゃんが、俺の頭の上に降りて来た。


 こうやって自分の旗下の者や戦士や兵を送り出すのって、前世では幾度も繰り返したよな。

 そしてその都度、辛い思いを繰り返したのも俺の前世だった。

 カァカァ。そうだね、今世は前世と違う。キミの言う通りだよ。カァ。


 だけど、いまこのタイミングで本格的な探索部隊を派遣すること自体が、何か大きな出来事が起きる予兆なのではないかと、俺の予感はそんなことを告げてもいる。


 そう言えばいくさの神様であるケリュさんが、紛争地帯を見に行きたいとかも言っていたしな。

 地上世界の状況を観察しに来ている神様がそんなことを言うのだから、ただ漫然と時が過ぎ状況が流れて行くだけとはどうも思えない。


「そしたら今日は、カロちゃんのお店に行くのですよね」

「そうでした。昨日約束したしね」


 俺はエステルちゃんの手を取って繋ぎ、その温かみを確かめながら調査外交局本部の玄関口へとゆっくり向かうのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今話で第二部第二章は終了です。次話からは第三章となります。


引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。


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