第76話 訪問者続きと騎士叙任式
その晩は、エステルちゃんの両親であるエルメルさんとユリアナさんも加わっての夕食から、2階の家族用ラウンジに場所を移しての団欒となった。
互いの両親と共に過ごすこういった機会は本当に少ないので、ある意味貴重な時間だ。
うちの母さんの少女時代にユリアナさんはブライアント男爵家でお世話になっていて、ふたりは姉妹みたいに仲が良かったそうだ。
一時、男爵家から離れていたものの近年に請われて再び戻り、お爺ちゃんお婆ちゃんから本当の娘のように信頼されている。
なので、ずいぶんと久し振りに会ったにも関わらず、ふたりは十代の頃のように楽しそうに話していた。
一方でエルメルさんと父さんだが、実は未だにエルメルさんの実年齢は知らないのだけど、同年代の父親同士といった感じでゆったりお酒を酌み交わしている。
「ヴィンス様のところは、うちのも含め娘さんたちに囲まれて羨ましい限りです」
「ははは。でもそちらに、と言うか、ヴァニーを手放しましたからね。その代りにエステルがこちらに」
「ヴァニー様には、もうひとりの父親のように、とても親しくしていただいています」
「ほ……ほう」
「しかし、こちらにはソフィさんが戻られた」
「1年もの間、そちらの里に置いていただきましたから」
「うちの爺様は、本音では今暫くと手放したくなかったようですよ」
「まあ、それは分かります。でも、そのうちにザックが王都に連れて行ってしまいそうで」
「ふむ。娘というのはそういうものですよ」
「そういうもの、ですな」
「でも、アビー様が居られるのが羨ましい」
要するに、いつまでも手元に置いておきたいけど、いつか離れて行ってしまう娘話でした。
親しい友人だけど、互いにどうも自慢と牽制やら諦念と共感などが綯い交ぜなと言いますか、このぐらいの父親同士ってこんな風ですかね。
しかし、娘大好きのうちの父さんは今更だけど、エルメルさんも本音ではエステルちゃんが手元に居て欲しかったという気持ちがあったみたいだね。
◇◇◇◇◇◇
翌朝早く、エルメルさんとユリアナさんはそれぞれの任地に急ぎ戻って行った。
そしてふたりと入れ替わるように、辺境伯家からベンヤミン・オーレンドルフ準男爵が訪れた。
彼は珍しく単騎で馬を走らせて来て、供や護衛も連れていない。仕事の見習いをさせている息子のブルクくんも、今回は同行させなかったようだ。
「道中でエルメル殿と会って、作戦の概略は聞いています」
ともかく応接室に招き入れ、父さん母さんとエステルちゃんと俺で話を聞く。
「いえ、緊急の何かということではありません。子爵閣下と長官には昨日にエルメル殿とそれからユリアナ殿より、当家の意向を伝えて貰ったと思いますが、あらためまして辺境伯より」
要するに昨日は、調査探索の実務責任者による伝達と協議で、ベンヤミンさんからは領主貴族家としての正式な伝達ですかね。
ここは親戚の間柄であっても、上位貴族家で北辺の盟主でもあるキースリング辺境伯家から公式に意向を伝えるために、わざわざ外交責任者が来たというということのようだ。
それを聞いて、父さんも姿勢を正した。
「伺いましょう」
「モーリッツ・キースリング辺境伯としましては、今回の国王陛下より発せられた願い、願いでいいのですよね? ザカリー長官」
「ええ。指示とか命令とかではなく、お願いという言葉でした」
ベンヤミンさんはその点を俺に確認した。
「承知しました。それで、国王陛下からザカリー長官へのお願いなのであれば、辺境伯と当家としましては、ザカリー長官がその願いに応えられるとするならば、全面的に支援する。いえ、支援ではなく共同して事にあたる、の方が正しいですね。そう決定を致しました」
基本的には昨日にエルメルさんから聞いた話と同じだ。
ただし付け加えられているのは、俺が国王さんからのお願いに応えるつもりなら、との条件があるところだね。
要するに俺がそんなの知りません、と言えば、辺境伯家としても知りませんということですかね。
確かに今回の話の発端は国王さんと俺の面談からで、調査探索が主になり当事者がファータという点から俺がキーマンなのでしょうけど、辺境伯家としても判断を俺に委ねたという訳ですか。
「加えて、これもエルメル殿から伝わっていると思いますが、今回の作戦に関しての指揮は、そのすべてをザカリー長官に委ねるとも決定しております。付け加えて、辺境伯本人の言葉をお伝えしますと、戦となれば俺が前面に立って指揮をするが、まずは調査探索ということなら、ザック君に任せるさ、と。はい、そのままそう言っておりました」
「承った。ザック、それでいいんだな?」
「はい。承知いたしました」
しかしなんだ。王国最大の領地と戦力を有するキースリング辺境伯家の当主がそういう発言をするから、北辺の武闘派三貴族家とか言われるのですよ。
「なお、ブライアント男爵家には私の代理として、ブルクハルトを向かわせています。いえなに、ちゃんと補佐は付けていますよ」
おお、ブルクくんはお父上の代理でお爺ちゃん男爵家に行っているですか。
彼も外交担当見習いとして、着実に仕事を任されるようになっているのだな。
でも、補佐の人が付いていると言っても大丈夫ですかね。お爺ちゃんのあの勢いに気圧されないと良いのだけど。
◇◇◇◇◇◇
この日はベンヤミンさんに屋敷で泊まっていただき、うちの父さんは昨晩のエルメルさんに続いてその夜は彼とお酒を酌み交わしていた。
ベンヤミンさんは学院生時代の後輩で、仕事や立場を離れると父さんのことをヴィンス兄さんと呼んで仲が良い。
そしてその翌日は、ライナさんとオネルさんの騎士叙任式。
叙任式の開始は正午。式のあとは祝う会としてちょっとしたパーティーを行うので、この日は朝から陣頭指揮を取る母さんとエステルちゃんが大忙しだ。
「お邪魔になりますし、貴家のお祝い事ですから」と、朝食を終えたら辺境伯領都のエールデシュタットに戻ろうとするベンヤミンさんを引き止め、彼にも出席して貰うことにしました。
また午前中のわりと早くに港町アプサラから、調査外交局アプサラ主任のアッツォさんとイーヴォさん、ヴェンラさんの3人が到着した。
「アッツォさんたち、久し振り。アプサラの方は?」
「統領、あ、長官。お久し振りです。今日は3人揃って来るために、業務は検査官や警備兵部隊の方に任せて来ました。1日ぐらいなら、私たちが居なくても問題ありません」
アプサラ担当の彼らは、交易船などが入港すると入港検査官や警備兵と共に乗船して検査を行ったり、不審者や不審物が船で入って来た際の調査や警備兵と同行しての捜索、捕縛押収といった業務をしているので、いつも忙しいんだよね。
それが今日は叙任式を手伝おうと、早朝に出てアプサラから走って来たようだ。
普通、半日以上は掛かるのだけどね。
「調査外交局で初めての騎士叙任式ですから」
「ライナさんとオネルさんの晴れ姿を見ないとです」
「留守は代官様にお願いして来ましたので」
「来たがってましたけど」
「という訳でして」と、アッツォさんが頭を掻きながらミルカ部長の方へ報告に歩いて行った。
アプサラ代官のモーリス・オルティス準男爵は、急遽の叙任式なので今回は来ない。
そしてお昼近くになって、辺境伯家からエルメルさんと向うの調査探索部の3名のファータの者が、ブライアント男爵家からはユリアナさんと1名が、グリフィニア集合ということでほぼ同じタイミングで到着した。
こちらも双方が丸1日の行程を、早朝からの出立で走って来ている。
特にエルメルさんとユリアナさんはそれぞれ、昨日に戻って報告やリガニア派遣要員の人選を行い、その翌日にはまたグリフィニアにまで来たのだから、もう本当にご苦労さまとしか言葉が出ません。
という訳で、ファータの一族の者がずいぶんと集合しましたなぁ。
えーと、うちのファータ部員がミルカさん以下12名で、エステルちゃんも入れると13人でしょ。
それに辺境伯家とブライアント男爵家から6名で、合わせて19人ですな。
あ、そこで片膝を突いて俺に挨拶しなくていいから、立って立って。
いまはファータの統領じゃなくて、グリフィン子爵家の調査外交局長官だからね。
エルメルさんとユリアナさん、お願いしますよ。
「ザック兄さま、そろそろお着替えしないと」
「ほら、いつまでもぼーっとしてないですよ」
「カァ」
もう既にドレス姿でお粧しを終えているソフィちゃんとカリちゃんが、俺を呼びに来た。
そう言えば正午まであと数十分ぐらいですかね。でも、玄関ホールでぼーっとしていたのでは無くてですね、皆さんが次々に到着して来たものですから。
確かにそのあとは、このホールに仮設で設置された鐘とかを眺めて、ちょっとだけ鳴らそうとしたら騎士団見習いの子に「ダメですよ」と窘められましたけど。
はい、着替えですよね。いま行きます。
その玄関ホールに据えられた鐘がカーンカーンと打ち鳴らされ、正午の時を告げた。
大広間にはクレイグ騎士団長以下、ほとんどの騎士団員が揃っている。
そのなかでも、オネルさんのお父上であるエンシオ・ラハトマー騎士が、なんとも誇らしげな表情で騎士団長の隣に立っていた。
また前列には各ギルドからギルド長たちが顔を揃えていて、特に冒険者ギルド長のジェラードさんは「ブルーノが居ないからよ。俺がライナの父親代わりをしなくちゃな」とか、さっき言っていた。
いや、結婚式とかじゃないのだからさ。
でもライナさんが12歳になる前年に、遥か遠くのアルタヴィラ侯爵領のバラーシュ村からグリフィニアにひとりでやって来て、望み通りに冒険者になれたのはジェラードさんのおかげだよな。
そして言ってみればブルーノさんとジェラードさんに加えて3人目のお父さんで、ライナさんの最初の師匠だったダレルさんも、そのジェラードさんの隣に立っている。
「ジェラードたちに連れられて、ライナちゃんが初めて私の作業小屋に来たときのことを、今でも想い出しますよ。ライナちゃんが11歳で、ザカリー坊ちゃんは2歳でしたか」
ダレルさんが感慨深げにそんなことを言うけど、ライナさんが何度もその話をするから、俺としては忘れようにも忘れられないんだよね。
当時の侍女のシンディーちゃんと母さんが捜しに来て、俺がライナさんのお尻を掴んでその後ろに隠れたとかなんとかさ。
あと、他領からの来賓というかたちになったベンヤミンさんとエルメルさん、ユリアナさん、リガニア探索派遣チームの者たちも出席してくれている。
そしてもちろん、騎士団と共同主催となった調査外交局の面々も王都に居るブルーノさんたちを除いて全員が揃った。
尤も、リーヤさんとフォルくん、ユディちゃん、それから事務職員のノエミさんとロニヤさんは、エステルちゃんの助手として朝から準備に走り回っておりました。
フォルくんとユディちゃんが奏でる喇叭のファンファーレが鳴り響き、騎士叙任式が始まった。
今回は叙爵では無く騎士叙任なのだけど、進行はいつも通りとすることにしている。
進行役は家令で調査外交局外交部長でもあるウォルターさん。
壇上にはヴィンス父さんと俺、そしてアン母さんとアビー姉ちゃん騎士にクロウちゃんを抱いたエステルちゃんが控えている。
「ライナ・バラーシュ、前へ」と、まずは調査外交局独立小隊礼服姿のライナさんが呼ばれ、ウォルターさんの指示に従って両膝を折り曲げ、壇上に置かれた膝突き台に膝を突く。
その彼女の前に愛用の両手剣を持った父さんが立ち、剣先を立てて捧げ持った。
「汝、ライナ・バラーシュ。我、ヴィンセント・グリフィンの名において、我がグリフィン子爵家調査外交局独立小隊騎士となろうとするもの」
ここからは騎士爵叙任叙爵の作法通りだ。
捧げた剣のブレードの平を右肩に置き、父さんの問いとその応えによって右肩が1回、左肩が1回、再び右肩が1回叩かれる。
「汝、ライナ・バラーシュは、アマラ様とヨムヘル様、そして武神様と精霊様のご加護のもとに、我が騎士、そして我が継嗣、ザカリー・グリフィンの騎士として、その剣を捧げ、真理と正義を守り、我が領民と我が領地、そしてすべての幼き子を守護するか」
「はいっ」
んー、これまでとは少しばかり違って文言が増えておりましたが、概ねグリフィン子爵家の伝統通りだとしましょう。
武神と精霊の加護を加えるとか、こういうところがわりと生真面目な父さんらしい。
「汝、ライナ・バラーシュ。我、ヴィンセント・グリフィンと我が継嗣、ザカリー・グリフィンの名において、汝をグリフィン子爵家調査外交局独立小隊騎士と任ずる」
「はいっ」
ライナさんへの叙任が済むと彼女を立たせて壇上に残し、続いてオネルさんも同じように騎士に任じられた。
そしてふたりには、騎士の証しである剣が俺から渡される。
これは王都屋敷での仮叙任式で既に渡されたものだが、ここであらためてだね。
「おめでとう、ライナ騎士、オネルヴァ騎士。これで両名は当家の、つまり俺の騎士だが、要するにザックの騎士だ。俺はおふたりに、敢えて俺への忠誠といった通り一遍のことは求めない。おふたりはザックの家族同然、姉同然なのだから、これまで通りザックとエステルを支えてやってくれ。頼むぞ」
「わかっておりますわ、子爵さま」
「もちろんです、子爵さま」
壇上で父さんがふたりに祝福の声を掛け、ライナさんとオネルさんは満面の笑みで応えた。
ところでライナさんって、「わかっておりますわ」とかの言葉遣いをするタイプでしたかね。
「これをもって、騎士叙任式を終了とする」というウォルターさんの声に続いて、終了のファンファーレが奏でられた。
「ライナさん、オネルさん、あらためましておめでとう。さあ、お祝いのランチパーティーを始めますよっ」
いつもなら母さんの役目なのだけど、今回はエステルちゃんが前に出て来て大きな声でお祝いの会の開始を宣言した。
その宣言にここまでの緊張が一挙に解かれ、騎士団員たちと調査外交局員たちがウォーっと一斉に雄叫びを上げ、更に恒例のドンドンドンという床の踏み鳴らし。そして大拍手だ。
「パーティーの準備に入りますからね。皆さんも手伝うんですよ」
「おう、エステル様っ」
「はいっ、エステルさま」
エステルちゃんの掛け声に、大広間の全員が揃って返事をして一斉に動き出す。
それをアン母さんはニコニコしながら見守り、一方でユリアナお母さんは少し驚いた表情で眺めているのだった。
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