第75話 探索オペレーション計画
そのあと、エルメルさんとユリアナさんを交えた調査外交局全体ミーティングでは、今後の行動計画について話し合った。
まず直近の動きとしてはファータの北の里に誰かが行って、ここまでの状況と北辺の貴族家三家の決定を伝え、里長で探索者の頭であるエーリッキ爺ちゃんや長老衆と話し合わなければならないのがひとつ。
もうひとつは、今年よりファータが受託契約を交わしたエイデン伯爵領に行って、伯爵家の調査外交担当責任者のコルネリオ・アマディ準男爵と意見交換をする必要がある。
エイデン伯爵家は、北方山脈を挟んでリガニア地方と国境を接する領主貴族家なので、当然ながら事態が悪化した際には一番に影響を受けるからだ。
また他の領主貴族家と比べてリガニア都市同盟の各都市との交易量が格段に多く、つまりリガニア紛争や各同盟都市の動向を最も知る家で、これまでは主に交易商人を通じて情報を得て来たらしい。
だが、それだと情報の不備や偏りが生じることもあり、情報収集強化をはかるためにこれまで関係の薄かったファータと正式に契約を交わしたのは、つい最近のことだ。
調査外交の担当責任者に白羽の矢が立ったのが、ルアちゃんのお父上であるコルネリオさんで、彼は大森林近くの街であるケルボを治める代官と兼任でこの職に就いている。
最後に実際の探索活動についてだが、これはミルカさんやエルメルさん、ユリアナさんの意見によれば、リガニア都市同盟の中心都市タリニアを基点として、シャウロなどの周辺都市の状況も探らなければならないという。
これは紛争の最前線基地となっているであろうタリニアはもちろんとして、俺が初めてファータの北の里に行った6年前に遭遇したことだけど、ボドツ公国の威力偵察部隊が長駆、他の都市まで進出している可能性を踏まえてのことだ。
紛争が長期化することにより、最前線での正面作戦だけでなく、後方の同盟各都市の混乱や経済活動の鈍化などによる都市力低減を目論むボドツ公国の作戦が、常時では無いにせよ散発的に継続して行われているらしい。
同盟の盾となっているタリニアの守りはまだ強固であるらしいが、その背後の都市はタリニアよりも規模が小さく、また長年に渡る傭兵部隊の雇用の負担と常駐によって、かなり疲弊して来ているというのが現在の状況のようだね。
「そのような状況を踏まえると、ある程度の人数を長期間、各地の探索に投入する必要があると考えます、ザック様。また、出来ればボドツ公国側への潜入も視野に入れるべきかと」
まずは探索要員の投入についてということで、エルメルさんがそう意見を述べた。
エルメルさんは過日、前線やボドツ公国に潜入した経験があるし、ミルカさんも北方帝国を横断してボドツ公国へ入るという長期探索の旅に出たことがある。
「なるほどです。具体的にはどのぐらいの人数が必要なのかな」
「そこは長官、里長との相談になりますが、まずこちらからどのぐらいの人数が割けるかの問題にもなります」
ミルカさんが言うのは、要するにキースリング辺境伯家、ブライアント男爵家、そしてうちのグリフィン子爵家の三貴族家から、どのぐらい探索要員を派遣できるかということだ。
その要員に加えて、里のエーリッキ爺ちゃんたちと相談し人員を加えたいというのが、エルメルさん、ミルカさん兄弟とユリアナさんの考えとなる。
「エルメル兄とユリアナ義姉さんのところからは?」
「うちの部員は3名だな」
「わたしのチームからはひとりが精一杯ね」
辺境伯家に常駐しているエルメルさんの配下から3人、男爵家はそもそも常駐者が少ないのでひとりだという。
「うちからは? ミルカさん」
「そうですね。アプサラ担当は動かせないですし、そうするとグリフィニア担当からになりますが……。領内巡回の人数を減らして、やはり1名でしょうか。新人を紛争地帯へ送るのは、まださすがに早いですし」
港町アプサラでは他領や他国から入る貿易船の検査と調査が主要業務で、特に王国内で北方帝国に近い主要港として意外と入って来る船が多いこともあり、また町の代官であるモーリス・オルティス準男爵のサポートや手足としてなど、日常的に業務が多い。
一方でここグリフィニアの本部では、治安維持のため定期的に領内の村々を廻る廻村活動を騎士団部隊とは別に行っている。
あとは、グリフィニアで何か調査を行う必要があった場合に動く要員で、特に現在は街の拡張事業により人の出入りも多いことから、領都内と周辺の巡回を強化しているところだ。
それで、うちの調査探索部員は今年から人員強化のため、新たに3名の新人をファータから派遣して貰ったのだが、ミルカさんの意見では見習いである彼らをいきなり紛争地帯の探索に送り込むのはまだ早いという。
それを聞いた当のマウノくん、ラウリくん、レーニちゃんの3人は、揃って悔しそうな表情を浮かべたが、そこは見習いとはいえファータの探索者。それぞれがぐっと歯を食い縛って正面を見据えていた。
日々訓練や実地研修で頑張っている君たちは、でもまだ13歳だからね。何が起きるか分からない戦地には行かせられない。
そうするとミルカさんの言うように、グリフィン子爵家から派遣出来るのはやはりひとりかな。
「よろしいですか? ザカリーさま」
「うん、ティモさん。意見があったら言って」
ここでティモさんが手を挙げて発言を求めた。
「あの、私が考えるにですね、王都屋敷からもひとり送り込むのが良いのではないかと」
「それはティモ、王都屋敷に居る人員はザカリー様とエステル様の手足であり側近だ。それに、現実的に探索者はおまえとリーアのふたりだけだし、あとはユルヨ爺と引退した爺様ふたりで……」
あー、ユルヨ爺はファータの最長老で本人がどう言うかはともかく、現地での探索とかをお願いするのは無いよな。参謀役として側に居て欲しいし。
あと、あのふたりの爺様を紛争地帯に派遣でもしたら、何だか物騒なことを仕出かしそうで怖いですなぁ。
「それはそうなのですが、部長。だとしても今回の作戦を考えるに、ザカリー様の直下からひとりは出した方が良いと私は愚考します。ザカリー様はグリフィニアと王都を往復され、またどこか別の遠方に赴く可能性もあります。ならば、そのザカリー様と最前線とを繋ぐ要員がひとりは必要では無いかと」
普段は言葉少ないティモさんが、珍しく自分の意見をはっきりと口にした。
ファータメンバーのなかでも最も彼を良く知っているミルカさんも、いささか驚いたようだ。
「しかしティモ、だとしても動けるのおまえとリーアのどちらかで」
「まずは私が行きます」
ティモさんはそう言い切り、それから俺の方を向いて「どうか、私を行かせてください、ザカリー様」と強い視線を送りながら願った。
彼がそんな願いを俺にすること自体、やはり珍しいよな。
王都屋敷でのミーティング時には、もしかしたらファータの北の里までティモさんに走って貰い、エーリッキ爺ちゃんにこちらの状況や考えを伝えるといった話が出た。
その際にアルさんが「ならば、わしが乗せて送るか」と提案して、ティモさんは「自分の足で走ります」とか言って皆の笑いを誘っていたのだけどね。
でもそれは里までのことで、リガニアの最前線に探索に出るのとは別の話だ。
「どうですか? ザカリー様」とミルカさんが俺の意見を求めて来た。
それに対し「ファータの、という前にうちの局内の話ですみません」と、まずはエルメルさんとユリアナさんに断りを入れ、ミルカさんとそれからティモさんへと視線を移す。
「ティモさん。探索の状況次第だけど、少し長期間になるかもだよ」
「はい。私もそう予測しています。しかし王都の方は、ザカリー様の南方行きも無事に終わり、直ぐに何か大きな事態が起きることは無いだろうと、そう感じています。ですのでここは、ザカリー様直属のレイヴンの一員として私が出るべきかと、そう思いました」
調査外交局の調査探索部員としてという以上に、俺直属のレイヴンの一員としてか。その言葉と拘りに、ティモさんの揺るぎない意志と気持ちが込められているようだ。
レイヴンは、特に初期メンバーの5人ならば、俺が行くところにはほぼ必ず従いたいと言うだろう。
その俺がさすがにリガニア紛争の現地には行けないとすれば、ティモさんはレイヴンとして行きたいというのが彼の思いなんだね。
俺はその彼の考えを聞いて、隣に座るエステルちゃんの顔を見た。
「ティモさん。ザックさまの目と耳の代りになる、そのお役目をしたいのですね?」
「はいっ。エステル嬢様」
エステルちゃんは、そう言ってティモさんの返事を聞き、考えるようにひと呼吸、間を空ける。
「わかりました。わたしは反対しませんよ。長年ザックさまと共に居るあなたでしたら、ザックさまとリガニアとをしっかり繋いでいただけるでしょう。あとは、ザックさまのお考えと決定に従ってください」
そこでリーアさんが「わたしは」と声を出した。
それに対してエステルちゃんが、「リーアさんは、まずはわたしの側に居てくださいね。あなたも行って貰うかもですけど、いまは」と応え、リーアさんも「はい」と頷く。
彼女は探索者としてはエステルちゃんの先輩だけど、うちの局員になり王都屋敷担当となってからは、ほとんどエステルちゃんの側付きみたいな立場になって来ている。
たぶん俺のというよりは、自分はエステル嬢様の手足という感覚なのだろうね。
「わかった。そうしたらティモさん。本当なら僕が現地に行きたいのだけど……」
「ダメですよ、ザックさま」
「ダメだぞ、ザカリーさま」
「また言い出しました」
「どさくさに紛れて行こうとしないのよー」
「ザックさまだと、きっと前線まで出て戦っちゃいますよね」
「カァ」
「ザカリー様、さすがに紛争地には」
「ザック様、そのタイミングでは無いかと」
「ふふふ。まだ早過ぎますよ」
「はっはっは。ここでザカリー様が行くことが決まったら、私が子爵様と奥様よりこっぴどく叱られますので、まずは我慢してください」
えーと、いま行きたいとは言ってないんだけどなぁ。前にも同じように、一斉に即座に否定された情景が蘇るのですけど。
あと、ここまで黙って進行を見守って来たウォルターさんは、僕自身が行きたいのに行けないのを分かっていて、そんなことを言ってますよね。
でも、そうでは無くてですね。
「あー、こほん。たぶん、僕は行けないので、ティモさん、僕の代りに行ってください。グリフィニア担当から1名、王都屋敷担当から1名の計2名。それでグリフィン子爵家調査外交局のまずは方針とします。よろしいでしょうか、ミルカ部長」
「はい、承知しました。そうしたらグリフィニア担当からはどうする、ヘンリク」
「ここはティモとふたりで私が行きたいところですが、領内のことや新人訓練もありますので、ヴェイニ、行ってくれるか」
「承知っ」
こうしてグリフィン子爵家からは、ティモさんとヴェイニさんのふたりが出ることになった。
ちなみに、グリフィニア主任のヘンリクさんはティモさんより探索者歴の古い先輩で、彼とアプサラ主任のアッツォさんは、うちで働いている期間がミルカさんに次いで長い。
ヘンリクさんも自身が行きたかったようだが、実質領内での現場責任者であるのに加えて、現在はユルヨ爺から引き継いで自ら新人3名の現場訓練指導を行っている。
なので彼は部下のヴェイニさんを指名した。ヴェイニさんはティモさんよりあとからうちに来たけど、確か同期ぐらいじゃなかったかな。
こうして、辺境伯家から3名、ブライアント男爵家から1名、うちから2名のまずは計6名で、リガニア紛争探索オペレーションをスタートさせることが決まった。
ファータの探索者はその多くが単独で行動することが多いらしいけど、今回は6名のチームオペレーションだ。
そこに里から更に何名が加わるかはこれからだけど、ファータ的にはそれなりに大型のオペレーションということだね。
「統領直々の探索活動ですから、まだまだ序の口です」と、ミルカさんが小さく呟いていた。
またファータの北の里へは、このあとエルメルさんとユリアナさんがそれぞれ辺境伯家と男爵家に戻って報告を行い、配下への指示と人選を済ませた後、再びうちで集合してそのままミルカさんとうちの2名と合流し向かう予定となった。
なお、エイデン伯爵家にはその途中で立ち寄って、協議をすることになる。
エルメルさんとユリアナさんは直ぐに取って返すようなことを言ったが、そこは俺とエステルちゃんで引き止め、うちで1泊して明日の朝にして貰った。
父さんと母さんたちとも会って無いし、ふたつの貴族家の調査探索責任者である以前に、俺とエステルちゃんのそれぞれの両親が共に時間を過ごす機会は滅多に無いからね。
「ティモさん、もし向うで何かあって緊急で戻る場合は、直ぐにアルさんに飛んで貰うからさ」
「それか、わたしが飛んで迎えに行っちゃいましょうか」
「わたしを救出していただいた作戦のときも、そうでしたよね」
「ソフィちゃん救出作戦のときって、そうだったわよねー。そうして貰いなさいな、ティモさん」
「でもそうしたら、わたしの背中にザカリーさまが乗って、戦場に登場しちゃいますよ」
「お、そういう事態になりますかね」
白くて優美なドラゴンの背に乗って空から戦場を睥睨するとか、どこの物語の主人公ですかね。
でもそんな事態になったら、漆黒の仮面なんかを付けないとかなぁ。
あと、アルさんとケリュさんも来たがるだろうから、その黒く巨大で凶暴なドラゴンの背にはケリュさんが乗ってとか……。
「それもダメですよ、ザックさま。カリちゃんもね」
「はい、ダメでありますね」
「あー、えー、どうして私が救出される前提なんですか。それに例えそんな事態があったとしても、出来れば自分の足で……」
「カァカァ」
「クロウちゃんはそう言いますけど」
「紛争の最前線にアルさんとカリちゃんが現れたら、大混乱になるだろうな」
「えー、ジェル姉さん。昔は師匠とお婆ちゃんでそんなこともたびたびあったそうですよぉ」
「でもそれって、古代文明崩壊後っていう、神話時代の話ですよね」
「2000年ぐらい昔ですかねぇ」
全体ミーティングが終わり、王都屋敷メンバーにソフィちゃんが加わってそんな話をしている。
端から見ると仲良くわいわい談笑している風だが、会話の内容はいささか現世離れしているかもだ。
でももし、三貴族家オペレーションチームに何か事が起きたら、そんな緊急事態があり得るかもですよ。
そうしたら、ここはやはり俺が現地に行かないとでしょ。
そうすると、ジェルさんたちお姉さん方やブルーノさんも従うだろうし、アルポさんとエルノさんの元戦闘工作部隊の爺様たちも黙っていないだろうな。
それに、紛争地を見に行きたいと言っていた武神であるケリュ様も、率先して出張って来るかも知れない。
これは一挙に大ごとになってしまいそうですなぁ。
「ザックさまは、なに悪そうな顔でニヤニヤしてるの?」
「あ、えーと、別にニヤニヤとかは、しておりませんぞ」
「まだ自分が行きたいとか考えて、そんな想像しているですよ、きっと」
「ダメよ、ザックさま」
「はいです」
「ですけど、ザックさまが行かざるを得ないようなことが起きたら、わたしも行きますからね」
他の誰よりも、エステルちゃんならきっとそうするよね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




