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第74話 協議は続く

「あともうひとつ議題があるのだけど」

「なんだ、ザック」


 南方への旅の報告やリガニア紛争の現況探索強化の協議も終わり、さてこの場は解散かというところで、俺は忘れずにこの件を出すことにした。関係ある人たちが揃っているからね。


「ライナさんとオネルさんの騎士叙任の件でありますよ」

「ああ、おまえが王都で俺の代りに叙任してくれたのだよな。ブルーノさんが辞退したのはとても残念だが、こちらでも彼の意志は尊重しようという話になったんだ」


 本当はライナさんとオネルさんと同時に、ブルーノさんも騎士になって貰いたかったのだけど、彼は固辞した。

 騎士団への入団からレイヴンメンバーになり、現在の独立小隊の古参メンバーとしてブルーノさんはいつも俺の傍らに居てくれた。


 その彼の意志としては今後もそれは変わらないのだけど、自分は生涯変わらず冒険者時代から続く斥候職であり、独立小隊いや俺たちの裏方として居たいと言う。

 だから、騎士という表に出る立場に就くのは遠慮したいというのが固辞の理由だった。


「それで王都屋敷で、南方への旅に出る前に、父さんから届けて貰った剣を授与して叙任式を行ったのですがね、やっぱり騎士というのは子爵様が任ずるべきかと。なのでここは、父さんから是非お願いしたいと、そう考えている訳であります」

「なるほどな。ウォルター、クレイグはどう思う?」


「ライナもオネルヴァも現在は騎士団ではなく、ザカリー様直下の独立小隊に席を置く立場であるが故に、ザカリー様が任ずればそれで良いと私は思うのだが、王国の慣習としては、爵位を有する領主貴族が叙任するものではありますな。まあ、ザカリー様からの叙任であれば、王国の慣習などどうでも良いのだが」


 クレイグ騎士団長が言ったのは、セルティア王国の所謂慣習法というものですな。

 つまり王国の成立から現在の領主貴族制が確立する過程で、慣習的にそう決められたものだ。


 男爵位以上は国王が叙爵し、準男爵位と騎士爵位はその領地を統治する領主貴族が叙爵する。

 ただし準男爵位の数は領主貴族の爵位に応じ王国の制度として決められており、子爵位が治める領地では2名。騎士爵位については人数の制限は無い。

 これはセルティア王国では、準男爵以上を貴族としているからだね。


 だがライナさんとオネルさんに関しては、騎士爵という爵位の叙爵では無く、騎士という職位の叙任だ。

 これは当グリフィン子爵領の場合、騎士爵位を持つ者は領内の郷村を治める権利を有しており、つまり領地持ちの騎士という立場になる。


 なので例えば、お父上の引退により騎士爵を引き継いだジェルさんだったら、領内のバリエ村を治めている領主である訳だ。実際には、健康を回復されたお父上が代行して治めているけどね。


 またオネルさんだと、まだ騎士団で現役のお父上エンシオ・ラハトマー騎士が騎士爵であり、ラハトマー村の領主になる。

 エンシオさんが引退しない限りオネルさんは騎士爵の爵位は持てないので、今回は騎士という職位を叙任した訳だ。


 解説が長くなったけど、つまり通常は騎士爵位を叙爵して騎士という職位を叙任するというのがセットになっていて、今回のケースはイレギュラーなんだよね。

 爵位を与える訳では無いので、厳密に言えば王国の慣習法からも少し外れているし、更に言えば俺が叙任するのだから王国の慣習などどうでも良い、という暴言ですな



「現在は調査外交局の独立小隊レイヴンの隊員であるおふたりですから、爵位では無く騎士という職位の叙任であれば、調査外交局長官のザカリー様が任ずればそれで成立するかと思いますが……。しかしながら、やはり騎士という立場は重たい。ですので、ここは子爵様からあらためて叙任するというかたちを採られてはいかがでしょうか」


 俺の言いたかったことをウォルターさんが代弁してくれた。

 ジェルさんとライナさん、オネルさんとでは、爵位の有る無しで厳密に言うと少し違うのだけれど、騎士という立場で言えば同じで居てほしい。

 だから父さんに叙任していただき、古巣の騎士団や領民にも知らせて祝福して貰いたいんだよね。


「よし、わかった。ウォルターの言うように、あらためて叙任式を行おう。クレイグ、ネイサン、それからミルカさんも良いな? 母さんとアビーは何かあるか?」

「何もかにも、ライナちゃんとオネルちゃんのことは、ちゃんとお祝いしないとよね」

「いつする? 騎士団員にもなるべく全員、出席させないとだわ」


「そうだな。今回はザックたちがグリフィニアに居る期間が短いのだろうから、直ぐにでも行うか。ウォルター、どうする?」


「明日はさすがにですので、明後日の正午でいかがでしょうか。クレイグとネイサンの方はどうですかね」

「それでいいぞ」

「騎士団員には直ぐに周知します」


「お祝いのお料理とか、さっそく準備をしないとだわね、エステル」

「はい。お昼が終わったら、レジナルド料理長とトビーさんにお願いしましょう」


 母さんとエステルちゃんも早速お祝いの会の準備を相談している。

 それにしてもうちの父さんの良いところは、周囲の意見を大切にして自分が納得すれば決断が早いということだね。そして周りも直ぐに動いてくれる。

 ということで、明後日にライナさんとオネルさんの騎士叙任式を執り行うことになった。




 その午後は調査外交局本部に、王都屋敷の留守番組と港町アプサラ駐在員以外の局員が全員揃った。

 午前の父さんたちとの協議を受けてのミーティングだ。


 参加者は長官の俺に長官秘書のカリちゃんとソフィちゃん。ソフィちゃんは第二秘書という立場でちゃんとお給料を貰っている。

 それから家令と同時に外交部長を兼任しているウォルターさんと、調査探索部長のミルカさん。


 調査探索部からはグリフィニア本部主任のヘンリクさんにヴェイ二さんとサロモさんと、王都屋敷駐在のティモさんとリーアさん。

 見習い部員のマウノくん、ラウリくん、レーニちゃんも少し緊張気味に座っている。

 以上の8名にミルカさんを加えた9名がファータの者たち。


 あと独立小隊からは、隊長のジェルさんとライナさんにオネルさん。そしてフォルくんとユディちゃんだ。ちなみにティモさんとリーアさんは独立小隊も兼任だね。

 加えて、主議題がリガニア紛争の件とファータの北の里の地元に関わることもあり、エステルちゃんも参加している。クロウちゃんもね。あと、職員のノエミさんとロニヤさんも同席している。


 以上の21名と1羽が、本部を置いている子爵館内のヴァネッサ館東館のラウンジに集合した。


「全員揃いましたかね。ではミルカ部長、お願いします」

「わかりました、長官。そうしたらこれより、調査外交局の局員ミーティングを始める」


 進行は調査探索案件ということもあり、部長のミルカさんに行って貰う。

 王都屋敷のミーティングではジェル隊長が進行役で、本部ではミルカ部長と、なんだかちゃんとした組織っぽくなりましたなぁ。

 こういった場ではいつも俺が進めていた頃が懐かしいです。カァカァ。あ、はい、ちゃんと話を聞きますよ。


「まず、主たる議題に入る前に、ひとつ報告と通達だ。このたび、ここにおられるライナさんとオネルヴァさんが従騎士から騎士へと叙任されたのは、皆も承知のことと思う」


 全員の視線がそのふたりに向けられた。


「騎士への叙任は、先般王都屋敷でザカリー長官により行われたが、本日午前の子爵様たちとの協議により、あらためてここ子爵館で叙任式とお祝いの会を行うこととなった。式と会は明後日の正午より。なお本叙任式は、グリフィン子爵家、騎士団、調査外交局の合同行事となる。よろしいでしょうかな? ライナ騎士、オネルヴァ騎士」


 ミーティングの前にこの件はエステルちゃんからふたりに話をしていたので、両名ともいつに無く神妙な表情で頷いた。


 アプサラ駐在のアッツォさんたちにはこのあと連絡を入れるので、領内の調査外交局員は揃って叙任式に出席出来る筈だね。

 王都屋敷で留守を預かってくれているブルーノさんたちが出席出来ないのはとても残念だけど、グリフィニアであらためて叙任式をして貰うのは先日に王都で話していたので、仕方が無いけど承知済みのことだ。



「続いて、本日の主議題だが……」


 ミルカさんがそう口を開く前に、誰かがこの本部に近づいて来るのを感じた。

 カァカァカァ。ああ、そうみたいだね。クロウちゃんもその知っている気配に気付いたらしい。


「おや、ちょうど良いタイミングだったみたいよね」

「急いで来た甲斐があったようだな」


 そう言葉を交わしながら本部の玄関口から入って来たのは、エルメルさんとユリアナさんだった。エールデシュタットから来たですかね。


「お父さん、来たの? お母さんも」と、エステルちゃんが驚いて声を掛ける。


「やあエステル、久し振りだ。ザック様、ウォルターさんたちもご無沙汰しております。突然の来訪で失礼いたしました。いえ、ユリアナが走れって言うものですから」

「ふふふ。今朝は早起きして、急いじゃいました」

「ユリアナさん、昨日振りです。エルメルさん、こちらこそご無沙汰していました。エステルちゃんの隣に椅子を出して、どうぞそこに座ってください」


 見習い部員の子たちが直ぐに動いて、突如現れたシルフェーダ本家の次のかしらとその奥方のために椅子を据えた。


 それにしても、昨日の朝にブライアント男爵屋敷から俺たちを見送ったユリアナさんは、そのあと辺境伯領の領都エールデシュタットに走った筈だが、それが翌日の今日の午後には、辺境伯家で調査探索の責任者をしている旦那のエルメルさんを伴ってグリフィニアに来たのは何とも驚きだ。


 ちなみにグリフィニアからエールデシュタットまでは、馬車でのんびり移動するとほぼ丸1日掛かる。

 つまり、グリフィニアの南に位置するブライアント男爵領から辺境伯領のエールデシュタット城までは、だいたい2日の行程だ。


 それをその半分以下の速さで移動して、かつ向うでも協議を行って来たのだろうから、なんともタフと言いますか、さすがベテラン探索者であるエステルちゃんのお母さんですなぁ。



「エルメル兄、ユリアナ義姉ねえさん、実に良いタイミングで顔を出すものだね。丁度いま、リガニアの件を始めようとしたところだよ」

「そうか。ユリアナに急かされて、昼飯も走りながらで来たのが良かったな」

「まあ、お母さんたら、お昼ご飯ぐらい足を停めて食べてね」

「朝にたくさんいただいたから、走りながらで充分だったのよ」


 どうも一般の親子の会話と比べるとだいぶ変だけど、まあファータだからね。


「そうしましたら、私どももこちらの会議に加えていただいてよろしいでしょうか? ザックさま」

「ええ、もちろんです。まず気になるのは、辺境伯家の意向ですけど。それを伺う前に、皆にざっと経緯を説明してしまいましょうか、ミルカさん」

「そうですね」


 まずは調査外交局の皆に情報を共有して貰おうということで、リガニア情勢のおさらいや先日に俺が王都で国王さんと面談した際の話の内容も含めて、ミルカさんが簡潔に説明してくれた。


「ミルカさん、ありがとうございます。ということで、セルティア王国の国王がリガニア紛争の最新情勢に関して、はっきりとした僕らへの依頼では無いのだけど、まあ教えてくれるようお願いをされた訳ですよ。その国王のお願いに応えるかどうかはともかく、国王さんが何かの勘を働かせ、また僕自身も、どうも大きな動きがありそうな予感が少しばかりするのですな」


 前世で何かが起きる前に良く感じていたそんな感覚が、どうも今世でも感じられる気がするんだよね。

 まあ戦乱渦巻く前世だと、わりと頻繁にだったのだけど。


「その勘が正しいかどうかは分からないけれど、これは北辺の貴族家や当家、そして何よりもファータの北の里に大きな影響が出るだろうということで、ともかくも現況把握が必要だろうと。そこでブライアント男爵のお爺ちゃんにも相談し、ユリアナさんに辺境伯家まで行っていただいたのですが。それでエルメルさん。辺境伯家のご意向を、先にお聞かせいただけますか?」


 俺はそう話して、今日の午前のグリフィン子爵家としての協議結果を伝える前に、まずは辺境伯の意向を知ろうと、エルメルさんに顔を向けた。



「はい、ザック様。昨日、ユリアナが到着して話を聞いたあと、直ぐに彼女を伴ってモーリッツ様にお会いし、急遽協議の場を設けていただきました」


 ユリアナさんが行ってエルメルさんと相談したあと、モーリッツ・キースリング辺境伯と会って直ぐに主立った人たちと協議を行ったのだそうだ。

 その場には、次期当主のヴィクティム・キースリング義兄にいさんと、外交担当のベンヤミン・オーレンドルフ準男爵や辺境伯家騎士団長のヴェンデル・バルシュミーデ準男爵、家令のフリードリヒさんらも同席したそうだから、動きが早いよね。


「辺境伯家としましては、まずは国王陛下とザック様がおふたりで面談されたことをとても重視しています」


 え、そうなの?


「ザック様が王都におられて、王太子殿下とのご友人関係が順調なのは、ヴィクティム様宛に王太子殿下より手紙で知らされていることも、辺境伯家としては承知しておりまして。ですがこのたびは、国王陛下が王妃陛下とともにザック様とお茶会でお会いになり、かつザカリー長官として面談にご招待したということ。そして、主にリガニア紛争に関して、お話をされたということ。これらのことから、国王陛下ご自身として、ザック様のご親戚である辺境伯家やブライアント男爵家ほか北辺の貴族家、そしておそらくはファータとも関係を深めたいとの考えではないかと、そういう観測や意見が昨日の協議の場でも話されました」


 ああ、辺境伯家でもそういう観測がされたということですか。


 つまり、内政を宰相が担当するというかたちで役割を分割した国王さんが、自分の担当である外交と領主貴族関係を強化したいということで、これまで付き合いの薄かった北辺や関係のまったく無いファータと国王自身が直接繋ぎを持ちたいと、そう俺が感じたのと同じ見方を持ったという訳ですね。


「それを踏まえまして、協議の結果と辺境伯様のお考えをお話します。結果的に国王陛下の考えに従うことになるのは少々片腹痛いが、ここはキースリング家としてもグリフィン子爵家、ブライアント男爵家と足並みを揃え、共同して動こうという結論になりました。そして、その共同作戦においては、ザック様のご指揮に従うと決定しました。そうなりましたので、まずはこうして急ぎこちらに罷り越した訳です」

「付け加えますと、これは一昨日におっしゃられていた通り、男爵さまのお考えと同じですね」


 エルメルさんもユリアナさんも、結構重要な事柄を実に満面の笑顔で伝達してくれました。


 えーと、そうですか。辺境伯家の意向もそうなりましたか。そうですね。俺が国王さんと話したのが始まりですからね。要するに、本件のかなめは俺であるということですね。

 で、本件の作戦に関しては、キースリング辺境伯家もブライアント男爵家も俺の指揮下に入ると。

 そうですか、そうなりましたか。どうしましょうかね、クロウちゃん。カァ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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