第73話 帰着と報告と協議
「ザック兄さま、エステル姉さま、カリ姉さま、クロウちゃんもお帰りなさーいっ!」
俺たちが屋敷に到着すると、それを待ち受けて満面の笑顔で熱烈に出迎えてくれたのはソフィちゃんだった。
今日に帰着することはあらかじめ報せていたけど、グリフィン領内や領都内のちょっとした変化や動きの情報も調査外交局に入るようにしており、俺たち一行が新南門を潜ったのを知って屋敷の玄関口で待っていてくれたみたいだ。
「ジェル姉さんたちもお帰りなさい。あれ? 人数、少ないですね」
「ブルーノさんやユルヨ爺たちは留守番ですな」
「ああ、早速二手に分かれたんですね。そう言えば、南の国へも少人数で行ったのでしょ? わたしも行きたかったなぁ」
「ソフィちゃんはまだこれから、いろんなところへ行く機会があるわよー」
「だと良いのですけど。でもいまは、わたしがグリフィニアでの留守番でありますね」
「留守番も大切ですからね。そのうち直ぐに、順番が巡って来ますって」
「はい、オネル姉さん。わたし、おとなしく順番待ちで頑張ります」
馬から下りたジェルさんたちに囲まれて、ソフィちゃんはそんな挨拶と言うか久し振りのお姉さん方との会話を交わしていた。
順番待ちで頑張る、か。俺としては、そろそろソフィちゃんを王都に連れて行ってあげたい気もするのだけど、何か方法を考えますかね。ね? エステルちゃん。
「やっぱり、姿隠しの魔法の特訓ですかね」
「でもあれって、特訓で出来るようになるかしら」
「ザックさまとエステルさまは、昔に師匠に教わって直ぐに出来るようになったって聞いてますよ」
「そうなのだけど」
「あー、おふたりを普通の人間と比べちゃいけないか」
「そこは例えばさ、神様や精霊様やドラゴンの側に置けばとかは、どうなんだろ」
「それですよ、それ。やっぱり王都屋敷の方が、いろいろ繋がりが強いですからね」
「ほら、あなたたち。玄関口でわちゃわちゃしてないで、お屋敷の中に入りなさい」
楽しそうにお姉さんたちと話すソフィちゃんたちの姿を見ながら、3人でコソコソそんな会話をしていると、母さんが遅れて出て来て屋敷に入るようにと促した。
「あ、お母さま。ただいま戻りました」
「はい、お帰りなさい。ジェルさんたちもご苦労さまでした」
「ただいま無事戻りました、奥さま。それではザカリーさま。われらは馬車と馬を収納して、本部の方へ行きます」
「頼むね」
ジェルさんたちが馬車と馬を騎士団の馬車倉庫と厩へと仕舞いに行き、残った俺たちはソフィちゃんに引っ張られるようにして屋敷の中へと入る。
屋敷内では執務室から父さんとウォルターさんも出て来て、俺たちを迎えてくれた。
「話は明日にゆっくり聞こう」という父さんの言葉で、俺たちはいちど2階のラウンジでひと休み。
その後、調査外交局の本部に行って揃っていたミルカ部長やヘンリクさんたちファータの調査探索部員、ノエミさんとロニヤさんの事務職員に帰還の挨拶をした。
今年初めにファータの里から来て、見習い探索部員として勤めているマウノくん、ラウリくん、レーニちゃんの新人3名も元気そうだね。
王都屋敷から一緒に帰って来たジェルさん、ライナさん、オネルさん、ティモさん、リーアさんに、フォルくんとユディちゃんとはここでいったん解散。
明日の午前中は父さんたちと話し合い、午後は調査外交局の全体ミーティングということにした。
カリちゃんとソフィちゃんも加わった家族だけの夕食の席では、アビー姉ちゃん騎士が「ザックたちはずるいぞ。南の国のお土産は?」とせがむ。
南方行きの報告は明日まとめてする予定なのだが、先に土産を要求するとか、相変わらずの姉ちゃんだ。
「ふふふ。お土産でありますかな。もちろんありますぞ、姉上」
「おー、さすがは出来た弟だ。早く出しな」
「まあまあ姉ちゃん、焦らずに。夕食が終わってからです」
「ザックさま、お土産ってあれですか?」
「もちろん、あれです」
「あれ、ですよねぇ」
「あれって何ですか? 姉さまたち」
「うーん、あとで出て来るわ。でもソフィちゃん、ちゃんとしたお土産もありますからね」
「お、ザックのお土産とは別に、エステルちゃんからのもあるのね。ところで、ちゃんとしたのってことは、ザックのはちゃんとしてないもの?」
「何を言いますか。僕からのもちゃんとしておるですよ」
「これは怪しいよね、ソフィちゃん」
「でありますね」「カァ」
ということで食後に2階の家族用ラウンジに場所を移し、侍女さんに熱いお湯を用意して貰って、俺が淹れる準備したのはもちろんカーファです。
「まずは、何も入れないストレートで」
「これは、飲み物だよな。危険物とかでは無いよな、ザック」
「何を言っておるですか、父上は。食後にはまさにこれ、というぐらいの飲み物ですよ」
「でも、ずいぶんと黒いわよ。香りはなんだか良さげだけど」
「毒物とかじゃないわよね?」
「さすがにザック兄さまでも、毒物をお土産にはしないと思いますよ、アビー姉さま。でもちょっと、痺れ毒の原液に色合いが似てますけど、ね、エステル姉さま」
「あはは、そうだったかしら」
ああ、ファータが使う毒物にそんなのが存在したですか。
ソフィちゃんがファータの里でそんなものにまで触れていたことには、取りあえずは何も言いませんが、カーファを初めて飲んだ際にエステルちゃんが少し躊躇っていたのには、その理由もあったのですな。
ともかくもまずはカーファをブラックで味わって貰い、既に聞き慣れている「苦いっ」という反応を見たうえで、エステルちゃんが同時に用意して貰っていた温めたミルクと砂糖を加えたカーファオレを、あらためて飲んで貰う。
「これって、ミルクとお砂糖が意外と良く合うのね。母さんは好きかもよ。ねえ、あなた」
「そうだな。何も入れないとさすがに厳しいが、これは飲み易い」
ブラックカーファが厳しいとか、父さんもまだまだですな。
「これならわたしも飲めます」
「紅茶にミルクを入れるのよりもいいかも。大人の飲み物って感じ?」
ソフィちゃんはまだまだとしても、アビー姉ちゃんも大人の飲み物とかの言葉が出るようになったですかね。
まあ彼女の場合、胃に入れるものへの受容能力が極めて高いですからなぁ。
ちなみにエステルちゃんからは、商業国連合セバリオやミラジェス王国のミラプエルトで買って来た民芸品のお土産を、テーブルの上に山ほど出していました。
俺もタマリンドラとかアンラとか、南国の珍しい果物を出しましたよ。無限インベントリに収納させられていましたから、購入時の鮮度を保ったままです。
◇◇◇◇◇◇
翌日の午前、父さんの執務室に子爵家の主立った者が集まった。
うちの家族に家令のウォルターさん、騎士団長のクレイグさんと副騎士団長のネイサンさん、調査外交局のミルカ部長だね。カリちゃんとソフィちゃんも参加している。
クロウちゃんは遊びに行こうかどうしようかと思ったらしいが、ソフィちゃんに抱かれて参加となった。カァ。
それでまずは、南方への旅の報告だね。
セバリオから高速帆船アヌンシアシオン号が迎えに来てヘルクヴィスト子爵領のヘルクハムンから出航。
途中、船上で剣術訓練を行ってケリュさんと俺がお説教をくらったり、船の魔導加速員や魔導攻撃員の魔法訓練を見学したり。
航海途中、ミラジェス王国の王都ミラプエルトに寄港し、レンダーノ王家のバルトロメオ王太子と宮宰のルチア・レンダーノさんがホテルに訪ねて来てくれて、還りの寄港の際には王宮に行くことを約束した。
それから、ティアマ海と南のメリディオ海が接続する群島海域で海賊の襲撃を受けて、これを難なく撃退。初めての海戦と船上での闘いを経験した。
セバリオに無事到着するも、エルフのイオタ自治領側の到着予定が分からないので、樹林地帯に観光に行くことになり、マスキアラン家の別邸に小旅行。
その別邸からサビオ川を渡ってサビオの森を散策し、超大型のワニであるクロコディーロを狩ったりなんだり。
その後セバリオに戻り、ようやく到着したイオタ自治領の領長のオーサ・ベーベルシュダムさんらと面談交渉に入る。
交渉過程の詳細はざっと話したが、結果的にオーサ領長の決断と言いますか、要するに魔法のお菓子と呼称されるショコレトールを食べてみたいとなり、試作用のショコレトール豆が後日入手出来ることになった。
その序でと言ってはなんだが、こちらを誤摩化そうと彼らが持って来ていた、見た目ショコレトール豆に似たカーファ豆を入手するという想定外の出来事もあり。
はい、昨晩、父さんたちに飲んで貰ったあれ、ですね。
ウォルターさんたちにも振る舞いましょうか? あとにしましょう、ですか? わかりました。
それから、還りの航海では再びミラプエルトに寄港し、約束通りレンダーノ王家の王宮の中に在る王太子宮殿を訪問。
その場で、バルトロメオ王太子がこちらのセルティア王立学院に留学が決まったことを聞いた。彼の留学は来月の半ばからの予定だそうです。
「とまあ、こんな旅でありました」
もちろん、サビオの森の賢者ハヌさんやバンダル族と会って彼の砦に行き、オグル族のグンダーさんと立ち会ったとかの話はしませんでしたよ。
この場に居る皆は、俺の報告を聞いてその内容をそれぞれ咀嚼しようという表情だ。
エステルちゃんとカリちゃんは旅の時々での出来事をあらためて思い出したのか、何か小声で話してふたりでクスクス笑っている。
「ともかくもだザック、ご苦労だった。エステルとカリさんも今更だが、良くザックの面倒を見てくれてお疲れさまだったね。それでショコレトール豆はまずは試作用の分が届いて、それで作ったものをエルフの元まで送り、向うが納得すれば輸入が出来ると、そういうことだな」
「順調に行けばですけど。まあただ、エルフというのはとかく動きが遅いので、まだ時間は掛かりそうだよ」
「それでも、ようやく前進ですか。先が見えたようで、大変にご苦労さまでした」
「ええ、ようやくです、ウォルターさん」
父さんが結果をまとめて納得し、ウォルターさんがそう労ってくれた。
「ということで、思わぬ入手を果たしたカーファを、ここでみなさんに振る舞いましょう」
「熱いお湯は用意してありますよ、ザックさま。でも冷めて来てますから少し熱を入れた方が良いかも」
「あ、それはわたしがやります」
「お願いね、カリちゃん。ミルクもね。そしたらわたしは、みなさんにお土産と、それからセバリオ産のアンラを切りましたので」
お湯とミルクはカリちゃんが魔法で温め直してくれた。ではまず、初めての人にはブラックカーファから。
「ザックは、そのカーファをやたら飲ませたがるわね。それにあんたら、船旅で海賊撃退だの超大型のクロコディーロ? 討伐だの、大変な旅をして来たというのに、相変わらずの能天気だわ」
「あ、わたしはミルク入りでお願いします」
「母さんのもね、ザック」
「わたしも、だけどさ」
当家の重鎮のおじさんたちは、「苦いぞ、これは」とか言いながら、でも頑張って味わっておりますな。
ミルクと砂糖入りが欲しい人は言ってくださいね。
あと、エステルちゃんが用意した南国の果物のアンラは、つまりは前世の世界のマンゴーで、その濃厚な甘味と風味はブラックカーファの方が合うと思うのだけどな。
さて、カーファとアンラでちょっとした休憩を挟んだところで、続いては国王さんとの面談とリガニア紛争に関してだ。
俺は王太子夫妻と、王妃さん王女さんとのお茶会に行ったことと、留学して来るミラジェス王国のバルトロメオ王太子を見護って欲しいと、その際に王妃さんに頼まれたこと。
それから、お茶会に参加して来た国王さんに面談を招待され、後日再び王宮を訪れて話をしたことを報告した。
内容は、昨日にブライアントお爺ちゃん男爵に話したのと同様だね。
「それで、お爺ちゃんはユリアナさんに辺境伯家に直ぐに走るように指示して、向うでエルメルさんと相談し、辺境伯閣下にも話を入れることになりました」
「なるほどな。義父上とユリアナさんの判断は正しいだろう。国王がザックとその話をしたならば、王宮辺りのどこらしかが妙な動きをする前に、北辺で正しく情報を掴んで欲しいということだな。義父上が、先んじて俺たちが動くべきだと言ったのは、俺もその通りだと思う。どうだ、クレイグ」
父さんはお爺ちゃんの判断を正しいと肯定した上で、クレイグ騎士団長に意見を求めた。
「はい、さすがは男爵様というべき動きの早さですな。ならばユリアナ殿も同じくただいま辺境伯家で、エルメル殿や辺境伯閣下とご相談なされているでしょう。そこで我が子爵家ですが、ここは辺境伯家と男爵家と共同して動くべきなのと、更に言えば、エステル様のご実家の地元近くでのこととして、より積極的に動くべきかと」
「そうですね、クレイグ。辺境伯家にはエルメルさん、ブライアント男爵家にはユリアナさんが重責を担っておられますが、当グリフィン子爵家にはエステル様がおられ、つまりファータ本家との縁戚関係に在って、他家以上に繋がりが強い。そういう立場であれば、より積極的に動くのは当然のことです。ミルカさんはどうお考えになりますか?」
クレイグ騎士団長と家令のウォルターさんの重鎮ふたりは、ほぼ同じ意見を述べた。
つまりうちは、北辺の貴族家であると同時にそれ以上にファータと強い繋がりがあるのだから、動くのは当然のことだと。
まあ俺がファータの統領になっているのは、うちの家族や重鎮たちにもまだ言ってはいないのだけどね。
「子爵様、クレイグ騎士団長、ウォルターさん、ありがとうございます。私の考えは、皆様とそれからザカリー長官と同じです。具体的な動きとしては、長官のご指示のもとに、エルメル兄とユリアナ義姉、それから里長と連携し、共同して探索活動を始めたいと思います」
「そうだな、ミルカさん。まずは正確に現状を把握する必要がある。しかし、探索対象は主にリガニア都市同盟の中心都市であるタリニアになるだろうから、つまりは戦地だ。従ってくれぐれも慎重に探索を行って欲しい」
「はっ。承知いたしました」
いまの父さんの言葉をもって、タリニア探索のOKが出たということですね。
「はい」
「なんだザック、手を挙げて。指揮はしっかり頼むぞ。それで、ザカリー長官殿のご意見は?」
「えーと、慎重かつ確実な探索活動を行うために、僕が現地に行って直接指揮を執るというのは……」
「ダメだ」
「ダメに決まってるでしょ」
「さすがにダメですぞ」
「まあ、ダメでしょうね」
「ダメだと思いますよ、ザックさま」
あー、この場の全員が、たぶんカリちゃんとクロウちゃん以外だけど、その全員で同時に否定するとか、やっぱりそうでありますかね。カァ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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