第101話 穏やかに本当の旅が始まる
翌朝、エステルちゃんと一緒に身の回りの旅支度を確認し、用意して貰った軽い朝食を済ませて男爵家屋敷の玄関前の馬車寄せに行く。
すでに護衛組、というかレイヴンのメンバー3人は揃っていた。
よし、ここからはこの5人で、本当の旅の始まりだ。
アン母さんと侍女のリーザさん、それからお爺ちゃんとお婆ちゃんが見送りに出て来る。
「いよいよね、ザック、エステルさん。あなたたちは大抵のことに対処できると思うけど、それでも気は抜かないでね。みなさん、よろしくお願いします」
「うん、わかった。行って来るね、母さん」
「奥さま、どんなことが起きても、ザックさまのことはわたしが護ります」
「おお、この5人で行くのじゃな。なんだ、ブルーノじゃないか。おまえがいれば安心じゃ。頼むぞ」
「みなさん、ふたりをお願いしますよ。ザック、エステルさん、帰りもちゃんとここにお寄りなさいね」
お爺ちゃんはブルーノさんを知ってるんだね。知る人ぞ知る有名人なのだろうか。
俺たち5人は見送りの人たちに静かに頭を下げ、馬車に乗り込む。
今回使用する馬車は騎士団が所有しているもので、所謂、影護衛用の馬車だそうだ。
人目に付かせないような護衛任務や密かな団員の輸送に使用される。
グリフィン子爵領騎士団の紋章は取り外しができるようになっており、外見も民間のもののように見える。
しかし、足回りをはじめ全体は頑丈に作られており、走行性能は民間のものより遥かに高く、防御性も優れているのだとか。
きっとこれ、クレイグ騎士団長とウォルターさんが作らせたんだよな。
今日からの5人は旅の商人一行を装う。
騎士団の3人は護衛の冒険者役で、ブルーノさんとライナさんはもちろんジェルメールさんも様になっている。
騎士爵の娘で生まれながらの騎士属性のジェルさんは、喋るとちょっとバレそうだが。
俺は比較的裕福な商人の息子役で、エステルちゃんはそのお付き役なので、これもそれほど無理無く擬装されてると思う。
ただし、俺とエステルちゃんが着ているものは、見た目は商人風の旅装束だが、中身はかなり性能の良い軽装鎧装備になっている。
これを用意したのは、言うまでもなくウォルターさんだよ。
男爵領の領都を出る際に当然チェックがあるのだが、入る時よりも出る時の方がスムーズで簡単なのは、うちの領都と同じだ。
ブルーノさんが御者台から何かをちらりと見せ、それを見た門番が早く出ろとばかりに合図をした。子爵家か子爵領騎士団の紋章付きの何かを見せたのだろうね。
出発から領都の門を出るまでは緊張して静かだった馬車内だが、レイヴン女子組3人が同乗しているのでいつまでも静かな訳はないよね。
「領都を出ましたぁ。いよいよですぅ」
「おう、緊張はするがワクワクして来たぞ」
「わたしたちに、何が待っているのでしょうかー」
「何って、エステルさんの里だろ、ライナ」
「ジェルちゃんこそ何言ってるのー。眼の前のお人と一緒の旅よー」
エステルちゃんと俺は、ジェルさんとライナさんと向かい合って座っている。
そのふたりが、じっと俺を見る。
「あぁ、そうだったな。何が起こるか予想がつかないな」
「そうですそうです。大森林探索が思い出されますよー」
「おふたりとも、妙な期待をしないでくださいよぅ。あのあと、子爵さまから自粛が申し渡されたんですからぁ」
「聞きましたぞ。翌年まで自粛が続いたそうですな」
「はい、ザックさまはどこにもお出かけできずに、静かに過ごしてましたぁ」
「わたしたちも、あの時のことを誰にも話せなくて、結構ストレスだったのよー。特に、あの森の奥でのこととか」
そうだね。アラストル大森林の奥でのフェンリルのルーさんとの再会に、このメンバーが立ち合ったんだ。
神獣とも言われているフェンリルに出会ったのだから、誰かに話したくなるよね。
「ところで、エステルさんが今着てるお洋服、普通のじゃないよね?」
「えへへ、わかります? ザックさまとお揃いで擬装鎧装備なんですよぅ」
「擬装鎧装備? どんな作りなんだ?」
「うちの里にもちょっと関わりがあるので、詳細は言えないんですが。一見布製に見えますけど、中に魔物の革が使われてたりとかで、多少の刃物は通しません」
そうなんだよね。
俺の黒装備と同じで、ファータの里から送られた材料がまだ余っていたので、それを使って仕立ててある。
クロミズチというヘビの魔物の革と、森大蜘蛛が出す非粘着性の糸でできた布をうまく組み合せて作られた、革鎧には見えない旅の服仕様なんだ。
なんでも、革鎧装備を製作してくれた鍛冶職工ギルド長のボジェクさんが、商業ギルドのテオドゥロさんの奥さんのブリサさん、つまり去年行った大きな洋服店のあの店長さんと協力して、俺たちの特殊旅装を超特急で仕上げてくれたんだって。
ありがたいことです。
「わたしのは、下がスカートですけど中にショートパンツも穿いてて、スカートの裏にも武器が仕込めるんですよ」
「そうなんだ、凄いね」
「どんな武器を仕込んでるんだ?」
「えへへ、ナイショですぅ」
そうなのね、エステルちゃんのはそんな仕様なのね。
得意武器の投擲ダガーは、数量的にもスカートの裏じゃ重たいだろうから、なんだろう。暗器系かな。
ファータの探索者がいざって時に使用する暗器の類いは、教えてくれないんだよね。
「スカートの中にショートパンツも穿いてじゃ、暑くないのー? 蒸れるとかない?」
「そうだな、これから行く山脈越えは気温が下がるが、街中とかは暑そうだ。それに万一戦闘になった時も」
「それがぁ、下に穿いてるショートパンツは特製なんで。それに戦闘になったら、スカートを取り払うって手もありますぅ」
「えっ、特製パンツってどんなの? 見せて見せて」
特製? あ、あのお尻ぴったりパツンパツンぷりぷりショートパンツかー。
それに、戦闘になったらスカートを取り払うという手もあるですか。
で、ライナさんは、手を伸ばしてエステルちゃんのスカートを捲ろうとしないの。
「ザックさま、なにか変なこと考えてませんか?」
「え、なになに? 話を聞いてなかったから、なんだか分かりませんです。クロウちゃんはどこ飛んでるのかなーって」
「ホントですかぁ」
1日目の馬車とはメンバーを替えたこういう女子会に、いずれなることをクロウちゃんは予測して、ずいぶん前に偵察と見張りと称して飛んで行った。
キミの危機察知能力はさすがだよ。俺は無言で座席に同化するしかないし。
そうだ。
「ブルーノさん、ちょっと馬車を停めて貰っていい?」
俺は窓から顔を出して、御者台のブルーノさんに声を掛けた。
「なんでやすか?」
「また御者台に乗ってみたいんだ。御者の練習もしたいし」
「いいでやすよ」
「あ、逃げた」「逃げたな」「逃げたわねー」
ブルーノさんが馬車を停めてくれたので、俺はそそくさと降りて、馬車に手を掛けながらひゅんと御者台に飛び乗る。
そんな俺をブルーノさんはニヤニヤと見ていた。
「結構持ちやしたな、ザカリー様」
「え? あぁ出発から今までね。でも、もうそろそろいいでしょ」
馬車の外は田園風景が広がっていた。良いお天気で、春の暖かさが気持ちいい。
「カァ」
クロウちゃんが空から優雅に下りて来て、俺の横に止まった。
空から見渡しても、平和な景色なのだそうだ。
「さあ、出しやすよ。手綱を持ちますか?」
「うん、僕が出してみるよ」
俺は渡された手綱を握り、軽く振って馬車をゆっくりと走らせるのだった。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しています。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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