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第70話 国外情勢を国王さんと話す

「北方帝国に関しては、相変わらず国内固めと国力の増大に務めているようですね。辺境伯領との国境も平穏と聞いています。ですがその分、リガニア都市同盟とボドツ公国との紛争は長期戦になっています」


 近年の概況である当たり障りの無い見方を、俺はまずは口にした。


 北方帝国ノールランドについては、その北限のドラゴニュートの居住地からうちの領の港町アプサラまで、遥々逃げて来たフォルくんとユディちゃんに様子を聞いたのがもう8年前。

 ミルカさんが遠路、北方帝国を横断する探索行に出てその探索報告を聞き、またエルメル父さんがリガニア地方の探索を行ったのも6年7年前だ。


 ドラゴニュートの居住地を襲撃して、多くの竜人族を殺害もしくは捕らえたと思われるのは、おそらくは国内もしくは帝国に近接する戦力を一掃し、不安定要因を取り除いたと考えられる。

 またミルカさんの探索行では、帝国南部や帝都カイザーヘルツの状況はいたって平穏で、ただし東南のボドツ公国の傀儡化が進んでいるということだったと記憶している。


 その後に大きな変化があったとはファータ筋からは聞いていないが、北方帝国に関してはファータの足も目も耳も常時届いていないので、正確な情勢把握が難しい。

 瞬時に情報が飛び交う前々世の世界ならともかく、俺の前世でもそして今世のこの世界でも外国の情報はなかなか入って来ない。


「北方帝国については、昨年の王太子様の結婚の儀の折りに、先方からも代表団が訪れていましたから、王宮の方が近年の情勢はご存知なのではないでしょうか?」


「なるほど、そうだな。私も彼らを謁見し少々懇談もしたが、王太子婚姻の祝儀の場であり、丁重な祝いの言葉を受取っただけに過ぎぬ。そうだったな、ブランドン」

「はい、陛下。帝国国務外交省長官らの滞在日数も短く、婚姻祝いと両国関係の関係安定と平穏を願うという皇帝から言葉を伝えられただけで、特に政治外交向きの話し合いは行われませんでした。宰相や外交部長の方からもそう聞いております」


 宰相ね。彼も北方帝国代表団の表敬は受けたのだろうな。

 まあ宰相になったばかりだったので、そう特別な話し合いはしなかったと想像出来る。


 それから結婚の儀が終わった後日に、彼らの宿泊先におそらく王宮の偽装馬車と思われる馬車に乗った者が訪れた事実をファータは掴んでいる。

 それが誰かまで確認することは出来なかったが、これが誰だったのか。まあ俺は何となく推測しているけどね。



「北辺の地で調査外交局を率いているザック君以上のことを、王宮も私も掴んではいないということだ」

「いえ、それは買被りだと思いますけど」

「ふむ。我が王家は残念なことに、この世界で最も強力な耳目を持つ人たちとの縁が無いのでな」

「それは……」


 俺の婚約者であるエステルちゃんがファータの一族のお姫さまだということぐらいは、この国王さんも王宮もしっかり了解しているのだろうな。


 そして北辺の領主貴族、取り分けうちのグリフィン子爵家やキースリング辺境伯家、そしてブライアントお爺ちゃんの男爵家の、親戚関係にある3つの武闘派貴族家がファータの探索者を重用しているのは、当然に知っている筈だ。


 それとは真逆に、フォルサイス王家と王宮はファータの一族との関係が歴史的に皆無に等しい。

 これは王家や王宮側がファータの探索者を用いるのを避けたというより、フォルサイス王家の出自を理由として、ファータ側が関係を持つことを拒否して来たという方が正しいのではないかな。


 つまりは敢えてあらためて触れれば、妹である水の精霊のニュムペ様がアラストル大森林に隠棲するぐらい困らせて成立したフォルサイス王家を、シルフェ様が激しく嫌っていたからですね。



「まあそれは置いておくとして、すると問題なのは、やはりリガニア地方の紛争か。こちらはどうだろうか」

「リガニア地方、ですか」


 セルティア王国がはっきりとリガニア地方での紛争を把握したのは、今から8年前。

 この年にリガニア都市同盟から武力支援の要請が来て、それを協議するために父さんも出席した王国貴族会議が開かれたのだよな。

 その結論としては、商取引の継続による経済的支援は変わらずに行うが、直接的な武力支援は行わないというものだ。


 王宮には積極的に武力介入すべきという意見もあったそうだが、実質は静観に近いという決定だった。

 だが、保有戦力が少なく多くは傭兵に頼っている都市同盟側としては、必要以上の金が掛かる訳で、紛争を理由に経済活動が滞ることを最も怖れていたことから、それを飲むしか無かった訳だ。


 その決定に対して、リガニア地方にいちばん近いエイデン伯爵家をはじめとした北辺の貴族家は、どういう考えだったのか。

 簡単に言えば、もし武力支援や介入となった場合に、その先頭に立たされて負担を強いられるのは当然に北辺の貴族家だ。


 あと辺境伯家やうちとしては、北方帝国国境近隣の戦力が手薄になるのは最も避けたい。つまり北辺の貴族家としては拙速な支援介入策には賛成しかねる訳で、もし王宮がそんな政策を強行しようとした場合、こちらの国内でも大きな揉め事になっただろうね。



「各地で散発的な戦闘が続いていたようですが、近ごろはタリニアへ集中する攻勢が強まっていると聞いています」

「ほう。さすがはザック君だ。情勢を良くご存知のようだな」

「いえ、良くは知らないですけど」


「確か、リガニア都市同盟には7つの主要都市があって、タリニアというのは同盟の中心となっている都市だったな、ランドルフ」

「はい、同盟内で最も大きな街と聞いています。そしてタリニアはリガニア地方の北部にあり、従ってボドツ公国にも近い。これまで同盟の盾の役割を担って来たと、そう理解しております」


 国王さんもランドルフ王宮騎士団長も、あの地方の地政学的位置付けや近年の情勢をちゃんと理解しているようだな。中央山脈を隔てた向う側とはいえ、近隣諸国なのでまあ当たり前か。


 リガニア都市同盟は北部に同盟中心都市のそのタリニアがあり、最も南部にファータの北の里に近いヴィリムルという都市がある。

 そのふたつの都市の間にはシャウロともうひとつの主要都市と、それぞれの衛星村などが散らばっている。


 各主要都市間は馬車で1日から1日半ぐらいの距離で、つまり100キロ前後離れている訳だが、南のヴィリムルからタリニアまでは2都市を経由するリガニア街道が走っていて、およそ300キロの距離だ。


 リガニア地方全体としてはだいたい400キロ四方の範囲で、全体的に標高はセルティア王国よりも高く、森林部や草原、耕作地や牧畜地が混在している。

 特に牛や豚、羊や山羊などの牧畜地が多く、肉や乳、皮革と羊毛の生産が盛んで、それらを原材料とした加工品が各都市の経済を支えている。



「タリニアは持つのだろうか」と、ランドルフさんの方に向けていた視線を俺に戻した国王さんは、そう尋ねるように呟いた。


 リガニア地方の紛争状況については、ファータの北の里のご近所さんの出来事なので、俺も定期的にミルカさんやユルヨ爺たちから聞いている。

 もちろんファータとしても、紛争の推移と現況を把握するために随時探索活動を行っている訳だけど。


 国王さんがどこまで知っているのかは分からないが、グリフィン子爵家がファータと関係が深いとは思っているのだろう。

 とは言っても、それをあからさまにして俺から何か聞き出そうとまではしない、ということですかね。ここは発言に注意しないとですな。


「ボドツ公国の攻勢に対して都市同盟側は、これまであくまでも防衛に徹して、撃って出るという戦い方はして来なかったと聞いています。そもそもが自己戦力としては街を守る程度のものしか備えていませんでしたし、紛争が始まって以降、そこに傭兵戦力が加わっている訳ですが、その経済的負担はかなり大きく、また各都市の治安を保つのにも大変だとか」


「確かにな。傭兵が街に居るのが何年も常態化すると、かなり治安が悪化するだろう。その傭兵部隊の質にも依るだろうが、優れた部隊を雇い続けるにはかなりの金が掛かるだろうし」


 俺の言ったことに対してランドルフさんがそう反応した。

 どうもそうなんだよね。紛争が7年も8年も続けば各都市の負担は慢性的に増大し、外からの攻勢に加えて内部の綻びも大きくなって行く。


 ボドツ公国とすれば、一気に決着させる国力や戦力を有していないという理由もあるだろうけど、そういった内部崩壊も狙って紛争を長期化させている側面もあるよね。

 あと、ボドツ公国を支援している北方帝国としても、現時点まで全面的に兵を送って早期に片を付けるという戦略を採ってはいないようだ。



「それで、僕が知っている範囲では、そのように各都市がかなり疲弊して来ているという状況を前提に、タリニアへの集中攻勢を強めているのではないかと。良く防衛しているという話は流れて来ていましたが、直近のことは分かりません。あと付け加えて言うなら、ボドツ公国への北方帝国の武力支援次第かもですね」


 俺のその言葉を聞いて、国王さんは無言で目を閉ざして考えるような表情を見せ、それからランドルフさんとブランドンさんの方へと顔を向けた。


「タリニアにつきましては、エイデン伯爵領方面からの商人によって同じような話が届いていますので、ザカリー長官の言われるような状況かと」

「ボドツ公国への北方帝国の武力支援か。もしそんなものが行われたら、一挙にバランスが崩れて、リガニア都市同盟は雪崩を打って崩壊するだろうな」


 ブランドン王宮内務部長官とランドルフ王宮騎士団長が、それぞれにそう言葉を発した。


 ブランドンさんが言ったのは、エイデン伯爵領経由でリガニアのどこかの都市と交易を行っている商人からの情報ということだろう。


 つまり王宮としてはそういった商人がもたらす情報を収集している訳で、これにはたぶん王都の商業ギルドとの連携がある筈だ。

 どこまでのレベルかは分からないが、国内外の諜報役も兼ねた商人が存在するのかも知れない。


 ランドルフさんは王国と王家の防衛を預かる立場として、リガニア地方の現状変更と北方帝国の進出を懸念した発言だと思われる。


 北方帝国が軍事顧問団をボドツ公国に派遣しているという事実をランドルフさんたちが掴んでいるのかは分からないが、これは敢えてここで言う必要は無いだろう。

 一般兵力では無く、軍事顧問団という名の少数兵力や工作部隊らしき連中の派遣が現在も続いているのかどうかは、確認出来ていない。


 だが都市同盟が崩壊し、リガニア地方の全域にボドツ公国の手が伸びれば、必然的にボドツ公国を実質的に傘下に置いている北方帝国の影響力が、北方山脈の国境まで及び、これはセルティア王国として座視出来ない事態となる。


 そして俺たちにとってこれは、更に由々しき事態だ。

 何故かって、リガニア地方の南端の森にはファータの本拠地である北の里があるのだから。

 いくら迷い霧の森の中の隠れ里だとは言っても、いつかは察知されてしまうだろう。



「そうなった場合に、王国としては、いえ王家や王宮としてはどうされますか?」


 俺が敢えてそう言うと、国王さんは困ったような一瞬苦虫を噛み潰したような表情をした。


「……いくさは、極力避けたい。それはグリフィン家、いや北辺の諸家としても同じではないかね」

「そう、でしょうね。15年戦争当時の苦労や苦痛を記憶している世代は、北辺にはまだまだ沢山います。もし仮に、この機にセルティア王国が北や東に勢力を伸長させたいと考えたとしても」

「そんな考えは」


「いえ、そうでしょうが、仮の話です。もしも仮にそうだとした場合、北辺が賛意を示すとは考えにくいと、これはあくまで僕個人の意見ですが」

「しかしだザカリー殿。ボドツ公国と北方帝国が、北方山脈の向うまで迫って来たならば」


「エイデン伯爵家に大きな脅威が迫りますね。その場合はランドルフさん。王国内でどんな意見があろうと、北辺が共同して防衛支援を行います。あ、これも僕の個人的な考えですので」


 ランドルフさんは何か言おうとして、結局は口を噤んだ。

 国王さんやブランドンさんも、自分たちの意見を何も言わなかった。

 それはそうだろう。これはまだ仮の将来の話だ。


 タリニアがまだ持ち堪えられるのか、あるいは防衛を成功させてボドツ公国が攻勢策を引っ込めるのか。それともタリニアが陥落するのか。


 だがその場合、王国が何か反応する以前に、俺はファータの統領として動くことになるだろうね。




 リガニア地方の件に関しては、なるべく情報を提供して貰うよう国王さんからお願いされた。まあどこまでの情報かはあるけど、考えておきましょう。


 それからは王国内の話に戻り、国内政治は宰相に任せつつあるといったことを聞いた。

 当面は国内政治に関しては宰相の下に王宮内政部が付き、外交や軍事に関しては国王が直接見るということで、全権を委任するという訳では無いらしい。


 実際には国内政治と言っても、王都圏乃至はせいぜい旧家臣貴族領の範囲内のことで、つまりは王宮政治の延長線上だ。

 基本的に各領主貴族は自領内の統治権を持っているので、いくら宰相が王国政治の全体を統括する立場といっても、それに従わない貴族家はたくさん存在する。特に北辺の領主貴族家とか。


 俺としては宰相が何を言って何をしようと、うちに直接影響もたらされて被害を受けない限り、あまり関心は無いのですけどね。



 それから昼食の時刻ということで、国王さんの執務室の隣にある豪奢な食堂に案内されてお昼をいただきました。


 ここは、わりと親しい招待客や王宮の長官クラスの面々と国王さんが食事をする場らしく、人間という種族内の上下関係とは無縁なカリちゃんはともかくとして、同席を勧められたジェルさんたちはいたく恐縮していました。


 あと、同じく席を共にしたコニーさんも「緊張して味が分かりませんでしたぁ」とあとでこっそり言って来たけど、いやいや貴女あなた、実に美味しそうに料理に没頭しておりましたぞ。


 そんな訳で、確かに美味しかったランチのコース料理をいただいてから、俺たちはコニー従騎士に先導されて宮殿を後にした。


 さて、今日の国王さんとの面談や話の内容が持つ意味を整理して、屋敷に帰ったらミーティングですかね。

 特にリガニア地方情勢の最新情報については、あらためてファータメンバーにお願いしないとだな。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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