第69話 国王さんとの対面
国王さんの執務室に招かれた俺たちは、挨拶を交わしたあと応接セットのソファに座るように促された。
それで俺とカリちゃんが並んで座り、対面には国王さん。
ジェルさんたち3人はその後ろに立って居ようとしたが、ランドルフ王宮騎士団長に会議テーブルの椅子に腰掛けるように言われる。
そのランドルフさんと彼の騎士団長付きのコニー従騎士、そしてブランドン王宮内務部長官は国王さんが座るソファの横に椅子を据えて座った。
俺が思うにこういうかたちでの対面の仕方は、いちおう臣下である中の下の領主貴族、それも継嗣とはいえ爵位を持たない子息に対する扱いでは無いと思うのですが。
どちらかというと、国外からのわりと親しい賓客などに対するような扱いだよね。
だいたい俺の秘書役とはいえ、家名すらも知れないカリちゃんがちゃっかり俺の隣に座っていて、誰も何も言わない。
「日を置かず呼び立ててしまってすまなかったね、ザック君」
「いえ、お約束しましたので、陛下」
「そうかそうか。あらためて良く来てくれた、カリオペさんやジェルメールさんたちも。今日はエステルさんは?」
「表向きのお話だろうということで、本日は遠慮をしました」
「そうか。少し残念ではあるが、そうだな」
この執務室に入った際に、国王さんが俺のことを「ザック君」と愛称で呼んだのを聞いて、その横に立つランドルフさんが少し目を剥いていたのを見逃さなかったが、俺の側に付いていたブランドンさんもおそらくはそんな表情をしていたのだろう。
そして今は、カリちゃんやジェルさん、それから今日は来なかったエステルちゃんの名前を出して、さりげなく気安い関係であることをこの場で伝えている。
一昨日の王妃さんのお茶会ではわりと長い時間を一緒に過ごして居たが、まあ会うのは今日で3回目なのですけどね。
なので国王さんとしては、あらためて俺たちへというよりもランドルフさんやブランドンさんへ伝えているのでは無いかな。
これまではそのふたりから一方的に俺のことを聞いていたらしいから、そんな会話を交わしながらちらちらとふたりに目線を送っている。
「いやなに、ザック君たちの南方行きの土産話は、先日に楽しく聞かせて貰ったので、今日は王国や近隣の話でもと思ってな」
「王国や近隣の話、ですか?」
「うむ」
別にセルティア王国の歴史や自然、文化の話をしようという訳ではないだろう。要するに国内情勢や近隣国に関する話題だ。
確かに俺はグリフィン子爵家の調査外交局長官という職に就いているので、その内容で話をするのは構わない。
だけど俺って、去年から長官職に就いてはいるものの、昨年末に学院を卒業したばかりの貴族社会ではただのひよっ子なのですけどね。
ともかくも今のこのタイミングで、わざわざ北辺のそれも子爵家の息子程度の者に国王が声を掛けてそんな話をしようというのには、どんな目的があるのでしょうね。
俺は国王さんの意図を測ろうと、少し身構えざるを得なかった。
「ああ、一昨日とは違っていささか硬いな。あのときのように寛げとは言わんが、まあそれでも少しは楽にしてくれ。そうだな、ランドルフやブランドンと接するようにな」
「ええ、はい」
俺は短く返事をしながら少し身体の力を抜くようにして、正面に座る国王さんの顔を見る。
応接テーブルを挟んだこの近い距離ならば、無限インベントリから一瞬で刀を取り出しながら抜き、この正面に座る壮年男性の首を一撃で刎ねるのは俺にとっては造作も無いことだ。
そんな物騒な考えがふと頭に過るが、親しくして貰っているセオさんの父親であり、王妃さんの旦那であることも同時に浮かび、直ぐにカリちゃんが言うところのゆるい表情に戻った筈だ。
「お、おい、ザカリー長官」
「なんだね、ランドルフ」
「あ、いえ、何でもありません、陛下」
もちろん殺気などは洩らしてはいないけど、僅かな気配を察したのはさすが王宮騎士団長というところだろう。
隣に座るコニー従騎士も少し変な表情を浮かべていた。
「ふむ……。まあ良いか。話題のきっかけと言ってはなんだが、ザック君の地元で行われている領都の拡張工事について、もし差し支えがなければ少し教えて貰えんかな。何でも、グリフィニアの奇跡とか」
そう言えば一昨日の王妃さんの中庭でのお茶会では、俺たちの南方行き話やカーファ試飲会、ミラジェス王国のバルトロメオ王太子の留学話など話題が盛り沢山で、グリフィニアの拡張事業については話題に出なかったんだよな。
その件は南方に行く前に話題に上がっているし、その場に居なかった国王さんには王妃さん辺りから伝わっている筈だ。
「ええ、今回の領都拡張事業については何も秘匿することはありませんので。奇跡云々は、大袈裟に伝わったからなのでしょうけど」
それで俺は、近年の人口増加を背景に現状のグリフィニアの街の規模では対応が難しくなって来ていることから、思い切って拡張に踏み出したことを、実際の計画の概要を交えながらざっと話をした。
あ、グリフィニアの奇跡と呼ばれている新都市城壁の1日での建設と旧城壁部分の撤去に関しては、ごく大雑把にね。
「なるほどな。グリフィニアの冒険者人口が増えていると。それにしても、どんな規模かは見てみないとだが、部分的にとはいえ、たった1日で古い城壁を壊して、新しい城壁を造るとは」
「いえいえ、あくまで拡張工事のための仮設、ですよ、仮設」
「仮設、ですか」
「なんだ? ブランドン」
「あ、いえ陛下。ザカリー長官が仮設とおっしゃるのなら、仮設なのでしょう」
「グリフィニアには、ザカリー長官とそこに居られるライナさん、それからかつてグリフィニアを代表する冒険者だったダレル殿と、土魔法の達人が揃っているからな」
セオさんと一緒にグリフィニアに来たことのあるランドルフ騎士団長が、そんな補足をした。
彼は学院の総合戦技大会で、俺とライナさんが土魔法でフィールド整備をしているのを目撃しているしね。
あとブランドンさんは、何か知っているですかね。国内の貴族関係を扱う王宮内務部としては、街の外部から見た様子ぐらいは最低限把握しているかもだよね。
でも、結果的に本設だとしても、当初は仮設目的で造ったのですよ。だから仮設です。
「(あひゃー、そこのカリちゃんとアル師匠にケリュさんも居るけどさー)」
「(はいはい、そこんとこ声には出さないでね、ライナさん)」
「(わかってるわよー)」
俺の後方に座っているので振り返らないと見えないけど、ライナさんはたぶんニヤニヤしているのだろうな。
「いやなに、領主が治める領地の中での施策に関して、国の在り様に反することでも無い限り、王国と王宮が何かを言うことは無い。しかし、貴領で冒険者が増えているということは、それだけグリフィン子爵領が魅力的だということだな」
「アラストル大森林がありますからな」
「そうだな。ということは、辺境伯領やエイデン伯爵領といった他の北辺の貴族領でも、同様の傾向があるということかね、ザック君」
「それは……」
当然ながら国王さんも各貴族領の地政学的配置は頭に入っている訳で、セルティア王国の北辺を蓋で閉じるように広がるアラストル大森林と、それに接する5つの貴族領の位置付けについては良く理解しているのだろう。
だが、うち以外の4つの貴族領での冒険者の数の推移や現状の実態などを、俺は正確に把握してはいない。
ミルカ部長やブルーノさんならとは思うけど、これは調査外交局の長官として失格だよな。
「近隣とはいえ他領のことですので、正しく把握をしている訳では無いのですが、僕の推測としては北辺の他領からもうちに流入しているようで、つまり、近年ではうちにだけ顕著な増加傾向があるようですね」
「ふむ、なるほどな」
「(それは、冒険者の若親分と姐さんがいるからよねー)」
「(ああ、そういうことですね。若い衆なんかは、若親分と姐さんに憧れて集まって来ますもんね)」
「(うるさいよ)」
「(はーい)」
うち以外でアラストル大森林に接しているのは、キースリング辺境伯領、ブライアント男爵領、デルクセン子爵領、エイデン伯爵領の4貴族領だ。
このうち、デルクセン子爵領以外はどこの冒険者ギルドも安定していて、冒険者の活動も活発な筈だが、それでも何故だかうちに働き場を移す冒険者が結構いるんだよね。
まあそれだけ、グリフィニアは冒険者が働き易い街ということだと思うのですけど。
あと、冒険者というのは常時武装していてかつ獣や時には魔獣、魔物と闘う、言ってみれば独立した戦闘者たちなので、王国や王宮としてはその実勢を把握して置きたいというのもあるのだろうな。
この戦闘者は王国内の各地の冒険者ギルドの下で活動しているものの、その多くは、それも戦闘力に優れた者たちは北辺に集まっているというのが、セルティア王国での常識だ。
そしてそのことは、大森林の魔獣や魔物と更には北方帝国からの脅威の潜在的な抑止力にもなっているというのも、王国内の為政者にとっては一般的な捉え方だと思う。
実際に今から36年前の15年戦争では、グリフィン子爵領では多くの冒険者が義勇兵としてグリフィン軍に参加したという話だ。
その他ではファータの一族が特殊な独立部隊として参戦しているが、この部隊も実質的にはグリフィン軍の別働隊だったらしい。えーと、アルポさんが隊長でエルノさんが副隊長だった所謂、特別戦闘工作部隊ね。
なので、うちのグリフィン軍は騎士団を中心にして、領民が志願して編成した領兵大隊、冒険者の義勇兵部隊、ファータの特別戦闘工作部隊で構成されていたらしい。
ちなみに俺の推定での軍隊規模は、騎士団が現在の100名ほどの倍ぐらいの200名程度。これは各騎士爵村から配下の従士を多く動員しただろうから。
領兵大隊は、当家で基準としている領兵を編成した場合の大隊規模からすると400名程度。
現在は平時が続いているので領兵大隊は編成しておらず、警備兵として100名弱が存在している。
あと冒険者の義勇兵部隊やファータの特別戦闘工作部隊の数は、15年間も続いた戦争の中でかなり増減もあっただろうからあくまで推測でしか無いが、おそらく義勇兵部隊が100から150ぐらいで、ファータはその特殊性から50ぐらいといったところでは無いだろうか。
この辺の規模については、当時参謀役を務めていたらしいユルヨ爺に聞けば分かると思うけどね。
ということで、15年戦争当時のグリフィン軍は総数で800名程度だろうか。
数千から数万人の兵力をひとりの戦国大名が有していた俺の前世の世界と比べると、いささか心もとない数だけど、まあうちは言っても子爵位程度の領主貴族だし、あと魔法が戦闘に組込まれているこの世界としては、数の力だけでは計れない部分もあるしね。
ただしこれが北辺の領主貴族というまとまりでひとつの軍団として考えると、辺境伯軍はおそらくうちの倍近くの1500ぐらいで、ブライアントお爺ちゃんの男爵軍が500程度ぐらいだとして、先に挙げた5領主貴族にオデアン男爵軍を加えた北辺軍団の総数は5500ぐらいとなり、前々世風に言えば旅団ぐらいのそこそこの規模になるのではないかな。
あとこれは比較にもならないが、俺が前世で退避していた朽木の爺ちゃんのところから都と自らの権威を取り戻すべく挙兵して、坂本から如意ヶ獄に布陣した際の兵力は約5千だった。
付け加えて言えば、その後年に都で死んだ時、二条御所に攻め寄せて来た三好・松永軍の総数はおよそ1万だったと、そうクロウちゃんから教えて貰ったのだけどね。
「(ザックさま、ザックさま。また惚けていますよ。国王さんたちが何か言ってますから、戻ってくださいな)」
「(あ、はいです、カリちゃん)」
「あー、ザック君、何か思うところでもあったか?」
「ザカリー殿が黙り込むと、少し怖いのだがな。ほれ、ブランドンの奴が少しビビっておる」
「コホン、私はビビってなどはおりませんが、騎士団長」
「これは失礼しました。少し頭の中を整理していまして」
「うちの長官は、ときどき意識が違うところに飛ぶんですよ」
「ほほう、それは秘書としては大変だな、カリオペさん」
「はい、大変なんです。戦闘になったら人一倍集中しますけど、普段はゆるゆるなので。だから後ろの姉さんたちも苦労してます」
「は、ははは。ここは戦闘の場では無いので、それだけリラックスして貰っているということで良いのかな」
「そうですねぇ」
「だそうだぞ、ランドルフ、ブランドン」
突然黙り込んだ俺に場が少し緊張していたのだろうか。
カリちゃんと国王さんとのやり取りに、木剣とはいえ俺と剣を交えた経験のあるランドルフさんは少し疑うような目で俺を見ていたが、文官のブランドンさんはほっとした表情をした。
えーと、何の話でしたっけ? うちの領都に冒険者が増えているということと、北辺の貴族領の話でしたか。
要するに国王さんたちとすれば、北辺の領主貴族領の現状や動向を掴んで置きたいのでしたかね。
話せることは話しますけど、知っていても話せないことは話しませんよ。
「その冒険者たちが活動の場とするアラストル大森林のことにも興味があるのだが、近年は酷く荒れることもなく、比較的穏やかだとは私も何となく耳にしている。そしてそれが、グリフィン子爵領の冒険者の数が増えていることにも、おそらく繋がっておるのであろうかな」
「ええ、あまりに危険度が増すと、冒険者たちも活動が出来なくなりますので、穏やかであるのに越したことはありません」
「そうだろうな。ではその北の北方帝国や、北方山脈を越えた向うの地域はどうだろうか。ザック君、いやザカリー長官としてはどう捉えておるのかね」
ああ、今日の面談で話したいことの主旨は、やはりそっち方面ですか。
北方帝国ノールランドの動向、そして東の国境である北方山脈の向うのリガニア都市同盟とその北に在るボドツ公国との長期に渡る紛争地帯、リガニア地方の現状。
この辺の動向については、王国と王宮がどう把握して何を考えているのか。そこは俺としても知りたいところではありますよと、俺はあらためて国王さんの顔を見るのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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