第68話 国王の執務室へ赴く
セオさんたちに会いに王宮を訪問したら一旦グリフィニアに帰って、来月にまた王都に戻り、出来ればセルティア王立学院の課外部対抗戦を観戦する予定にしていた。
ところが、国王さんから別途会いたいとの要請を受けたので、王宮からあらためて連絡が来るまで待機となってしまった。
これは下手すると、ずっと連絡を待っていないといけないのかな。
そうするとグリフィニアに帰るのを一時延期するか、あるいは学院の課外部対抗戦を諦めるか。
でも、南方から帰国した旨の手紙は送ってあるものの、父さんたちには旅の報告をしないとだし、あと王妃さんに見護って欲しいと頼まれたミラジェス王国バルトロメオ・レンダーノ王太子は、来月10日頃に到着する筈だし、と近々の予定にちょっと頭を悩ませる。
王宮を訪問した翌日、エステルちゃんやカリちゃんとどうしようかねと話していたら、王宮内務部から書簡を持参して使者が訪ねて来たという。
それで屋敷に案内させてカリちゃんを伴って応対に出ると、何となく見たことのある職員の男性だった。
「これは長官殿御自らで恐縮であります。まずはこの書簡をお改め下さい」
「ご苦労さまです。ははあ、国王陛下からのご招待状ですか。急で申し訳ないが明日の午前中はどうかと。これは本当に急ですね」
「申し訳ありません。陛下とは既に面談のお約束はされていると伺っておりますが、近々ですと陛下のご予定で時間を取れるのが、明日の午前からお昼過ぎまでとのことでして。当内務部のボルトン長官からは、もしザカリー長官のご予定が合わない場合には、またあらためて調整させて貰いたいとのことでしたが……」
恐る恐るという顔でその使者の職員は、俺の表情を伺った。
まあ普通なら子爵の息子風情に対してだと、いついつ来いと下命すれば良いと思うのですが、なんとも丁寧な対応で恐縮です。
あと、昨日の王妃さんのお茶の席ではのんびりしていた国王さんだけど、じつは結構忙しいのですかね。
いずれにせよ、予定が決まらないまま王都で待っているよりは早い方がありがたい。
「わかりました。明日の午前に伺います」という俺の返答を聞いた職員さんは、あからさまにほっとした表情をした。
いや、俺って怖いですか? なんか不機嫌そうな顔をしてましたか? あとでカリちゃんに聞いてみよう。
「それでは明日、まずは王宮内務部へお越し下さい」と言って、職員さんはそそくさと帰って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、一昨日に続いてまた王宮に向かう。今日の馬車の中は俺とカリちゃんだけだ。
今回はグリフィン子爵家調査外交局長官としてという国王さんの話だったので、エステルちゃんは「わたしは遠慮しておきましょう。カリちゃん、お願いね」だそうだ。
カリちゃんはいちおう俺の秘書役だからね。
馬車の御者台にはティモさんとフォルくん。
一昨日はフォルくんとユディちゃんも王妃さんの中庭まで招かれたけど、今日は宮殿外の待機施設で待つ予定で、かつ国王からの招請による王宮訪問ということから、念のためにティモさんが御者役で付いて来てくれている。トラブルとかは何も無いと思うけどね。
護衛はいつものジェルさんたちお姉さん方3人で、こちらは国王さんの御前まで伴えるかどうかは王宮側の対応次第です。
ちなみに俺もカリちゃんもジェルさんたちも、外から見えるかたちでの武装はしていない。
これは一昨日も同様で、ただしオネルさんとカリちゃんが肩から提げている可愛らしい外見のマジックバッグの中には、普段の装備や危険な武器が入っている。
俺の場合は無限インベントリ内に武器がてんこ盛りなので、まあいつも通りの無腰ですな。
仮に国王さんの御前に出るのが俺とカリちゃんだけだとしても、ふたりなら大抵の危機には対処出来るだろう。
どちらかと言うと王宮内で死者が出るのを防ぐ方が大変そうだけど、一歩間違うと内乱騒ぎ発展してしまいそうなので、万が一にもそういうことは起きて欲しく無い。
「メイスで行きますか、それとも魔法だけで行きましょうかね?」
「どっちも行きません」
「そうですかぁ? アル師匠は魔法の方が無難じゃろって。ケリュさまはメイスで薙ぎ倒せば良いだろって言ってましよ」
何がどうしたら無難なのか。うちの人外はどうこう言って人類の常識が分かっていない。
カリちゃんがお気に入りの武器である巨頭砕きのメイスを持ったら、普通の人族相手だと絶対に死人が出るし、ましてやドラゴンの魔法だと威力が大き過ぎる。
それにだいたい、今日は国王さんから話がしたいと招待された訳だし、そんな戦闘状態になる場面は無いですよ。
馬車の中でそんな会話をしていたら王宮に到着した。
ティモさんとフォルくんには待機施設で待っていて貰って、俺たちは指示された通りにまずは王宮内務部の建物へと向かう。
セオさんたちに会いに行くいつもなら、そのまま宮殿の大ホールに入って王宮騎士団員の誰かに取り次ぎを頼むところだけど、今日は段取りが違うようだ。
それで宮殿とは別の建物の王宮内務部に入り、受付の職員にオネルさんが到着を告げる。
すると、連絡を受けたブランドン・アーチボルド王宮内務部長官が直ぐに奥から出て来た。
「おお、ザカリー長官殿、お待ちしておりましたぞ」
「遅くなりましたか?」
「いえいえ、調度良い頃合いです。南方への旅、ご苦労さまでした。私もゆっくりとお話を伺いたいところですが、まずは宮殿へ。ご案内いたします」
「秘書と護衛は同行しても?」
「カリオペ様とジェルメール騎士殿たちもどうぞご一緒に。ささ、向かいましょう」
どうやらブランドンさんが自ら国王の御前まで案内していただけるようで、カリちゃんとジェルさんたちも一緒で構わないみたいだ。
今朝までジェルさんたちは、自分たちが宮殿内での同行を断られるのを心配していたが、まずそこは杞憂に終わった。
それでブランドンさんの先導により宮殿内に入り、大ホールを抜けてその奥から伸びる大廊下を進む。
ここまではいつもと同じ道順で、つまりは宮殿内の王家一家が住まう奥へと行く訳だが、途中で大廊下から脇の廊下へと折れ曲がることなく、今回は真っ直ぐ歩き続けた。
途中で別の廊下に入って、所々に点在する小庭などを見ながら進んで行くと、王妃さんの居住するセクションや王太子夫妻居住のセクションなどに分かれて行くのだが、この大廊下の先はたぶん国王の執務室か何かのあるセクションなのだろう。
そんなことを考えながら歩いて行くと、大廊下の終点と思える大きな扉のある場所へと到着する。
閉じられている扉は、普通の建物であれば二層か三層分の高さはある大廊下の天井近くまでを塞ぐ大きなもので、その両脇には警備のためであろう王宮騎士団員がひとりずつ、いや片側にはもうひとりの3人が立って居た。
なるほど、その3人目の王宮騎士団員は良く知っている女性ですね。
「ザカリー長官殿、皆さま方、ようこそお出でくださいました。ブランドン長官、ご案内いただきありがとうございます」
「お出迎えご苦労さま、コニー・レミントン従騎士」
扉の横で待っていたのは、ランドルフ・ウォーロック王宮騎士団長の秘書をしているコニーさんだ。
ランドルフさんと会った際にはだいたい彼女が側で控えているし、昨年一昨年とセルティア王立学院学院祭の総合戦技大会での親善試合でも、王宮騎士団チームの選手として相対している。
そのコニーさんがにこやかな笑顔で俺たちを出迎えてくれたということは、この大扉の向うにはランドルフさんも居るということだね。
コニーさんの合図によって2名の王宮騎士団員が大扉を開ける。そして俺たちを「どうぞ中へ」と先導してくれた。
扉の中は絨毯が敷き詰められた廊下の続きと言うよりも、ちょっとしたロビー空間という感じか。前々世の一流ホテルの宴会場にある専用ロビーか、前室みたいな場所かなと思う。
床の絨毯は、ここまで歩いて来た大廊下のカーペットよりも一段階上等のもの、あるいは大廊下ほど大勢の人が踏んでいないからかも知れず、ふわふわだ。
窓などは無いが天井の豪奢なシャンデリアに照らされて明るく、壁には俺の知らない人たちの肖像画が幾つも飾られている。
「歴代の国王陛下のお姿ですな」と、立ち止まってそれらの肖像画を見ていた俺たちに、ブランドンさんが教えてくれた。
「すると、初代のも?」
「ええ、もちろんです。ほら、あちらですよ」
俺の問いにブランドンさんが右手の奥を指し示した。
この横長なロビー空間の右奥には普通サイズの両開き扉が見えていて、そのいちばん近くの壁面に飾られている肖像画が、どうやらセルティア王国初代国王であるワイアット・フォルサイスのものらしい。
ちょっと近づいてみましょうかね。
俺たちはブランドンさんとコニーさんに断りを入れて、その肖像画の前に立つ。
当代の国王さんが待っているのかも知れないけど、宮殿のここまで初めて入ったのだから、少しぐらいの見学の時間はご容赦いただきましょう。
その肖像画がいつの時代に描かれたものなのかは知らないけど、かなり古いものであることは確かだろう。
俺には良く分からないが、大扉近くにあった肖像画よりも描き方が少し古風な気がする。
そして描かれたその初代国王は、引き締まった彫りの深い顔立ちに金髪の長い髪を肩まで足らした、なかなか精悍な初老ぐらいの男性のもので、王族や貴族と言うよりは戦士と言った方が相応しい姿だった。
「(ははぁ、この男がマルカルサスさんやルドヴィークさんたちの宿敵ですかぁ)」
「(こいつに殺されたのよねー)」
「(水の下っ端精霊と流れ者人族の間に生まれたってヤツですよねぇ)」
「(それにしても、精霊っぽいところは無いわよねー。どっちかって言うと、抜け目無い冒険者か雇われ戦士って感じ)」
「(父親の方の血筋ですかねぇ)」
カリちゃんとライナさんが念話でそんな感想を交わしているけど、ここで絶対声に出さんでくださいよ。まあ俺もそう思うけどさ。
当代の国王さんや王太子であるセオさんらのご先祖であるワイアット・フォルサイス初代王は、カリちゃんが言ったように800年ほどの昔に、ニュムペ様の配下であった水の下級精霊と流れ者の冒険者だったらしい人族の男との間に生まれたということだ。
その当時に、ギルド所属の冒険者という職業が存在していたのかどうかは知らない。
まあその名称の通り、諸処を冒険して放浪しながら生きている類いの男だったのだろう。
下級精霊に育てられたワイアットは、やがて人族のある一族に引き取られて戦士として育つ。
そして複数の部族を糾合し、当時部族王としてこの一帯を統治していたマルカルサスさんに反旗を翻して、終には討ち滅ぼし自らが国王となった。
その敗者であるマルカルサスさんら旧部族王の家族郎党は、死者と生者の区別無くこの王都の地下洞窟深くに閉じ込められて儚くアンデットとなり、そして現在はマルカルサスさんとその側近のごく数名が、地下洞窟の奥深くの霊廟で静かに暮らしている。
いま彼らが地上に出て、この場に立ってこの肖像画を見たら何を思うだろう。
憤怒か復讐の思いか、はたまた呪いか怨念か。いや、800年の時を経て存在し続ける俺の知っているマルカルサスさんは、そんな単純な感情の吐露などはしない気がする。
おそらくは、ただ静かに瞑目するだけなのでは無いだろうか。
何故ならあの人たちは、この王国の王都の地下深くで、人知れずそっとこの地の平穏を支え続けていた筈だから。
「ザカリーさま、ザカリーさま」
「あ、うん」
「もうそろそろ。扉の前でおふたりが待っておりますぞ」
「そうだね、ジェルさん。行こうか」
「ザックさま、お顔を戻しましょうね」とカリちゃんが小声で囁く。
「あ、はいです。僕、なんか変な顔してた?」
「真面目なお顔でしたけど、その真面目の更に向うみたいなカチコチ。ほら、いつも通りのゆるい顔に戻して」
「えーと」
俺って、いつもはゆるい表情に見えるですかね。ちょっと心外だ。でも、ちょっとしたことで表情がカチコチに硬くなるのは、まだまだ修行が足りませんぞ。
「もうよろしいですかな?」
「あ、はい。いえ、この国を造った方の肖像画ということで、少々感慨深く眺めてしまいました」
「そうですか、そうでしょうな。さて、ではこの部屋に。コニー従騎士、ご案内を」
「はい、では。ザカリー・グリフィン長官殿ご一行がご到着されました。入室よろしいでしょうかっ」
「おう」
コニーさんが騎士団員らしい大声を出して扉の向こう側に呼び掛け、その向うからはたぶんランドルフ・ウォーロック王宮騎士団長らしき返事の声が聞こえて来た。
そしてすかさず、コニーさんが両開き扉の片側を開いて、「では、中へお進みください」と俺たちに入室するように促した。
中に入ると、そこは正面の壁一面が書棚になっている書斎のような部屋だ。
俺の隣に立って一緒に入ったブランドンさんが、「国王陛下の執務室ですよ」と小声で教えてくれる。
入って直ぐの手前には小規模サイズの会議テーブルとそれを囲む座席。そして見るからに豪華そうな応接用のソファセットも置かれている。どちらも上質で品の良い設えだ。
そのふたつがゆったりと置かれているだけでもなかなかに広い部屋だが、その向うの正面には大きくて重厚な執務机が据えられており、その向うに国王さんがニコニコしながら座っている。
そしてその横に、ランドルフさんが真面目くさった表情を作って立っていた。
「やあザック君、みなさん。一昨日振りだね。良く来てくれました」
確かに一昨日に会ったばかりなのだけど、当代国王のその朗い表情と声に、つい先ほど扉の向うで初代国王の肖像画を見ながら、カリちゃんが言うところの真面目の更に向うの硬い表情だった俺の顔は少し緩むのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




