第67話 王宮でのカーファ試飲会とバルトロメオ殿下留学の話
本編に戻りました。
「これは、どんな飲み物なんだ、ザック君」
「えーと、どんなと言いますか、まあ飲んでみてください。もちろん、好き嫌いは分かれると思いますけど」
王宮の奥、王妃さんの中庭で俺は用意して貰ったお湯を使ってコーヒー、ではなくカーファをドリップで淹れて王家のみなさんに振舞った。
このお茶会の趣旨は、南方旅でのエピソードとエルフとの交渉結果を俺たちが話すものだったので、まずはその話で盛り上がり、その流れで入手したカーファ豆と焙煎した豆、そして挽いた粉を見せてからカーファを淹れた訳ですな。
エステルちゃんを始めとしてうちの連中はやれやれ始まったかという顔をしていたけど、それでもまあ手伝ってくれました。
「しかし、黒いというか焦げ茶色というか、なんともな色であるな」
「ザックさんに飲んで見せていただきましたけど、飲んで大丈夫なもの?」
国王さんと王妃さんも居るし、いちおう毒味ではないが俺がひと口飲んで見せている。
ここには王家の護衛をする王宮騎士は誰も居ないし、いつもはアデライン王女と行動を共にしているエデルガルト・ギビンズ騎士は、今日は国王の同席もあってか姿が見えない。
つまり最初に王妃さんが言ったように、今日は本当に内輪の私的な集まりなのだ。
隣のテーブルには侍女さんたちとうちのお姉さん方にフォルくんとユディちゃんが居るのだが、そのテーブルにもいちおう振舞っておきました。
「では、わたしが勇気を持って」
隣のテーブルでそう声に出して、フェリシア王太子妃の侍女で王太子夫妻の秘書的な立場にあるシャルリーヌさんがカーファの入ったカップに口を付けた。
いや、勇気を出して飲むほどのものでもないのですけどね。
「ど、どう? シャルリーヌ」
「苦っ! 苦いです、フェリシアさま」
まずは何も入れずにということで、ブラックカーファで出しておりますからな。
「ですけど、毒ではありません。ふた口目は、あの、なんだか飲んだことのないコクと言いますか。もうひと口……。あー、飲めますね。苦いことは苦いですけど、でも嫌な感じはしません」
「そう、なのね」
シャルリーヌさんはひと口ふた口、そして三口と、味を吟味するように飲んでいる。
どうやら彼女の口にはカーファが合って来たようだ。
「ならば、俺も」
「あ、殿下」
「ここは国王として、飲まねばならんな」
「あなた」
「でしたら、ザックさんがせっかく淹れていただいたのですから、わたしも」
セオさんと国王さんがカップに口を付け、続いてアデライン王女も。そして王妃さんとフェリさんも恐る恐るカーファをひと口飲んだ。
いやいや、国王としてとか、そんな大袈裟なものじゃありませんから。
「この飲み物は、カーファと言ったか、そうだな、悪く無いな。父上はどうですか?」
「ふむ。最初は苦くてどうしたものかと思ったが、徐々に味に慣らされて行くようだ。私も嫌いでは無いぞ」
結局セオさんと国王さんは小さなカップに入ったブラックカーファを飲み干し、飲み切れずにいた王妃さんたちには、あらためて温めたミルクと砂糖を入れたカーファオレをエステルちゃんとカリちゃんが作ってあげていた。
温めたミルクも念のためにお湯と一緒に用意して貰っていたのだが、少し時間が経っているので熱々という訳にはいかなかったけどね。
本当なら俺が魔法で温め直せば良かったのだけど、この王宮内では魔法を遣うと感知されて余計な連中が登場するので、そこは致し方無いですな。
隣のテーブルでもライナさんたちが同じようにカーファオレを作り直していて、ブラックカーファを一杯すべて飲んだのは、フォルくんとそれからシャルリーヌさんだった。
「あら、これならずいぶんと飲み易くなったわ。なんだかショコレトールにも少し似ているような」
「そうですね、お母さま。味は少し違いますけど風味と言いますか、確かに似ていますわね」
「わたし、ショコレトールと同じで、ちょっと好きになるかも、です」
「それはショコレトールと同じく、先ほどお見せしたように焙煎をしていることもあるからですね。焙煎とは豆を適度に炒る行程でして、豆の香りと風味と味を引き立たせる作業なんです」
「なるほどな。作り方が似ているからなのか」
「でも、このカーファは、ショコレトールみたいなお菓子にはなりませんのよね?」
「まあ出来なくもないのですが、このまま固めてという訳には行かないですね。やはり紅茶と同じように、飲み物としてが良いと考えています」
セオさんと国王さんにも二杯目としてカーファオレを淹れてあげて、彼らはゆっくりとそれを味わっている。
「しかし、新たな豆を入手して即座にその活用方法を生みだすとは。どうしてそのような知恵が……。いや、これは詮索せぬ方が良いのか」
国王さんの最後の言葉は小さな呟きで、耳の良い俺以外には聞こえていなかったかも知れない。カリちゃんには聞こえていたかもだけど。
「それで、このカーファの豆も輸入するのだな、ザック君」
「ええ、セオさん。そのつもりで商業国連合にはお願いをしています。もしかしたらこちらの豆の方が先に取引出来るかもですけどね」
「わたし、やっぱりショコレトール豆の方を先にしてほしいですわ。ねえ、お母さま」
「うふふ、それはそうよね。でも先ほどのザックさんのお話ですと、まだまだ時間が掛かりそうだわ」
ショコレトール大好きになったフェリさんは早く食べたいようだが、これから見本製造用のショコレトール豆が届いたら製品を作って、商業国連合のセバリオ経由でエルフのイオタ自治領へと送って、彼らの輸出許可を待ってと、王妃さんが言ったようにまだかなり時間が掛かりそうだ。
取りあえずショコレトール豆がどのぐらい届くのかは来てみないとだけど、見本製造用であってもそんなに少量では無いと思うので、作った製品の内の少しぐらいはこの王家にも提供してあげましょうかね。
まあショコレトールにしてもカーファにしても、まずはエルフとの取引交渉がもう一歩進んでからだ。
「それで、バルトロメオにはお会いいただいたのよね、ザックさん」
「ええ、行きと還りと、二度お会いしました。還りのときには王太子殿下の宮殿にお招きいただきましたし」
王妃さんは彼女の甥であるレンダーノ国王の息子、つまり又甥にあたるミラジェス王国のバルトロメオ・レンダーノ王太子のことに話を移した。
「そう、良かったわ。それで聞いてくださった?」
「殿下の留学の件ですね」
バルトくんは近いうちに、セルティア王立学院に留学して来るのが決まっていた。
それを還りの旅でミラプエルトに寄港した際に、王太子の宮殿に招かれて聞いた訳だ。
「バルト殿下は13歳ですから、こちらでも2年生ということになりますわね」
「そうだな、フェリ。同級生とは1年と数ヶ月遅れで初めて会う訳だが、なに、あの歳頃なら直ぐに馴染めるだろうよ」
つい数年前までは学院で学院生会の会長を見た目上はしっかり務めていたフェリさんは、たぶん途中入学の心配をしたのだろうけど、それを言葉に出す前にセオさんが心配無いと予測した。
まあ確かに苦労するのは最初だけで、年齢以上に思慮深くかつ積極性もありそうなバルトくんなら大丈夫だろう。
どちらかと言うと心配なのは、あのお兄ちゃん大好きっ子の妹のヴェルディアナちゃんがひとり残されることだよな。
俺がそれを口にすると、エステルちゃんが「あのヴェルさまなら大丈夫ですよ。お歳以上にしっかりしていましたもの」と言った。
「あの子は、バルトと一緒に王太子宮殿で暮らしているのよね。でもエステルちゃんが大丈夫と言うなら、きっと大丈夫だわ」と、王妃さんも何故かエステルちゃんの見立てを支持する。
一緒に過ごした回数は少ないのだが、王妃さんは謎にエステルちゃんを信頼しているのですなぁ。
「そこで、ザックさん」
「はい?」
王妃さんが隣に座る俺の方に顔を向けて、姿勢を正しながら声を掛けて来た。
「あの子がこちらに留学して来るのは、来月の中頃の予定なのね」
「そう伺いました」
「それでね、ザックさんには申し訳ないのだけど、あの子のことを少しばかり見護っていただけないかしらと思って。いえ、これは王妃としての頼みでは無いのよ。あくまで大叔母としてのわたしのお願いなの」
見護って欲しいと言われても、具体的にどうすれば良いのか。俺はもう学院生では無いのですけど。
「母上はまた無茶を言って。ザック君は既に学院を卒業しているし、それにグリフィン子爵家の調査外交局長官という重職に就いている立場だ」
俺が口を開く前に、セオさんがそう代弁してくれた。
「でも、ザックさんて、学院の先生でもあるでしょ?」
「あー、いえ、あくまでも栄誉職のお飾りですから」
「栄誉教授でも教授は教授よ。わが国の王立学院は王家といえど学院内のことについてはあまり関与出来ませんけど、教授のお立場でしたら少しぐらいは。ね、お願いします、ザックさん」
「あひゃー」
セルティア王立学院は長年の伝統で、王立とは言っても王家やら王宮からの干渉はほとんど受付けない独立性を保っている。
それはセルティア王国では極めて少数派のエルフ族の女性が、学院トップの学院長の立場に在り続けていることからも分かる。
同時に、学院側も王宮や所管の内政部とは良好な関係でいることにかなりの配慮をしており、また歴史上、王家や貴族の子女のほとんどが在籍してかつ大きな問題を起こしたことも無い。
なのでこれまで、学院の位置付けやその独立性を壊そうとする勢力が出現することは無かった。
今の王妃さんの発言も従って王家からの要請や命令ではなく、あくまで親戚の子が留学して来るので、それを多少とも心配する大叔母さんからのお願いなのだけれども。
「確かに、バルト君はひとり単独で留学してくるそうだし、と言って学院に現在在籍している王宮騎士の息子や娘の誰かに、あの子の護衛に付けとも言えないしな。そもそもがうちの学院にはそういう制度や習慣が無い」
「セオやアデラインだって、あからさまには護衛を付けなかったでしょ」
「わたしには、エデルが居ました、けど」
「エデルガルトさんは、あなたのお姉さんみたなものだわ?」
「ええ」
そうなんだよね。セオさんが言ったように、どんなに高位の領主貴族の子女でも、あるいは王家直系の息子、娘であっても、あの学院では学院内に側付きや護衛を伴ったり身近に置くことは無いし、それがセルティア王立学院の誇る伝統なのだ。
現在は王宮騎士のエデルガルトさんは、アデライン王女が在籍中はずいぶんと面倒を見たみたいだけど、それは当時引き蘢りの王女だったからと言うのと、現在もそうであるように姉のようであり数少ない友人だったからだ。
「ははあ。それでは、仕方がありませんので、僕が学院に赴いた際には出来る限り気に掛けることとしますよ。でも、そう頻繁には学院に行きませんので、そこはご承知置きくださいね」
「ええ、もちろんよ。ザックさんがバルトのことを気に掛けてくれているって、その事実だけで充分だわ」
俺の頭の中にはエステルちゃんから、「(バルトさんは良い子ですし、受けあげなさいなザックさま)」と念話が飛んで来ていた。
カリちゃんとライナさんからも、「(気分転換がてら学院に行く理由になりますよ)」「(王妃様にちょっと恩を売るいい機会よー)」とか無責任な念話が来たのだが、まあ恩を売る云々は置いておいても、学院に顔を出す理由ぐらいにはなるよな。
今日は南方への旅の話やエルフとの交渉結果の報告、カーファの試飲会にバルトくんの留学話と盛り沢山で、ずいぶんと長居をしてしまった。
特に旅での出来事については、セオさんやアデライン王女をはじめみなさんが目を輝かせて熱心に聞いてくれたし、まあ良かったのでは無いですかね。
それではそろそろお暇をと別れの挨拶をすると、これまで終始ニコニコとこの場のやり取りを聞いていた国王さんが、「少しばかり良いかね、ザカリー、いやザック君」と俺を呼び止めた。
「はい、何でしょうか国王陛下」
「このひととき、実に楽しい時間を家族と共に過ごせた。まずはそれについて、お礼を言わせていただくよ」
「恐縮です」
うちの者たちはまだ王家の人たちと立ち話をしており、国王さんと俺はそこから少し離れて向かい合っている。
今日のお礼の言葉は受取ったけれど、まだ話があるのかな。
「今日は夫として親として、私もこの場を楽しむことが出来たが、もしよければ次の機会には、グリフィン子爵家の調査外交局長官であり剣術と魔法の達人である君と、国王である私とで話が出来るかな?」
ふうむ。ごく私的なものでは無くて、互いの公の立場でということですか。それに加えて剣術と魔法の達人と来ましたか。
それは政治の話や軍事に関係する話ということですかね。
「いや、あまり構えんで欲しい。なに、ちょっとした情報交換と互いを知る機会を設けたいということだよ。これまで、ランドルフやボルトンなどもずいぶんと世話になっておるようだしな」
王宮騎士団長のランドルフさんや王宮内務部長官のブランドンさんとは、確かにこれまで何度か交流する機会があったよな。
おそらくは国王の側近である彼らからいろいろと話を聞いているのだろうし、まあ直接話をしたいというところなのだろう。
そこには政治や軍事の話も出るだろうし、その点では今日のこの場は相応しく無い。
「陛下の仰せでしたら、僕に断る理由はありません。いつでもお声掛けください」
「おお、そうか。ならばあらためて連絡をさせよう。では、またな」
国王とのそんな言葉を交わして、俺たちは王妃さんの中庭を後にした。
いやあ、しかし以前にはこの国の王家や王宮とは極力関わりたく無いと思っていたのだけど、いつの間にか国王と対面して話す約束をさせられてしまいましたぞ。
でもまあ、あまり重たく考えたり心配するのは取りあえず止めようと、俺は頭を振りながら王宮の長い廊下を歩くのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




