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クリスマス&年末年始番外編 冒険者のクリスマス(後編)

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。


 アナスタシアホームの玄関口を出て隣接する祭祀のやしろとの間に、大きな岩石で造られた記念碑のような石碑がひっそりとある。


 高さが2メートル以上のかなり大きな1枚岩で、裏面は元の岩のままのゴツゴツした地肌だが、表面は鏡のように磨かれている。

 クロウちゃんによると、前世の世界の御影石に似ているのだそうだ。


 そしてその表面には小さな文字で多くの人名が刻まれている。

 この刻まれている名前は、かつての15年戦争で命を落とされたグリフィン子爵領の人たち。

 そしてその下には、これまでにアラストル大森林を中心として、当領内で仕事中に不慮の事故で亡くなられたグリフィニアのギルド所属の人たちの名前が刻まれている。


 大半はもちろん冒険者だけど、何人かは錬金術ギルドなど他のギルド所属の人も含まれているそうだ。

 あと、騎士団員その他グリフィン子爵家直属の人で同じく15年戦争時や公務中に亡くなられた方については、騎士団本部横に同じような石碑があってそこに名前が刻まれている。


 つまりここに建立されている石碑は慰霊碑で、「グリフィン子爵領慰霊碑」と大きく刻まれていた。


 元の大岩は、アラストル大森林に自然に在ったものを冒険者たちが苦労して運び出したものだそうで、うちの母さんが子爵家に嫁いだときに母さん自身が音頭を取って、それまでに判明し記録されている方たちの名前をすべて刻んで建立された。


 そして加えて言えば、特にいちばん下の方に刻まれたお名前は、現在アナスタシアホームで暮らしている子供たちの親御さんの名前なのだね。


 もちろん個々のお墓などは、同じく祭祀のやしろ内の墓地など別の場所にあるのだけど、この慰霊碑は子供たちの親御さんがかつて懸命に生き、かつこのアナスタシアホームの子供たちにその未来を託した記念碑でもある。



 この慰霊碑は、グリフィニアの人たちが誰でも祭祀のやしろに来た際にはお参りすることが出来るので、冒険者の中には訪れる人も居るらしいけど、人数はそれほど多く無いそうだ。

 まあ祭祀のやしろの敷地内だし、身近な者の名前が刻まれているのならともかく、冒険者がそうそう来る場所では無いのかもね。


 俺たちの場合は、毎年この時期にアナスタシアホームに来ると、掃除や補修、パーティー準備などの作業がひと段落したタイミングで、この慰霊碑に花を添えて全員で祈りを捧げることにしている。


「よし、みんな揃いやしたかね。では、ライナさん」

「はーい」


 近年はすっかり恒例になっているけど、この慰霊碑への拝礼というか参拝というか、祈りを捧げる行事は、元冒険者であるブルーノさんとライナさんが中心に行われる。

 まずはブルーノさんとライナさんが慰霊碑に花を献花し、続いて俺とエステルちゃんが同じようにする。


 いつもは続いて全員で祈りを捧げるのだが、今日はニックさんたちサンダーソードとエヴェリーナさんとセラフィーナさんの7人の現役冒険者が居るので、多めに用意していた献花用の花を彼らにも分けて渡してある。


 そして、ブルーノさんとライナさんが献花したあとにこの7人も慰霊碑の前に並び、代表してニックさんが花を捧げた。


 俺たちの祈りは皆もおそらく同じだろう。

 それぞれ個々の事情や状況は違っていたにせよ、ここグリフィン子爵領で精一杯生き、命を儚くした人たちへの鎮魂と感謝の祈り。

 そして、アナスタシアホームに暮らす子供たちを護ってくれるようにという願いだ。



「みんな、今年もありがとうねー。それから、ニックたちもありがとう。エヴェちゃんとセラちゃんも」


「ライナさんよ。この慰霊碑ってのは、半分はオレたち冒険者のためのものだろ。いままで来なかったオレたちが悪いぜ。ありがとうを言うのはこっちの方だ」

「そうだよ、ライナさん。これからは、必ず年に1回はここでお祈りするよう、他の連中にも言っておくさ」


「そうそう。わたしらも同じくお礼を言わせて貰うよ、ライナちゃん」

「わたしも初めて来ましたけど、こんな慰霊碑を建ててくださったアナスタシアさまに感謝です」


 この慰霊碑が建てられたのが、うちの父さんと母さんが結婚したその翌年と聞いているので、今から18年前か。俺がこの世界に生まれる3年ほど前のことだ。

 その間にニックさんたちはほとんどここに来たことが無かったそうだけど、これからは多くの冒険者たちが祈りに来てくれるといいよね。


 ただし、祭祀のやしろやアナスタシアホームを騒がしてはダメですよ。

 尤もグリフィニアの冒険者連中は、見た目はアレだけど意外と普段はマトモなので、それほど心配しなくても良いだろう。

 現在はベテラン冒険者となったニックさんたち、特にマリカさんが睨みを効かせてくれると思うしね。


「さーて、もう少ししたらパーティーを始めるから、男連中も外の片付けが終わったらホームの中に入ってねー」

「おう」


「あと、女子はお着替えよー」

「やっぱり、着るのだなライナ」

「あったりまえでしょー」

「ジェル姉さん、毎年のことですから」

「あー、わかってる」


「女子は着替えってなんだい?」

「そうだ、マリカさんとセルマさんの分もあるんですよねー、エステルさま」

「うふふ。昨日聞いて、予備の二着を用意しておいたわよ。エヴェリーナさんとセラフィーナさんの分は残念ながら無いのだけど」


「だから、着替えって?」

「ふふっ、可愛いお衣装よー。それもザカリーさまご指定のなんだからー、ちゃんと着替えなさいねー」

「そしたらカリちゃん。マリカさんとセルマさんの衣装を出してあげて」

「らじゃーです。ほらほらおふたり、こっちに来てください」


「で、衣装って、どんな衣装なんですか?」

「セルマ、ザカリーの若旦那さまのご指定じゃ、もう流れに任せるしかないさね」

「あ、はい」


 マリカさんとセルマさんはカリちゃんとエディットちゃんに手を引っ張られ、うちの女子たちと賑やかにホームの建物の中に入って行った。


 着替えの衣装と言うのは、要するに赤いサンタさん衣装ですな。

 毎年ジェルさんがちょっと嫌がるのは、赤と白の色合いが派手なのと、この世界にしてはスカートの丈がちょっと短いからですよね。

 でも、あのスカート丈までは俺は指定していないですからね。エステルちゃんが決めたものですから。カァ。




「ははは。ライナは相変わらず賑やかだな」

「ほんと。それに、みなさん仲良くて楽しそう」


 今日合流するのを知らなくて、残念ながらサンタさん衣装の予備が足らずに着替えなくて済んだエヴェリーナさんとセラフィーナさんは、俺やブルーノさんと一緒にまだ慰霊碑の前に居る。


「あの、ザカリーさま」

「ん?」

「あと少し、エヴェとふたりで、ここでお祈りさせていただいていいでしょうか?」


 そのセラフィーナさんがそう聞いて来たので、俺はブルーノさんの顔をちらと見てから黙って頷いた。

 おそらくは、ふたりだけで静かに祈りたいのだろうと伺える。でも少し話を聞いてみるかな。


「もちろん良いけど、エヴェリーナさんとセラフィーナさんの事情とかに関係してる?」

「エヴェとセラって呼んでくださいよ、若旦那」

「そうしてくださいませ。エヴェリーナとセラフィーナは長いでしょ」

「うんわかったエヴェさん、セラさん。それで……」


 彼女らの事情と思ったのは、先ほどブルーノさんからこの夏頃に起きたという彼女らの出来事を聞いたからだ。


「ええ、そうなんです。わたしたち、この夏に大森林で大切な仲間を失いまして」

「バルナバスの野郎、わたしらを逃がすためによ」

「エヴェ…….」


 エヴェさんとセラさんさんはグリフィニアから故郷のデルクセン子爵領に戻ったあと、隣のエイデン伯爵領の町ケルボを活動拠点にしていた。

 そこで出会ってパーティを組んだのが、バルナバスという盾持ちの剣士の男性だったそうだ。


 エヴェさんが格闘術や様々な近接武器を遣いこなす戦士で、セラさんがブルーノさんやマリカさんと同じ斥候職。

 ライナさんたちとグリフィニアでパーティを組む以前はふたりだけで活動していた時期もあったそうだけど、攻撃面はともかく特に守備面においてふたりだけなのはいささか心もとない。


 そこに現れたバルナバスという人は経験豊かなベテラン冒険者であり、前衛と所謂タンク的な守備面にも優れた盾持ちの剣士だった。


 これであとは後衛の魔導士が加わればバランスはかなり良くなるのだけど、かつてライナさんという土魔法の天才少女と組んでいたこともあってか、彼女らがこの人ならと思う魔導士には出会えなかったらしいのだ。


 それで3人パーティの経験豊かな冒険者として、特段の無理もせずに数年間は順調にケルボで活動していた訳だが、今年の夏に突発的な事件が起きたのだ。



「大森林の中でひと仕事終えて、休憩してたんだ。そしたら」

「4頭ほどのボアを片付けましてね。エヴェとバルナバスさんが頑張って、それで解体や後始末も終えて、少し休憩して町に戻ろうということで、わたしは薬草採取もしておこうと、休んでいるふたりから離れたんです」


「そしたら、でっけえのが来やがったんですよ」

「でっけえの、でやすか?」

「そうなんです、ブルーノさん。わたしがもっと周囲に気を配っていれば良かったのですけど」


 休憩していたエヴェとさんとバルナバスさんの前に不意に現れたのは、ハイウルフと思われる単独の個体だったそうだ。

 ハイウルフか。俺的には懐かしいけど、普通は冒険者が目撃したら速やかに逃げるのが得策の魔獣だ。


 一般的には、森オオカミの群れを率いるリーダーの中でも特に強い個体がハイウルフに進化して魔獣化すると考えられている。

 なので、ハイウルフになっても配下の森オオカミを多数率いているのが通常で、場合によってはそれぞれが群れを率いる複数のリーダーを従えたハイウルフも存在するらしい。


 だがエヴェとさんたちの前に現れたのは、単独行動のハイウルフだったそうだ。


「わたしらも、群れを従えて移動するハイウルフらしきものを遠目に見たことがあるけど、それよりもどう見てもひと回りデカいヤツだったんだ」


 何故そのハイウルフが単独行動だったのかの理由は分からなかったが、エヴェさんに言わせれば、それを考えるよりも何よりも自分たちの死を確信させる魔獣だったそうだ。


 エヴェさんとバルナバスさんは突然のハイウルフとの邂逅に思わず立ち上がったが、そこで硬直して手足を動かすことが出来なくなった。

 もしかしたらキ素力による威圧を放たれたのかも知れないが、ふたりはその場で棒立ちになった。


 やがて目を爛々と光らせながらこちらを睨むハイウルフが、ゆっくりと近づいて来る。

 そのときバルナバスさんが大声で、「逃げろぉ、エヴェっ」と叫んだのだそうだ。

 もしかしたら彼の方が先に硬直が解けたのかも知れない。


 その場を離れていたセラさんはとても嫌な予感がして、そのとき身を潜ませながら慎重にゆっくりと接近していた。

 だが、バルナバスさんの「逃げろぉ、エヴェっ」という大声に思わず身を踊らせ、無我夢中でまだ動けずにいたエヴェさんの手を強引に引っ張り、彼女の硬直を解きながら逃走した。


 それを見たバルナバスさんはふたりを逃がすため、足止めにとハイウルフに突撃した。


「あれは足止め、なんかじゃなかったさ……」

「戻ろうとするエヴェちゃんを、わたし、無理矢理引き摺って逃げたんです」

「あのときセラのは、火事場の馬鹿力だったな」


 ハイウルフはふたりを追っては来なかった。追いかけられたらおそらくはふたりも。

 でもそのセラさんの行動は、たぶん正解だ。そうでなければパーティはその場で全滅し、ふたりはいまここに居ない。



「そういうことがありまして、わたしたち、そのあと暫くは大森林に入れなくて。幸い多少の蓄えもありましたので、ケルボの町でお手伝い仕事なんかをして暮らしまして。それからグリフィニアに戻ろうとなって」

「まったく情けない話だぜ」


 バルナバスさんという人は、ケルボの町に身寄りの居ない流れ者の冒険者だったらしい。

 それでもエヴェさんとセラさんは日を置いてから現場に戻り、僅かに遺されていたバルナバスさんの遺品を回収してケルボに墓を設けたのだという。


「だからまあ供養はしたのですけど。でもこの慰霊碑を前にしたら、やっぱり祈りたくなったって、そういう訳なんだ」

「バルナバスさんと同じように、大森林で生命を落とした人たちの慰霊碑ですからね」


 この慰霊碑に名前を刻まれている冒険者はグリフィニアの冒険者ギルド所属の人たちなので、もちろんバルナバスさんの名前は無い。

 それでもアラストル大森林で生命を落としたということでは、バルナバスさんも同じだ。

 それも、今は慰霊碑に向かって手を合わせているふたりを逃がすために亡くなったのだからね。


「ここにそのバルナバスさんの名前を刻んだら、怒られるかな」


 俺は静かに祈りを続けるふたりの後ろで、ブルーノさんに小声でそう聞いてみた。


「ザカリー様が為されるのでやしたら、問題無いと思いやすよ。出来ることならグリフィニア所属だけじゃなくて、大森林で亡くなった全部の冒険者の名前を刻みたいぐらいでやすし。ああ、ジェラードとそれからギヨームさんには、私から伝えておきやすよ」


 ジェラードさんはグリフィニアの冒険者ギルド長でブルーノさんの昔の仲間。ギヨームさんはこの祭祀のやしろ社長やしろちょうだ。



「そうしたら、エヴェさん、セラさん」

「はい?」

「なんですか?」


 タイミングを見て、祈り続けていたふたりに俺は声を掛けた。


「今日は冬至祭の2日前だけど、ここアナスタシアホームの子供たちと過ごす日にしていてね」

「あ、はい、そう伺ってます」


「それでね。これからホームの中でパーティーで、子供たちにプレゼントをあげるのですよ」

「さっき、ライナちゃんが言っていた着替えって」

「そのパーティーとプレゼントのための衣装ね」

「プレゼントを子供たちにあげる側が着る、お揃いの衣装なのでやすよ」

「へぇー、そうなんですね」


 女性たちは赤と白のあのサンタさん衣装上下で、俺たち男性陣はサンタの赤いガウンを着ますよ。


「それで、エヴェさんとセラさんの衣装が無くて、今回は着て貰えないのだけど」

「エステルさまがそうおっしゃってましたね」


「でね、なので、エヴェさんとセラさんには衣装を着ない方、プレゼントを貰う側になって貰おうかなって」

「わたしたちが、ですかい?」

「そんな、プレゼントを貰うような立場じゃないですよ」


「いや、ささやかなものだから」


 俺はそう言うと、彼女らの返事は待たずに慰霊碑の方に向かって両手を前に出した。


「確か、バルナバスさん、だったよね」

「???」


 慰霊碑の表面が光り出した。

 クロウちゃんが言ったように前世の御影石みたいの石材なので表面は黒いのだが、その艶やかな黒い面から白い光が放たれて行く。

 俺の方を向いていたエヴェさんとセラさんは、背後から輝く眩しい光に驚いて思わずその慰霊碑を凝視していた。


「えーと、いちばん下でいいよね」


 そして、刻まれた名前の並ぶいちばん最後尾の隣の空白に俺は意識を集中する。

 書体と文字の大きさはと……。慰霊碑の表面を光らせたのは、もう帳が下りて辺りが暗くなったからだけど、白い光が強過ぎたのか書きにくいよな。

 ならば刻む文字からは赤い光を出して、慎重に。


「あひゃひゃ、バ、ル、ナ、バ、ス、って」

「き、奇跡、ですか!?」


「おや、雪がちらついて来やしたよ、ザカリー様」

「あ、ほんとだね」


 なんだか大騒ぎしているエヴェさんとセラさんの側で、ブルーノさんはいつも通りの落ち着いた口調で雪が落ちて来たと夜の空を見上げていた。



「あなたたち、いつまでも外で何してるのー。パーティー始めるわよー。それから、ザカリーさまとブルーノさんはさっさとお衣装を着なさい。エヴェちゃんとセラちゃんも早く中に入って入って」


「あ、はいです、ライナさん」

「早く行かないと叱られやす」


「ライナちゃん、いま、慰霊碑に」

「奇跡が起きて」

「もう、またザカリーさまが何かやったんでしょぉ。話は中で聞くから、いいから早く入りなさい。風邪引くわよー」


 はいはい、さあホームの中に入りましょう。

 これからクリスマスパーティーで、ツリーとケーキを囲んで子供たちにプレゼントを贈呈して、それから恒例の土人形のお芝居もしなきゃだよね。

 まだやることがたくさんあるのでした。ほら行きますよ、エヴェさん、セラさん。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次回からは本編に戻ります。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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