クリスマス&年末年始番外編 冒険者のクリスマス(前編)
例年この時期には「クリスマス特別編」を掲載しているのですけど、今年はどうも間に合わなくて。。。
それで「クリスマス&年末年始番外編」という形でお贈りいたします。
お話は物語の現時点より4ヶ月ほど遡った前年の暮れで、ザックが学院を卒業して王都からグリフィニアに戻った頃のことです。
無事にセルティア王立学院を卒業した俺は、特別栄誉教授という立場というか称号というか、そんなものを学院から贈られ、屋敷で4年間を共にした同級生や下級生、親しい教授たち、日頃お世話になっているお客様をお迎えした卒業祝いの会も開いて、ようやく王都を後にしグリフィニアへと帰った。
到着はこれまでと同じく12月の23日で、その年も残すところあと5日間。
3日後の26日と翌27日は領都を挙げて開催される冬至祭で、1ヶ月が27日間のこの世界では大晦日になり、年が改まる。
でも、その冬至祭に向けた年末らしい慌ただしさ中で、明日はアナスタシアホームを訪問してのクリスマスパーティーだ。
なので、お昼過ぎにグリフィニアに到着したその日の午後は、早速に明日の準備で忙しいのがこの4年間の恒例です。
「さて、明日の準備をしますか」
「そうね。でも今年は、何か大掛かりなことはしませんよね。子供たちへのプレゼントは王都で買って来ているし、ケーキや料理もアデーレさんと王都で作成済みで、ザックさまのあそこに収納してありますし。ツリーはダレルさんにご用意いただいていて、飾りもお屋敷のみんなが早くから準備していたそうよ」
「あとは、ホームで迷路の手入れぐらいか」
「お手入れの道具や材料も、ダレルさんが用意済みだっておっしゃってたわ」
「ほうほう」
「ということで、ザックさまが何か言い出さなければ、もうほとんど準備済みよ」
「お屋敷のツリーの飾り作りを手伝いますかね、エステルさま」
「そうね。わたしたちもそっちを手伝いましょうか」
ホームの迷路というのは、ずいぶんと以前にアナスタシアホームの子供たちの遊び場にと、柴垣を通路壁にして入り組んだ道で組立てた小さな迷路のことだ。
これはアナスタシアホームの裏手のグラウンドに造られているのだが、プレゼントしたのが学院に入学する前の年で、以降、年に1回のこの訪問時にダレルさんと皆で手入れをしている。
あとツリーは、俺が始めたクリスマスツリーならぬ冬至ツリーで、これは当子爵館の前庭と冬至祭のメイン会場である街の中央広場にそれぞれ巨大なものが設置され、その小型のものをアナスタシアホームの室内にも飾るのが恒例だ。
ちなみにこのグリフィニアの冬至ツリーは、俺が9歳の年にダレルさんとブルーノさんとそれからトビーくんにも手伝わせて、エステルちゃんや屋敷の侍女さんたちも巻き込んで作り上げてから早6年。
近年では、子爵家の屋敷のツリーと各ギルドが協力して作る中央広場のツリーの他にも、大きな商店なんかでも店先に小型のものを設置していたりする。
こういったツリーの木は主にアラストル大森林産のアラストルトウヒの木なのだが、ツリーを設置したい人たちが徐々に増えたということで、大森林からアラストルトウヒを伐り出して来るのがこの時期の冒険者の仕事に加わったのだとか。
あとこの冬至ツリーは、ブライアント男爵お爺ちゃんの屋敷でも飾るようになっていて、一方でキースリング辺境伯家では、ヴァニー姉さんが嫁いでから姉さんの肝煎りでのエールデシュタット城にも設置されるようになったそうだ。
「ねえ、ザカリーさま、エステルさま」
グリフィニアに到着して出迎えてくれた父さんと母さんやアビー姉ちゃん騎士、それから主立った人たちや屋敷の皆とも言葉を交わし、いまは調査外交局の本部で局員の皆さんと顔を合わせて本部ラウンジでひと息ついたところだ。
明日のこともあるので王都屋敷のメンバーは全員ここに居る。
ちなみにカリちゃん以外のシルフェ様たち人外の方々は、冬至の祭祀があるので風の精霊の妖精の森に行っており、ユルヨ爺とアルポさんエルノさんの爺様3名はミルカさんと一緒にファータの北の里に帰省していた。
あの爺さんたち、俺が「統領命令だよ」とか言わないとなかなか里に帰省しないんだよね。
なのでグリフィニアに帰って来たのは、俺とエステルちゃんとカリちゃんとクロウちゃんに、ジェルさん、ライナさん、オネルさんのお姉さん3人とブルーノさん。
ファータの北の里に帰省せずにこちらに残ったティモさん、リーアさんと、フォルくんユディちゃん兄妹。そして、もうグリフィニアが第2の故郷になって来たアデーレさんとエディットちゃんだね。
明日のアナスタシアホーム訪問は、この14名にダレルさんも加わって行く予定だ。
なおアビー姉ちゃん騎士は、冬至祭を控えて騎士団がもの凄く忙しいので、今回は行けないと言っていた。
「どうしたんだ? ライナ」
「えーとね、ジェルちゃん。さっき、冒険者ギルドの前であいつらの挨拶があったでしょ」
俺たちがグリフィニアに帰って来ると、たいていは冒険者の誰かしらが南門のところに居て、目敏く俺たちを見付けてギルドに注進に走る。
そして、そのときにギルドに居た冒険者が全員で建物前に整列して、俺たちを出迎えて挨拶するのが恒例だ。
冬至祭と夏至祭のときにも揃って会場内で挨拶に来るし、俺たちがグリフィニアから王都へと向かう際にも同様で、どうやらそれがグリフィニアの冒険者の通常行事に組込まれているらしい。別にこちらは頼んで無いのですけどね。
「それでねー。ザカリーさまたちが馬車に戻って、わたしも馬上にと思ったら、サンダーソードの連中が来てさー」
「ああ、ライナ姉さんのところに来てましたね」
「それでライナは遅れたのか」
「そうなのよー」
「で、何だったんだ?」
「それがさー、明日のアナスタシアホーム訪問に、自分たちも連れて行ってくれって頼まれたのよー」
「ニックさんたちを??」
またどうして、と意外に思ったのだけれど、それは次のような理由だった。
アナスタシアホームという母さんの名前が冠せられた施設は、グリフィニアの祭祀の社が経営する所謂孤児院で、祭祀の社の敷地内に設置されている。
この施設の元は、いまから45年前に始まって30年前に終結したセルティア王国と北方帝国ノールランドとの長期に渡る戦争、15年戦争と呼ばれる出来事に由来する。
キースリング辺境伯領と北方帝国との国境地帯で一進一退を繰り返しながら繰り広げられたその戦争で、グリフィン子爵家も当時の子爵であるカート爺ちゃんを中心に、他の北辺の貴族家と同じく多くの領民が従軍して戦った。
15年間に渡る戦争はそして当然ながら多くの犠牲者を出し、その結果、両親を亡くしてしまった孤児たちが生みだされることになる。
そんな戦争孤児たちを引取り育てたのが、当時はグリフィニア孤児院という名称だったらしいが、いまのアナスタシアホームだ。
15年戦争終結後、グリフィン子爵領は疲弊した力を取り戻すための戦後復興に邁進し、特にアラストル大森林の資源の活用に取組んだ。
と言っても、大森林に大規模開発の手を入れたということでは無い。
うちは先祖代々、大森林の護り手というお役目があるからね。
そこで主役となったのが冒険者たちだ。
15年戦争では多くの冒険者が長年参戦したこともあって、大森林の探索や資源採取はかなり滞っていたそうで、冒険者ギルド自体も疲弊していたらしい。
そこでカート爺ちゃんの肝煎りによってギルドを立て直し、領の内外から新たな冒険者を募って育て、大森林での活動範囲やルールを定めと、多大な労力を注入した。
グリフィニア孤児院出身者からも男女問わず多くが冒険者になり、またうちのブルーノさんやダレルさんのように、15年戦争経験者であり後にグリフィニアのトップ冒険者となった人たちも居る。
一方でグリフィニア孤児院は、それまでの戦争孤児たちが暮らす場所から、言ってみれば冒険孤児とでも言う幼子たちを引取り育てる施設へと変化した。
これは現在でもそうなのだけど、アラストル大森林という限りなく豊富な資源を有する場所は、同時にこの世界でも一二を争う危険地帯なのだ。
果てしなく広大な大森林内部は、まだ人間が誰も足を踏み入れたことの無い濃く深い森が延々と続き、その中では多くの魔獣や魔物が棲息する。
これらの魔獣や魔物は人間にまだ知られていない種類も多く、またその強さや凶暴さは他の森の追従を許さない。
いや、魔獣や魔物といった存在に分類されないただの獣であっても、アラストル大森林の中で生きる動物たちは一般に身体が大きく、また戦闘力も強大だ。
なので、大森林全体から見たらほんの入口付近にしか過ぎないエリアで活動する人間の冒険者にすれば、まさに生死を賭けた稼ぎ場所ということになる。
だから、大森林内で活動する者たちの中には冒険者を引退せざるを得ないほどの大怪我を負うのは然程珍しく無く、また命を落とす、場合によってはパーティが全滅ということも間々ある。
冒険者にはご夫婦で活動する人たちも居るし、女手ひとつ男手ひとつで幼子を育てながら活動する者も居る。
そんな者たちの中から、不幸にして親を失ってしまった子どもたちを引き取って育てているのが、現在のアナスタシアホームだ。
もちろんその運営は、グリフィニア孤児院時代から現在までグリフィン子爵家があらゆる面でバックアップをしていて、現在のアナスタシアホームという名称は、うちの母さんが嫁いで来たときに母さん自身が中心となってその支援強化に取組んだことに由来しているるのだね。
「アナスタシアホームって、言ってみればグリフィニアの冒険者のためにある施設でしょ? だからニックたちったら、俺たちもあそこの子供たちを喜ばせる手伝いを、少しだけでもさせてくれって。あの子たちは、グリフィニアの冒険者全員の子どもみたいなものだからって、そう言うのよ」
冒険者ギルドはもちろん、ギルドという組織としてアナスタシアホーム支援の中心にいるのだが、ニックさんたちは冒険者自身も何かしたいって、そういうことなのだろうね。
ホーム出身の現役冒険者も何人かは居るし、あそこに引き取られた幼子の亡くなった親御さんが仲間だった冒険者も居るだろう。
そういった人たちがこれまで、有形無形の手助けをホームに行って来たのは俺も聞いているけれど、直接的にホームに関わりの無かった冒険者も何かしたい、そのきっかけになれば良いって、ニックさんたちはそう思ったらしいのだ。
それには、グリフィニアの冒険者の“若旦那と姐さん”と思われている俺とエステルちゃんの活動に加われば良いと、そう考えたみたいだね。
ただし、何十人、何百人の冒険者がいきなり加わるというのはホーム側に迷惑が掛かると考え、今回はトップバッターとして発案者であるニックさんたちサンダーソードが手を挙げたということのようだ。
「ふーん、なるほどね。彼らの思いは分かったよ。そういうことなら良いんじゃないかな。ね、エステルちゃん」
「はい。わたしたちだけじゃなくて、現役の冒険者さんのニックさんたちが来れば、あの子たちも将来、冒険者になりたいって思うかもですしね。それに、子供たちのためのパーティー参加者が増えるのは、大歓迎ですよ」
ならばニックさんたちサンダーソードも参加して貰おうと、そういうことになったのだった。
翌日の午後過ぎ、ニックさんたちは子爵館の通用門の外で待っているということで、俺たちがそこに向かうとサンダーソードの面々が揃っていた。
「ご苦労さまですっ」
「お待ちしておりましたぁ」
サンダーソードのパーティメンバー、大男の大剣遣いのニックさんに猫人女性で斥候職のマリカさん、狼犬人の細剣使いで昔にドミニクさんの弟子だったエスピノさんと、盾持ちタンク役もこなす剣士のロブさん、そして女性魔導士のセルマさんの5人が揃って腰を折り、待ちかねたとばかりに挨拶をして来る。
はいはい、声がデカいですよ。あと最敬礼とか、そういうのはいいですからね。
「本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす」
あれ? サンダーソードの5人のほかにあとふたり、見慣れない顔の女性が居ますね。
サンダーソードの人数が増えたとかじゃないよな。
「あ、ああーっ、エヴェちゃんにセラちゃんだー」
「あはは、久し振りねライナちゃん」
「ライナちゃん、大きくなったわね、いろいろと」
ライナさんがそのふたりを見て走って来て、3人で抱き合った。
ああ、思い出した、どうやらライナさんの昔の仲間のようだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




