第66話 双子も王宮にお呼ばれ
ブルーノさんたちとのミーティングのあと、オネルさんは王太子のセオさんに帰都報告のアポを取るために王宮へと出掛けて行った。
フォルくんとユディちゃんを連れての王宮行きだけど、どうやらふたりをこういった仕事にも慣れさせておくということらしい。
この双子の兄妹を比べると、外交的な仕事だとどちらかと言えばフォルくんの方が合っているかな。真面目でしっかり者のお兄ちゃんだし。
うちの場合、アビー姉ちゃんからユディちゃんへと、どうも女の子に野性的な系譜がありますからなぁ。
グリフィニアに居るソフィちゃんは、学院生時代には学年首席の秀才で文武両道といったところだったけど、グスマン伯爵家から姿を消してファータの北の里で1年間を過ごすうちに、どうもちょっと一般の人族とは質の異なる野性感を身に付けたようだ。
あと俺の関係者で言えば、アビー姉ちゃんに憧れていたルアちゃんもその系譜の中に居るよね。
ブルクくんとあのふたり、どうしておりますかね。
小1時間ほどでオネルさんたちが帰って来た。うちの王都屋敷から王宮までは歩いて行ける距離なので、アポ取りだけならばそれほど時間が掛からない。
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
「あらあらお帰りなさい。オネルさん、それからふたりもご苦労さま」
「アポは取れた?」
ラウンジに居た俺とエステルちゃんのところに、元気よく屋敷に入って来たユディちゃんが小走りで走って来て、それをフォルくんが追いかけ、オネルさんが騎士に就任して益々増したお姉さんの落ち着きと貫禄でゆっくり近づいて来た。
想い出してみればオネルさんも、俺たち子爵家の姉弟と一緒に騎士団見習いの訓練をしていた少女時代から、天性の剣の冴えに野性味と落ち着きの両方を備えていたよな。
それがいまは、すっかり野性を内に秘めたベテラン騎士のようになって来ている。
「戻りました。ザカリーさま、なんですか?」
「あ、いや、当家に流れる野性の系譜のこととか……」
「グリフィン子爵家の野性の系譜? ですか?」
「なにそれ?」
「また変なこと考えてないで、3人の報告を聞きますよ」
「はいです」
応対してくれたのはフェリさんの侍女のシャルリーヌさんで、直ぐに日程を調整してくれたそうだ。
彼女はフェリさんの実家であるフォレスト公爵家の家名を持つ親戚で、王太子妃になる際に一緒に王宮入りをしたのだけど、現在は侍女と言うよりもどうやら王太子夫妻の秘書的な役割を担っているみたいだね。
「こちらとしては、王宮訪問の後はいちどグリフィニアに戻る予定をお伝えしまして。そうするとシャルリーヌさんが、いちばん早い日程でと、明後日の午後のお茶の時刻ということでご調整をいただきました」
明後日の午後のお茶の時刻ね。つまりこの世界の貴族の常識で言うと、14時から15時の間に来いということだ。
「明後日のことですので、わたしからそれで了承して来ましたが、よろしいですよね?」
「うん、それでいいよ」
「オネルさん、ご苦労さまでした」
その調整が済んだあとは、王宮の宮殿内に初めて入ったフォルくんとユディちゃんのために、大ホール内だけだけどシャルリーヌさんが案内してくれたそうだ。
ふたりはこれまで、王宮内務部前の待機施設までしか行ったことがなかったからね。
「なんか、天井がバカみたいに高くて、凄く広くて、学院の剣術か魔法の訓練場みたいだったわ。でも、他にも人が居るのにもの凄く静かで、お兄ちゃんとコソコソ話してたの」
「王様の玉座ですか、その近くまで寄らせていただきました」
「警備してる王宮騎士団の人がこっちをギロって見たけど、シャルリーヌさんがなんか言う前に、その人、オネル姉さんの顔を見てぺこりってしてた」
まああそこは、この世界には無いけどだだっ広い体育館のアリーナみたいなところだ。
うちのお姉さん方はもう何度も行っているし、昨年までの学院の総合戦技大会で王宮騎士団との親善試合で審判も務めていたから、意外と顔を売れているのかもな。
「明後日にいらっしゃったときには、ふたりも是非ご一緒にと、シャルリーヌさんが」
「あれって、王太子さまのところに、ってこと? オネル姉さん」
「そういう言い方だったわね」
「うわーっ。どうしよう、お兄ちゃん」
「どうしようって、僕らはザック様とエステル様のお付きとしてだから」
「でもさ、いのかな。ねえ、ザックさま、どうする?」
「シャルリーヌさんがそう言ったのなら、王太子側にも伝わってる筈だし、一緒でいいんじゃないの。だよね、エステルちゃん」
「ええ、ご招待されたみたいなものですから、遠慮すると逆に失礼になりますしね。そうしたら一緒に中に入りましょうか。これも経験ですよ。うふふ」
そんなこともありつつ、それじゃ明後日はセオさんのところに行きますか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ということで、1ヶ月半振りのセルティア王国フォルサイス王家の王宮。
なんだかんだ言って、俺とエステルちゃんてうちの父さん母さんよりもこの王宮に来る回数が多くなったんじゃないかな。
馬車を所定の場所に停めて降り、待機施設に入ると、女性陣は身だしなみを整えに控室へと行った。俺とフォルくんはラウンジで待機ね。
ちなみにクロウちゃんやブルーノさんたちは来ていません。
王宮内に入るのは、俺とエステルちゃんにカリちゃん、ジェルさんたちお姉さん3人に、先日シャルリーヌさんに声掛けして貰ったフォルくんとユディちゃん兄妹を加えた8人と、それなりに大人数だ。
宮殿の大ホールにその8人で入り、いつものように王宮騎士団員経由で奥に取り次ぎを入れて貰うと、ほどなくしてシャルリーヌさんが迎えに現れた。
「ザカリーさま、エステルさま、みなさま、ようこそお出でくださいました。お待ちかねですよ」
挨拶を交わすと、彼女はフォルくんとユディちゃんがちゃんと居るのを確認してニコりと微笑んだ。
うちの子たちももう14歳になって背も伸び、ユディちゃんはすっかり美少女になったし、お兄ちゃんのフォルくんは日頃の鍛錬とドラゴニュートの種族特性もあってか、体格は大人と変わらない。むしろグリフィニアの脳筋騎士団員と比べても遜色が無いくらいだ
でも顔つきにはまだ幼さが残っていて、その彼はシャルリーヌさんに微笑み掛けられて少し顔を赤らめていた。
「行き先は、今日も、ですか?」
「ええ、みなさまお揃いですよ」
俺の問いに当然ですよという態度でシャルリーヌさんが応え、つまりはセオさんとフェリさんだけじゃなくて王妃さんやたぶんアデライン王女も、ということなのだろうね。
「みなさま、ザカリーさまのお土産話を楽しみにしておられます」
「そうですか」
「ザカリーさまたちのことですから、きっといろいろあったのでしょうね」
「ええ、まあ、話し出すと長くなります」
「じつはわたしも、楽しみにしておりました」
小声でそんな会話を交わしながら、俺はシャルリーヌさんと並んで長い廊下を進む。
その後ろにはエステルちゃんとカリちゃん、そしてジェルさんたちが独立小隊の制服で従った。
前にも通ったルートを行き、やがて分かっていたけど王妃さんの中庭へと辿り着いた。
人が集まっているテラスの方を見ると、居ますね、王太子のセオさんと王太子妃のフェリさん。アデライン王女やいつもの王妃付の侍女さんたち。
そして、こちらに気が付いて笑顔を向けた、ふくよかなグロリアーナ王妃の隣には……。
「今回は……陛下も?」
「あー、やはり来られたみたいですね。王妃様がそんなことをおっしゃられておりましたので」
王妃さんの隣に座って、同じくこちらを見たのはアリスター・フォルサイス国王その人ではありませんか。
どうやら、シャルリーヌさんが俺たちを迎えに出たときには、まだ来られていなかったみたいだ。でも、国王のお付きや警護らしい人はいないよね。ひとりで来たのかな。
「(もしかして、国王陛下ですか? ザックさま)」
「(そうみたい)」
「(ふーん、国王さんですか。でもセオさまたちのお父さんで、王妃おばちゃんの旦那さんなんだから、普通に居ておかしくないですよね)」
「(カリちゃんたら)」
「(まあ、そうなのだろうけどさ)」
俺たちの念話を聞いたライナさんが、後ろでジェルさんたちにヒソヒソ何か言っている。
たぶん、本物の王様が居るって話をしてるのでしょうな。
まあ王宮の奥、王妃居住区の中庭で、その王妃さんの隣に座っているのだから、本物ですけどね。
「見えるところでお待たせしても、ですから、お進みください」
「ですね」
俺たちが近づくと、座っていた王妃と国王も立ち上がって俺たちを迎える。
こちらでは俺とエステルちゃんとカリちゃんの後ろで、ジェルさんたちが片膝を突いて畏まった。
「まあまあジェルちゃんたちったら、さあさお立ちなさいな。いつもみたいにしていていいのよ。ここはわたしのお庭ですからね」
直ぐに王妃さんが朗く声を掛けて、ジェルさんたちを立たせた。
わたしのお庭という意味は、ここが公的な空間では無くて、あくまで私的な場所だということだ。つまり、公の身分や立場は気にするなということなのだろう。
「いきなり顔を出して悪かったな。しかし、ザカリー君たちが良く来るようになったとグロリアーナから聞いていて、たまには私も混ぜて貰えんかと、だな」
「どうも母上は、ザック君のことを盛んに父上に話していたようなのだよ。それで、ちょうどこの時間は公務が無いとかで、俺も混ぜろと。ゴメンな、ザックくん」
セオさんがそう申し訳無さそうに弁明して来た。まあ、この国のトップの王様が同席してゴメンな、も無いのですけどね。
「昨年夏の謁見以来で恐縮です。エステルはご存知ですよね。こちらは、僕の秘書のカリオペで……」
取りあえずうちの面々をあらためて紹介する。ジェルさん、必要以上に顔が強ばってるよ。もっと柔らかい表情でね。
あと、初めての宮殿内への訪問で、いきなり国王との対面を引き当てたフォルくんとユディちゃん。キミたちも普通人じゃない何かを持って生まれて来たのかもだ。
かなりぎこちないながらも各自が名乗りを上げて自己紹介も終わり、促されるままにいつものようにふたつの大きなテーブルに分かれて座る。
必ず王妃さんの隣に座らされる俺と反対隣には、今日はセオさんでは無くて国王が腰を落ち着かせ、その隣にはフェリさん、そしてセオさんとアデライン王女。
俺の隣にはエステルちゃんで、その隣にはカリちゃんと丸テーブルを囲んだ。
隣のテーブルにはジェルさん、ライナさん、オネルさんのお姉さん3人にフォルくんとユディちゃんが、シャルリーヌさんと他の侍女さんと座らされている。
自分以外が全員女性ばかりのフォルくんは、身を縮込まらせて固まっておりますが、まあこれもある意味経験ですぞ。
「オネルさん」
「あ、はい、エステルさま」
エステルちゃんが隣のテーブルに声を掛けて、オネルさんがマジックバッグから取り出したうちのお菓子の入った化粧箱を4つほどテーブルの上に出した。
もちろん侍女さんたちから小さく歓声が挙ります。
更にもうひと箱出して、こちらのテーブルにも差し出す。
まあ初顔の王様が居るので、ご覧に入れるという感じですかね。
「エステルちゃん、いつもありがとうございます」
「いえ、王妃さま。うちの手作りですので」
「あなた。これが有名なグリフィン子爵家のお菓子よ」
「ほほう」
「でも、ザックさんのトルテとか、ショコレトールはまだ無いのよね」
「残念ながら、今回は豆が入手出来ませんでしたので」
「せっかく、遠くの南国まで行ったのにね」
「すみません」
「あら、エステルちゃんとザックさんが悪いのでは無くて、問題は先方でしょ?」
「母上。その話はザック君からゆっくり聞きましょう。きっと苦労したに違いないのだから」
「そうね。わたし、つい先走っちゃったわ。ごめんなさい」
どうやら、俺たちがエルフとの交渉に南国へ行ったとしても、そう易々とはショコレトール豆を入手して帰って来るとは、この人たちも考えてはいなかったようだ。
「その代わりと言っては何ですけど、別の珍しい豆を手に入れて来たんですよ、セオさん」
「別の珍しい豆、かい? そいつは興味深いな。いったい何の豆だ?」
「ふふふ。後でお披露目しましょうかね」
「おいおい、勿体ぶって。何だ、直ぐに教えてくれよザック君」
「意外な土産ほど、後に取って置くものですぜ」
じつはカーファ豆の実物と、それだけじゃなくて焙煎したものや粉にしたものと、おまけにドリップでカーファを抽出する道具も一式、本日は持込んでおるのですよ。
それらをカリちゃんの提げている方のマジックバッグに入れようとしたら、ほぼ全員から止めとけと言われたのですけど。
でも実際にカーファを飲んでみないと、具体的にどんなものか分からないし、とにかく新しいものや変わったもの好きのセオさんに、これを飲ませないという手はありませんからな。ましてや、国王が同席しているのなら尚更だ。
来て早々の俺と王太子のそんなやり取りを、国王陛下は目をぱちくりして聞いていたのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




