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第65話 普及活動と調査活動

 昼食後に、これも有り合わせの代用道具で淹れたカーファを屋敷の全員に振舞った。いちおう、温めたミルクと砂糖も用意しております。

 初めて飲んだ人たちはどうですかね。


「ふむふむ、これがカーファか。いや、悪く無いのではないかのう」


 甘い物を肴にアルコールを大量に消費するアルさんは、嗜好の幅が広いよね。


「材料がカーファ豆なのね。あの豆を煎って砕いてお湯に溶かすのじゃなくて、ショコレトールみたいに手間をかけて火を入れて、お湯を通しただけなの?」

「ええ、いちばん簡単な方法で抽出したんですよ」


「抽出、なのね。ちょっと苦いけど、うん、豊潤な香りと深みのある味がするわ。シフォニナさんとクバウナさんはどうかしら?」

「はい。たぶん、その焙煎と抽出という手間のせいだと思いますけど、香りが素晴らしいと思います。口当たりは、その、ちょっと苦いですけど」

「でも、わたしにはなんだか舌に馴染むし、飲んでいると気分が落ち着く気がするわ」


 ほほう。人外の年長者たちには、思ったよりも評判が良いのではないですかね。


 特にカーファ豆自体の存在を知っていたシルフェ様とシフォニナさんは、自然の恵みを司る風の精霊だし香りに敏感なんだよな。

 あとクバウナさんは、人間が作り出した味覚にも慣れていることもあってか、コーヒーならぬカーファの効能も感じているみたいだ。


 それで、人間の男性陣はどうでしょう。



「ふうむ。これは大人の飲み物ですなぁ。どれ、もう少しいただきましょうか」

「酒ほどでは無いが、悪くないぞ」

「ティモとフォルには苦いか。いらんなら寄越せ」

「いえ、せっかくなのでぜんぶ飲みます」

「僕も、ぜんぶいただきます」


「ブルーノさんはどう?」

「ええ、ひと口目は正直なところ、これはなんだと思いやしたが、飲んでいるうちになんとなく好きになって行くようでやす。シルフェ様たちがおっしゃる通りに、香りも味わいの豊かさも初めてのものでやすし」


 ファータの爺さんたち3人や、意外と趣味人のブルーノさんにも評判が良いですよ。これはこの世界でもわりと行けますかね。


「でもこれは、まだまだ満足の行くものじゃないんですよ。ね、クロウちゃん」

「カァ」

「そうなんでやすか?」

「あら、まだ未完成なの?」


「ええ。焙煎は回数と経験を重ねればなんとかなんだけど、粉にする方法や、淹れる道具なんかがまだ有り合わせのものだし」


 俺は前々世にあったコーヒーミルの道具のことや、抽出の仕方としてドリップやサイフォン、パーコレーター、エスプレッソメーカーなどの異なる方法や道具のことをざっと説明した。


 尤もそれらの道具の正確な構造を把握している訳では無いので、この辺のところはクロウちゃんの知識を活用して研究しないとだけどね。


「ははあ、いろいろ道具が必要なんでやすね」

「道具の造りが分かれば、わしらもお手伝いしますぞ。なあ、エルノ」

「ですなぁ。われらで作れるものがあるやもですしの」


 これまでも道具なんかに関してはアルポさんとエルノさん、それからブルーノさんにもいろいろと助けて貰っているので、これは構造を研究したら相談してみましょうかね。


「ええ、是非お願いします」


 ところでエステルちゃんやカリちゃん、ジェルさんたちお姉さん方は最初から温めたミルクを合わせ、砂糖を入れて飲んでいた。

 もしかして、セバリオで初めてブラックカーファを飲んだ際にはブーイングだったこの人たちも、意外と気に入ってるんじゃないですかね。カァ。




 この日の午前中、セバリオの4人が挨拶に来られたのでカーファでもてなそうと思ったのだが、エステルちゃんが先に「ザックさまが、カーファをお出ししようとしてるのですけど」とバラした。


 ヒセラさんとマレナさんは紅茶が良いと遠慮し、ロドリゴさんは「ザカリー様の仰せでしたら折角ですので。グラシアナ、おまえも味わわせて貰え」と、娘のグラシアナ船長を巻き込んだ。

 そうですか、グラシアナさんはまだ飲んでなかったですよね。でしたら、おふたりと俺の分はカーファにしましょう。


「おお、ザカリーさまご自身が淹れていただいたのですか。ほほう、何やら焦げ茶色というか黒に近いというか。こんな香りは初めてで……。う、うひゃっ、苦い……」


 もちろんおふたりにはブラックで出してあげました。

 ロドリゴさんの方は涼しい表情でゆっくり味わっている。


「うちのお年寄りや男性たちには、わりと評判が良かったんですよ」

「ほほう、それはそれは。それでザカリー様としましては、このカーファももっと入手をご希望ですかな」

「ええ。僕個人としてはそう思っているのですけど」


「ショコレトールほどには爆発的に人気が出ないと想像されますが、カーファが普及する未来があると、ザカリー様はそうお考えで?」

「おそらく初めは時間がかかると思いますけど、ファンが生まれれば意外と、ですね」

「なるほど」


 ロドリゴさんはそう応えると、口を閉ざして少し考えているようだった。


「でしたら、ザカリー様。カーファ豆の取引交渉も着手いたしましょうか。エルフとしても、ショコレトール豆の代りにこの豆を持ち出して来たぐらいですから、交渉の速度はこちらの方が早いと思われますし」


「あの、ロドリゴさん。それはカベーロ商会として、ですか?」

「はい、ヒセラさん。もしマスキアラン商会の方であまり乗り気では無いということでしたら、こちらはショコレトール豆とは別建てでカベーロ商会が」


 ショコレトール豆の取引については、マスキアラン商会とカベーロ商会が共同して行うことで依頼しているからね。

 カーファ豆はそれとは別に、カベーロ商会が単独で扱っても良いと商会長のロドリゴさんが言っている訳だ。


「あ、それは」

「マレナ。これはお婆ちゃんと相談しないとだよ。だって、ザカリーさまがこんなに熱心で、カーファが普及する未来があるって予測してるのだもの」

「でも……。そうね……」


 ヒセラさんとマレナさんも、ここはセルティア王国に駐在するセバリオの代表としてではなくて、おそらくは次代を担うマスキアラン商会の孫娘の顔になっているよね。


「あの、ザカリーさま。やっぱりわたしたちにもカーファを一杯、いただいてもよろしいでしょうか?」

「マレナったら。でも……そうですね。お願いします、ザカリーさま」

「ええ、もちろんいいですよ。カリちゃん」

「アイアイサー」


 カリちゃんの聞き慣れない返事は誰も気にしなかったようだけど、いや、グラシアナさんだけは「ん?」という表情をしてましたかね。



 カリちゃんは既に淹れ方を覚えているので、あらためてふたり分のカーファを持って来てくれた。


「そろそろ在庫切れですよ」

「また焙煎しないとだね」


 今朝の焙煎分は30杯強の量だったので、ザックお菓子工房でまた焙煎して挽かないとですな。


 ヒセラさんとマレナさんは、セバリオで以来のカーファのカップを顔に近づけ、香りを嗅いでからひと口飲んだ。


「ん、苦っ、あれ?」

「えーと、なんだか前より口当たりが良いような」

「わたしもそう思ったわ」

「おふたりも、そう感じましたか」


 ふふふ。初めて焙煎したときよりも、今回の方が出来が良いのですよ。

 ロドリゴさんも味の変化を感じていたようだけど、敢えてそれを口に出さずに取引の話を持ち出したようですな。さすがは老練の商会長だ。


「ロドリゴさん。この件はうちの商会長と相談しますので、少々お待ちいただけますか?」

「ええ、もちろんですよ。いずれにせよ、エルフとの交渉は取引対象が別の物とはいえ、ショコレトール豆と同時に並行して行うことになるでしょうからね」


 これはカーファ豆も、セバリオの二大商会が共同して行う取引することになりそうだね。

 まあ俺としてはどちらの商会からでも、二種類の豆が適切に入手できればそれで良いです。




 セバリオの人たちが帰ったあとは、この1ヶ月間の留守中のことについて報告を受けるミーティングとなった。


 出席者はブルーノさんにティモさんとユルヨ爺。出張組からはエステルちゃんとカリちゃんにジェルさん、ライナさん、オネルさん、そして俺とクロウちゃんだ。

 要するに、レイヴン初期メンバーにユルヨ爺とカリちゃんを加えた面々だ。


 あと、いつものようにラウンジで集まっているので、当然ながらシルフェ様たち人外の面々も寛いでいる。


「まずは留守中の王都屋敷の護り、ご苦労さまでした。特に大きな出来事は無かったということだが、あらためてザカリーさまとエステルさまにご報告を」


 冒頭にジェルさんが留守番組をそう労ってミーティングを始めた。


 このミーティングでも皆にカーファを出したいところだけど、もう焙煎済みの在庫が無いのでエディットちゃんとシモーネちゃんが紅茶を淹れてくれた。

 取りあえず入手したカーファ豆はまだかなりあるけど、でも調子に乗って消費すると直ぐに無くなってしまいそうですな。


「昨日もちらっと申しやしたが、王都はいたって平穏でやしたよ。お留守中に屋敷を訪ねて来る者も、特段おりやせんでしたし」


 ブルーノさんたちのこの1ヶ月間の活動は、屋敷を正常に維持しながらいつものように王都の情勢を探ることだった。

 俺たちが帰途の航海でミラプエルトに寄港した今月7日には、シルフェ様たちも風の精霊の妖精の森から戻って来たのだが、それまではここに居る3名にアデーレさんたち5名を加えた8人で、この王都屋敷を護っていた訳だ。


「何も無くて良かったよね」

「はい。途中、グリフィニアからミルカ部長が様子を見に来られやしたが、皆がのんびりしているので拍子抜けだったようでやすよ」


 ミルカさんがまた来てくれたんだね。

 彼は俺たちが出発する前にもユルヨ爺を伴ってこちらに来ており、出立を見届けて直ぐにグリフィニアに戻った筈だから、いつもながらご苦労さまです。

 たぶんうちの父さんと母さんに、王都屋敷の様子を見て来るよう頼まれたんじゃないかな。



「王都の様子は?」

「まずは、例の不審者の件ですな」


 グリフィニアの拡張工事開始日に1日にして新たな都市城壁が出現した、所謂“グリフィニアの奇跡”の噂話を聞き付けたのか、都市外から様子を探ろうとしていてうちの調査外交局員にまんまと捕捉された、ならず者風の間抜けな不審者のことだね。


 これまでの調査では、あの不審者たちは王都の裏稼業組織のひとつに雇われた者で、探索仕事を行うには素人同然のチンピラだったらしい。

 だが、その裏稼業組織にそもそも誰が依頼したのかは分かっていない。まあ心当たりとしてはそう多くは無いのだけどね。


「大もとが分かったんですか? ユルヨ爺」

「単刀直入に言えば、どうやら宰相府辺りのようでしての」


 俺としてはうちの者たちには、その裏稼業組織に直接接触するのを控えて貰っていたのだが、ユルヨ爺はファータのネットワークを使って間接の間接で接触させて情報を取ったらしい。


 間接の間接というのは、王都に居るグリフィン子爵家とは別口で仕事を受けているファータの者の中で、王都の裏稼業組織とパイプのある探索者を使い、不審者を雇った当該の裏稼業組織とは別の組織の人間に接触させて情報を入手したという、かなり迂遠な方法を用いたからだ。


「向うの大もとの依頼者まで辿るのが難しかったように、こちらも誰が大もとなのか、分からんようにしたまでですわいな。ファータの統領まで辿ろうとするなどは、万が一でもさせませんでな」

「はあ、なるほどね」


 以前からファータのネットワークを活用することはあったけど、ユルヨ爺がこちらに来て直接動くようになってからは、それがより一層直接的に機能するようになっている。

 なにせファータの北の里の現役探索者は、ほぼすべてと言っていいぐらい彼の弟子だからね。


「頼んだそのファータの人には、迷惑とか掛からないよね」

「なに、統領のご指示だと言えば、迷惑も何も。それにその者は、この王都で大手の商会からの仕事を受けておりますで、そういった裏稼業の筋には精通をしておりますでな」


 ファータは貴族家だけでなくて大手の商会とか民間からも仕事を受注しているので、その中のひとりなのだろうね。

 ユルヨ爺によると、そういう民間の仕事の場合、裏稼業の世界との接触も結構必要になるのだとか。



 それはともかく、発注元は宰相府の誰かでしたか。

 なんとも杜撰な依頼と仕事振りだと思ったけど、いや、発足間もない宰相府だからこその杜撰さなのかな。


 宰相府が立ち上がったとしても組織もまだ整備途中だろうし、自前の調査要員やネットワークも持っていなくて、拙速にそんな裏稼業組織に頼んだというところでしょうかね。


 フェリさんのお父上で俺も面識のあるジェイラス・フォレスト公爵、つまり宰相自身の依頼かどうかは分からないけど、宰相府としては北辺の武闘派貴族家たるグリフィン子爵家に関心があるということなのだろう。


 カァカァカァ。え? グリフィン子爵家もそうだけど、俺に対して関心があるんじゃないかって?

 そうなのかなぁ。やたら関心を持たれても、面倒臭いだけなのですけどね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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