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第62話 王太子殿下の留学話

 ロドリゴさんやヒセラさんとマレナさんも挨拶を終え、午餐の準備が整うまでと、この王太子宮殿の応接室で少し歓談した。

 ヴェルディアナ王女は、ルチア宮宰の隣で大人しくちょこんと座っている。


「この宮殿はバルト殿下のお住まいですよね。なんでもレンダーノ王家では、8歳になられるとご自分の宮殿を持たれると耳にしましたが、そうするとヴェル殿下も?」


 俺がそう問いかけると、ヴェルちゃんはぴくんと身体を動かして反応した。


「ええ、ザカリー長官。当家では長年、そのような伝統がありますのよ。王太子殿下は8歳のお歳より、この宮殿で住まわれております。それで王女殿下は」

「ヴェルは、こちらで兄さまと暮らしています。あと少しだけですけど……」


 ああ、この宮殿に兄妹で住んでいるんだね。でもあと少しというのは、どういうことなのかな。

 いまのヴェルちゃんの言葉に、俺はルチアさんとそれからバルトくんの顔を見た。


「もう、王女殿下ったら。王家の直系のお子様方は、8歳からご自分の宮殿で独立されるのがレンダーノ王家の伝統なのですけど、基本的には王太子となられた御方なのです。当代の王太子殿下もそうなのですが、ご兄弟姉妹の場合には必ずしもその限りではありませんの。それでヴェルディアナ王女殿下の場合には、今年よりこの王太子宮殿にお住まいを持たれまして。それと言うのもですね」


「ルチアさん。そこからは僕が話します」

「ザック長官にはその方が良いわね。でしたら殿下、お願いします」


 俺が振った話題だけど、どうも何やらバルトくんから話したいことがあるのかな。

 エステルちゃんはじめうちの一行も、何の話だろうかと王太子の顔をあらためて注視した。



「前回にザック様とお会いしたときに、僕が現在、王国学院の2年生だとお話しましたよね」


 うん、そう聞いたね。

 このミラジェス王国の王国学院もセルティア王立学院と同じ学制なので、彼は今年に13歳ということになる。

 前回に会った際には、学院生活なんかのことについてはそれ以上聞かなかったよな。


「それで、あの、ザック様には早く伝えたかったのですけれど、このたび僕は、セルティア王立学院への留学が正式に決まりましたっ」


 バルトくんのその言葉の最後は、ひと際声が大きくなった。

 え? セルティア王立学院に留学って? いまそう言ったよね。

「え?」と俺は思わず声を漏らす。


「なので、間もなく僕はセルティア王国に行きます。それでヴェルが今年に8歳になって、どこで暮らすのかとなったときに、僕が留学に旅立つまでの間は一緒に暮らしたいって、そう言って」

「はい……」


 両手で自分の膝の部分のスカートを握って、ヴェルちゃんは俯いている。


「でもヴェル。夏休みには帰って来るし、冬休みもだし。だからヴェルはこの宮殿でしっかりお勉強をして。そのことはもう何回も話したよね」

「うん……」


 泣くまいと、ヴェルちゃんは一生懸命に堪えているようだった。

 なんとなく話が見えては来たけど、でもそもそも何でバルトくんがセルティア王立学院に?

 俺はその説明を求めようと、ルチアさんに視線を向けた。



「本来なら、当ミラジェス王国の次期国王たる王太子殿下は、当地の王国学院で4年間学業を修めるのが当然のこととなります。現国王をはじめ代々の王太子はそうですし、また王家の子息子女もそのようにして来ています。このわたしもそうですしね」


 まあそうだよね。


「ですが、当代の国王陛下は開明的なお考えの持ち主であられまして、王太子が王位を継承する前の若いうちに、出来れば外の世界を体験するべきだと。いえ、陛下ご自身も、それから妹のわたくしなどもそうしたかったのですけどね。セルティア王国にはグロリアーナ叔母さまもおられますし。ですが、かつての15年戦争後の影響もまだまだございまして、それは叶いませんでした」


 なるほどね。確かに王太子と言えど、国王になる前の青春期に外国の空気に触れるのは良いことだ。

 国王になったら滅多に外国になど行けないだろうし。それはうちの父さんの子爵レベルでもそうなのだから、国王となれば尚更だよな。


 それでセルティア王立学院に留学ということですか。

 この国の国王陛下にはまだお会いしたことが無いが、年齢的にうちの父さんとそれほど変わらないとしたら、確かに戦争終結後とは言ってもまだ15年戦争の影響があったかもだね。

 ミラジェス王国は戦争に直接関わりは無いと言っても、その当事国であるセルティア王国への留学などは難しかっただろうな。


 あとルチアさんは幼い頃から秀才姫と呼ばれていたとかで、現在でも結婚もせずに宮宰としてレンダーノ王家を支えているんだよな。

 でも、と言うか、だからこそだろうけど、その宮宰の職に就く前に自由な海外生活をしたかったのかも知れない。


「ですので、王太子殿下には是非とも留学に出ていただきたいと。それにこの子、小さいときから剣術と魔法に関心が高くて、それで昨年にセルティア王国を訪れた際に、ザック長官のことをお聞きしたものですから、余計にでしてよ、ほほほ」


 こっちの王太子のセオさんが俺のことを話したものだから、それでこの殿下も俺と友だちになりたいとかそんなことを言い出した訳ですなぁ。




 午餐の準備が整ったとのことで、場所を移動してお昼をいただいた。

 昼食だし公式の午餐会では無いので、あまり飾らないお食事にしましたということだったけど、なかなかに豪勢でしたよ。


 ミラジェス王国ならではの海の幸料理が主で、カルパッチョ風の前菜やメインのアクアパッツァに加えて魚介盛り沢山のパスタなんかも出された。

 ワインも少量だけど勧められたので、美味しくいただきました。


 午餐の席での話題は俺たちの船の旅やセバリオ滞在の出来事で、海賊の襲撃を撃退した話や、サビオの森で巨大ワニのクロコディーロを狩ったという話をしたらバルトくんは瞳を輝かせ、ヴェルちゃんはしきりに目をまん丸く見開いていた。


 もちろんハヌさんの砦に行ったことや、エルフとの話し合いの中身を話題に載せることは出来ないけど、それでもずいぶんと熱心に俺たちの話を聞いてくれていた。

 俺の前世の世界でも、自由に旅などが出来ない高貴な立場の人が、こうやって旅人の話をさかんに聞きたがったらしい。そこはやっぱり、こちらの世界でも同じだよね。



 食事が終わって再び先ほどの応接室に席を移し、話題はバルトくんの留学話の続きとなった。


「それでバルトさまは、いつから留学されるのですか?」

「はい、エステル様。それがもう直ぐでして、あと1ヶ月後を予定しています」

「あら、そんなにお早くになのですね」


 今日が確か4月の8日だから、5月の10日前後か。それは直ぐにですなぁ。


「フォルスでのお住まいはどちらに?」

「もちろん寮です」


 寮って言うと学院の男子寮か。あの学院は貴族も王族も平民もすべて寮住まいが原則なので、まあそれが当たり前と言えばそうなのだろうけどね。


「でも慣れない外国で、ひとりで寮住まいって、大丈夫ですか?」

「いまの王国学院はここから通っていますから、寮生活がすごく楽しみなんです、ザック様」


「それについては、当家でフォルス内に屋敷を借り上げましたのですよ。そこに執事や侍女を配置して、可能な限りバックアップする予定なのですわ」

「ああ、その方が良いですね。2日休みなんかもありますし」


「うちのザックさまは、お休みの日はしっかり、エステルさまのもとに帰って来ました。それも4年間で1回も欠かさずにですよ」

「まあ、カリちゃんたら」


 俺は休日の前の晩に学院から走って王都屋敷に帰ったからね。

 でも外国の王族、それも王太子となると、そんな風に王都内を行き来は出来なさそうだよな。

 おそらくは護衛の部隊もしっかり付くのだろう。


「学院外の殿下の行動につきましては、もちろん護衛に当国の騎士を付けます。その点に関してはセルティア王国からも了解を得ておりますわ。ですけど、殿下のご要望もありまして、人数は極力少なくということにしましたの。その代わり、エステルさまのご一族のお力をお借りすることになります」


 ああそういうことですか。ルチアさんが言ったエステルちゃんの一族の力とは、つまりファータの西の里の者が常駐して陰護衛に付くということだね。


「そうなのですね。でしたら、フォルスに居るわたくしどもの方の一族も、陰ながらお力添えをいたしますわ。ね、ザックさま」

「ああ、もちろんそうだね」


「そうしていただけますと、レンダーノ王家としましても安心感がかなり増します。よろしくお願いいたします、ザック長官、エステルさま」


 バルトロメオ王太子の陰護衛は、直接はファータの西の里の管轄になるけど、これはグリフィン子爵家に居るファータだけじゃなくて、王都フォルスで活動するファータの北の里の者全員におしなべて助力を通達することになりますかね。



「しかし、5月の10日頃ですか。でしたら僕も学院に顔を出してみるかな」

「え、そうですか? ザックさま。是非に学院でお会いしたいです。いろいろとお話も伺いたいですし」

「まあ、セルティア王国に戻ってからの予定を調整してみますよ」


 俺はそう言って、ちらと離れて座っているオネルさんの方を見たので、彼女も頷く。

 予定管理の担当はオネルさんだからね。俺の予定の具体的なところは、お姉さん方3人とエステルちゃんとカリちゃんで決めます。


「あ、はい。いやあ楽しみです。学院でザックさまとお会い出来るなんて」

「ははは。フォルスに来られれば、いくらで会えますよ」


 学院でどの寮に入るのかとか、履修する講義は何にするとかの具体的なところはまだこれからなのだそうだ。

 でもルチアさんがさっき言っていたように、剣術と魔法には関心が高いそうだから剣術学と魔法学の講義は絶対に取るのだとか。

 これはフィランダー先生とウィルフレッド先生も大変だよね。


 あとレンダーノ王家で確保したという借り屋敷の場所も聞いた。

 王都フォルスの貴族街は各貴族の屋敷で埋まっているので、フォルス大通りを挟んで反対側の学院にほど近い場所、王宮騎士の住む街区に隣接した一般の屋敷があるエリアにだという。


「そこでしたら、セバリオの連絡事務所を置いている、わたくしどもの屋敷のわりと近くですわ」とヒセラさんが声を挙げた。


 なるほど、それなりの大きさの屋敷を確保するとしたら、その辺りになりますかね。

 あの一画は、上級貴族の屋敷ほどの敷地面積は無いにせよ、一般の屋敷でもかなり大きなものが多い。

 まあこの世界のこの時代にはまだそういう制度は確立していないけど、要するに在外公館ということになるのかな。




 そろそろおいとまをという頃合いになった。


「それではバルト殿下、フォルスでお会いするのを楽しみにしております」

「はいっ、僕もです」

「ヴェル殿下もルチアさんも、またお会い出来ますことを」

「わたしは殿下が留学の際にフォルスまで同行いたしますから、そのときにまたお会い出来ますわね」


「えと、ザックさま、エステルさま、カリさま。またお会いしたいです」


 ヴェルちゃんがもじもじしながら、そう声を出した。


「そうですね。またお会いしましょう」

「また会えますわ」

「きっと会えますよ」


「あ、ひゃい。次にお会いしたら、えと、その、ヴェルに魔法を教えていただきたい、でしゅ」

「あはは、魔法ですか。いいですよ」

「きっとですよ、ザックさま」

「はい、きっとですね」


「それから、あのぉ」

「なんでしょうか? ヴェル殿下」


 ヴェルちゃんは意を決したようにエステルちゃんとカリちゃんに近づいて、小さく声を掛けた。


「あの、えと、もしかしたら……精霊さまとドラゴンさまですか? あ、ゴメンナサイ」


 エステルちゃんとカリちゃんの方もヴェルちゃんに近づくと、彼女は誰にも聞かれちゃいけないとばかりにもの凄く小さな声でそんなことを言った。

 たぶんバルトやルチアさんには聞こえなかったと思うけど、やたら耳の良い俺には聞こえましたよ。


「うふふ。どうしてそう思ったのかしら?」

「あ、えと、お姿がそう見えた? いえ、感じた? あうぅ、違う。……そうだって、心の中に浮かんだのです。あひゃ、ゴメンナサイ」


「もしそう浮かんだのでしたら、そのことは誰にも言わないで、心の内に留めて大切にして置いてくださいな」

「ナイショですよ。お約束できるかな? それで良い子にしてたら、必ずまた会えますよ」

「あ、はいっ」


 いやあ、別れ際にずいぶん驚かされました。

 ヴェルちゃん最後の返事だけ声を大きくすると、エステルちゃんとカリちゃんとに順番に抱きついて直ぐに離れたのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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