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第61話 ミラプエルト王宮訪問

 翌日の午前中の遅めの時刻。そろそろ頃合いということで、迎えに来てくれた馬車に乗り込んでミラジェス王国のミラプエルト王宮へと向かった。


 ケリュさんとクロウちゃんはお留守番。と言うか、午後にはおそらくどこかに出掛けるのだろう。

 お昼はホテルのレストランで食べるようにと、エステルちゃんがホテル側にもしっかり頼んでいた。

 こちらの国のお金もちゃんと持たせているんだよね。大丈夫そうですか。


「ミラプエルト付近には、ケリュさんの変な知り合いとか部下とかは居ないんですよね」

「変な知り合いや部下とはなんだ。こんな人間が多く住む場所にはおらんわ。いいから、さっさと王宮とやらに行って来い」

「カァカァ」

「へいへい」


 まあそうか。戦神いくさがみの配下が人間社会に紛れ込んでいたら、それはそれで怖いよな。




 王宮はこのミラプエルトの街の東側、緩やかな坂道を上って行ったその先の小高い丘陵に聳え立っている。

 王宮のエリアは緑の木々が豊かで、大きな白亜の中央宮殿を中心にしてそれに連なるように各種の建物がいくつも配置されている様子は、先に往路で寄港した際に上空からクロウちゃんの視角を通じて眺めていた。


 その王宮エリアの正門に馬車が到着すると、門を守る衛兵に俺たちの訪問が伝えられ、直ぐに開門されて御者台には案内役の衛兵が乗り込んだ。


「このミラプエルト王宮は敷地が広いのですよ」

「なるほどです。だから案内役が必要なんですね」

「森の中に立つ宮殿って感じですかー」

「わたしたちはこれから、どこに案内されるのかしら」

「朝に来た王宮の者の話ですと、王太子様の宮殿のようですよ、エステル様」


 今日は大型の馬車が2台で、1台目には俺とエステルちゃんとカリちゃんに侍女役のリーアさんと、それからロドリゴさんも一緒に乗っている。

 2台目はジェルさん、ライナさん、オネルさんの3人に、ヒセラさんとマレナさんだね。


 今日の朝早くに王宮からホテルに伝達役の人が来たそうで、ロドリゴさんが応対してくれていた。

 俺たちが本日王宮を訪問する確認と、だいたいの予定を伝えにというものだったようだ。

 それによると訪問先は王太子が暮らす宮殿で、そこで午餐の饗応もあるとのこと。


 セルティア王国の王宮だと、王家の人たちは同じ宮殿の建物の中でそれぞれ自分たちの居住エリアを持って暮らしているけど、ここは別の建物なのですな。


 うちみたいな中の下クラスの子爵家のそれも北辺の田舎貴族だと、家族が屋敷の中で隣り合った部屋を持っている。

 でも王家となると、親と子が離れた別棟の宮殿に住んでいるのか。

 まあうちは庶民にわりと近い家族関係というのもあるけどね。



「そんなだと、王家の子ってちょっと寂しいわよね」

「でも、赤ん坊のときから周りにたくさんの人が居るんだろうな」

「それでもだわ」


 周囲に大人は居るが、同年代の子どもは居ない。

 貴族の俺もそうっちゃそうだけど、俺には姉さんたちが居たからね。


「こちらのレンダーノ王家ですと、8歳から自分の宮殿を持つと聞いたことがありますよ」

「8歳から家持ちなのね」

「家持ち、はまあそうだけど、ちょっと違うような」


「(人間は数が多いから、いろいろ大変ですよね。その点でドラゴンも、8歳にもなったら独立しろって棲み処から放り出されますよ)」

「(カリちゃんもそうだったっけ?)」

「(わたしは曾お婆ちゃんのとこに修行に行って、それから金竜さまで、次がザックさまのとこ)」


 ああそうだったね。カリちゃんは隠棲していた曾祖母のクバウナさんの元で何年か暮らして、それから金竜さんの宮殿に修行中の若い衆として出仕していたんだよな。

 カリちゃんはこの地上世界に5体しか存在しないエンシェント・ドラゴンの曾孫で、ある意味ドラゴンのお姫さまとも言えるのだけど、ドラゴンて幼少期から修行に出されるのですなぁ。


 ちなみに今日はロドリゴさんが同じ馬車に乗っているので、不用意なことを言わないようにいまの会話は念話です。



 森の中のような木々が豊かな小径を馬車が行き、やがてひとつの建物の前で止まった。

 馬車寄せで降りて少し離れながらその建物を眺めると、何となく前世の世界のロマネスク様式に近い感じですかね。


 少々古さを感じるデザインだが、セルティア王国のフォルサイス王家の王宮が頑丈さと威厳を前面に押し出した建築で、前世のゴシック様式に近い気がするのに比べると、丸みを帯びた部分も多く全体的に柔らかい印象だ。

 まあこの辺のところはクロウちゃんがいないので、あくまでなんとなくの感想だけど。


 ひとり離れて建物を眺めていた目線を玄関前に動かすと、俺たちの一行を出迎えにたぶんこの宮殿の侍女と思われるふたりの女性の姿が見えた。

 そしてその女性たちの隣にはイェッセさんが立っている。ああ、彼も迎えに来てくれていたんだね。昨日に引き続きご苦労さまです。


「ザックさま」

「あ、はい、行きます」


 イェッセさんと話していたエステルちゃんに呼ばれた。


「イェッセさん、ご苦労さまです」

「いえいえ、統、あ、ザカリー様。コホン、本日はようこそ、ミラプエルト王宮お出でくださいました。ささ、お待ちかねですの、どうぞ中へ」


 昨日は俺のことを統領って呼んでたからね。さすがにこの場ではそう呼べません。


 それでイェッセさんと王宮の侍女さんに導かれて建物の中に入る。

 内部は巨大なホールとか絢爛豪華な装飾とかは無くて、想像していたよりは落ち着いた雰囲気だった。


「レンダーノ王家は、意外と質素を旨としているのですよ。それに王太子殿下や宮宰閣下も、あまり派手なものは好まれませんので」


 俺たちが立ち止まって周囲を見ていたので、イェッセさんがそう解説してくれた。

 なるほどね。建物の様式だけではなく、そういったところも同じ王家とは言ってもフォルサイス王家とは家風が違うんだね。


「さて、私はここまでです。ここからは彼女たちが案内していただけます」

「イェッセさんは、同席は?」

「私どもは陰の案内役ですので。それではザカリー様、エステル様、皆様、良いひとときを」


 イェッセさんはそう言うと、ちらりとエステルちゃんの後ろに従うリーアさんの方に視線を動かして、あとは頼むという風に小さく頷いた。




 ふたりの侍女さんに案内されて、ところどころに品の良い陶器の器や初夏を感じさせる花などが飾られた気持ちの良い廊下を進み、やがてひとつの部屋の扉の前に着いた。


「こちらのお部屋でございます。ザカリー・グリフィン長官閣下ご一行が到着なされました」


 侍女さんのひとりが扉に向かってそう呼び掛けると、「入っていただいて」という声が聞こえた。この声はルチア・レンダーノ宮宰だね。


 そうして、侍女さんたちにより開けられた両開きの扉から室内を見ると、明るい外光が降り注ぐわりと広い部屋の奥で、そのルチアさんとバルトロメオ・レンダーノ王太子が立ち上がってこちらを見ていた。


 そのふたりだけかと思ったら、ルチアさんの腰の辺りから小さな女の子が顔だけ出している。


「(あら、あの子はどなたかしら)」

「(ふふふ。可愛らしい女の子ですよ)」

「(なんだか王太子殿下に似てるわよねー)」


 そんな念話も交わされて俺たち一行の皆の視線が女の子に集まると、その子はびくっとして直ぐにルチアさんの後ろに隠れた。


「(あはは。ルチアさんのお尻の後ろに隠れちゃって、昔のザカリーさまみたいよー)」

「(それって、僕がまだ2歳の頃ですからね、ライナさん)」

「(うふふ)」



 その女の子の存在も気になりながら、部屋の中をバルトロメオ王太子とルチア宮宰の前へと進む。


「お還りの旅の途中にも関わらず、この王宮までようこそお出でくださいました、ザカリー様」

「みなさま方もお疲れでしょうに、ほんとにありがとうございます」

「往きの寄港のときに、王太子殿下とお約束しましたからね」


「このひと、いろいろと忘れるのですけど、還りにミラプエルトに寄港したらお招きがあるからって、ちゃんと憶えていたんですよ」

「だから、ミラプエルトで2泊にしていただいたのですね、エステルさま。ありがとうございます」


 まあそんな感じで和やかに挨拶を交わしているのだけど、ルチアさんの腰の後ろから女の子が顔を出したり引っ込めたりしてるのが気になるんだよな。


「えーと」

「あ、これは、ご紹介が遅くなりましたわ。ほら、王女殿下」

「ヴェルディアナ、ちゃんと前に出て、ザカリー長官とエステル様や皆様方にご挨拶しなさい」

「ひゃ。……ひゃい、バルト兄さま」


 まあ分かってましたけど、バルトロメオくんの妹さんでヴェルディアナ王女殿下と言う子なんだね。

 兄殿下に促されて、ルチアさんの服を摘みながらもおずおずと前に出て来る。



「はじめてお目に掛かります、ザカリーさま、エステルさま、みなさま。レンダーノ家の長女、ヴェルディアナ・レンダーノでしゅ」


 しっかりとしたご挨拶で頑張ったね、と思ったら最後に噛みました。

 でも、小さいながら美しいカーテシーをする姿が板に付いている。


 あちらが王族で俺たちは中の下の貴族だから、本当はこちらに向かってカーテシーをする必要はまったく無いのだけど、外国の貴族相手なのでそうしろって言われたのかな。それとも単に間違っただけか。

 でもその姿が愛らしいので、特にルチアさんの表情も変わることはなかった。


「まあ、可愛らしくて丁寧なご挨拶をありがとうございます、ヴェルディアナさま。はじめまして。エステル・シルフェーダです」

「ザカリー・グリフィンです。お目に掛かれて嬉しいですよ」

「ひゃ、ひゃい」


 エステルちゃんと俺の挨拶に、恥ずかしそうに返事をしてまたルチアさんの後ろに隠れそうになったのを、そのルチアさんが後ろから支えるようにして隠れるのを許さなかったのがなんだか微笑ましい。


「ほんとに妹は恥ずかしがりで、すみません。でも、自分もザカリー殿とエステル様にお目に掛かりたいって、そう言い出したのはヴェルディアナ自身なのです」

「こう見えて、王女殿下は好奇心が旺盛な方で。それに魔法が大好きで。ね、殿下」

「ひゃふぅ」


 ああ、そういうことですか。

 と言うか、俺やたぶんカリちゃんあたりも気付いていると思うけど、この小さな王女って、幼いながら既にキ素力を感じたり、もしかしたら操ったりする力が半端無いんじゃないかな。

 カリちゃんはさっきから、この子を興味深そうにじっと見ているみたいだし。



 挨拶も終わって、俺たちは促されるままにこの部屋のソファに腰を落ち着けた。

 ここは王太子としての応接室という感じですかね。広い部屋の中にお客様用のソファが多めに配置されていて、来客人数が多くても対面出来る場になっているらしい。


 その中央のソファに、バルトロメオくんを真ん中にして左右にルチアさんとヴェルディアナちゃんが座り、それに向かい合って俺とその左右にエステルちゃんとカリちゃんが座る。


 ロドリゴさんとヒセラさんとマレナさん、そしてジェルさんたちお姉さんとリーアさんは少し離れた別のソファに分かれて座った。

 リーアさんはかなり遠慮していたけど、ルチアさんに座らされていた。


 直ぐに侍女さんたちが紅茶を運んで来てくれたので、オネルさんがうちのお菓子セット入りの箱をかなりの数で渡している。

 いまは午餐の前なので、食後に出して貰う感じですかね。

 それとは別に、同じ化粧箱に入れられたお菓子をカリちゃんがマジックバッグから出して、エステルちゃんがルチアさんに渡した。


「当家手製のお菓子ですけど、もしよろしければ」

「まあ、開けて見てもよろしいのかしら」

「ええ、もちろんですわ」

「そうしたら王女殿下、蓋を開けていただけますか」

「あ、はいっ」


 今日いちばんの良い返事の声を出して、先ほどからこの美しい化粧箱を目で追っていたヴェルディアナちゃんが、テーブルに置かれた眼の前の箱の蓋を開ける。


「あっ」

「あら、とても美味しそうだわ。これが有名なグリフィン子爵家謹製のお菓子なのね」

「えと」

「お昼前ですから、いまは我慢しましょうね、殿下。……でも、ひとつずつなら、エステルさま、大丈夫かしら。ええ、大丈夫よね、殿下」

「ダイジョウブですっ、叔母さま」


「うふふ。あちらで侍女さん方にたくさんお渡ししましたので、それは食後にでもお召し上がっていただくとして、いまはひとつずつぐらいでしたら。王太子殿下もいかがですか」

「ありがとうございます、エステルさま」

「旅先ですので、日持ちのするものだけですけれど、お口に合いますれば」


 ルチアさんにヴェルディアナちゃん、そしてバルトロメオくんも、何種類か入っている焼き菓子から思い思いにひとつずつ取って口に入れた。

 その表情は一様ににこやかなものだったので、口に合ったのだろう。

 甘いお菓子を口にすればその場が和やかになるという、エステルちゃんの持論のままの光景だ。



「失礼ながらお聞きしますけど、ヴェルディアナ王女殿下は、お齢はおいくつなのですか? いえ、先ほど魔法がお好きとお聞きしたものですので」

「あ、ひゃいっ。ヴェルは、あ、わたしのことは、ヴェルとお呼びください、ザカリーさま」

「ヴェルは先にズルいぞ。そうしましたら僕のことはバルトでお願いします」


 直ぐに隣の王太子が反応して対抗する。ふむふむ、可愛らしい兄妹ですな。ではバルトくんにヴェルちゃんね。


「それでは、僕のことはザックと。エステルはそのままですね。カリオペはカリと呼んでくださいね」

「はい、ザックさま。……ヴェルは今年、まだ先ですけど8歳になります」

「すると、今年から魔法のお勉強を?」

「はいっ。えと、んーと、まだなのですけど、今年からお勉強を始めます」

「そろそろ良い頃合いかと、間もなく始めていただくところですのよ」

「ですっ」


 この世界では剣術も魔法も8歳から習い始めるのが普通なので、敢えて年齢を聞いてみた訳だけど、やはりそうだったのだね。

 ルチアさんの補足の言葉に勢い良く返事して俺の方を見るヴェルちゃんの瞳は、キラキラと輝いている。


 でも、ここに着くまでに話していたロドリゴさんの情報だと、王家の子は8歳になったら自分の宮殿を持つのだよな。

 するとこの小さな女の子も、今年にはひとり自分の宮殿を与えられ家族と離れてそこで暮らすのだろうか。


 この王家の伝統なのだろうけど、同じ敷地内の建物でとはいえ王族の子って大変なんだなと、輝くような当人の笑顔を見ながらそう思うのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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