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第58話 還りの航海

 その翌日、オネルさんが執事のセレドニオさんを通じて調整して貰った結果、俺たちの帰国は明後日の早朝出発となった。


 乗船する船は往路と同じカベーロ商会のアヌンシアシオン号だ。

 もちろんヒセラさんとマレナさんも一緒にセルティア王国に戻る。

 なので、彼女たちはベルナルダ婆さん議長から休暇を貰って、今日と明日はそれぞれ実家でのんびりしたり、地元の友人と会ったりなどして過ごすらしい。


 ということで俺たちは、予定通りセバリオ市場メルカドを中心とした街の散策と買い物でした。

「案内を付けましょう」というベルナルダ婆さんとセレドニオさんの申し出は丁重にお断りして、俺たちだけで午後から繰り出した。


 いやあ、俺もケリュさんも半日頑張りましたよ。

 今日も好天の焼けるような陽射しのなか、文句ひとつ言わずに女性陣のお供を務めました。

 尤も、途中休憩でカフェに寄ったあと、ケリュさんとクロウちゃんが「ちょっと離れるが、あとで合流する」「カァカァ」と居なくなった。


 どこに行くのかとクロウちゃんに通信で聞いたら、なんでもこの南の地の果物だけでなくその苗なんかを買いに行くのだそうだ。

 どうやら、風の精霊の妖精の森に持って行くつもりらしく、あの森でもこちらの果物なんかを育てさせてみたいらしい。もちろん、果物の現物は精霊たちへのお土産だね。


 この南国の果物が風の精霊の妖精の森で生育するのかどうかは分からないけど、風の恵みで作物の豊穣も司るシルフェ様たちとケリュさんなら、なんとか出来るのですかね。蜂の女王も居るしな。


 それなら俺たちと一緒に買いに行けば良いとは思ったけど、クロウちゃんによると、いくさの神が果物やその苗をお土産に買うという姿を、俺たちに見られるのがちょっと恥ずかしかったようだ。

 奥さんの配下のためにお土産を買うなんて、風の精霊たちのお屋形様らしいと俺は思うけどさ。


 それで、苗を買うお店は昨日にふたりで出掛けたときに既に探し済みだったらしく、市場の中にすすっと消えて行った。


「どうこう言ってあのふたり、仲がいいわね」

「まあ、いちおう神同士だからね」


 俺もちょっと単独行動をしてみたい誘惑に駆られたけど、俺って基本的に買い物品収納係ですからなぁ。


 女性たち個人の買い物は、カリちゃんとオネルさんのマジックバッグに入れてるけど、王都留守番組やグリフィニアへの大量のお土産と鮮度が大切な果物なんかは、周囲の人に見られないようにしてばんばん俺の無限インベントリに納めております。




 その翌日はセバリオ滞在最終日。

 セバリオにいちばん近い商業国連合の別の都市に足を伸ばすという案もあったけど、そこまで行くのでもわざわざ船を出して貰って日帰りがなんとか出来るという距離なので、また次の機会ということにした。


 定期便の乗り合い船もあるそうだが、それだと帰り便に間に合わず1日で往復が出来ないとのこと。

 また、別の都市国家に行くとなると、そちらの首長にご挨拶をしないといけないとか、いささか面倒臭いからね。


 それで最終日は、ジェルさんとオネルさんの要望もあって訓練日にしました。


 旅先での最終日を訓練に充てるとか、一般の常識からはかなり外れているかも知れないけど、まあ俺たちの場合は、訓練か実戦をしないで暫く日にちを空けるのは出来ないというのが常識だ。

 この日の前に剣を振ったのはサビオの森で4日前でしたか。


 訓練場所には、マスキアラン邸の裏手に在る庭を使わせていただいた。

 ここは庭と言うかかなり広い空間で、セレドニオさんによると商会本店棟の将来的な増築も踏まえて空き地を確保してあるのだとか。

 セバリオの街自体の建物の配置がわりとゆったりとしたものなので、こういう土地も確保し易いらしい。


 うちのグリフィニアも、本来なら現在工事を行っている倍ぐらいの面積に拡張して、そういった土地の確保もした方が良いと思うのだけど、如何せん予算も限られているし、元々が都市城壁内の密集度が高くかつ人口が増加している現状への対処なので、それで精一杯だ。


 そんなことを考え、グリフィニア拡張工事の進捗に思いを馳せながらも、心をなるべく無にして剣術の訓練に取り掛かる。


 この日の剣術訓練では、ジェル隊長が「旅から帰って、身体が鈍っていたなどは許されません」と厳しく発破を掛けた。

 それで午前と午後、まるで学院時代の夏合宿のように丸1日木剣を振ったのだった。




「また来てくだされや、ザックさん、エステルさん、みなさん方。ここはそうよな、ザックさんたちの南国にある別宅だと思って、気軽にな。まあ遠いんで時間は掛かりますがの。それでもお待ちしておりますぞ。次はもっと大勢さんを連れて来て良いでな。わたしらは大歓迎しますぞ」


「ありがとうございます。また来させていただきます。とても楽しかったですから」

「お世話になりました、ベルナルダお婆さま。次回は人数が増えるかもですけど、よろしくお願いします」


 他の皆もそれぞれ別れの挨拶をして、滞在中お世話になった執事のセレドニオさんや侍女のラモナさん、ソラナさんたちともお礼の言葉を交わす。

 サビオの森の別邸も含めて足掛け9日間のセバリオ滞在。仕事目的での来訪だったけど、なかなか楽しい南国の9日間でした。


 次回は留守番組を全員連れて来たいな。あと、グリフィニアに居るアビー姉ちゃんやソフィちゃんも。母さんも来たがるよな。父さんは子爵様だから難しいか。でもまあなんとか理由を付ければ。

 俺はそんなことを考えながら馬車に乗り込んだ。



 港ではヒセラさんとマレナさん、そしてロドリゴさんが待っていてくれた。


「帰りの航海もお供させていただきますよ。議長にもそう仰せつかっておりますし」


 往還の航海を付き添ってくれるロドリゴさんにも、本当にお世話になります。

 ヒセラさんとマレナさんは荷馬車で運ばれてくる荷物を確認しながら、アヌンシアシオン号への積込みを指示していた。結構大量にあるけど、あれは彼女らの荷なのかな。


「わたしたちふたりで買い付けてフォルスまで持って行く荷と、うちの商会から運ぶ荷ですね」

「うふ。高速船のアヌンシアシオン号に便乗しちゃうんです」

「もちろん、輸送代はカベーロ商会にお支払いしますけどね」


 マスキアラン商会でももちろん輸送商船は運用しているのだが、カベーロ商会のこのアヌンシアシオン号が商業国連合で最も船足の速い帆船だ。

 なので彼女らは、自分たちが乗船するのと同時にマスキアラン商会の急ぎの荷も運んで貰うという訳だ。


 あと、ふたりが買い付けた物というのは、王都フォルスやセルティア王国内でまだあまり取引していない商品だそうで、そちらの方は都市国家セバリオの在外連絡事務所として売り込むための見本商品なのだとか。

 セルティア王国に着いたらそれらの荷は、在外連絡事務所が管理してセバリオの各商会が共同利用している倉庫に運ばれるとのこと。


 彼女らもただ俺たちを案内して来ただけではなくて、そこはやはり外交官兼商人と言うか、ベルナルダ婆さん議長の孫娘だよな。



 アヌンシアシオン号に乗船すると、「ピューイー」という号笛の音が鳴った。

 甲板上にはグラシアナ・カベーロ船長やヴィクトル・ドゥラン航海長以下、乗組員が整列して、俺たち一行を出迎えてくれた。


「お帰りなさい、ザカリーさま、エステルさま、みなさま」

「またお世話になります」

「セバリオご滞在はどうでした?」

「とっても楽しかったですよ。ね、エステルちゃん」

「はい。いろんなのものを見て、美味しいものもたくさん食べて、珍しいところにも行きましたし、すっごく楽しかったわ」

「なんでもサビオの森にも行かれたとか。うふふ、ザカリーさまたちらしいですね」


 エステルちゃんが口に出した珍しいところって、たぶん古代文明時代の遺跡であるハヌさんの砦のことだと思うけどね。

 まあさすがに、そのことは詳しく話せません。


 直ぐにアヌンシアシオン号は港の埠頭を離れ、メリディオ海へと出航した。

 還りの航路は往きとは逆を辿ってメリディオ海から群島海域、そしてティアマ海に入ってミラジェス王国のミラプエルトに入港する。


 ミラプエルトではどうやら、バルトロメオ王太子の誘いを受けて王宮に行かなければならないだろうから、多少の余裕を見て今回は2泊の予定にして貰った。

 宿泊するホテルの延泊などはどうとでもなるそうだが、あまり長く引き止められるのは面倒臭い。まあ2泊だけで良いのではないですかね。




 航海は順調に進む。時折風が強くなって波が高くなったり、俄に降る雨の中を航行したものの、特に大きな嵐などにぶつかることは無かった。


 多少は船が大きく揺れても往きでの経験もあるし、うちのお姉さんたちが意外と船に強かったのは幸いだ。

 エステルちゃんとリーアさんのふたりは様々な訓練を積んでいるし、ドラゴン娘と武神様は論外として、ジェルさんたち3人はどんな環境でも適応能力が高いよな。


 船上ではまた乗組員たちの魔法訓練があったり、俺たちもグラシアナ船長から許しを得て甲板での剣術訓練をさせて貰いました。


 揺れる船上での剣術訓練は、体幹を保ちながら不安定な足場でも的確な動作を行うにはもってこいだからね。

 あ、俺とケリュさんは今回は大人しく訓練をしましたよ。さすがにまた甲板でお説教されるヘマはしません。カァ。


 群島海域では再び海賊船団が襲って来るということも無く、平穏に通り抜けた。

 穏やかな海原と抜けるような青空が広がる晴天の中、ケリュさんは甲板の左舷に立ち、クロウちゃんを頭の上に止まらせて海や遠くに見える島々を暫く眺めていた。



「何か見えます?」

「青い海と緑の島だな」


 そりゃそうでしょ。


「その向うは?」

「ん? おまえも別の世界で生きていたのなら、この地上世界が丸いというのは知っておるだろうが。水平線の向うまでは見えんのだ」

「カァ」


 往きのときにも推定したけど、この世界だと甲板上から見える水平線までは15キロメートルぐらいだよな。

 視線の彼方に在るエンキワナ大陸と、こちら側のニンフル大陸との距離がいちばん近いとされるこの群島海域でも、さすがに海の向うの大陸までは見えません。

 俺の推測だと、少なくとも千キロぐらいは離れているんじゃないかな。


 でもそこはあなたも神様なんだから、こうして眺めていれば何か見えるんじゃないの?


「向うの大陸までは見えんが、水平線の先にわりと大きめの島があるな。ほれ、あちらの方向だ。まあ、直接は見えんがな」

「ほほう」「カァ」


「どうやら、人間も多少はおるようだ」

「ケリュさんはそこに行ったことがあるの?」

「あー、大昔には行ったか。その当時は、大陸同士を中継する港のひとつがあったからな」

「へー、港があったんだ」


「ただしその港や街などは、大災厄の際に海の魔物どもに完全に破壊された」

「ほう」

「それから2500年以上か。人間が再びやって来たとして、それが海のならず者なのか、はたまた大陸から纏まって来た者どもなのかまではわからん」



 ケリュさんが教えてくれたことによると、ニンフル大陸とエンキワナ大陸との間のティアマ海には、北からこの南の海域まで、中継港を有した比較的大きな島がいくつか点在しているのだとか。


 ただしその中継港はどこも同じく、大昔の大災厄でことごとく破壊されたのだそうだ。

 そういった港を使って大陸間の往来が頻繁だったのは、古代文明時代のことだよね。


 以来、大災厄による人間の文明の極端な衰退により大陸間の往来はほとんど途絶え、もちろんそういった中継港も再建されることは無かった。

 尤も、エンキワナ大陸との交流が噂されている北方帝国ノールランドが、北の地でそういった島を中継点に使用している可能性はあるかもだ。


 と言うか、北方帝国には向うの大陸の妖魔族らしき人間が来ているし、なんなら13年前の夏至祭事件でグリフィニアに現れたりしたからなぁ。


「水平線の向うの大きな島って、どのぐらいの距離ですかね」

「ここからか? そうだな。ざっと100万ポードというところか」


 100万ポードというと、300キロメートルですか。わりと近いよな。

 この高速帆船であるアヌンシアシオン号が10ノット、時速18.5キロの巡航速度で向かえば1昼夜も掛からずに到着出来る距離だ。

 ただ、以前のロドリゴさんの話からすると、そういった島の探索はしていないのだろうね。


「おまえのところの子爵領の沖にも、そういう島があったのではないかな。ただし、かなり離れておったと思うが」

「ほほう」

「こんど、アルとそこにも行ってみるか」


 うーん、行ってみたくないと言ったら嘘になる。

 ただしそれも、エステルちゃんとシルフェ様とクバウナさんとかの許可があってのことだよな。

 とまた、一昨日と同じような話になった。




 セバリオ港を出てから3日間の航海は何ごとも無く、ミラプエルトの港に無事到着。

 港では前回の寄港時と同じく、マスキアラン商会支店長のアンヘロさんとカベーロ商会支店長のディマスさんのハンプティダンプティ兄弟が迎えに来てくれていた。


 あと、リーアさんにそれとなく促されて彼女が顔を向ける方向に目をやると、埠頭から少し離れた場所にファータの西の里のイェッセさんが、あとふたりほどおそらくファータの者を伴って立っているのが見えた。


 俺とエステルちゃんがそちらに顔を向けるとイェッセさんたちは深々と頭を下げ、そして直ぐにどこかへと走り去って行く。

 ああ、あれはたぶん王宮に報せに行ったのだろうな。

 ということは、早速にもバルトロメオくんからお誘いが来ますかね。


 そのあっという間に走り去った彼らを見て、俺とエステルちゃんは顔を見合わせながら苦笑するのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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