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第55話 カーファ豆、そして知らなかった繋がり

 これは後からクロウちゃんに教えて貰ったのだけど、コーヒー豆もカカオと同じで豆と言っているけど、本当はコーヒーチェリーと呼ばれる実の中にある種なんだね。

 まあ一般に食用にされる豆もマメ科植物の種子だから、同じと言えば同じだけど。


 それでコーヒー豆の産地は、俺の前世の世界でもコーヒーベルトと呼ばれる赤道を挟んだ南北の、およそ北緯25度と南緯25度以内のエリアだ。

 コーヒーの木は、サバンナ気候や熱帯モンスーン気候のような雨季と乾季、あるいは昼と夜とで寒暖差が大きい気候が生育に適しているらしいね。


 なので前世の世界での栽培地は、熱帯雨林気候で昼夜寒暖差の大きな高地が通常だそうだ。

 尤もコーヒーの木は、気温がゼロ度を下回ると枯れて死んでしまうそうなので、それだけ寒さに弱い植物なのだとか。


 一方のカカオ豆にもやはりカカオベルト呼ばれる栽培に適した地帯があって、これはコーヒーベルトよりもやや狭いがほとんど重なる。

 コーヒーの木の生育が高地で適しているのに対して、カカオの木の方は標高千メートル以下で平均気温が27度以上と、逆に年中暑くて高温多湿かつ気温の上下幅が狭い必要があるそうだね。


 なので、この世界のショコレトールの木や、いま眼の前にあるカーファ豆のカーファの木? が栽培されているエルフの自治領もそんな気候なのだろうか。

 ただし、カーファは野生種だったとオーサさんが言っていたけど、ショコレトールの方は樹木の精霊であるドリュア様から下されたものだから、緯度経度も含めてその辺の生育条件は緩いのかも知れない。


 いずれにしてもコーヒーやカカオの生育域は限られている訳で、前世の世界でも中国では6世紀頃から一般に飲まれ、日本でも8世紀から始まっているというお茶に比べると、その歴史はだいぶ浅い。

 コーヒーの栽培と飲む習慣が始まったのは13世紀から15世紀頃のアラビア半島で、欧米で飲まれるようになったのは、それからだいぶ時を経た17世紀になってからだ。


 まあそれはともかくも、いま実際にテーブルの上の小皿に入れられているカーファ豆を見ると、確かにカタチはショコレトール豆に似ているが、色合いは赤茶色っぽいあちらよりも白い。

 これがまさしく、この世界のコーヒー豆だとすると、焙煎して挽けばもうコーヒーが飲めるんだよなと、そのぐらいの知識はある俺は白い豆をじっと見つめていた。



「ザカリー様、ザカリー様」

「あ、はい」

「そちらの豆にもずいぶんとご関心があるようですが」

「あ、えーと、はい。少し興味がありますね、ロドリゴさん」


「(ねえカリちゃん。ザカリーさまのが、また始まった?)」

「(みたいですよ、ライナ姉さん。だいぶ興奮している様子ですけど、それを表情に出さないように誤摩化して、じっと豆を見てますから)」

「(やっぱり、お菓子の元かしらー)」

「(わたしの勘だと、ショコレトール豆のときとはちょっと違うみたいよ)」

「(エステルさまの勘が言うんじゃ、そうなのねー)」

「(偽物ショコレトール豆だから、ですかね)」


 いやいや、お菓子にならんことも無いですが、それよりもコーヒーですよコーヒー。


「そちらもお買いになられますかな?」

「そうですねぇ。あの、オーサさん。このカーファ豆ですか。これは今回、どのぐらいお持ちになったのですか。その樽の分だけでしょうか」

「どうですか? オリヤンさん」

「あとこれより大きめの樽で、ふたつほどございますが」


 どうやらエルフ側としては、やはりこのカーファ豆をショコレトール豆の代替としてこちらに提供して、それで交渉を終わりにしようとしたかもだよな。

 まあいまとなっては、それは良いのだけど。


 それにしてもここに持込んだ小さな樽の分以外に、それより大きめの樽で2樽分ありますか。

 テーブルの上に置かれているのが2斗樽程度で、それより大きいとなると以前にショコレトール豆が入っていたのと同じ4斗樽ぐらいのものかな。


 そうだとすると2斗樽の中身が20キログラム程度で、4斗樽の方は40キログラムとすると、合わせて100キロのカーファ豆ということだ。

 それって、コーヒーが何杯飲めるのでしょうかね。



「なるほど。でしたらそのカーファ豆も、当方で購入させていただきましょうか」


 なんとなくだけど、自分だけが少し興奮しているのを悟られないように、なるべく冷静な口調で俺はそう言った。

 さっきは隣のカリちゃんと、たぶんエステルちゃんにはバレバレでしたからね。


「そう、ですか? ではこちらも自治領よりわざわざお持ちしたものですから、お買い上げいただくのならそれで結構です。でしたら価格は……」

「オリヤンさん、あなた何を言ってるの? どうせダメ元でって持って来たものでしょ? 話し合いの冒頭でもご迷惑をお掛けしているのですし、ザカリーさまにはお詫びの気持ちも込めて無償で進呈なさい」

「しかしですね、領長」


「オリヤン、そんな飲んでも苦くて不味い薬湯の豆の、樽のふたつや3つ程度で金銭をいただこうとするな。オーサ領長の言う通りにせよ」

「グンナル殿もそうおっしゃるのなら」


 あー、カーファ豆のことを、苦くて不味い薬湯の豆とか言っちゃいましたよ。

 尤も、エルフのレシピで作られたショコレトールドリンクの方も不味かったけどね。

 それにオーサさんが言った冒頭のご迷惑って、グンナルさん、あなたのいちゃもんのせいですからね。


「いえいえ、まったくのタダという訳にもいきませんので、そうですね、格安のお値段でということで手を打ちませんか? ねえ、いいよね、エステルちゃん」

「はい。タダでいただいたら後々怖いかも知れませんので、いかばかりかの代価はお支払いたしましょう」


「これは、エステルさまは手厳しい。でしたら、ご提示しようとしていた価格の3分の1ほどのお値段でいかがですか?」

「それであれば、ザカリーの方で全て無駄にしてしまっても諦められますね。良いですわ、それで買わせていただきます」


 実際には大きい方の1樽で2,000エルつまり2万円で、小さい方が1,000エル1万円。大2樽と小1樽を合わせて5,000エルという価格提示だったものが、3分の1以下の1,500エル1万5千円という値段になった。


 コーヒー豆の生豆が100キロで1万5千円だとしたら、これは相当にお安いですよね。

 これも後でクロウちゃんに聞いたら、そこまでは正しく知らないけれど、俺が前々世で死んだ当時の小売価格で言えば1キロで2千円から3千円ぐらいじゃないか、ということだった。


 なので、このカーファ豆の品質はまだ分からないけど、1キロ150円ほどで手に入れたのだからなかなか良い買い物でしたよ。

 尤も如何とも出来ない代物だったら、俺がかなり欲しがっているのを知られないようエステルちゃんがわざと言ったように、全部無駄にしちゃうかもだけどね。




 今回の旅の目的であるエルフとの話し合いが終わり、暫し談笑の時間となった。

 マスキアラン商会の人が紅茶をサーブしてくれたので、俺たちからは自家製のお菓子を出す。お馴染みの贈答用お菓子セットですね。


 これは今回の旅で結構大量に持って来ていて、それぞれのセットが化粧箱に納められ、保管と輸送は俺の無限インベントリの中で、そこから取り出し用にカリちゃんとオネルさんが持つマジックバッグの中にその都度移してある。


「これはうちのお菓子ですが、どうぞ召し上がってください」

「まあ」

「やったー」

「こら、マレナ」


 用意して貰ったお皿にうちの女性たちがお菓子を載せてテーブルに出すと、オーサさんとオリヤンの部下のエルフ女性の眼も輝く。

 こういう場になったら、もう女性陣に任せておきましょうかね。


「ザカリー殿は、聞くところによると剣の達人だとか」

「いえ、達人などとは過分の形容で」


 一気に賑やかになったそんな女性たちの様子を眺めていると、俺の側にやって来たグンナルさんがそう声を掛けて来た。

 このグンナルさん、いちゃもんおじさん、いや見た目はお兄さんか。いまの会議の場ではその印象が強かったけど、本来の立場はイオタ自治領の防衛隊長でしたね。


「いやなに。我らも今回の話があってから、ファータと比べるにはおこがましいが、可能な範囲でザカリー殿のことを調べさせていただいたのですよ」

「ああ、なるほど」

「今回は機会が無さそうだが、いつか是非ともお手合わせなどしたいものですな」


 聞くと、自治領外に出て商売をするエルフ商人や国外のエルフ族のネットワークを使って、俺やグリフィン子爵家に関する情報を集めたのだそうだ。


 だったら話し合いの冒頭で、エステルちゃんとリーアさんのことをファータではないかって問いかけたのだって、じつは既に情報として多少はあらかじめ持っていたんじゃないの?

 これはイオタ自治領のエルフを、あまり侮ってはいけないかもだよな。


「まあ、当方のは調査というほどでも無いのだが、特にうちの領のおさの関係もありましてね」

「オーサさんの関係、ですか?」



「そのことはわたしからお話しますわ」

「そうですな」


 ベルナルダ婆さん議長と言葉を交わしていたオーサさんが、こちらに来て話に加わった。

 それで「もしよろしければあちらで」と、彼女はこの同じ室内で会議テーブルとは別に備えられている応接セットの方へ移ろうと促す。


 俺はエステルちゃんにも声を掛けて、4人でその応接セットへと場所を移動した。


「まずはあらためまして、本日の話し合いが多少なりとも前に進みましたこと、今後のお付き合いの第一歩として、わたくしどもイオタ自治領を代表しまして御礼を述べさせてください」


 オーサさんがそう言って頭を下げ、隣のグンナルさんも素直にそれに倣った。


 いやいや、話が前に進んだのは、マレナさんが魔法のお菓子と口にしたショコレトールを貴女あなたが食べてみたかったからですよね。

 そういう意味では、今回の話し合いを進めた立役者はマレナさんとそしてオーサさんご自身だ。


 あとグンナルさんの方は、エルフらしく面倒臭いタイプのいちゃもんお兄さんかと思ていたが、それはそうだとして、人柄自体はそれほど悪く無いのかも知れないね。


 俺もあらためてお礼を返すと、「グンナルさんが言ったことですが」とオーサさんが話し始めた。


「正直に申し上げますと、ザカリーさまとエステルさまのことは、私の姉と叔父から聞いたのです。いえ、あの人たちと直接会ってはいませんでしたので、姉との手紙でのやり取りなのですけれど」

「姉と叔父? オーサさんのお姉様と叔父様ですか?」


「はい。姉がオイリで、叔父はイラリです。もうずいぶんと会ってはいないのです」


 あはー、そういうことですか。

 お姉さんがセルティア王立学院のオイリ学院長で、叔父さんが教授のイラリ先生ですか、そうですか。

 どうりでオーサさんの顔や雰囲気がオイリ学院長に似ている訳だよな。なるほどそうですか。

 俺の隣に座るエステルちゃんも、これにはかなり吃驚している。


 それにしても学院長って、以前にふたりでイオタ自治領の話をしたときに、自分がそこの出身であるとは言ったけど、自分の妹がその領長だなんてひと言も口にしなかったよな。

 つまり学院長は正しくはオイリ・ベーベルシュダムで、その叔父のイラリ先生も同じ家名なんですかね。



「ですので、ザカリーさまのことを姉に問い合わせたところ、ザカリーさまは入学早々に学院始まって以来の剣術学と魔法学ふたつの特待生となり、4年間を通じて学年首席。そしてご卒業後には特別栄誉教授にご就任されたことも存じ上げております」

「ははあ」


「加えて、学院祭でのクラスの出し物で毎年新しいお菓子を発表になり、その中でも一昨年にはイオタ自治領からもたらされたショコレトール豆を材料にした、えも言われぬ美味のトルテを出されたとか。姉からの手紙にはその美味しさが書き連ねられ、出来るだけショコレトール豆をザカリーさまに提供なさいと、そんなことまで書き連ねられておりましたのよ。あ、いえ、そこまではグンナルさんたちにもお話しなかったわね」


 ショコレトールの話になるとグンナルさんも目を見開いて横のオーサさんの顔を見ていたので、いま初めて聞いたのだろうね。

 しかし、オーサさんが魔法のお菓子を「わたしも食べてみたい」と言ったのは、じつは事前にオイリ学院長からこんな情報を得ていたからなのですなぁ。


「遠方の姉との手紙のやり取りで、それも昨年遅くになってからですので、それ以上の多くのことは聞けなかったのですけど。でも、あとひとつだけ、エステルさまというザカリーさまのご婚約者がおられ、この方はファータだが一族のお姫さまだ。もし顔を会わせることになったら決して失礼なことはしないように。もしエステルさまを怒らせるようなことがあったら、それはもう……。ここで手紙の文面は途切れていました」


「もう、オイリ学院長ったら。わたしはお姫さまというほどの者でもないですし、怒らせたら云々というのも。わたしのことどう思っているのかしら」

「ははは。それはたぶん、エルフとファータが出会っても揉めないようにって、あの学院長らしい大袈裟な言い方じゃないかなぁ」


 本当はエステルちゃんの姉であるシルフェさまの、その怖さを書きたくても書けなかったからでしょうな。

 あと、エステルちゃん自身は滅多に怒ったりしないけど、怒らせたら彼女も怖いですからね。あ、いつも叱られている俺以外には滅多に怒らないという、そういう話です。


「それも初めて聞きましたぞ、おさ

「初めて言いました。だって、ファータのお姫さまというのはそうだとして、怒らせたらそれはもうとか、あなたたちに何と話していいのかわからなかったの」



 それから、オイリ学院長とイラリ先生のことを話題に少し話した。


 あのふたりがイオタ自治領を離れたのは、正確には聞かなかったけどたぶん100年近く前のようだ。

 ベーベルシュダム家というのはエルフの中でも名門の家系で、自治領でそれなりの立場の仕事をすべきイラリ先生がそれを嫌って冒険者になるべく、先に故郷を出た。


 叔父と仲が良く、少女時代より少なからず影響を受けていたオイリ学院長もやがて自治領を出て、彼女の場合は人族の社会で学問に励んだらしい。

 そして後年、セルティア王立学院の学院長にまで昇った彼女がイラリ叔父さんを教授に迎えて現在に至る。


「姉と叔父が故郷を出てからは、わたしもそう何度も会っておりませんので、人族の中でどう生きて来たのかは本人たちから聞いて欲しいのですけれど。でも、ザカリーさまとショコレトール豆のことがあってからは、久し振りに何回か手紙を交わしましたのよ」


 お互いに若いままの容貌だけど、100年近くの長い年月でそれほど多くの交流を持たない姉妹か。それでも疎遠の関係という訳では無く、姉妹仲も悪く無いらしい。

 こういう長命族同士の感覚って、これまで1回の人生でどちらも29年しか生きていない俺には良く分からないよな。


 まあともかくも、旅の主目的とはいえあまり多くのことを期待していなかったエルフとの話し合いだったけど、ショコレトール豆の再入手が実現し、更には思いがけないカーファ豆との出会い。

 加えていまのオイリ学院長とイラリ先生とオーサさんとの繋がりも知って、なかなかに濃厚で実りある時間を過ごしたのでは無いですかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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