第53話 エルフとの話し合い、始まる
翌日、昼食後の時間をラウンジで過ごしていると、執事のセレドニオさんが俺たちを呼びに来た。
どうやらエルフたちが到着したようだね。
俺たちは既に対面用に衣服を整えていて、ジェルさんらは夏用とはいえ独立小隊の平時制服を身に纏っている。
エステルちゃんとカリちゃん、リーアさんは制服ではなく余所行きの衣装だが、さっきからなにやら3人でコソコソ話していた。
聞き耳を立ててみると、「夏の衣装だと、あまり仕込めないわね」「多少ゴツゴツして重たいですけど、わたしは服の下にぜんぶ仕込みました、嬢さま」「こういうときザックさまみたいに、変なとこから取り出せると便利ですよね」「あ、カリちゃん。わたしダガーを持ち過ぎたわ。これマジックバッグに戻しといて。スティレットだけでいいわね」「はい」「嬢さま、魔導手裏剣はどうします?」「部屋の中だし、壁とか傷つけるといけないからいらないんじゃない? ダガーもなるべく投げない方向で」「ですね」…………。
えーと、小型の武器やら暗器やらの話ですかね。エステルちゃんが口にしたスティレットとは、錐のような細く鋭い刀身の小さな刺突武器で、暗殺などにも使い易い。
確かに夏用の衣装で仕込み辛いでしょうけど……って、別に室内でそんな闘いとかにはならんと思うのですが。
聞かなかったことにしよう。
「それでは行ってきますよ、ケリュさん、クロウちゃん」
「おう、行って来い」
「カァカァ」
「我らは市場にでも散歩に行って、何か冷たいものでも飲むとするか、クロウ殿」
「カァ」
ああ、あなたたちはのんびりしていていいよね。街の人に迷惑とか掛けないでくださいね。
ケリュさんはエステルちゃんにお金も持たされているし、大丈夫だと思うけど。
マスキアラン邸の住居区画と商会本店とを繋ぐ廊下を渡って行き、商会棟の入口で商会員に迎えられてそのロビーの中を通り、応接兼会議室と言っていた部屋に案内された。
商会棟のロビーは広々としている。ここは何かを販売する店舗では無いので特に商品が陳列されていはいないのだが、当地の民芸品や美術品などがさり気なく飾られ、室内には植物も多く、大きなホテルのロビーのような涼しげで気持ちの良い空間だ。
ちらりと奥の方を見ると横一列の長いカウンターがあって、何人もの商会員がそのカウンターを挟んでお客様を応対していたり、そうでない商会員は俺たちが通るのに頭を下げて挨拶してくれている。
あっちは見た目的に、冒険者ギルドのカウンターを大きくした感じですかね。と言うか前々世の銀行の店舗に似ているか。
「既に先方様と、こちらの議長たちは部屋に入っております」
「わかりました」
案内の商会員がそう教えてくれ、応接兼会議室の前に到着するとドアを開けて先に入ったセレドニオさんが、「セルティア王国グリフィン子爵家ご継嗣、調査外交局長官、ザカリー・グリフィン様ご一行が入られます」と室内に呼び掛ける。
それに応えるベルナルダ婆さん議長の「お通ししなされ」という声が聞こえ、俺たちはセレドニオさんと入れ替わるかたちでその応接兼会議室の中へと入った。
室内はなるほど、少し豪華だが品のいい調度が設えられた会議室といった感じで、大きな方形テーブルを挟んでその向うにエルフたち。
反対側の席は空いていて、そこに俺たちが座るのだろう。
席の並びはコの字になっていて、エルフとこちらとの間にはベルナルダ婆さんとロドリゴさんが座っている。
俺たちは立ち上がっていたヒセラさんとマレナさんに案内された。
テーブルを前にして、中央に俺とその左右にエステルちゃんとカリちゃんの席。そしてその3人の後ろに、お姉さんたち4人の席が用意されている。
「本日はお忙しいところ当商会までお越しいただき、ありがとうござった。まずは感謝を申し上げますぞ」
俺たちが着席し、ヒセラさんとマレナさんもベルナルダ婆さんの後ろの自分の席に座って場が落ち着いたところで、まずは婆さん議長が口を開いた。
その声を聞きながら、正面の席に居るエルフたちの顔を見る。
テーブルの前で俺たちと相対しているのは女性ひとりに男性が2名。そしてその後ろに男女2名のエルフが座っている。
つまりこの5名でセバリオまで来たということかな。他に随行の者や護衛などが居るのかどうかは分からない。
「本日の出席者が揃いましたので、あらためまして私より皆様をご紹介させていただきます」
続いてロドリゴさんがそう口を開いたので、この場の進行は彼がするのだろう。
どうやら俺たちがこの部屋に来る前に、セバリオ側とエルフ側との挨拶は済ませていたらしい。
「まずは、イオタ自治領よりご足労をいただきました方々を。イオタ自治領、領長のオーサ・ベーベルシュダム様、防衛隊長のグンナル・レーフクヴィスト様、そして外交及び対外取引局長のオリヤン・メルケション様。後ろは、防衛隊と外交対外取引局のご随行の方でございます」
おやおや、自治領の長がわざわざ来たですか。
3名の真ん中に座るオーサ・ベーベルシュダムという女性が、イオタ自治領のトップなんだね。なんだか、学院のオイリ学院長に似ている感じの女性だよな。
そう言えば俺って、学院長の家名を聞いたことが無かった気がする。
それから、外交及び対外取引局長という人が居るのは分かるが、なんで防衛隊長という人がこの場に居るのですかね。
領長がセバリオまで出向いて来たので、その護衛も兼ねてというのも分からないでも無いけど、でも自治領防衛のトップだよね。
でも、世界樹の麓のアルファ自治領に行ったときも、ビャルネさんという長と祈りの社の社守長のディーサさん、そして防衛隊長のオスキャルさんの3人が俺の相手をしてくれた。
つまりあの3人がアルファ自治領の三役だったから、今回イオタ自治領から三役のうちのふたりが来たということですかね。
いずれにしてもエルフなので、その外見からは実際の年齢を伺い知ることの出来ない、5人揃って金髪で見た目若々しく整った容貌の男女だ。
「続きまして、遠く北のセルティア王国よりお越しいただきました、まずはグリフィン子爵家継嗣で調査外交局長官であられるザカリー・グリフィン様。お隣はザカリー様ご婚約者のエステル・シルフェーダ様。そして反対隣は長官ご秘書のカリオペ・ブラン様。後ろの方々は、調査外交局独立小隊騎士のお三方とお付きの方です」
そのロドリゴさんの紹介に、エルフの5名の視線が鋭くこちらに向けられる。特にエステルちゃんを見る目が多いのは気のせいですかね。
「そして本日、この場に同席させていただきますのは、商業国連合議長兼セバリオ首長でマスキアラン商会会長のベルナルダ・マスキアラン。後ろは商業国連合、セルティア王国連絡事務所責任者のヒセラ・マスキアランとマレナ・マスキアラン。そして私、セバリオ副首長でカベーロ商会会長のロドリゴ・カベーロでございます」
個々の挨拶などは後ほどにということで、まずはロドリゴさんからの紹介を終えた。
いやあ、ここまではなんとも仰々しい時間だが、昨日にもベルナルダ婆さんが言っていたように、商取引の場であると同時にまさしく外交の場だということですなぁ。
「紹介ありがとうございます、ロドリゴさま。初めましてザカリー・グリフィンさま、皆々さま。このたびはわたくしどものお願いで、この南の地にお出でいただき、ありがとうございます。わたくしがイオタ自治領を任されております、オーサ・ベーベルシュダムです。本日は実りある出会いと、そして有意義な話し合いとなることを、イオタ自治領を代表しまして、切に願うところでありますわ」
あ、これは意外とまともかもだ。
大方のエルフの例に漏れず、口を開けば少々長いきらいはあるけど、初っ端から変にこちらを不快にさせるような感じでも無い。
「これは、ご丁寧にありがとうございます。私どもも互いに良い話し合いとなることを、願っておりますよ」
俺はそう返しておいた。さて、早速本題に入りましょうかね。
「それでは、ロドリゴさん」
「ええ、早速ではありますが……」
「まずはお待ちいただきたい。話し合いに入る前に本題とは異なる点で恐縮だが、我らとしては少々お尋ねしたいことがあるのですがな」
「はて、本題と異なるお尋ねとは、何でしょうか?」
「まずは、私の立場をお伝えして置きたい」
「グンナル・レーフクヴィスト様のお立場、でございますかな?」
ああ、やっぱり始まりましたか。
ロドリゴさんに話し合いの進行をと振ったのだが、それは遮るように防衛隊長だというグンナルさんという人が口を開いた。
それを領長のオーサさんも特に止めませんね。
「先ほどご紹介をいただいたように、私はイオタ自治領の防衛隊長という立場を仰せつかっておる。つまりその役目柄は、イオタ自治領の全てを外敵から守ること。そしてその全てには自治領のあらゆる産物も含まれ、また自治領のエルフ族、そしてここにおる長も当然ながら第一義として入っておる。そういった私の立場をこの場の皆様方にご理解いただいた上で、お尋ねしたい」
はいはい、そうでしょうね。防衛隊長と言う役職名なんだから、そんなこと皆も分かってます。
それから、さっきのロドリゴさんの紹介、いや俺たちがこの部屋に入ったときから、あなたと、それからあなたの部下と思われる後ろの男性のひとりが、エステルちゃんとリーアさんにずっと鋭い視線を向けていることを知っていますよ。
「我らも寡聞ながら、セルティア王国の貴族家であるグリフィン子爵家は、人族の一族であると聞き及んでおる。そこにおられるザカリー・グリフィン殿も、そうして人族であるのだろう。だがお隣の、ご婚約者と紹介のあったエステル・シルフェーダ殿、そして後ろのおそらくお付きの方と思われる女性。このおふたりは、もし間違っているのなら先に無礼を謝っておくが、人族ではなかろうて。いや、私から申し上げてしまえば、このふたりの女性は、ファータであろう」
後ろでリーアさんが立ち上がろうとして、それをオネルさんがそっと抑えた気配が伝わって来る。
逆に俺の隣のエステルちゃん自身は、「大丈夫ですよ」という感じで俺の膝に軽く手を載せた。
「加えて言うならば、もし間違っておらねばだが、エステル・シルフェーダ殿のそのシルフェーダという家名は……」
「グンナルさん」
そこまで言葉を継いだところで、彼の隣のオーサさんが小さく名前を呼んで続きを止めた。
「ゴホン。あー、とにかくだ。私が言いたいのは、ファータという一族は金銭で雇われて、いろいろと秘密を探る仕事を生業としているということだ。ならばこの対面の場においても、我らが知られたくないことを探るために居るということになるのではないか。なのでまずは、この場に出席しているおふたりが、ファータであるのかどうかをはっきりさせていただきたく、こうして冒頭でお尋ねした次第だ」
グンナルさんがそう言って口を閉ざすと、この応接兼会議室の室内はシーンと静まり返った。
なんだかんだと言葉を連ねたけど、要するにファータの者には居て欲しく無いということですかね。
そんなことを言ったら、この俺はファータの統領なんですけどね。それをバラしたら、どうしますかね。
あと、もしここにシルフェ様とかが居たら、極冷風でエルフ全員が凍っていますよね。
ケリュさんだったら、んー、どうなるのか分かりません。
「もし、エステル様と後ろの女性、リーアさんがファータの方たちでしたら、あなた方はどうされたいとお考えですかな?」
この場の沈黙を消すように、ロドリゴさんが逆にそう尋ねた。少し鋭い口調に変わっている。
「それは、円滑な話し合いのためにも、出来ればご退席願いたいと……」
「と、イオタ自治領側がそう申されておりますが、いかがいたしましょうか、ザカリー様、エステル様」と、エスキルさんの答えを聞いたロドリゴさんが俺たちの方に顔を向けた。
俺はこれがイオタ自治領側の総意、いや領の長であるオーサ・ベーベルシュダムも同意している意見なのかと、彼女の表情を見つめる。
その彼女は視線を少し下に向けていて、何かを考えているのか、それともこの場の対応を防衛隊長に任せてしまうつもりなのか。
エルフたちを無理矢理黙らせるだけなら、俺が闘気を発して威圧を掛けてしまえば良いのだが、まあオーサさんも冒頭で、実りある出会いと有意義な話し合いを願うと言っていたしね。
ちなみに後ろからは、ジェルさんのものと思われる怒りの闘気が少し漏れ出て伝わって来ておりますよ。
「エステルとリーアさんは」
「ザックさま、ここは当の本人のわたしから」
「わかった」
俺が口を開くと、それを留めてエステルちゃんが話すという。ならば、任せてみましょうかね。
「まず、端的に申し上げまして、わたしと後ろのリーアさんは、ご指摘の通りファータの者です。加えて述べますなら、わたくしエステル・シルフェーダがファータの一族の中でどういう立場にあるのかは、自分の口からは申し上げませんが、どうぞご想像くださいませ、オーサ・ベーベルシュダムさま、グンナル・レーフクヴィストさま、そしてイオタ自治領のみなさま。……ただし」
「ただし?」と、名前を言われたオーサさんが顔を上げて思わず口にした。
「ただし、この場でわたしの家名も添えてご紹介いただくように、敢えてそうお願いしましたのは、ファータの一族の生業について何ら恥じるものの無いということと、加えてシルフェーダの家名を持つ娘が、隣に居るザカリー・グリフィンの婚約者であり、また婚約者という立場ではございますが、既にグリフィン子爵家の一員とさせていただいていることを、予めみなさま方にご承知いただきたかったということでございます」
エステルちゃんがそう話し出すと、後ろのリーアさんやそれからジェルさんたちも落ち着きを取り戻した空気が感じられる。
ところで俺の隣に座っているカリちゃんは、珍しく念話でもひと言も言って来ない落ち着いた態度だ。
こんなことを言われるだろうと、エステルちゃんと予想して事前に何か話していたのかな。
まあ彼女の場合、エルフの言うことなどいちいち相手にもしていないのかも知れないけどね。
「ですので、グリフィン子爵家とファータのシルフェーダ家の繋がりもご理解いただき、その上で本日のこのお話し合いが実りあるものに出来ますよう、切に願うところでございます。あと先ほど、秘密を探る云々のお話がございましたが、ファータの一族の立場から申しますと、こうして家名まで詳らかにし正体を晒してこの場に居るという事実から、わたくしどもが最大限の誠意をもって本日のお話し合いに臨んでいると、そうご納得いただければと思います。またこのこと、同じ精霊族として、エルフのみなさま方のご先祖さまである樹木の精霊さま、そしてわたくしどもの風の精霊さまに、伏してお誓いするところでございます」
そう話し終えると、エステルちゃんは座ったままながら優雅に一礼した。
あー、俺は感動しました。
なんと言いますか、王都屋敷の女主人として、ファータの一族のお姫様として、いや真性の風の精霊の妹であり、かつたぶんファータの祖の生まれ変わりとして、こんなに威厳と美しさに溢れて堂々とした発言をするようになったのでありますなぁ。
「(なに、わたしの顔をそんなに見てるですか、ザックさまは)」
「(あ、へっ、良いお話であったのであります)」
「(やだ、恥ずかしいわ)」
「しかしっ」
「グンナルさん、もうよろしい」
グンナルさんがまだ何か言おうとするのを遮り、オーサさんはエステルちゃんの顔をじっと見つめ、そして深々と一礼を返したのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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