第52話 セバリオの街に戻る
マスキアラン家の別邸に急ぎ戻ると、クロコディーロの解体作業が終わって片付けをしているところだった。
うちのお姉さん4人とサンチョさんたちで取り掛かっていたので、解体にそれほど時間が掛かっていないと思うのだけど、どうもハヌさんが俺たちの時間をかなり縮めてくれたみたいだ。
「戻って来られたですな。こちらも先ほど終わったところです」
「夕食はクロコディーロ料理だそうですよ。鶏肉に似ていて、でも鶏よりも美味しいんですって」
ちなみにクロコディーロの皮革などの素材は、ヒセラさんとマレナさんに預けたのだそうだ。別にその買取費用とかはいらないけどね。
「ところでさー。ザカリーさまたちは、どこに行ってたのー?」
「あー、ちょっとその辺を散歩。(あとでまた話すよ、ライナさん)」
「そうなのねー」
念話が出来るようになったライナさんにはそう伝えておいた。
この場にはサンチョさんやヒセラさんマレナさんたちも居るし、かと言ってずっと黙っていると、あとでいろいろ文句を言われますからね。
その晩の食事は、ベニータさんとサンチョさんが腕を振るって作ってくれたクロコディーロ料理で、ステーキやら唐揚げみたいな揚げ物やら、野菜との炒め物やらが様々に並ぶ。
確かにオネルさんが言っていたように鶏の胸肉に似ていて臭みも硬さも無く、かつ鶏よりも濃厚な味わいというか意外とジューシーだった。
アリオくんとルキアちゃんも山盛りのクロコディーロ肉にかぶりついておりました。
「(午後の散歩の件の報告会は、セバリオに帰ってからだね)」
「(そうですね。その方がいいわ)」
「(わかったわー。ジェルちゃんたちにはそう言っておくわね)」
この別邸だと話し辛いし、セバリオのマスキアラン邸には明日戻るので、あちらでうちの者たちだけの場で話さないとだよね。
翌午前、マスキアラン商会の迎えの馬車が到着するまでラウンジでのんびりしたり、別邸の庭でアリオくんとルキアちゃんと遊んだりして過ごす。
彼らみたいな犬とか、あるいは猫なんかをペットにするのもいいかもだよな。
俺の場合、前々世に自分でペットを飼った経験が無いし、前世では乱世の世の中、俺自身の立場もあってそういう経験が出来なかった。式神は居たけどね。
カァカァ。式神はペットじゃないって、それは分かっておりますよ、クロウちゃん。
カァカァカァ。ユニコーンのアルケタスくんをペットにする? それ違うでしょ。
カァカァカァ。アラストル大森林の森オオカミ? あの森オオカミのリーダーとか? いやあ、仮にペットに出来たとしても王都屋敷とかに連れて来られないでしょうが。
そんな風にして過ごしていると馬車がやって来た。
これで君たちともお別れだね。バフゥ、ワウッ。
寂しそうな表情のアリオくんと、また「会えるわ」と言っているようなルキアちゃん。また会えるといいよね。
セバリオの街まで見送ると言うサンチョさんだったが、丁寧にそれをお断りして、ベニータさんとおふたりにこの3日間のお礼の言葉を皆がそれぞれ贈る。
エステルちゃんとは、日持ちのするうちのお菓子なら良いだろうと話していたので、俺の無限インベントリに保管していたお菓子セットをお礼にと進呈した。
それを見たヒセラさんマレナさんは、そんな羨ましそうな顔をしなくていいですよ。
まだ沢山ありますから、セバリオに戻ったら差し上げましょう。
あと、馬車を守って来たマスキアラン商会の護衛の人が、ようやくエルフたちが到着するという報せを持って来てくれた。
どうやら明日にはマスキアラン商会本店に来るそうで、やっとですなぁ。
そうしておふたりと2匹に見送られ、俺たちはサビオの森の入口である別邸を後にした。
馬車の窓から顔を出して遠ざかって行く後方を見ると、サンチョさんとベニータさんがずっと手を振ってくれている。
アリオくんとルキアちゃんは馬車を追って暫く走り、そして諦めたように戻って行った。
来たときと同じく果樹園農家で休憩し、昼過ぎにはセバリオの街のマスキアラン邸に到着した。
執事のセレドニオさんや侍女のラモナさん、ソラナさんらが出迎えてくれる。
ラウンジでひと息ついていると、ベルナルダ婆さんも商会本店棟の方からやって来た。
「いかがでござったかな、サビオの森は」
「はい、楽しませていただきました。森を散策して、沼地ではクロコディーロを狩ったりして。とても興味深いところですね」
「ほう、クロコディーロを狩ったですかいな。興味深いとは、さすが大森林のお膝元で産まれた方だて」
「昨晩はクロコディーロ料理もいただきましたし。そうそう、サンチョさんとベニータさんだけだと食べ切れないって、お肉を持って帰りましたのでどうぞ」
「皮とかはわたしたちに預けていただけるんですって、お婆ちゃん」
「それはまたエステルさま、ありがとう存じます。買取のお代をお支払いせんとだの、ヒセラ、マレナ」
「預けると言いますか、差し上げますよ。ね、ザックさま」
「楽しく過ごさせていただいたお礼に、よろしければ」
まあクロコディーロ肉なんかも、俺の無限インベントリに入れて行けば腐らせずに王都やグリフィニアに持って帰れるので、じつは半分ぐらいは収納してある。
大型のクロコディーロだったので、たくさんあったからね。
皮革なんかもマジックバッグに入れて持ち帰っても良いのだが、そちらはすべてマスキアラン家に差し上げることでジェルさんたちとも相談済みだ。
ベルナルダ婆さんは暫く遠慮していたが、「いただき過ぎですが、ならば別邸宿泊のお代ということで」と商人らしい言葉で貰ってくれた。
実際にはこの地でもクロコディーロを本格的に獲物として狩猟することはあまり無く、肉も素材もわりと稀少な物なのだとか。
まあ素材などは、商会で何かに加工していただければ良いですよ。
「それで、エルフ連中のことですわい」
「明日やって来るとか」
「はいな。ようやくですな。なんでも、それなりの立場の者が来るそうでしての。これでようやく、ザカリーさまの本来の目的に取り掛かることが出来るということですのう」
遅めの昼食をいただきながら、その話になった。
俺たちが別邸に行っている間に、こちらに向かっているエルフからその連絡が届いたとのこと。
どんな地位の何と言う名前の人が来るのかは知らされなかったが、ベルナルダ婆さんが言ったようにどうやら地位の高い者が来るらしい。
エルフって、彼らの本拠地であるアルファ自治領に行った俺の経験からだと、地位が高い、イコール面倒臭いってことになる気がするんだよね。
まあそれは会えば分かる話だ。そのエルフたちは、明日の午後にマスキアラン商会を訪ねて来るという。
「本店棟の方の応接兼会議室で、お会いいただく予定になっておりますので、先方が到着しましたらご案内いたします」
「わかりました、セレドニオさん」
「あっちの応接兼会議室はそれなりの広さがあるで、向うの人数はわからんが、こちらはみなさま方全員が入って貰って大丈夫ですぞ」
「ちなみに僕たち以外は?」
「そうですな。妾とヒセラとマレナ。それからロドリゴさんも呼んでおりますよ。それ以外、うちやロドリゴさんとこの商会の者は、今回は外させました。内容が内容ですし、あと、エルフというのはいたって気難しくて、警戒心が強いですによって」
「あー、それはわかります」
ショコレトールの買い付け輸入事業は、マスキアラン商会とロドリゴさんのカベーロ商会の共同でお願いしているからね。
当事者である俺たち以外の出席者としては、この商業国連合でも最大手の二大商会のトップがそれぞれ同席する訳だ。
「あと、これはザカリー長官には言わずもがなのことだが、エルフの自治領との外交案件ということにもなりますでな」
まあ、そういうことにもなりますか。
つまり、取引担当の商会の会長という立場であると同時に、商業国連合議長兼都市国家セバリオの首長と副首長の立場としても、そのエルフのイオタ自治領から来る“しかるべき地位の者”と相対することになる。
「セバリオや商業国連合とイオタ自治領とは、普段の交流は?」
「以前にもお話したかもだが、普段は個々の商会単位での商取引のみですなぁ。じつはセバリオや商業国連合として、あちらとは正式な外交関係にあるとは言えんのですわい。まあ隣国と言えばそうなのですがの」
この世界のこの時代では、二国間の外交的な取決めを結び文書を交わし、かつ何らかのかたちで批准して正式に国交を樹立するというのは、そう多くは無い。
その時々で関係が変化するというのが当たり前のことだ。
例えば俺たちが住むセルティア王国だと、明らかに友好関係にあるのは隣国のミラジェス王国やここ商業国連合。
尤も、商業国連合は友好国家と言うよりもその性質上、商取引による相互の利益関係において友好な関係を保っているということで、商業国連合としてはどの国相手でもそうなのだろう。
あと、セルティア王国はリガニア都市同盟とも友好関係にあると言えなくもないが、近年はリガニア側がボドツ公国と長い紛争状態にあるということと、セルティアのフォルサイス王家がではなく、国境を接し交流の歴史の長いエイデン伯爵家が友好関係にあると言った方が正しいかも知れない。
一方でこれも明らかに冷えた関係にあるのが、北方帝国ノールランド。
15年戦争を経て、それ以後は武力を用いた紛争こそ起きてはいないものの、決して友好国になったとは言えない筈だ。
特にうちのグリフィン子爵家を含めた北辺の貴族家は、北方帝国を未だに仮想敵国としている。
でも、昨年の王太子の結婚式で北方帝国からの来賓を招いた事実もあり、現在のフォルサイス王家がどのような外交方針をもって臨んでいるかは、俺など与り知らぬところだ。
そして、明日会おうとしているイオタ自治領をはじめとしたエルフの自治領などは、セルティア王国的には外交相手としてその対象にも数えられていないだろう。
エルフの自治領側も、そういった人族の王国と関係を持つこと自体を伝統的に嫌っている。
でも、個々人レベルでの交流はあって、王国にもエルフはそれなりに定着して暮らしているんだけどね。
話を戻すと、ベルナルダ婆さん議長によれば、彼女自身もエルフのイオタ自治領を治める立場の人間とは会ったことが無いのだとか。
もちろんマスキアラン商会の商会員は、商売上でエルフの商人との関係性を有してはいるものの、それでもその商会員でさえイオタ自治領に入るのは大抵が拒まれるそうだ。
そんな相手であり、取引量自体もそれほど大きなものではないので、隣国とはいえこれまで積極的に外交関係を持とうとは互いにして来なかったらしい。
「仮に妾が行こうと言って、それを拒むような国とは、きちんと相手になんぞしたくないでな。それに行ったとして、なんも面白くもなかろうて」だそうだ。
昼食を終えてベルナルダ婆さんは仕事に戻り、ヒセラさんとマレナさんはそれぞれの実家に帰って行った。
で、俺たちは、明日に備えて軽くミーティングですな。
ラウンジでも良かったけど、サビオの森での出来事もお姉さんたちに話さないといけないので、俺とエステルちゃんの部屋の広いリビングに集合した。
「……ということがありまして」
ハヌさんと会って、彼の本拠地である森の奥の砦で起きたことなどをざっと語り終えると、うちのお姉さんたちは一様に驚きはしたものの、酷く驚愕するというほどでも無かった。
まあ普段から、シルフェ様やアルさんたち高位の人外の方たちと暮らしているので慣れているというか、この類いの話に少々鈍感になっておりませんかね。
「まあ、この4人とクロウちゃんで出掛ければ、さもありなんということですな」
「でも大勢のお猿さんのバンダル族に、デッかいオグル族ですか。ちょっと会ってみたかったですね」
「そのオグル族って、ザカリーさまの話からするとー、ぜったいオーガって魔物よね。人の言葉を話すんだー。そんなの初めて聞いたわよー」
「まあ、ライナさんが言うように、あれらはオーガと呼ばれておる者たちだな。だが人語を話すのは、あの一族の出自からと、加えてハヌの配下となったが故ではないかな。他の野性の魔物のオーガならどうだか」
「でも、バンダル族という一族もそのハヌさまの配下なのに、人の言葉は話さないんですよね、ケリュさま」
「ああ、それはオネルさん。それはハヌ自身がバンダル族の祖先にあたる神獣で、人語を話して会話をする必要が無いからだな」
「そうなんですね」
「じゃあオグル族はどうしてー?」
「あやつらは大昔に、古代の人間どもに使役されていたからなのだ。それで人語や人間の多少の文化なんぞも、細々と受け継いで来たということだな」
そういうことなのか。
バンダル族はオランウータンの姿かたちをした神獣の一族で、一方のオグル族は古代文明時代の人間に使役されていた者たちということなのだね。
だから、グンダーさんたちは粗末ながらちゃんと装備を着ていて、サイズはかなり違うものの人間が使うような武器を手にしていたのか。
彼らは古代文明時代の人間の風習や技術なんかを僅かに持っており、武器や装備を整え闘う技術を保有することが出来ているという訳だ。
昨日はあの場で聞けなかったけど、お姉さんたちの質問でなんとなくもやっとしていた疑問が溶けました。
「それで明日のエルフとの対面なんだけど、エステルちゃんはどうする?」
「わたしですか? そうですねぇ」
言わずと知れた精霊族同士のファータとエルフは、相性が極めて悪い。
以前にアルファ自治領に行ったときも、結局エステルちゃんは世界樹から地上へは降りずに、エルフのお偉いさんとも会っていないんだよね。
「明日は、でもご一緒しますよ。そうそう避けている訳にはいきませんし」
「そうか、わかった」
「でしたらわたしも、エステル嬢さまのお側付きとして、控えさせていただきます」
「お願いしますねリーアさん。でも怒っちゃダメよ」
「はい。そこは嬢さまと統領のために、ぐぐっと我慢と辛抱を」
「わたしとふたりで我慢と辛抱をしましょう」
「はいっ」
リーアさんも、それなりの覚悟? を持って同席してくれるようだ。
しかし、我慢と辛抱、ですか。なんだかどこかのおっさんが結婚式のスピーチで使うフレーズみたいだが、ファータ的にはそれほどのものなのですなぁ。カァ。
「で、ケリュさんと、それからクロウちゃんは?」
「我は、そうだなぁ。エルフと会ってもひとつも楽しく無さそうであるし、我慢も辛抱も我は出来そうにないから、クロウ殿とふたりで引っ込んでおるよ」
「カァカァ」
ああ、ふたりはそうしますか。まあ神様とカラス姿の式神殿はその方が良いかもだ。
しかしあらためて考えてみると、エルフって嫌われてるよな。
オイリ学院長とかイラリ先生とか、それからグリフィニアのエルミさんアウニさん姉妹とか、俺たちの良く識っているエルフ族はみんな良い人たちなんだけど。
でもどうもナントカ自治領のエルフとなると、こちらを苛つかせる面倒臭い相手みたいなそういう先入観があるんですよね。
ということで、そんな事前打合せもして、俺たちは明日のエルフとの対面に臨むことになりました。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




