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第51話 童子切、あと魔法のことなど

「やり過ぎはダメですよー」とエステルちゃんから声が掛かる。

 その声に俺は左手を挙げて応えた。


 大丈夫ですって。この童子切を手にしても、俺自身がやたら血を求めるようになった訳じゃないからね。

 それにいくら鬼のような姿かたちで物言いはアレだとしても、今日初めて会ったオグル族の戦士の命まで奪うつもりはありません。


 ただし集中して真剣に向かわないと、こちらの人生があっと言う間に終わる。

 前々世はともかく、短かった前世から俺はそんな生涯を歩んで来た。


「さあグンダーさん。あらためて、立ち合いでしたね。木っ端からこれに得物を替えましたので、存分に」


 そうして童子切安綱どうじきりやすつなの切先をゆっくりと引き上げ、八相に構えた。



 距離はかなり取っているが、初手のように縮地もどきで瞬時に間合いは詰めない。

 久し振りに握った童子切の重さと感触を手に馴染ませながら、じりじりと相手に向かって距離を縮める。


 童子切を抜き身で出したのを見て、その白刃を魅入られるように呆然と凝視していたグンダーさんは、俺がそのやいばを高く構え前進し始めたのにハッと気付いたのか、全身を震わせて大きく深呼吸し、そしてクラッシュロッドを大きく持ち上げた。


「こなくそっ!」


 そうひと声叫ぶと、先ほどと同じように突進して来た。二度目だけど、これは重戦車と形容するのが相応しいよな。


 直線的で単純な突撃は躱し易いが、2メートルはあるクラッシュロッド、そして3メートルを超える身長と長い両腕でのその攻撃の間合いはかなり長く、さっき石畳を叩いた打撃の威力は尋常では無い。


 それも前回の突進と比べてなんだかヤケクソという感じで、ドスンドスンと地を蹴って接近して来るその姿を正面から見ると、更に迫力が増しておりますなぁ。


「うぉりゃぁーっ」


 クラッシュロッドが間合いに入るや否や猛然と振り下ろされた。

 真正面から大上段に、と言うよりは袈裟気味で斜め下に、自分より遥かに小さな標的を薙ぎ飛ばすように。


 だが俺はそれを僅かな空間を残して見切り、と同時にタンッと跳躍する。

 目標は大振りな打ち込み攻撃の勢いの所為で、やや前方に傾いた相手の上半身。

 グンダーさんの上背を超えて跳躍した俺は、クラッシュロッドを斜め下に振り下ろしたその肩口では無く、童子切のやいばを彼の頭部へと斬り下ろす。



「終わりっ。終わりだ」とケリュさんの声が響いた。


 俺はやいばを振った姿勢のままでストンとグンダーさんの背後に着地し、くるりと振り向いて相手の様子を伺った。


「うぐぐぐ」


 その彼は仁王立ちの状態でクラッシュロッドを右手で石畳に突き立て、左手で顔の横の左耳辺りを押さえている。

 そしてその分厚く大きな手の指の間からは、みるみる血が漏れ出て、次第に手から腕へと流れ落ちていた。


 そう、俺は彼の首筋でも頭でも無く、耳を根本から斬った。

 瞬時に寸止めや峰打ちに変えるのも可能だったが、俺の剣に寸止めといったものは無い。


 ケリュさんの「終わりだ」の声に、グンダーさんは崩れるように片膝を石畳に突いた。

 そしてそこに素早く駆け寄ったエステルちゃんが、もう既に回復魔法を掛けて血止めをしている。


 耳を斬り落としたぐらいでは致命傷にならないが、オグル族の特性かあるいはグンダーさんが自身の体質によるのか、思った以上に血が噴き出しているからね。

 出血死を防ぐという意味合いでの、エステルちゃんの迅速な行動だ。


「カリ。斬り飛ばされた耳を探せ」

「もう拾ってありますよ、ケリュさま」

「そうか。ならばザック、それを継いでやれ」

「ええ、そうしようと思っていました」


 斬り飛ばしたグンダーさんの人間のものよりも隋分と大きな左耳を、直ぐにカリちゃんが持って来て俺はそれを受取った。


「グンダーさん。血は一時的に止めましたからね。手を外してくださいな」

「ああ、は、はっ」

「そうしたら、ザックさま」


 エステルちゃんと交代してグンダーさんの側に行き、姿勢を更に低くして貰う。

 そして俺も屈んで、彼の頭部の耳があった場所を診る。

 うん、エステルちゃんの丁寧な回復魔法で、血はきっちり止まっているね。


「斬り落としてから継ぐなんて、なんとも申し訳ない所行ですけど、まあ無いよりはあった方が良いですから」

「いえ、その」

「頭は暫く動かさないでください」

「はっ」


 まずは斬り口の状態を確認し、と。いや自分が為したものながら、見事な斬り口だ。

 続いて手に持った耳の方も状態を確認し、聖なる光魔法で少し浄化する。まあ消毒ですな。


 そうしてその耳を以前にあった場所に接続し、くっついて元の状態に戻るイメージを込めながら強めの聖なる光魔法を施す。

 接続と元の状態のイメージが不足すると、斬り落とされた部分が肉で盛り上がってしまうので、ここは慎重にですね。


 やがて、離れていた互いの細胞が接続し合い神経やら血管やら繋がって、軟骨なども修復されたようだ。

 それで仕上げに念のための回復魔法を施して、治療を終了させた。


「はい、出来ました。これで元通りですが、安定するまで数日は耳を打ったり強く引っ張ったりはしないでくださいね」

「あ、ははっ。ありがとう存じまする」



 数百ものバンダル族に囲まれて先ほどまでは大きな歓声で沸いていたのに、ふと気付くと静まり返っている。


「ザック殿の聖なる光魔法、いやあ、見事でござりまする」


 ハヌさんのそんな声に周囲を見渡すと、バンダル族のみなさんは何故だか全員が片膝を突いて頭を低くしていた。

 見ると、グンダーさんの部下のゲイルさんとオッドさんもこちらに近寄って来ていて、2名揃ってその大きな身体を縮こまらせて同じようにしている。


 そしていま治療を終えたグンダーさんは、石畳に平伏していた。

 まあまあ、あなたの物言いは多少気に障る部分もあったけど、どうせ何らかのことはする必要があったのだし、土下座までしなくてもいいですよ。

 いや、これは俺にというよりも、ケリュさんとハヌさんに対して深い陳謝の態度なのかな。


「グンダーとやらよ。おまえの相手がザックで、そしてエステルやカリが居て良かったな。仮にザックと同等の技量の者が居てとしてだが、他の者が相手なら、おまえは耳を落とすのでは無く、その首から上を落としておったわ」

「ははっ」


「そしてザックだからこそ、そのように耳を元通りに戻してくれた。もしこれが首から上だとしたら、どうだ? ザック」

「あー、いや。さすがに落とされた首を繋ぐのは、僕には無理ですよ」


「だそうだ、グンダー。耳で良かったな」

「ただただ恐縮の極みでござりまする武神様、そして御義弟様おとうとさま




 そのあとハヌさんに聞いたのだが、バンダル族が畏まっていたのは要するに聖なる光魔法を初めて見て、それで落とされた耳が繋がったことに驚愕して畏怖を感じたからだそうだ。

 聖なる光魔法って、人外の存在でも遣えるのは極めて少ないらしいからね。


 もちろん森の賢者たるハヌさんもルーさんと同じく出来るそうだが、俺が発動するのを見て、その治療の精度にいたく感心したそうだ。

 いやこれはたぶん素人ながらも、この世界の住人よりは生き物の身体のことを多少は知っているからだと思います。


 それから当のグンダーさんと2名のオグル族だけど、あのあと俺たちに対する態度を一変させて、おまけに妙に懐いて来た。


 俺に対しては「是非とも弟子にしていただいて、師匠と呼ばせてくだされ」とせがむし、真っ先に止血治療を施してくれたエステルちゃんには、「風の精霊様の妹君とは露知らず、無礼を心よりお詫びさせていただき、この恩義を生涯忘れませぬ」と大袈裟なことを言う。


 またカリちゃんだけど、「でしたら、わたしの正体も見てから帰ってくださいよ」と、砦の大ホールの中で人化を解いて、本体のホワイトドラゴンに変身しておりました。


 グンダーさんたち、それからこの場に居たバンダル族のアリャンさんも驚いてひっくり返ったのは言うまでも無い。

 変身と同時に完璧に抑えていたエンシェントドラゴンの存在感を、自分の周囲のごく近距離だけに解放したからね。




 グンダーさんたちがアリャンさんに伴われて下がり、そろそろ俺たちも戻らんといかん頃合いですな。


「またいらしてくだされ。遠き地ではありまするが、次にはアル殿にでも乗せて来て貰えばようござりましょう」

「そうですね。ありがとうございます、ハヌさま。次はお姉ちゃんたちも一緒に。ね、ケリュさま」

「お、おう、そうだな」

「お婆ちゃんも連れて来ますよ」

「クバウナ殿ともずいぶんと会っておらんで、これは楽しみだ」


 ハヌさんとは以前から知り合いのような親しみを覚えたけど、じつはこのお爺ちゃん猿のことはほとんど分かっていないんだよね。

 森の賢者と呼ばれている所以とか、賢者ならば魔法のこととか、あと古代のこととか。


「ハヌさんには、いろいろお教えいただきたいこともある気がしますけど、また次回に取って置きます」

「ふほほほ。ザック殿に手前がお教えすることなど、そう多くはありませんがな。しかしザック殿ならば、おそらく魔法のことでありましょうか。ですが、魔法ならばアル殿がおられる」


「そうなんですけど。例えばアルさんが苦手で、ハヌさんの得意なこととか」

「うちの師匠が苦手なのは、変幻自在な人化ですよ。わたしは既に師匠を超えました」

「あの爺さんの場合は、魔法と言うより心の問題だ、カリ」

「ははあ。アル殿はずいぶんと長い年月、人間から離れておりましたでなぁ」


「それと師匠は、理屈で説明するのが苦手です」

「魔法を理屈で説明でありまするか」

「師匠だと、そこはぐいっととか、どどーんとか。ザックさまの方が、人間たちにずっと丁寧に教えてますよ」


 いやカリちゃん。アルさんも聞けばちゃんと解説してくれると思うけどね。

 でも普段の魔法の訓練のときには、確かにあれこれ具体的に教えてはくれないのかな。


「魔法は理と想で成り立っておりまするで、理もそれなりに必要かと思いまするが。アル殿の場合は、理を飛び越えて何とかしてしまいますが故」


 魔法は「理」と「想」で成り立っているのか。これは学院の魔法学概論でも出て来ない考え方だよな。

 理とは即ち「ことわり」。物ごととその事象の筋道を立てるということだ。

 一方で想は、物ごとのカタチや状態、そのあり様を心の中に浮かべて掴み、組立てる。


 魔法はイメージが重要と思ってはいるけど、そのイメージを確かなものとして組立て、同時に具現化のための筋道をしっかり構築して、キ素力の力をもって発動させ実現するということかな。


 この世界の人間の魔法が、俺が思うにそれほど大したことが無いのは、キ素力の力を操るのが未熟なこともあるけど、この「理」と「想」がどちらもあやふやだというのに起因しているのかも知れない。



「あ、ザックさまったら、また心がどこかに言っちゃいましたよ」

「そろそろ戻らないと。ジェルさんたちが心配して、森の中を捜索し始めそうです」

「カァ」


 これはまたハヌさんに、ゆっくりといろいろ教わらないといけないかもだ。

 でも確かに、この砦に来てからかなり時間が経っている。思いもよらずグンダーさんとの立ち合いとかしちゃったしね。

 いくらケリュさんが一緒だとはいえ、エステルちゃんが言うようにジェルさんたちが捜索活動を始めそうだ。


「ならば、少し時間をいじっておきまするか」

「あっ、ハヌさんも時間魔法を?」

「はい。アル殿もお得意でありましたな。手前も多少は出来まするので。ただしこの魔法は、魔法を施す者がそれに関わる存在と場と行動を把握して、共有しておらねばなりませぬ」


「ひゃー、難しいですぅ」

「なに、省略して言えば、手前と皆様方が一緒に居た間の時間にのみ、魔法が通用するということですな」


 あー、そこまでは俺も、これまで何度かアルさんの時間魔法を体験して来ているので、なんとなく理解しているんだよね。でもそれ以上の、まさに「理」と「想」が解らない。

 これは俺には一生出来ない魔法なのではと、そんな風にも思ってしまう。


 時間魔法自体が目に見えるものでは無いし、いつ発動させたのかも分からない。

 それこそ時間を遡行させて機能するものなのか、操作された自分たちの時間とそれ以外の時間とをどう接続させるのか……。


 でも少なくとも、ハヌさんが俺たちと会ってからここまでの時間をいじると言っているのだから、そのぐらいの時間は遡って操作できるということなのでしょうなぁ。



「ほれザック、行くぞ。それじゃまたな、ハヌ」

「はい。また近々お越しくださいませ、ケリュ様。シルフェ様方とご一緒に」

「あ、お、おう」


「ハヌさま、お会い出来てとても嬉しかったです。また来ますね」

「ハヌお爺ちゃん、バイバイ」

「カァカァ」


「ザックさまったら、考えごとはあとにして、ハヌさまにちゃんとご挨拶して」

「あ、コホン。またお会いしましょう、ハヌさん。遠いですけど、もし僕らのところにいらっしゃったら大歓迎しますよ」

「ふほほほ。ザック殿の仰せですから、考えておきまするよ」


 そんな別れの挨拶を交わし、俺たちは砦の外に出て広場にまだ集まっていたバンダル族のみなさんに見送られ、この森の賢者の砦を後にするのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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