第49話 ハヌさんの砦と配下たち
森の賢者ハヌマート、いやハヌさんの配下の猿たちは砦のホールの外へと下がって行った。
で、1匹だけ残ってハヌさんの傍らに控えている。
「この者はアリャンと申しましてな、手前の配下の頭で、聞くだけなら人語を解して念話が出来申す。ですので、この場に控えるお許しを」
アリャンさんですね。人の言葉が理解出来て念話が出来るのか。ユニコーンたちと同じだ。
「念話が出来る者は、他にも居るのですか?」
「ええ、ザカリー殿。このアリャン以外にも、隊長クラスや一族の長老たちならば出来まする」
「(あらためまして、拙者、アリャンと申します。どうかお見知り置きをつかまつりまする)」
ああ、ユニコーンの連中と似てる念話ですね。どうしてか俺には、なんちゃって侍風に聞こえるのかはよく分かりませんが。
念話がどう聞こえるかは送る側と受取る側の両方の問題だって、以前にアルさんが言っていたな。
「ちなみに、何と云う一族なんですか?」
「ああ、この者たちはバンダル族と云うのだ。確か、この森が本拠地で、あと周辺の森にも居たのだったかな」
「はい。この砦とその近辺が主で、それ以外にも、この南部樹林地帯の各所に分家のようないくつかの部族がおりまするよ」
「(西に2部族、東に5部族で、当地の1部族と合わせて8部族となっておりまする)」
つまり、このニンフル大陸の南部、商業国連合の一帯からエルフのイオタ自治領がある辺りの亜熱帯樹林地帯に、合計8部族のバンダル族が暮らしているということのようだ。
そして、ハヌさんに直接仕えるアリャンさんの部族以外も、どうやらハヌさんの配下らしい。
さきほども数百の者たちが集まっていたけど、全部で8部族もあるとなると結構な戦力だよな。
いや、戦闘力がどのぐらいかは分からないが、俺たちを出迎えに来た部隊の動きを考えると、それなりの戦闘行動が出来るのでは無いかな。
「それでケリュ様。今回当地にお越しになったのは?」
「ああ、ザックの付き添いだ。まあ我は、物見遊山だな」
「ザカリー殿の付き添いでありまするか」
「ザックでいいですよ。ハヌさんとお呼びしていいですか?」
「これは。では遠慮なくザック殿と。手前はハヌで構いませぬ」
「じつは僕たちは、ここの東のエルフとの取引交渉に来ましてね……」
それで、エルフから入手したショコレトール豆のことや、難航している交渉のことなどをざっと話した。
「ははあ、ドリュア様が彼の者たちに下賜した精霊の食物のことですか。そういうものがございましたなぁ」
「その豆をこのザックが加工してだな。なんとも美味い菓子の元を作り上げたのだ。それで、エルフどもとその豆の取引をしようとしておるのだが、いささか難航しておってな。こうして今回、直接交渉に来たという訳だ」
「ならば、なにもエルフなんぞより購わなくても、ドリュア様から直接いただけば良いのではありませぬかな。そもそもあれは、確か世界樹に生えておったような記憶がありまするが」
ああ、やはり大もとは世界樹なんだね。しかし、精霊の食物のことまで知っているなんてハヌさんは物知りだよな。さすがは森の賢者というところか。
「それはそうなんですけれど。でもここは今後のことを考えて、人間同士の取引というかたちを取らないといけませんし。それに一定量を定期的に輸入するためには、やはり栽培しているエルフからでないと」
それにドリュア様から直接いただいたりすると、世界樹の樹液や実みたいな危険物が来そうな気がするんだよね。
「ザックさまは、グリフィン子爵家で外交交渉を担当する調査外交局というところの長官さんなんですよ、ハヌお爺ちゃん。それでこのわたくしカリが、その長官秘書なんです」
「ほほう。クバウナ殿の曾孫殿が、ザック殿の秘書でありまするか。そうして、ケリュ様とシルフェ様のお嬢……いや妹様がご婚約者であらせられると。なるほど、なるほど」
いま、エステルちゃんのことを、ケリュさんとシルフェ様のお嬢様って言いかけたよな。
やっぱりハヌさんから見ても、エステルちゃんってシルフェーダ様の生き写しなのか。
それから、シルフェ様やニュムペ様たち精霊のこと、アルさんとクバウナさん、アラストル大森林のルーさんの話題などを聞かれるままに話した。
「アル殿が洞穴の棲み処から出て来て、人の姿で居られるとは。おまけにいまはクバウナ殿とも合流したのでありますか。それはそれは」
「アルさんは、わたしが小さい頃からの知り合いで。それで、ザックさまと出会って、最初にわたしたちのところに来ちゃったんですよ」
「アルは、エステルが幼い頃よりこの子を見護って来たようだな。それでシルフェがシフォニナを連れて合流し、金竜のエンルのところからカリを預かって、そうして我とクバウナも続けて合流したと、そういう訳だ。ザックの方は幼少期にルーが見護っておったが、あやつは大森林の仕事があって離れられんから、まあ我が代りにということだな」
「なるほどでございますな。手前がこの森を離れてもっと北におりましたなら、ルー殿の代りになりましたでござりまするが」
「まあ我も、たまにはシルフェの傍らにおらんとな」
「そうでございますなぁ。それにルー殿とアル殿が顔を合わせれば、なんとも騒がしいこととなりまするので」
「そうそう。それでザックとエステルと暮らし、更にカリとクバウナが来たのでアルもだいぶ落ち着いて動くようになった。と言うか古の頃のように、クバウナとふたりで人の社会でちゃんと行動しておる」
「それはようござりました」
あらためてだけど、エステルちゃんの幼少期はアルさんが、それで俺はルーさんが見護ってくれていたのですなぁ。
俺が初めて会った頃のアルさんは自分の洞穴に引き蘢っていたり、いきなり王都の上空に現れたりとどうも極端な行動をしていたけど、人化して俺たちと暮らすようになってからは、ケリュさんの言うように人間の社会に徐々に馴染んで来たみたいだ。
その後にカリちゃんが来て弟子になって更にクバウナさんが来てからは、人間社会に居るのが普通みたいになったよな。
この前のライナさんとオネルさんの騎士叙任式では司会までしてたし。
これがもし仮に、ルーさんが大森林を離れて俺たちのところに来ていたとしたら、アルさんとルーさんの言い合いや喧嘩が日常茶飯事で、ふたりには悪いけど終いには怪獣大戦争みたいになったかも知れんですな。
その点ではケリュさんが来て良かったし、ホワイトドラゴンの曾お婆ちゃんと曾孫娘には感謝だ。
「だからザックさまとエステルさまのところには、お爺ちゃんとお婆ちゃんと、お父さんとお母さんと、あ、いやお兄さんとお姉さんか……。そうやって家族が揃ったという訳ですよね」
「カリちゃんに言われてみれば、そういうことなのかしら」
「ザックの母御と父御は、天界から見護っておる」
「ほうほうほう。ならば手前も、もうひとりのお爺ちゃんに加えていただきましょうかな」
「それいいですね。ハヌお爺ちゃんもそうしましょう。あ、でも、金竜さまとかが悔しがるかも」
「そうかもですなぁ、ほっほっほ」
カリちゃんとハヌさんがそんな風に盛り上がって、エステルちゃんはそのやり取りを柔らかく微笑んで見ていた。
それにしても、地上の人間の世界で血肉を分けた家族とは別の、人外の世界に跨がるもうひとつの家族ですか。
俺にすればジェルさんらお姉さんたちやブルーノさんたちも家族だから、その家族構成がなんだかどんどん広がって行っている気がする。
なにやら外が騒がしいと思ってホール入口の方を見ると、外からバンダル族のふたりが慌てて走って来た。
「グル?」
「グロルル、グルル」
「グルゥ」
アリャンさんの許に駆け込んだそのふたりから、どうしたのかとおそらく聞いているのだろう。
「どうやら、来たみたいでありまするな」
「来た? 誰がです?」
「この森のバカ者だ」
「バカ者とは、ケリュ様。そこまででは無いのでありまするぞ」
この森のバカ者ですか。そうするとこのサビオの森の住人なのだろうけど、バンダル族では無いのですかね。
「(あー、勝手に入って来たのでござる。誠にもう、仕方の無い連中で)」
入口の外からバンダル族の者たちの一層大きく騒ぐ声が聞こえ、側からはそんな嘆くようなアリャンさんの念話が聞こえたと思ったら、なるほど誰かがこのホールに入って来ましたね。
「あやー、なんですかぁ、あのひとたち」
「おっきいわねぇ」
「なんだろ、あれ」
「カァ」
「あやつらは、オグル族だ」
「恥ずかしながら、あれらも手前の配下でありまして」
「ははあ」
大股でこちらに歩を進めて来るのは3体、まあ3人と言っておこうか。
アリャンさんたちバンダル族も、そしてこのオグル族というのもハヌさんの配下ならば、何匹と言うのも申し訳ないのでね。
しかし見た目は、背丈が3メートルぐらいはある巨大なゴリラ? いや、オランウータンに良く似たバンダル族と異なり頭部以外には体毛は無いみたいだし、粗末ながら戦闘装備のようなものを身に着けている。下履きらしきものも穿いているのかな。
それで良く見ると、赤黒く厳つい顔の額には短いツノか瘤のようなものが飛び出ている。口からはどうやら牙らしきものが出ているよね。
そんな風体の者が3人、それぞれ背中に武器らしきものを背負って、こちらに向かってずんずん進んで来た。
「鬼? かな」
「おに、って何ですか?」
「カァ」
「ハヌ様。武神であらせられるケリュ様が、お客人を伴ってご到着とお聞きし、是非ともご挨拶をと、我らこうして参上つかまつりました」
その3名のオグル族が近づいて来たので、俺たちを後ろにしてハヌさんがアリャンさんを伴って前に出ると3名は片膝を突いて畏まり、そのうちのひとりが大音声で口を開いた。
身体だけじゃなくて、声もバカデカいですよね。それにしても人語を話すんだ。
「グンダーか。それに後ろのふたりはゲイルとオッドだったか。ケリュ様はほんのお立ち寄りということで、特におまえたちを招集はせんかったのですがな」
「なんとつれないお言葉。我らも配下の一族として、ご挨拶ぐらいはせねばと」
一歩前で片膝を突いて頭を下げているのがグンダーという名前で、その後ろに並んで同じく畏まっているのがケイルさんとオッドさんですか。
「ああ、我はここにおるぞ。おまえらの挨拶は受取った。もう良いぞ。棲み処に帰れ」
「これはケリュ様。久し振りにお目に掛かり、このグンダー、感激の極みにござりまする。未熟ながら武に携わる者として、これからの一層の精進の励みになりまする。して、伴われたお客人と言いまするは」
ああこのグンダーさんて、相手の話を聞かないタイプだ。
もしかしてエルフと同じで、ちょっと面倒臭い一族ですかね。
「だから、挨拶は受取ったと申しておる。いいからもう立って、それから回れ右だ」
ケリュさんが立てと言ったのに反応してグンダーさん、そして後ろのふたりも立ち上がったが、回れ右はしませんね。
上司の上司、つまり会社で言えば社長か会長のケリュさんの指示はちゃんと聞きましょうね。
その3人は出て行く素振りも見せず、3メートルの高さからあらためてケリュさんの後ろに居る俺たちをギロっと見ている。
「もしやでござるが、ハヌ様、そしてケリュ様。そこにおる小さき者どもが、伴われた客人ということでござるか?」
「(不遜だぞ、グンダー。もう良いから、ケリュ様が仰せられた通り、速やかに下がれ)」
「煩いぞアリャン。おぬしは口を挟むな」
「この方たちが、ケリュ様に伴われて来られた方たちですぞ」
「ハヌ様のお言葉ながら、これらは人間ではありませぬか。それにカラス? ともかくも、いくら偉大なるケリュ様とはいえ、小さき人間なんぞをこの森に伴うとは、そはいかなる理由で」
ああ、そんな感じなんだね。要するにケリュさんへのご挨拶はそうなのだろうけど、一方で俺たちを見に来てついでに絡もうってことですかね。
バンダル族の誰か経由か何かで、俺たちが来たことを耳にして駆けつけたという訳ですか。
「どうします? ザックさま」
「とりあえずそのままで、カリちゃん」
「らじゃー」
カリちゃんが小声で聞いて来たので、そう答えて置く。
彼女を含めて小さき人間とか言っているところからすると、カリちゃんの人化の技を見破れていないということだよな。
つまり、魔法的な能力はそれほど高く無いということだ。
ここはカリちゃんが人化を解いてホワイトドラゴンの姿に戻れば、彼らも一辺に違う態度になるのだろうけど、ケリュさんの顔を伺うと、なんだかつい先ほどからニヤニヤした表情になっているんだよな。
この流れでどう展開するのか楽しみ始めているんだよね、この神様の場合、きっと。
なのでここは、俺もその流れに乗ってみましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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