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第48話 サビオの森の賢者

 サビオの森に再び入った俺たちは、クロコディーロを狩った沼地を迂回するようにして更に奥へと入り、そこからおよそ15分は走っただろうか。

 深い樹林の中を分け入って行くと先ほどとは別の大きな沼が現れ、そこで先導するケリュさんは足を停めた。


「ここらで良かろうて」

「この辺りに?」

「奴の本拠地はもう少し奥まったところだが、迎えに来るように伝えた」

「ははあ」


「この沼には、さっきみたいにクロコディーロとかヘビとか居ないんですね」

「ああ、エステル。そこらに居るだろうが、ちょっと近寄らないようにしたからな」


 そういうのも自由自在なのか。なるほど、この森の管理者の上司というところですかね。



 すると沼の向うの樹林の奥から何かが複数、こちらにやって来るような気配がする。

 これがその管理者さんの気配かな。でも、複数?


「あ、木の上から来ますよ」

「カァ」


 カリちゃんと俺の頭の上に居るクロウちゃんが声を出したと思ったら、近くの樹木の上から何かが降りて来て、と言うか落っこちて来て、着地すると同時に直ぐさま跳ね返るように少し離れた茂みの中に隠れた。


「いまの、何?」

「お猿さんみたいだったですよ」

「2匹、居たわね」

「カァ」


 確かに猿みたいに見えたな。直ぐに隠れてしまったのではっきりとは視認出来なかったけど、あれって前世の世界のオランウータンに似ていた気がする。カァ。

 クロウちゃんもそう思う? 大きさは人間と同じぐらいだった。


「そこに隠れておらんで、いいから出て来い。あるじはどうした」


 ケリュさんがそう声を掛けると、茂みに隠れていたその猿は姿勢を低くしておずおずといった仕草で姿を現した。


 なるほど、これはオランウータンですな。全身が茶色の長い毛で覆われ、顔が大きく両腕が長い。まさに猿臂えんぴという感じだ。

 ただし俺の記憶の中にあるオランウータンは何となく丸っこいイメージだけど、いま出て来た2匹はそれよりもだいぶスマートな気がするよね。


「グルルル」

「そうか、おっつけ来るのだな。おまえらは先行部隊か」

「グルル」


 へえ、そういう声なんだね。この2匹が先行部隊として、まだもう少し他の気配があったよな。

 それで探査で周囲を見てみると、少し距離を取って俺たちを囲むように10以上の同じ種類の個体の存在があるのが分かった。


「グルルゥ」

「護衛部隊を先行させて囲んだか」


 人間のように統率の取れた部隊行動が出来るんだ。10数匹の先行護衛部隊のうち、この2匹が斥候兼接触役という訳ですか。

 でも接触役が会った途端に隠れちゃったらダメだよな。


「わたし、怖く無いですよ」

「グフフゥ」


 ああ、あるじの上司の神様に加えてドラゴンのカリちゃんが居たので、畏れが増したというか怖かったんですね。

 ドラゴンとしての気配をほとんど抑えているとはいえ、その存在感を感じてしまったようだ。



 とそのとき、大きな存在感を持つものがぐんぐんこちらにやって来る。地上、では無くてやはり樹上を高速移動しているのか。

 そしてあっと言う間に接近すると、俺たちの目の前にふんわりと降り立った。


 やっぱりお猿さんです。しかし、いまここに居る2匹よりも遥かに大きい。

 身長は、そうだなぁ3メートル以上、いや4メートル近くはあるだろうか。

 斥候兼接触役の2匹はそそくさとその後ろに下がり、その大きなオランウータンがずいっと前に出た。


 そう、見た目は同じくオランウータンなのだが全身の毛はほとんど銀色で、顔は猿だから赤くてシワだらけなんだけど奥目の目は真ん丸。

 垂れ下がる眉毛も長くちゃんとあって、なんと言いますか、巨大で愛嬌のあるお爺ちゃん猿ですかね。


「これはケリュ様。参上が遅れまして、申し訳ござりませんでした」


 あ、普通に話すんだね。管理者クラスだとそれはそうか。このお爺ちゃん猿も、たぶん神獣だよな。


「良い。たいして待っておらんからな。久し振りだな、ハヌ。たまたまこの地に来たので、まあ顔を見に来たついでに紹介しようと思ってな」

「ほほう」


 ケリュさんからハヌと呼ばれたそのデッかいお爺ちゃん猿は、その言葉に俺たちを興味深げに眺めた。


「しかしなんだ。おぬしを見上げて喋ると首が疲れる。人化して小さくなれ」

「はあ。そういたしましたら、手前の棲み処までご足労いただいて、そちらで。ここは暑いでありましょうし」


 お爺ちゃん猿の棲み処ですか。ケリュさんは「そうするか」と言って俺の方を見たので、頷いておく。まあ、亜熱帯ジャングルの中は蒸しますしね。


 しかしこのお爺ちゃん猿って、アラストル大森林の管理者のルーさんと違い、なんだか人当たりが丁寧で接し良さそうだよな。

 うちの地元のお方は強面でいつも横柄なもの言いだし、アルさんと言い合いばかりしている印象が強い。本当は、俺が小さい時分から気にしていてくれたらしいけどね。



 お爺ちゃん猿は「では、ご案内つかまつりまする」と言って、そのあと「グォルルルルー」と大きな声を出した。

 猿に特有の雄叫びというものか、四方からも同じような声が響いて来る。

 そして「走りまするが、よろしいかな」と駆け出した。


 俺たちもその後を追って走り出す。

 先ほど彼らは樹林伝いにこちらに来たので、もしかしたらその方が速いのではないかと思って「(木の上でも僕らは行けますよ)」と念話で声を掛けてみた。


「(そうだな。この3人ならば大丈夫だ)」

「(でありますか。ならば樹林の道を)」


 ケリュさんと同じく念話で声を掛け合ったお爺ちゃん猿の、その大きな身体がふわっと浮くと木の上へと跳び上がる。


「(エステルちゃんも大丈夫だよね)」

「(道を示してくれるみたいですから、大丈夫よ)」


 樹林の道というのがあるんだな。

 初めての密度の濃い亜熱帯樹林の森なので、樹上で方向を誤ると直ぐに迷ってしまいそうだけど、辿れる道を示してくれるなら俺たちにも問題はないでしょう。


 俺とエステルちゃんがタンと樹上に跳び上がり、続いてケリュさんとカリちゃんもフワッと上がって来る。クロウちゃんは自分の羽で飛んでくださいよ。


 2匹のオランウータンぽい斥候猿もその俺たちの様子を見て続いて上がると、木の上で待っていたお爺ちゃん猿が「あらためて出発でありまする」と、ひょいひょい枝を伝って跳んで行った。


 いやあ、あんな巨体なのに実に身軽な、と言うか、あれってやっぱり重力魔法的なものを遣っているんだろうね。


「遅れちゃうから、行きますよ」

「はいです」


 感心して見ている場合では無いですな。俺たちもその銀色の巨体を追って樹林の道を辿って行った。




 辿り着いた先は、これは例の、所謂、古代文明時代の遺跡ですかね。


「ははあ」

「ひゃぁー」

「カァ」


 その入口と思しき場所に立ち止まり、俺とエステルちゃんとクロウちゃんで口をぽかんと開けてその全容を眺めている。


 いやあ、デカいと言うか広大と言うか、この入口からだだっ広い横幅の階段が下方向に降りて、その先はまた更にだだっ広い広場のような空間。

 そしてその向うには、堅牢な城のような建物がデンと構えている。

 建物の高さは、そうだなぁ、5階か6階建てぐらいでしょうか。


 でも、ここの主のお爺ちゃん猿の身長が4メートル近くもあるから、内部の階層はもっと少ないのかな。

 でも上層階と思われる部分には窓もあり人間サイズのように見えるので、巨人の城ということでも無いのかも知れない。


 眼の前の広場と城のような建物、そしてそれ以外にも建物があるみたいだけど、それらをすべて囲んで城壁が巡らされている。

 いま俺たちが入った入口は正門といったところで、ここは特に門扉とかもなく開放されているけどね。


 それで、これらの建築物と地面の部分を含めたすべてが、古代文明遺跡に良く見られるという精緻な石組造りだ。

 なるほど、俺たちが先頃造ったグリフィニアの都市城壁や或いはナイアの森の地下拠点の造りに、まさしく似ていると言われればそうですなぁ。


「ここは、古代文明時代の砦跡だな。まあ、我が接収してハヌたちに任せている」

「アラストル大森林にも、こんなのがあったりして?」

「ああ、向うには無いぞ。あの大森林は古代文明時代も入らずの地だからな」

「なるほど」


 入らずの地、つまり人間には禁足地だったということですかね。

 でも、その点では現在も変わらず、人間はごく浅い部分を活用させて貰っているに過ぎない。



「まずは砦の中に」とお爺ちゃん猿が案内してくれた。

 大きな階段を降りて石畳が敷き詰められた広場の中を通り、砦の正面玄関から内部に入る。

 いやいや、砦ってこれ、城か宮殿でしょ。


 内部に入った先は直ぐにこれまた広々としたホールで、やはりと言うか天井がもの凄く高い。4階分ぐらいの吹き抜けですかね。

 そのホールの奥に人間サイズのテーブルやら椅子やらが据えられている一画があって、俺たちはそこに案内された。


 こんな雰囲気ってなんだか見たことがあるなと思ったら、そうでした、五色竜のボスである金竜さんの宮殿になんとなく似ているよね。

 あちらは山の内部を掘り抜かれて造られた地下宮殿だったけど、建造物のサイズ感がね。


「ここなら本体の姿に戻れますね」

「だよね」

「カァ」


「別の姿に戻られても結構ではありますが、ここはケリュ様のご指示により、手前が人化を」


 カリちゃんがドラゴン姿に戻っても充分な広さのあるホールだが、先ほどの沼の畔でケリュさんが人化しろと命じたので、お爺ちゃん猿がその姿を一瞬で人間に変じた。

 ああ、予想したイメージ通りです。


 アラストル大森林のルーさんが人化すると宮廷魔導士みたいな姿だったけど、こちらはまさしくそれにぴったりの姿だ。


 顔は本体の姿を多少残した赤ら顔で、銀色の長い髪に同じく銀色の長く垂らした顎髭。身長は人化しても2メートル近くとかなり高い。

 そして白をベースに銀糸で様々な模様が刺繍された、床まであるローブを身に着けている。

 手に持つ長い木製らしき杖は、それ自体が不思議な存在感を発していた。


 魔導士と言うよりは、まさに“森の賢者”という感じですかね。



「まずはご挨拶を。ようこそお出でくださいました、ケリュ様。そしてお客様方。手前は、恥ずかしながら人間らにサビオの森と呼ばれておりますこの一帯を、ケリュ様から預り任されておりますハヌマートと申しまする。以後、お見知り置きを」


 ケリュさんがハヌと呼んでいたこのお爺ちゃん猿の真名はハヌマートなのだね。

 カァカァ。ああハヌマットまたはハヌマーンとは、前世の世界のインド神話に出て来る神猿の名前なのか。

 姿かたちが変幻自在で、空を飛行することも出来るし、神々が与えた強さと叡智を有していたのだという。なるほどね。


「まあ、硬い挨拶は無用だ、ハヌ。こっちを紹介しておくぞ。まずこの娘は、シルフェの直系でいまは妹にしておるエステルだ。つまり我の義妹いもうとでもあるな。姿かたちを見ればおぬしも分かろう」


「ほんに。先ほど初めてお見掛けしたときより、懐かしゅうて」


「それからこちらのドラゴンの娘は、おぬしも良く知っているクバウナの曾孫のカリオペだ。いまはクバウナと人の社会で暮らしておる。そしてこっちがエステルの婚約者で、つまり我らの義弟おとうとで、アマラ様とヨムヘル様の預り子のザック、ザカリー・グリフィン。そしてその頭の上に居るのが、ザックの分け身である式神のクロウ殿だ」


「ほほう。ほっほっほ。これはこれは。若者ながら、ただならぬ御方たちとは感じておりましたが、そうですかそうですか。ほっほっほっほう」


 お爺ちゃん猿、もといハヌさんは不思議な笑い声を出しながら、真ん丸で優しげな瞳で俺たちを眺めている。

 そして、その佇まいには想像もつかない大きな声を出した。


「おまえたちもご挨拶せい」

「グルルルルゥ」


 吹き抜けの大ホールに響き渡る声に振り返ると、いやあホールの床をすべて埋め尽くすほどにたくさん居ますなぁ。

 何百もの数のオランウータンぽい猿たちが、揃って片膝を突いて頭を下げておりました。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハヌマーンは作品によるけど、オランウータンの神獣なら賢者の中の賢者っぽいカッコよさ有り ますね。
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